第6話 突然の訪問者
結局昨日は、アドールとそれ程言葉を交わしたりしなかった。
私達は寝転がってお互いの顔を見ている内に、自然と眠りについていたのだ。
それはなんとも、不思議な話である。その前までは、眠れなかったというのに。
「えっと、あなたは……」
「……まずは自己紹介からですね。私は、ロナーダ子爵家の次男リヴェルトと申します。本日は父上の命令で訪問させていただきました」
そんな一夜が明けてから、ヴェレスタ侯爵家に訪問者が来た。
その人物に自己紹介されて、私は少し固まっていた。ロナーダ子爵のご子息が、どうしてこちらを訪問して来たのかわからなかったからである。
確か、領地間の道の整備に関する問題は終わっているはずだ。ロナーダ子爵から聞いたのだし、それは間違いない。
いや、何か新たな問題が発生したというなら、その限りではないだろうか。しかしなんとも、タイミングが悪い。今そんな問題が降りかかって来るなんて、参ってしまいそうだ。
「ロナーダ子爵の命令、ですか……もしかして、領地間にある街道などの話でしょうか?」
「いえ、そういう訳ではありません。ヴェレスタ侯爵夫人、その……あなたは何か困っているのではありませんか?」
「え?」
リヴェルト様は、何やら抽象的な質問をしてきた。
もちろん、困っているといえば困っている訳ではあるが、夫が妹と駆け落ちしたなんて聞かされても、彼も困るはずである。
となると、この質問には何か他の意図があると考えるべきだろうか。ただ正直、考えてもわからないので早く答えを教えてもらいたい所である。
「どういうことですか?」
「……まあ、困りますよね。実の所、私も困っているのです。父上は非常に抽象的なことを言ってきました。あなたが困っているような気がするか、助けに行ってこいと」
「なるほど……」
困惑しているのは、リヴェルト様も同じだったようだ。
ただ、今の言葉で事情は理解できた。これは私と先日話したロナーダ子爵によって、もたらされた訪問なのだと。
人格者として名高い彼なら、そうすると考えられる。それは普通に、ありがたい話だ。
「……困っていることがないと言ったら、嘘になりますけれど」
「おや、それでは父上の推察もあながち間違っているという訳では、ないということですか?」
「ええ、そうですね。実の所、ロナーダ子爵と会った時から困っていたんです。正確に言えば、ロナーダ子爵と会ったことで困った事実を認識したということですか?」
「えっと……」
とりあえず私は、リヴェルト様に事情を話してみることにした。
見た所彼も人が良さそうだし、上手くいけばロナーダ子爵家の協力を得られるかもしれない。
故に私は、相手が同情するように少し大袈裟に事情を話すのだった。
「なるほど……どうやら大変なことになっているようですね」
話を聞いたリヴェルト様は、少し引いているようだった。
少し仰々しく話し過ぎてしまっただろうか。私は少し心配になってきた。
「ヴェレスタ侯爵夫人……いえフェレティナ様、あなたにこのようなことを言うことは無駄ではあるかもしれませんが、一つだけどうしても言いたいことがあります」
「あ、はい。なんでしょうか?」
「アドラスは屑です」
「……え?」
そこでリヴェルト様は、その表情を強張らせて、少し低い声を出してきた。
その言葉に、私は少し面食らってしまう。前置きはあったものの、唐突な言葉であったからだ。
とはいえ、その怒りが私に向けられているものではないことは明白である。彼は、アドラス様の行いにかなり怒っているらしい。
「立場上、私も貴族の悪い話は何度か聞いたことはあります。しかしアドラス様の行いはその中でも非道の極み、妻と息子を置いて妻の妹と駆け落ちするなど、外道としか言いようがない。その行為は、到底許せるものではありません」
「そ、そうですか……」
リヴェルト様の激しい怒りに、私は少し気圧されていた。
もちろん私もアドラス様の行いには思う所はあるのだが、彼程に激昂した訳でもない。そのため、少し気持ちが追いついていないのだ。
もっとも、彼がそうやって怒ってくれるのは、私からすれば嬉しいことではある。やはり彼に話して良かったかもしれない。どうやら彼が父親と同じく人格者であることは、間違いなさそうだ。
「フェレティナ様、あなたは今苦境に立たされていることでしょう。もしよろしかったら、力をお貸ししますよ?」
「力、ですか?」
「ええ、元々私はそのつもりでここに来た訳ですからね。それは父上の命令でしたが、今は私自身もあなた方の力になりたいと思うようになりました」
「リヴェルト様……」
リヴェルト様は、私の前まで来て跪き、その手を差し出してきた。
私が言えた義理でもないのだが、彼もなんとも仰々しく振る舞うものである。私は彼の同情を誘うための演技だった訳だが、彼もそうなのだろうか。
しかし、彼の申し出はどの道ありがたい。害する意思はなさそうだし、ここはその手を取った方が良いだろう。
「リヴェルト様、どうかよろしくお願いします」
「ええ、何なりとお申し付けください」
私は、リヴェルト様の手を取った。
突然の訪問者ではあったが、思わぬ味方が得られたのは収穫だ。これで少しは、楽になるかもしれない。
◇◇◇
「お久し振りですね、アドール侯爵令息」
「リヴェルト様、お久し振りです」
「少し見ない間に、大きくなられましたね。なんというか、次期侯爵としての風格が感じられます」
「そうでしょうか? そう言っていただけると、こちらとしても嬉しいですね」
アドールとリヴェルト様は、なんだか親しそうに会話をしていた。
ヴェレスタ侯爵家とロナーダ子爵家は、前々から交流があったと聞いている。そういった事情もあって、二人の間には既に関係性ができているということだろうか。
「しかし、まさかあなたがこちらにいらっしゃるとは思っていませんでした」
「ええ、私もですよ。父上から命令された時は驚きました。しかしながら、来て良かったと思っています。どうやらヴェレスタ侯爵家は、危機的状況にあるようですからね」
「そうですね。由々しき事態です」
リヴェルト様の言葉に、アドールはゆっくりと頷いた。
その顔は、当然のことながら暗い。そういった表情を見ていると、私も少し苦しくなってくる。
「アドール侯爵令息、辛いのはわかります。ただ、今は嘆いていても仕方ない状況です。どうか気持ちを強く持ってください。あなたは誇り高きヴェレスタ侯爵家の後継者なのですから」
「……そうですね。リヴェルト様に、情けない姿を見せる訳にもいかないですからね」
リヴェルト様は、アドールの肩に手を置いて、ゆっくりと言葉を発していた。
その言葉によって、アドールの表情は晴れた。どうやらリヴェルト様のことを、結構慕っているようだ。
貴族であり同性であるということが、やはり大きいのだろうか。なんというか、私よりも効き目があるような気がする。
「……フェレティナ様、どうかされましたか? 何やら視線を感じますが、私に何か?」
「いえ、なんでもありません」
正直な所、少し複雑だ。アドールが元気を出してくれるなら嬉しいのだが、どうしても自分と比べてしまう。
しかし、そんなことで落ち込んでいてもいいことはない。これからのこともある訳だし、気持ちを切り替えておかなければならないだろう。
「さてと、アドール、リヴェルト様は私達に協力してくれるそうよ?」
「そうなのですね。ありがとうございます、リヴェルト様」
「いえ、これは父上の命令ですから、お礼なら父上に言ってください」
「まあ、やるべきことは色々とあるし、早速行動するとしましょうか」
「はい……フェレティナ様、リヴェルト様、よろしくお願いします」
アドールは、私とリヴェルト様に対してゆっくりと頭を下げてきた。
それに対して、私達はゆっくりと頷く。これからまた、忙しくなる。気を引き締めて、ことにあたるとしよう。




