第9話 伯父からの返信
「ストーレン伯爵家、ね……」
「ええ……」
私達がした諸々の連絡の中で、最も早く返信があったのはストーレン伯爵家からだった。
その伯爵家は、アドールの実母であるセレティア様の実家だ。つまりアドールにとっては、親戚にあたる人達がいる。
といっても、セレティア様が亡くなってから、両家の交流はほとんどなかったという。私との結婚の話が出る頃には、関係がほぼ途切れていたそうだ。
「まあ、僕は結局の所、ヴェレスタ侯爵家の人間である訳ですからね。ストーレン伯爵家の方々からすれば、それ程興味深い存在という訳でもなかったのでしょう」
「えっと、現ストーレン伯爵はセレティア様のお兄様にあたる人なのよね? どのような人なのか、アドールは知っているのかしら?」
「冷静沈着な方だったように思います。もちろん、それは対外的な顔でしかないのかもしれませんが……」
私の質問に対して、アドールは少しその表情を強張らせた。
それはつまり、彼が伯父のことを少し恐れているということなのだろう。少なくとも、表面上は親しみやすいタイプではなさそうだ。
内面が優しい人であるという可能性も、ないという訳ではない。ただ、少し計画しておいた方がいいだろうか。
「しかし伯父様が、訪ねて来るなんて意外です。僕のことを気遣ってくれているということでしょうか?」
「まあ、そうなのではないかしら」
「……」
アドールの言葉に、私はリヴェルト様と顔を見合わせていた。
このタイミングで訪問してくるストーレン伯爵の意図は、二つに一つだと考えられる。
一つは、アドールの言う通り心配しているから。もう一つは、ヴェレスタ侯爵家を狙っているから。
「もう出発しているということから、明日にはこちらに着くようですね? アドール侯爵令息、部外者である私は同席することはできません。フェレティナ様とともに、どうか頑張ってください」
「ええ、もちろん頑張ります。無礼がないように努めます」
リヴェルト様が声をかけると、アドールは少し緊張した面持ちで言葉を返した。
彼は聡い子だ。私達のやり取りから、ある程度のことを理解したのかもしれない。
とはいえ、まだ後者と決まっているという訳でもない。何事も悲観的に考える必要はないだろう。楽観的に考えられるという訳でもないが、もう少し気楽でもいいはずだ。
「アドール、私が付いているのだから、心配なんてしなくていいわよ?」
「フェレティナ様……ありがとうございます。とても心強いです」
私が声をかけると、アドールは笑顔を浮かべた。
そんな彼を不安にさせないためにも、私がちゃんとしなければならない。今からストーレン伯爵にどう対応するか、考えておくとしよう。
◇◇◇
冷静沈着な人であるとは聞いていたが、実際に顔を合わせると、それは確かなものだとより色濃く理解することができた。
鋭い目をしたストーレン伯爵は、アドールの隣にいる私に視線を向けてきている。妹の結婚相手の後妻にして、甥っ子の継母である私のことを、見極めているということだろうか。
「伯父様、お久し振りですね」
「ああ、アドール。お前も随分と大きくなったものだな」
「最後に顔を合わせたのは、それこそ母上の葬儀の時でしたか……あの頃から比べると、確かに僕も大きくなっているのかもしれません」
ストーレン伯爵は、低い声でアドールに話しかけていた。
全体的に、重苦しい雰囲気を纏っている人だ。これはアドールが恐れるのも、仕方ないことかもしれない。
そんな彼のことを、私は見極めなければならないだろう。敵か味方か、それはとても重要な事柄である。
「色々と大変だったようだな?」
「そうですね……しかし、なんとか乗り越えることはできました」
「……妹が亡くなっているとはいえ、お前が俺の甥であるという事実は変わらない。そんなお前が困っているのだ。俺ももちろん、力を貸すとしよう」
ストーレン伯爵は、アドールに対して寄り添う発言をした。
なんとなくではあるが、その言葉に裏はないような気がする。彼の甥を見る目は、鋭いながらも優しげだ。彼は本当に、アドールの力になろうとしているように思える。
少し気になるのは、彼が先程から私に目を向けていることだろうか。彼にとって、私の存在は何か不都合があるのかもしれない。
「しかしアドール、俺には一つだけ許せないことがある。お前の親のことで、だ」
「親……」
「大抵のことは許容できる俺でも、これだけは譲ることはできない。それだけ歪なことだからだ」
ストーレン伯爵の言葉に、アドールは少し身を縮こまらせた。
今の言葉の意味は、どういうものなのだろうか。そう考えると、ある一つの結論に達することができる。
恐らくストーレン伯爵は、私のことを言っているのだろう。
ここに私がいることが気に食わないと思うのは、ストーレン伯爵からすれば当然のことであるといえる。
私は彼がヴェレスタ侯爵家を狙っている可能性を考えたが、それは相手にとっても同じことであるだろう。
普通に考えたら、私は自分の家に帰るはずだ。そうしないということは、何かしらの意図があるということになる。
甥のことを思っていればいる程、私の存在は怪しく映るだろう。
ヴェレスタ侯爵家の財産などを狙って残っている。客観的に見れば、そう見えても何もおかしくはない。
それを私は、すっかり失念してしまっていた。私とアドールとの繋がりは、他者から見れば希薄なものだったのだ。




