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BOOKー神のゲーム  作者: 栞


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9/16

第九話 開戦


 午前八時。


 神が告げた開戦の時間。


 大通公園には、張り詰めた空気が漂っていた。


 テレビ塔の前。


 北海道の守護水晶が静かに輝いている。


 高さは十メートルを超える、青白い巨大な結晶。


 その存在感だけで、人々を圧倒していた。


 周囲には警察、自衛隊、そしてBOOK所有者たち。


 誰もが武器を手にし、いつでも動けるよう身構えている。


 しかし――


 何も起きない。


 敵の姿はない。


 爆発もない。


 ただ風だけが、公園を静かに吹き抜けていく。


「……始まったんだよな」


 健太が小さく呟く。


 陽翔も守護水晶から目を離せなかった。


 確かに神は言った。


 午前八時。


 ゲーム開始。


 それなのに。


 あまりにも静かだった。


⸻


 やがて、一人の政府職員が前へ出る。


 マイクを握り、周囲を見渡した。


「北海道政府対策本部より通達します」


 公園が静まり返る。


「本日より、守護水晶の防衛体制を開始します」


 背後の大型モニターに資料が映し出された。


「戦闘向きのBOOK所有者は十人一組で警備を担当していただきます」


「三時間ごとの交代制です」


「警備終了後は自由時間となります」


 モニターが切り替わる。


 休憩施設。


 宿泊施設。


 医療施設。


 保護施設。


 次々と案内が表示されていく。


「現在、BOOK所有者とそのご家族が安全に生活できる環境を整えています」


 昨日から一睡もせず準備したのだろう。


 その慌ただしさが伝わってきた。


⸻


 すると職員が、小さな箱を配り始めた。


「こちらもお受け取りください」


 陽翔は箱を受け取る。


 中には手のひらほどの、小さなBOOKが入っていた。


「これって……ニュースでやってた」


 職員が頷く。


「通信用小型BOOKです」


「BOOK所有者と、そのご家族へ優先配布しています」


 香恋が興味深そうに手に取った。


「スマホみたいなもの?」


「その認識で問題ありません」


「小型BOOK同士で通話ができます」


「通信障害の影響も受けません」


「へぇ……」


 健太も感心したように見つめる。


「本で電話する時代か」


 陽翔は小さく笑った。


 昨日まで想像もしなかった世界だった。


「緊急時には、このBOOKを通じて一斉連絡を行います」


「他県BOOK所有者の侵入を確認した場合も同様です」


「異常発生時は、直ちに招集します」


 さらに職員は続ける。


「支援系、回復系、生産系BOOK所有者は、保護施設の運営へご協力ください」


「北海道全体で生き残るため、皆様の力を貸してください」


 不安そうだった人々の表情が、少しだけ変わる。


 まだ希望はある。


 そんな空気が、わずかに広がっていた。


⸻


 陽翔たちは第一警備班へ配属された。


 午前八時から十一時まで。


 守護水晶周辺の警備を担当する。


 陽翔。


 健太。


 香恋。


 そして七人のBOOK所有者。


 十人が一定の距離を保ちながら配置につく。


「暇だな」


 健太が苦笑する。


「そうだね」


 香恋も辺りを見回した。


 九時。


 異常なし。


 十時。


 異常なし。


 空は青く。


 街は静かだった。


 それでも誰一人、気を抜く者はいない。


 敵が来るなら。


 突然だ。


⸻


 午前十一時。


 交代の合図が鳴る。


「第一警備班、任務終了です」


 ようやく緊張が解ける。


 健太が大きく息を吐いた。


「何もなかったな」


「平和すぎて逆に怖い」


 香恋も小さく頷く。


「静かすぎるよね」


 陽翔は守護水晶を見上げた。


 戦争は始まった。


 それなのに。


 まるで嵐の前の静けさだった。


 嫌な予感だけが。


 胸の奥に残り続けていた。



 警備を終えた陽翔たちは、政府が用意した保護施設へ向かった。


 札幌市内の大型ホテル。


 一棟まるごと、BOOK所有者とその家族のために開放されている。


 入口にはBOOK所有者が警備に立ち、館内にも複数の能力者が待機していた。


「ここまでやるんだ……」


 香恋が辺りを見回す。


 館内には食堂、医務室、仮眠室、保育スペース。


 さらに、物資を管理する倉庫まで用意されていた。


 一般の調理師や看護師に加え、生産系や支援系BOOK所有者も慌ただしく動き回っている。


「すげぇな……」


 健太が思わず声を漏らした。


 陽翔も静かに周囲を見渡す。


 結衣と美月を預けるなら。


 少なくとも今は。


 ここ以上に安全な場所はない。


 そんな安心感が少しだけ胸に広がった。


⸻


 その時だった。


 館内のテレビが一斉に切り替わる。


 ロビーの大型モニター。


 廊下のテレビ。


 食堂の画面。


 すべてが同じ映像を映し出した。


 神。


 昨日と同じ笑顔。


 いや。


 昨日以上に楽しそうだった。


 館内の空気が凍りつく。


『皆様』


『ゲームを楽しんでいますか?』


 誰も答えない。


 神は気にも留めず笑みを深めた。


『それでは』


『経過報告です』


 嫌な予感がした。


 胸騒ぎが止まらない。


 そして。


 神は楽しそうに告げる。


『最初の脱落県が決定しました』


『埼玉県です』


 館内が静まり返る。


 誰も言葉を発しない。


『埼玉県の守護水晶を破壊したのは』


『群馬県です』


『群馬県へ一点加算します』


⸻


 映像が切り替わる。


 埼玉県。


 住宅街。


 駅前。


 商店街。


 道路。


 何も変わっていない。


 建物も。


 車も。


 信号も。


 昨日までと同じ景色。


 だが。


 人だけがいなかった。


 一人も。


 誰一人として。


「……全員、死んだのか」


 健太が震える声で呟く。


 誰も答えられない。


 映像だけが静かに流れ続ける。


⸻


 さらに画面がゆっくり拡大した。


 砕け散った守護水晶。


 その中心に。


 一本の矢が突き刺さっている。


「……矢?」


 誰かが呟く。


 館内がざわついた。


「どういうことだ……」


 陽翔も画面を見つめる。


 その時。


 クロが静かに口を開いた。


『街を見ろ』


「え?」


『戦闘の跡がない』


 陽翔は改めて映像を見る。


 道路も。


 建物も。


 そのままだ。


 壊れているのは。


 守護水晶だけ。


『……正面から攻めた形跡がない』


 クロが低く呟く。


『守護水晶だけを狙い撃ったのか』


 陽翔は思わず息を呑む。


「そんなこと……できるのか」


『出来たから埼玉は落ちた』


 クロは短く言った。


『その事実だけ覚えておけ』


『化け物だ』


⸻


 神は満足そうに笑う。


『それでは』


『引き続きゲームをお楽しみください』


 映像が消えた。


 館内は静まり返る。


 誰一人として動けなかった。


 クロが静かに告げる。


『頭に入れておけ』


『この戦争は力比べじゃない』


『能力一つで』


『県が滅ぶ』


 陽翔は窓の外を見る。


 遠くに見える。


 北海道の守護水晶。


 あれが砕かれた瞬間。


 結衣も。


 美月も。


 自分も。


 全員が死ぬ。


 その現実だけが。


 胸に重くのしかかっていた。

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