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君を憎む日

作者: 夜乃氷空
掲載日:2026/09/03

「これ、絶対に誰にも言わないでね」


 放課後の教室。


 窓の外は、少しずつ夕方の色になっていた。


 教室には。


 私と君しかいない。


「当たり前じゃん」


 君は笑った。


「私たち、親友でしょ?」


 その言葉に。


 私は笑った。


「……うん」


 親友。


 その一言だけで。


 私は安心してしまった。


 家族にも言えなかったこと。


 誰にも知られたくなかったこと。


 ずっと一人で抱えていたこと。


 それを。


 君にだけは話した。


 君なら大丈夫だと思った。


 君だけは。


 私を裏切らないと思った。


 だって。


 私たちは親友だったから。


 *


 次の日。


 教室へ入った瞬間。


 何かがおかしいと思った。


 話し声が止まる。


 誰かが。


 私を見た。


 そして。


 隣の誰かに何かを言う。


 小さな声。


 聞こえないはずだった。


 でも。


「……本当なんだって」


 聞こえた。


 何の話だろう。


 そう思った。


 最初は。


 自分のことだなんて。


 思わなかった。


「かわいそう」


「でも、あれって……」


「本人、誰にも言ってないと思ってたんじゃない?」


 心臓が。


 少しだけ。


 嫌な音を立てた。


 そして。


 次の言葉で。


 全部が分かった。


 私が。


 昨日。


 君にだけ話したこと。


 誰にも。


 知られていないはずのこと。


 私が。


 たった一人にしか。


 話していないこと。


 世界が。


 急に。


 遠くなった。


 *


 私は。


 教室の中を見回した。


 そして。


 君を見つけた。


 君は。


 いつもと同じ席にいた。


 でも。


 私と目が合った瞬間。


 すぐに。


 目を逸らした。


 その時。


 私は。


 全部分かってしまった。


「……なんで」


 声は。


 自分でも驚くほど。


 小さかった。


 君は。


 何も答えなかった。


「なんで?」


 もう一度。


 聞いた。


 君は。


 黙っていた。


「私、君にしか話してないよ」


 それでも。


 君は。


 答えなかった。


「誰にも言わないって言ったじゃん」


 声が震えた。


「親友だって」


 そこで。


 君の顔が歪んだ。


「……ごめん」


「違う」


 すぐに言った。


 謝ってほしかったわけじゃない。


 ごめんなんて。


 聞きたかったわけじゃない。


「なんで?」


 知りたかったのは。


 それだけだった。


「私、何かした?」


「違う」


「じゃあ、なんで?」


 君は。


 何も言わない。


 その沈黙が。


 答えよりも。


 ずっと苦しかった。


「……私、君のこと信じてたのに」


 君の目から。


 涙が落ちた。


 私は。


 それを見ても。


 何も思わなかった。


 いや。


 何も思いたくなかった。


 *


 それから。


 君と話さなくなった。


 話せなくなった。


 同じ教室。


 同じ時間。


 同じ授業。


 それなのに。


 君は。


 もう。


 知らない人みたいだった。


 朝。


 いつものように。


 君の姿を探してしまう。


 休み時間。


 面白いことがあると。


 君に話そうとしてしまう。


 そして。


 思い出す。


 もう。


 君は親友じゃない。


 話しかけることなんてできない。


 話しかけたくもない。


 そう。


 思わなければならない。


 *


 君の好きだった飲み物が。


 自動販売機に並んでいた。


 私は。


 いつもの癖で。


 それを押しそうになった。


 指が。


 止まった。


「……何やってんの」


 思わず。


 笑ってしまった。


 馬鹿みたいだった。


 もう。


 君に渡すことなんてない。


 君の好きなものを。


 覚えている必要なんてない。


 なのに。


 忘れられなかった。


 君が甘いものが苦手なことも。


 雨の日は必ず靴下が濡れることも。


 怖い映画を見ると。


 絶対に強がることも。


 全部。


 覚えていた。


 忘れたくないから。


 覚えていたわけじゃない。


 忘れようと思っても。


 十五年分の記憶は。


 そんなに簡単に消えてくれなかった。


 *


 雨の日。


 私は。


 学校の窓から外を見た。


 雨は。


 朝からずっと降っていた。


 その時。


 ふと。


 君のことを思い出した。


 傘。


 持ってるかな。


 そう思って。


 すぐに。


 自分で自分が嫌になった。


「……憎めよ」


 小さく呟いた。


 君は。


 私を裏切った。


 信じていた。


 誰よりも。


 君だけは。


 絶対に。


 そんなことをしないと思っていた。


 なのに。


 君は。


 私の秘密を。


 誰かに話した。


 そして。


 私の大切なものを。


 壊した。


 だから。


 憎めばいい。


 嫌いになればいい。


 忘れてしまえばいい。


 なのに。


 どうして。


 雨の中にいる君を。


 心配してしまうのだろう。


 *


 卒業の日。


 君は。


 私の前に来た。


 久しぶりだった。


 二人だけで。


 向かい合うのは。


「……ごめん」


 また。


 その言葉だった。


「まだ、理由聞いてない」


 君は。


 少しだけ。


 苦しそうな顔をした。


「……あの時」


 君が言った。


「私、怖かったんだ」


「怖かった?」


「君が」


 意味が分からなかった。


「君が、私にしか話してくれないことが」


 私は。


 何も言えなかった。


「君は私のこと、親友だって言ってくれた」


 君の声が。


 少しずつ震えていく。


「でも、私は」


 君は。


 下を向いた。


「親友なのに」


 言葉が。


 途切れる。


「親友なのに、君の一番でいたくなかった」


 ……何を言っているのか。


 分からなかった。


「君が私だけを信じてるのが、怖くなった」


「だから」


 私は。


 静かに聞いた。


「裏切ったの?」


 君は。


 泣いた。


「……うん」


 その答えを。


 私は。


 ずっと聞きたかったのかもしれない。


 でも。


 聞いたからといって。


 何かが戻るわけじゃなかった。


「そっか」


 私は。


 それだけ言った。


 君は。


 何かを待っていた。


 許す言葉を。


 もしかしたら。


 待っていたのかもしれない。


 でも。


 私は。


 何も言わなかった。


 *


「私」


 君が言った。


「もう一度、友達に戻れるとは思ってない」


「……うん」


「許してほしいとも、言わない」


 私は。


 少しだけ。


 君を見た。


「でも」


 君は。


 泣きながら笑った。


「君のこと、ずっと親友だと思ってた」


 胸が。


 痛かった。


「……私も」


 危うく。


 そう言いそうになった。


 でも。


 言わなかった。


 言えなかった。


 親友だった。


 それは。


 嘘じゃない。


 でも。


 今も親友だと言えるほど。


 私は。


 強くなかった。


 *


 君は。


 最後に一度だけ。


 私の名前を呼んだ。


 私は。


 振り返らなかった。


 振り返ったら。


 きっと。


 また。


 昔みたいに笑ってしまう気がしたから。


 だから。


 前を向いた。


 これで。


 終わりにするために。


 君を許すことは。


 できない。


 君がしたことを。


 なかったことにもできない。


 もう一度。


 親友に戻ることも。


 きっとできない。


 それでも。


 君を憎むことができなかった。


 君が笑っていた記憶も。


 一緒に泣いた記憶も。


 くだらないことで喧嘩した記憶も。


 全部。


 まだ。


 私の中に残っている。


 君を憎めば。


 その全部まで。


 憎まなければいけない気がした。


 だから。


 私は。


 まだ。


 君を憎めない。


 いつか。


 本当に。


 君を憎む日が来るのだろうか。


 君を許す日ではなく。


 君を忘れる日でもなく。


 ただ。


 君を憎む日。


 そんな日が。


 いつか来ることを。


 私は今も。


 少しだけ待っている。

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