第5話 必要な休息
有無を言わせずヴェレスタ侯爵家に残った私は、色々と書類などを準備した。
これから、各所に色々な通達をしなければならない。そのためにする準備の量は膨大だった。とてもではないが、今日中にまとめることなどはできない。
そう判断した私は、切りがいい所で切り上げて休むことに決めた。
このまま夜通しで作業して、倒れたりしたら問題である。それならいっそのこと休んで、明日に作業を持ち越した方がいい。そう判断したのだ。
もちろん、早急に出すべき重要な書類はもう仕上げてある。最低限ではあるが、とりあえずそれでなんとかなるだろう。
もっとも、今回私が休むことを選んだ理由は、実の所別のことが主な要因だ。
私が作業している間、アドールはずっとその手伝いをしていた。色々とあって、疲れているにも関わらず。
そんな彼を休ませるべきだと思った。そのためにはまず私が休むことによって、示さなければならなかったのである。
「といっても、私はとても疲れているのよね……」
自室に戻った私は、ベッドの上に寝転がっていた。
今日の出来事は、私の人生を大きく変える出来事だったといえるだろう。これからのことを考えると、少し億劫になってくる。
ただ、自分の選択に後悔などはない。私はアドールを一人にしたくないと思っている。それは理屈などではなく、ただ感情の問題だ。
両親やお兄様は、反対するだろうか。それは少し心配だ。
とはいえ、今回のことには私達にも責任があるといえる。そう反対するとは思えない。もっとも、仮に反対されたとしても、自分の考えを曲げるつもりなんてないのだが。
「……失礼します」
「あら……」
色々と考えながらベッドの上でうとうとしていると、部屋の戸を叩く音が聞こえてきた。
声からして、訪ねて来たのはアドールであるだろう。一体どうしたのだろうか。今日はもうこのまま、休みたい所なのだが。
「アドール、何か用かしら?」
「あ、いえ、夜分遅くに申し訳ありません」
「それはいいのだけれど、どうかしたの?」
私が部屋の戸を開けると、アドールは少し目線をそらした。
心なしか、顔も赤い。彼にしては、少し珍しい反応である。
「……まあ、とりあえず入って」
「し、失礼します」
「……あら」
部屋にアドールを招き入れながら、私は彼が枕を抱いていることに気付いた。
もしかしてこれは、一緒に寝たいとかそういったことなのだろうか。
普段は大人びていても、アドールはまだまだ子供だ。父親を失った不安で、私を訪ねて来たのかもしれない。
「えっと……とりあえず、ベッドにでも座って」
「あ、はい。失礼します」
私が促すと、アドールはベッドの上にちょこんと腰掛けた。
なんというか、今の彼はいつにも増して小さく見える。自分がしようとしている提案を恥ずかしいことだと思い、萎縮しているということだろうか。
父親を失った子供が、不安になるなんて当然のことである。それで私を頼ったとしても、恥ずかしいことである訳がない。
そんな風に言った所で、アドールには受け入れられないだろう。彼はただでさえ大人であろうとしているのだから。
そういうことなら、ここはれっきとした大人である私から提案するべきかもしれない。
そんなことを思いながら、私はアドールの横に腰掛ける。
「それで、どうしたのかしら? 何か話でもあるの?」
「話……そうですね。話したいことは、色々とあるような気がします」
「そう……でも、今日は早く休んだ方がいいわよ? あなたも疲れているでしょうし」
「……眠ろうと思いました。でも、なんだか全然眠たくならなくて」
アドールは、少し声のトーンを落としながらそう呟いた。
恐らく、自室で一人になってから彼には今日のことが重くのしかかってきたことだろう。私もそうだったのだから、まず間違いない。
そして彼の辛さというものは、私の比ではないだろう。それをこの小さな体で受け止めるなんて、無理な話である。
「……実の所、私もそんなに眠たくないのよね。今日一日、色々とあったからかしら」
「それは……そうですよね」
「ああ、そうだ。昼間はごめんなさいね」
「え?」
いいい機会であったため、私はとりあえず昼間のことを謝ることにした。
ここに留まるために、私は彼に色々と言った。もちろん、それはアドールがこれから侯爵として生きていくために、必要なことだったとは思っている。
ただ、厳しい言い方をしてしまったことは事実だ。それは一度、きちんと謝っておくべきことだと思った。結局作業している間は、事務的な会話しかできなかった訳だし。
「私もまだまだ未熟者であるということでしょうね。あなたに言い聞かせるというなら、もっと良い方法があったかもしれないのに……」
「いえ、フェレティア様の意図はわかっています。僕のために、敢えてあのようなことを言ってくれたのですよね? わかっています。それに、嬉しかった……」
「アドール……」
アドールは、ゆっくりとこちらとの距離を少し詰めてきた。
今回の件を通して、アドールは私に今まで以上に心を開いてくれているようだ。
それを理解して、私は思わず笑顔を浮かべるのだった。
「ああ、そうだわ。せっかく訪ねて来てくれたのだし、アドールに一つお願いしてもいいかしら?」
「はい、なんですか?」
昼間のことに関する話が一段落ついたため、私はアドールがここに来た本題について触れてみることにした。
もちろんそれは私の推測でしかない訳ではあるが、枕まで持ってきているのだし、恐らく間違ってはいないだろう。
「さっきも言った通り、なんだか眠れなくてね……せっかくだから、少しの間話をしてもらいたいの。もしよかったら、このまま寝転びながら話さない? そうしたら、眠気がきたらすぐに眠れるでしょう?」
「それは……僕もここで寝ても良いということでしょうか?」
「ええ、そう言っているの」
私は、適当な理由をつけて、アドールに提案してみた。
それに対して、彼は目を丸めている。 しかし彼の目はすぐに細まり、申し訳なそうに笑顔を浮かべた。
今回に関しても、少々強引だったということだろうか。彼には私の魂胆が見抜かれてしまったらしい。
「フェレティナ様は、お優しいのですね?」
「……何の話かしら?」
「いえ、そういうことならここで眠っても、一緒に寝てもいいですか?」
「ええ、私からお願いしたいくらいよ」
結果として気遣われたのは、私の方であるような気がする。
いまいち格好がつかないため、少しばつが悪い。
「あら、丁度良く枕を持っているものなのね……」
「ええ、僕も驚いていますよ」
ただ、そういった気持ちはアドールと向かい合ってベッドに寝転がった時点で吹き飛んでいた。彼の安心したような表情に、私もなんだかひどく落ち着いたくらいだ。
そう考えると、私もかなり不安だったということなのかもしれない。となると、これは私が頼んだことということで、正しいということなのだろう。
そう思って私は、また自然と笑みを浮かべてしまっていた。するとアドールの方も、笑顔を返してくれる。
「不思議なものね。話したいことは、たくさんあったような気がするのだけれど……」
「ええ、そうですね。なんだか胸がいっぱいです」
「アドール、私はね。あなたの傍にいたいと思っているの。それには理由なんてものはないのよ……ただ私は」
「ありがとうございます、フェレティナ様……本当に、とても嬉しいです。僕はまだ、一人になった訳ではないのですね……」
「そうよ。私はこれからも……」
少し言葉を交わしただけでも、眠気が襲ってきた。
それはアドールも同じであるらしい。彼は目を瞑って、ゆっくりと寝息を立て始めている。
それを確認してから、私も目を瞑った。なんだか、いい夢が見られそうな気がする。




