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姿なき物音

作者: バスカ
掲載日:2026/07/02

 暑さが続く八月の山道を、都内の大学に通う内田裕也(うちだゆうや)は友人たちと歩いていた。

 時刻は深夜の一時前。

 辺りは暗闇と静けさが広がっている。

 足元を照らす懐中電灯の光だけが唯一の頼りだった。


「なぁ。まだ着かないのかよ」

「この先だよ」


 田島健太(たじまけんた)に聞かれると新井省吾(あらいしょうご)は楽しそうに答えた。

 途中までは車で来ていたのだが、バリケードが設置されていたので、途中から徒歩で向かうことになったのだ。


 事の発端は昨日送られてきた、省吾からのメッセージだった。


『暇だから明日肝試ししようぜ』


 そんなメッセージが送られてきたのだ。

 健太と送り主である省吾はやる気に満ちていたが、裕也は乗る気ではなかった。

 真夏の暑さに虫に刺されるかもしれない山中。

 おまけに深夜ときたものなのだから、やる気など起きるはずもなかった。

 だから初めは断ったのだが……。


『もしかして怖いのか?』


 省吾からそんな煽るようなメッセージが顔文字付きで届くと――


『え、もしかして幽霊とか信じてるの?』


 健太からも続けてメッセージが届いたのだ。

 幽霊を信じているわけでも怖いわけでもなかった。

 それでも二人には信じてもらえず、つい勢いで参加すると言ってしまったのだ。

 冷静になって考えてみると、うまく乗せられてしまったと今では後悔をしていた。


「ほら、見えてきたぞ」


 車を停めてあるバリケードの場所から十分ほど登った場所に、ボロボロに朽ちた一軒家が建っていた。

 外壁はボロボロになりながらも現状を維持しているが、ドアや窓は切り抜いたようになくなっている。

 それはまるで、ガス爆発でもあったかのような光景だ。

 見た感じ、廃墟となってからだいぶ時間が経っているように見える。


「なんでこんな不便な場所に家があるんだよ」


 健太の疑問は至極当然のことだった。

 こんな不便な場所は絶対に住みたいとは思わない。

 それに裕也にも疑問に思っていることがあった。


「なんでこんなところに家が建っていることを知っていたんだ?」


 ここに来るのは今日が初めて。

 今回の立案者である省吾も来るのは初めてと言っていた。

 こんな場所に家が建っていることなんて、普通は知るはずがないのだ。


「それは秘密だ」


 訳ありげな笑みを見せながら省吾は答えた。


「まぁそんなことは別に良いじゃん。それよりも何か面白いものが撮れるかもしれないぞ」


 雰囲気を醸し出している家を見て、健太は嬉しそうに鞄の中から小型のカメラを取り出した。

 動画の再生数が稼げるかもと嬉しそうにしている。


「それじゃ、中に入ってみるか」


 敷地には入れないようにロープが張ってある。

 二人はロープをまたぐとそのまま敷地内に入っていった。


「おい。中に入って良いのかよ」


 不安になった裕也は二人に声をかけた。


「少し動画を撮ったらすぐ帰るって」


 健太はどうしてもここの動画を撮りたいらしい。


「本当は怖いんじゃないのか?」

「こ、怖くなんてねぇよ!」

「それなら早く来いよ」


 省吾にそう言われると、裕也もしぶしぶ敷地内に入った。

 三人は廃墟となった家の前に立った。

 家は二階建ての普通の一軒家だ。

 ドアや窓がないので室内が丸見えだ。


「それじゃ中に入ってみようぜ」


 省吾がそう言いながら家の中へと入っていく。

 その後を健太がカメラを回しながら入っていった。

 そして最後に入ったのは裕也だった。


 入るとすぐそこは少し広い廊下となっていたが、中はボロボロな状態となっていた。

 奥には二階へ上がる階段が見えるが、下の部分が崩れていて登れそうにはない。

 廊下の左側には少し広い部屋がある。

 台所と思われる蛇口付きの台が見えるので、恐らくここはリビングだったのだろう。

 原形をとどめていない、食器棚と思われる物もある。

 反対側は和室だったのだろうか。

 ボロボロになった畳が敷かれているが、それ以外のものは見当たらない。


「これはいい再生数稼ぎになるかもしれないぞ!」


 健太が興奮しながらカメラを回していると……。


 ダダダダッ……。


 二階で誰かが走り回る音が聞こえるとすぐに消えた。

 その音を聞いた三人は固まった。


「い、今何か聞こえなかったか?」


 裕也は恐る恐る二人に聞いた。


「き、気のせいだろ」


 健太がそう言うと――。

 ドンッドンッ……。

 今度は誰かが飛び跳ねる音が上の天井から聞こえてきた。


「こ、これ、やばくね……? に、逃げろ!」


 省吾はそう言うと一目散に駆け出した。


「マジかよ!」


 その姿を見た裕也も慌てて家から逃げ出した。


「ちょ、ちょっと待てよ!」


 カメラを回していた健太は出遅れて最後に逃げだした。

 三人は懐中電灯を片手に上ってきた道を全力で駆け下りた。

 すると、車を停めてあるバリケードが見えてきた。

 バリケードを超えると裕也と省吾は車に飛び乗った。

 出遅れた健太は少し遅れている。


「健太! 早く!」


 省吾は声を荒げた。

 遅れて到着した健太が車に乗ると車を走らせた。

 すると、両サイドの窓ガラスを叩く音と同時に血のような赤い手の跡が付いた。

 大きさは子供ぐらいの大きさだ。

 ガラスに付いた跡は、蒸発するかのようにして自然に消えてはまたついての繰り返し。


「なんなんだよこれ!」


 健太はパニックになり、カメラを回すどころではなかった。


「そんなの知らねぇよ!」


 車を運転している省吾もパニックになっている。

 山道から下りて大通りに出ると、手の跡が付くという怪奇現象はなくなった。

 深夜ということもあり大通りでも車の数は少ない。

 それでも、すれ違う数少ない車のライトが少しの安心感を与えてくれる。


「ここまでくれば大丈夫か?」

「多分な……」


 裕也への問いに、省吾は不安そうに答えた。

 健太は力が抜けたのか、呆然と外の景色を眺めている。

 それからは会話をすることはほとんどなく、そのまま三人は帰宅した。


 裕也はアパートで一人暮らしをしている。

 鍵を開けて扉を開けると、あの家のことが脳裏に浮かんだ。

 家に入ると、すぐに家中の電気をつけた。


「やっぱり行くんじゃなかった」


 口車に乗せられてしまったことを後悔していた。

 もし行っていなければ、こんなことに巻き込まれてはいなかったはず。

 時刻は深夜の一時半を回っていた。

 就寝の支度をして布団に入ると、この日は電気をつけたまま眠りについた。


 翌朝、一通のメッセージ音で目を覚ました。

 相手は健太からだった。


『二人ともすぐに来てくれ!』


 三人のグループメッセージに届いたのは、その一言だけだった。

 何があったのかと聞いても、とにかくすぐに来てくれの一点張り。

 訳も分からず、裕也は健太の家に向かうことにした。

 健太も同様にアパート暮らしで、何度か遊びに行ったことがあったので場所は知っていた。

 呼び鈴を鳴らすとドアが開いた。


「いよう。とりあえず中に入れよ」


 そう言われ部屋の中へと招かれた。

 中には省吾の姿があった。

 どうやら先に着いていたらしい。

 テレビには昨夜持っていたカメラが繋がれている。


「裕也か。もしかしたらヤバいことになったかもしれない……」

「ヤバいこと?」


 省吾の言っていることが理解できなかった。

 ただ、省吾の様子が普段とは違うことだけは、すぐに分かった。


「肝試しなんてやらなければ良かった……」


 省吾は肝試しを立案したことを後悔しているようだった。


「とりあえず、これを見てくれよ」


 健太はそう言うと動画を再生させた。

 録画はあの敷地に入る直前から始まっていた。

 裕也たちの音声もあり至って普通だった。

 しかし、あの家に入る場面になると、いきなり画面が乱れ砂嵐となった。

 裕也たちの音声も次第に小さくなり聞こえなくなっていった。


「な、なんだよこれ――」

「しっ。この後を聞いて」


 健太はこの後に注目してほしいようだ。

 しばらく砂嵐の画面を見ていると――。


 ダダダダッ……。


 なぜかあのときに聞こえた走り回る足音だけが鮮明に聞こえた。

 足音が聞こえなくなると……。


「ねぇ。誰かいるの?」


 子供と思われる声が動画には入っていた。

 そんな声などあのときは聞こえてはいない。

 それなのになぜかこの動画にはしっかりと入っていた。

 そして、その直後にあの飛び跳ねる音が聞こえたところで動画は終わっていた。


「なぁ。これ大丈夫なんだよな!?」


 裕也は立案者である省吾に詰め寄る。


「そんなの分からねぇよ!」


 そんな裕也に逆切れをした省吾。


「分からねぇじゃないだろ! だから行くの嫌だったんだよ!」

「だったら断れば良かっただろうが!」

「お前が煽るようなメッセージを送ってきたからだろう!」

「おい。二人ともやめろよ!」


 健太は二人の争いを止めに入った。

 夏休みという楽しい時期のはずだが、今の三人にとっては、それどころではない状況になっていた。


「とりあえず何か対策はないのか?」

「ネットで探しているけれど、絶対にやってはいけないということだけで、対処法が見つからないんだよ」


 唯一落ち着いていた健太が質問をするも、対処法は見つからないということだった。


「絶対にやってはいけないということに、俺たちを巻き込んだのかよ!」

「まさか本当にこんなことになるなんて思わなかったんだよ!」

「もう、今は争っている場合じゃないでしょ!」


 健太に再度止められ、この日はそのまま解散する運びとなった。

 このままでは裕也と省吾の争いが絶えないと判断した健太の考えだった。


 昼間は特に変わったこともなく、昨夜も問題はなかった。

 だから、このまま何も起こらないかもしれない。

 アパートに帰宅し、冷静さを取り戻した裕也はそう考えていた。

 しかし、その日の深夜――。


 ダダダダッ……。


 上の部屋から子供が走り回るような足音が聞こえてきた。

 時刻はあのときと同じ、深夜の一時。


「もう! うるさいな!」


 そう叫ぶと足音はピタッと鳴りやんだ。

 古いアパートだから自分の声が聞こえたのかもしれない。

 それでも、一応大家さんには伝えておこう。


 翌日、騒音の件で大家さんの元に訪れていた。

 大家さんはアパートの名簿に視線を落としている。


「えっと……。二〇三号室だったかな?」

「はい。深夜、駆け回る音がうるさかったので注意をお願いします」

「あれ……。おかしいな。二〇三号室であってるよね?」

「うちが一〇三号室なのであっていると思います」

「二〇三号室だけれど、今は空き部屋になっているね」

「え?」


 昨日走り回る音がしていた上の部屋は空室だった。

 考えてみれば、こういう騒音は今までに一度もなかった。

 それじゃ、あの足音は……。


「とりあえず、様子だけ見に行こうかね。空き巣とか入っていたら嫌だし」


 そう言うと鍵を持って二〇三号室に向かった。

 鍵を開けてドアを開けると、中はもぬけの殻だった。


「ちょっと見てくるから、そこで待っていて」

「は、はい」


 玄関先で待つよう伝えると、大家さんは部屋の中を調べ始めた。

 しばらくすると、部屋の中から大家さんが出てきた。


「部屋の中を見てみたけれど、変わったことはなかったよ」

「そ、そうですか……」

「それじゃ私は戻るね」


 部屋の鍵をかけると大家さんはそのまま自分の部屋へ戻っていった。


 (もしかして、あの時の足音なのか?)


 そんなことを考えると、突然恐怖が込み上げてきた。


 (早く解決策を見つけてくれ。省吾!)


 もはや、藁にもすがるような思いになっていた。

 この日も部屋の電気を点けたまま寝ることにした。

 しかし、深夜の一時になった瞬間、突然部屋の電気が消え暗闇に染まった。


「な、なんだ!?」


 静まり返った暗闇に恐怖が押し寄せる。

 すると、玄関のドアを叩く音にドアノブをガチャガチャと回す音。

 そして、部屋の窓ガラスを叩く音が裕也を襲った。


「なんなんだよ!」


 枕元に置いてあるスマホを使おうとするも、何故か電源が切れた状態で起動しない。


「くそっ!」


 布団から出ると、急いで部屋の電気の入り切りを繰り返すが、電気も点かない。


「なんで点かないんだよ!」


 何度も電気の入り切りを繰り返すが、それでも電気は点かない。


「もう嫌だ!」


 そう叫ぶと怪奇現象は止まった。

 すると突然部屋の電気が点き、スマホの電源が入った。

 裕也の精神はだいぶ追い込まれていた。

 この日は、電気を点けたまま眠りについた。


 翌日、一通のメッセージ音で目を覚ました。

 相手は省吾からだった。


『対策法が見つかったぞ!』


 その一言のメッセージで意識が覚醒した。


「まじか!」


 思わず一人で叫んでいた。

 対策法は、至って簡単なものだった。

 それは、お菓子をあの家の前にお供えするというものだった。

 あの家は過去に火災があり、その時に幼い兄弟をなくしているということだった。

 省吾が対策法を探しているときに、偶然対策法と一緒に見つけた情報だった。

 あの幽霊はその時の子供の幽霊なので、お菓子を供えることで鎮まるのではないかということらしい。


 早速、裕也たちは花と多めのお菓子を買ってあの家に向かった。

 そして向かう途中、二人も自宅で怪奇現象を体験していたことを聞いた。

 家に着くと、扉の前に花とお菓子を供え、三人は手を合わせた。


「家の中を荒らしてしまいごめんなさい」


 初めに謝罪を口にしたのは裕也だった。


「もう二度とこういうことはしません。すみませんでした」


 次に謝罪を口にしたのは立案者である省吾だった。


「再生数のために入ってはいけないところに入ることは、もう二度としません。すみませんでした」


 最後に謝罪を口にしたのは健太だった。


 火災の原因など、細かいことは不明だが、この日を境に三人に怪奇現象が現れることはなくなった。

 三人は残りの夏休みを普通の大学生として満喫したのである。

 そして、あっという間に夏休みが終わると、大学の講義に通ういつもの生活に戻っていったのだった。

最後まで読んで頂き有難うございました。

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