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欠けた属性の少女

作者: ひろゆら
掲載日:2026/05/15

森の朝は静かで穏やかなはずだった。

けれど今日は違う。

風属性の僕——リオには、風が怯えているのがはっきりわかった。

風は世界の変化に敏感だ。魔物が近づけば荒れ、人の心が沈めば風も沈む。

だが今日の風は、まるで“何かを避けている”。


風の流れを追って森の奥へ進むと、倒木のそばに少女が倒れていた。

茶色い髪が朝の光を受けて揺れている。


「属性の気配が……ない?」


風感知で触れても、少女からは無色の空白しか感じられなかった。

少女はゆっくり目を開け、怯えた瞳で僕を見た。


「あなたは……誰?」


「僕はリオ。風属性の魔法使いだよ。君は?」


少女は胸に手を当て、言葉を探すように息を吸った。


「名前も、どこから来たのかも思い出せない。ただ……胸の奥が空っぽみたいで」


少女は立ち上がろうとしたが、足がふらついた。

僕は慌てて支える。


「迷惑かけてごめんね」


「迷惑じゃないよ。森の風が、君を“連れて行け”って言ってる」


少女は驚いたように僕を見た。

風は確かに、彼女を避けながらも、どこか導くように揺れていた。


「わたし、自分のことが怖いの。何も思い出せないのに、胸の奥だけがざわざわして」


「大丈夫。村に行けば、長老が何か知ってるかもしれない」


少女は静かに頷いた。

こうして僕たちは森を抜け、村へ向かった。


村に着くと、長老は少女を見るなり眉をひそめた。


「この子、属性が見えん。リオ、お前の風感知でも感じられんのだろう?」


「うん。まるで空気みたいに、何も」


長老は重く頷いた。


「村では判断がつかん。街の魔導院へ行くべきだ。

 あそこなら、この子の属性がわかるかもしれん」


少女は胸に手を当てた。


「……知りたい。わたしが何者なのか」


その夜、魔導院の部屋でみのりは眠れず、窓辺に座っていた。


「胸の奥に空白があるみたいで、落ち着かないの」


「怖い?」


「少し……でも、逃げたら、ずっと欠けたままな気がする」


僕は隣に座った。


「僕も怖いよ。でも、君がいなくなるほうがもっと怖い」


みのりは驚いたように僕を見た。


「どうして、そんなふうに言えるの?」


「理由はわからない。ただ……君のことを知りたいと思うんだ」


みのりは胸に手を当て、静かに息を整えた。


「リオの風の音、好き。安心する」


風が優しく吹いた。


翌朝、魔導院の塔でみのりが水晶に触れた瞬間、

水晶が黒く濁り、砕け散った。


魔導師たちがざわめく。


「属性が……奪われている」


年配の魔導師は古文書を開いた。


「透明属性。

 どの属性にも属さず、世界の流れの外側にある力だ。

 記録が残るのは……北の森の遺跡だけだ」


みのりは胸を押さえた。


「……あの森、知ってる気がする」


そのとき、風が僕の耳元をかすめた。


(北の森……古い石……封じられた闇……)


「風が教えてくれた。

 君の属性を奪ったものが、北の森にあるって」


みのりは静かに頷いた。


「行きたい。

 怖いけど……このままじゃ、わたしは“欠けたまま”だから」


北の森の奥へ進むと、古い石造りの遺跡が姿を現した。

みのりは遺跡の前で立ち止まり、胸に手を当てた。


「ここ……知ってる気がする。怖いのに、懐かしい」


「無理に思い出さなくていいよ」


「違うの。ここに来た瞬間、胸の奥が強く反応したの。

 わたしの“欠けてるもの”が、この先にある気がする」


「でも、危険かもしれない」


「あなたを巻き込みたくない」


「巻き込まれてるよ。もうとっくに」


みのりは息を呑んだ。


「どうして、そこまで……?」


風が囁いた。


(大切だから)


みのりは微笑んだ。


石碑が光り、闇の魔物が姿を現した。

黒い霧の体、中心に赤い核。


魔物が襲いかかる。

僕は風を足元に集め、跳ぶ。


風歩ウィンド・ステップ!」


風刃ウィンド・カッターは効かない。

霧はすぐに元に戻る。


魔物の腕が僕の肩をかすめ、痛みが走る。


「リオ!」


その瞬間、みのりの周囲に透明の揺らぎが生まれた。

魔物が動きを止める。


「今の……わたし?」


魔物が再び襲う。

透明な光が弾け、魔物の腕を弾き飛ばした。


みのりの胸が強く光り、透明な波紋が広がる。

魔物の霧が揺らぎ、核が露わになる。


「今だ、みのり!」


透明な光が核を包み込み、魔物は崩れ落ちた。


みのりの周囲に無色の光が揺れた。


「……わたし、生まれつき透明属性だったんだ。

 どの属性にも染まらない力……だから、世界に馴染めなかった」


「でも、君は僕を守った。

 その力は怖がるものじゃない」


みのりは微笑んだ。


「ありがとう、リオ。あなたがいてくれたから、ここまで来られた」


透明な光が強まり、みのりの輪郭が薄れていく。


「待って……行くの?」


「うん。でも、これは“さよなら”じゃないよ」


みのりはまっすぐ僕を見た。


「必ず戻るから。

 そのとき、また名前を呼んでね」


茶色の髪が最後に揺れ、

透明な光とともに消えていった。


僕は風の感知で、

遠くで揺れる透明な気配を追い続けた。


風が静かに告げていた。

——また会える、と。

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