第3話 見つかった二人
「……」
「……」
私とお兄様は、向き合って座りながら黙り込んでいた。
もたらされた事実に対して、お互いに思考がまだ追いついていないのだ。
ただ、事実は事実として受け止めなければならない。いつまでも目をそらしても仕方ないのだから、そろそろ話を始めるべきだろう。
「お兄様、本当なのですか? アドラス様がヘレーナと一緒だということは?」
「……ああ、間違いない」
「つまりアドラス様の浮気相手はヘレーナだったと?」
「そう考えるべきだろう。それ以外の可能性もあるだろうが、楽観的な考えでしかないな」
お兄様が調査した結果、アドラス様はすぐに見つかった。
彼は、最寄りの町に留まっていたそうだ。見つけるのも難しいことではなかったらしい。
問題は、その彼と一緒にいたのがヘレーナだったということだろう。フォルファン伯爵家から家出した彼女は、私の夫と会っていたらしい。
夫が妻に嘘をついて、妻の妹と会っていた。
その事実が何を意味しているかなんて、言うまでもないことだろう。
しかしまさか、アドラス様があの妹と浮気しているなんて、思ってもいなかったことだ。
これは非常に、まずい状況である。最早アドラス様が本気であるかどうかなんて、どうでもいいことだ。相手がヘレーナであるならば、こちらとしても動かざるを得なくなる。
「お兄様、私はアドラス様の元に向かいます」
「ああ、俺も行くとしよう。アドラスには言いたいことが山ほどある。当然、ヘレーナにもな」
私が立ち上がると、お兄様も立ち上がった。
お兄様は、私の味方であるようだ。それはなんとも心強い限りだ。
ここはその優しさに、甘えるべきだろう。第三者がいる方が冷静に話ができそうではあるし、私はお兄様を頼ることにした。
「……そういうことなら、僕も連れて行ってください」
「え?」
「む……」
そこで部屋の戸が、ゆっくりと開かれて中に一人の少年が入って来た。
その少年とは、アドールだ。彼はとても冷たい表情をしながら、こちらに向かって歩いて来る。表情や言葉からして、話は聞いていたということだろうか。
「アドール、あなた……」
「フェレティナ様、それにハルベルク様、お話は聞いていました。盗み聞きしてしまったことは、申し訳ないと思っています。しかしながら、聞き逃す訳にはいきませんでした。それは僕にも関係があることですから」
アドールは、私の目を真っ直ぐに見ていた。
彼の決意が、その目からは読み取れる。どうやら止めても無駄であるようだ。彼はきっと、何をしてでも付いて来るつもりだろう。
そう思った私は、お兄様に対してゆっくりと頷くのだった。連れて行くしかない彼がそう決意しているのなら、それを私に止める権利などはないのだろう。彼はこのヴェレスタ侯爵家の後継者なのだから。
◇◇◇
私とお兄様、そしてアドールの三人は最寄りの町を訪れていた。
この町はヴェレスタ侯爵家の領地内にある港町である。この町でアドラス様やヘレーナは密会しているようだ。
私達は、その現場として頻繁に利用されていたという酒場に来ていた。しかし、そこに二人はいない。流石に一つの場所に留まっているという訳ではないということだろうか。
「お兄様、どうでしたか? 二人の行方はわかりましたか?」
「ああ、どうやら二人は港に向かったらしい」
「港、ですか?」
店主から話を聞いたお兄様は、少し苦い顔をしていた。
その気持ちは、とてもよくわかる。二人が港に向かったということは、とても不可解だ。
「一体、何の目的で港に?」
「……普通に考えれば、目的は船ということになるだろう」
「まあ、私達が港に行くとなると、そうなりますよね。まさか魚を買いに行った訳ではないでしょうし……」
港に向かう目的は、様々あるだろう。
ただ、私達のような身分の者達が港に赴くといったら、主に船に乗る時だ。
誰かを迎えるためということもあるが、どちらかというと自分達が船に乗る方が多い。しかしその仮説は、状況的に正しいかどうかは微妙な所だ。
「しかし、アドラス様は私にロナーダ子爵家の屋敷を訪ねると言って出発しました。船で出掛けたりしたら、いくらなんでも辻褄が合わなくなります」
「後に手紙でも出して誤魔化すつもりなのかもしれない。あるいは……」
私の言葉に対して、お兄様は仮説を述べていた。
しかしその言葉は、途中で詰まった。それは恐らく、アドールを気遣ったのだ。
事実として、お兄様の視線は彼の方に向いている。その先の言葉は、彼にとって酷なものだと判断したのだろう。
「……ハルベルク様が何を言いたいのかはわかっています」
「む……」
「父上はヘレーナ様と駆け落ちしようとしている。そう考えているのですね」
だが、アドールは聡い子であった。
彼は既に、理解しているのだ。父親が自分を置いて行こうとしているかもしれないということを。
それはまだ子供である彼にとって、とても辛いことであるはずだ。ただ、彼はそれをおくびにも出さない。
「……あくまでも可能性の一つということだ。そうだと決まった訳ではない」
「はい、そうですね……」
「とにかく、港に向かうとしよう。話はそれからだ」
「ええ……」
お兄様は、珍しく気まずそうな顔をしていた。
流石のお兄様でも、アドールが今置かれている状況には同情を隠せないようだ。
◇◇◇
「これは……」
港に来た私は、停泊している客船らしきものを見て思わず声を出していた。
その船は、外国に向かう船であるらしい。この時間にここに来るということは、目的はまずその客船であるだろう。
ということは、お兄様やアドールが予想していた通りのことを、二人は実行しようとしているのかもしれない。そんな考えが頭を過って、とても嫌な気分になった。
「……フェレティナ、アドール、あれを見ろ」
「あれは……」
「父上!」
お兄様が指差した先には、船の上で周囲を見渡しているアドラス様がいた。
それを見たアドールは、駆け出す。先程までとは打って変わって、彼はとても必死な焦ったような顔をしている。
やはり表面に出ていなかっただけで、内心には色々と思う所があるのだろう。私は、アドールに続いて駆け出す。アドラス様には、色々と言いたいことがあるからだ。
「父上!」
「……なっ」
アドールの呼びかけに、アドラス様はやっとこちらに気付いた。
彼は目を丸くして驚いている。まさか私達がこの場に現れるなんて、思ってもいなかったことなのだろう。
「父上、どこに行かれるのですか! こんな船に乗って……」
「……」
「アドラス様! 答えてください! あなたは一体……」
「……」
私とアドールの呼びかけに、アドラス様は気まずそうな顔をしていた。
しかし彼は、何も答えてくれない。それ所かゆっくりと体を翻し、私達に背を向けて来る。
「……無駄ですよ、お姉様」
「……あなたは、ヘレーナ!」
そこで私達の前に現れたのは、妹のヘレーナだった。
彼女は、何やら勝ち誇ったような表情を浮かべている。それは恐らく、私からアドラス様を奪ったという事実を誇っているということだろう。
しかし最早、私にとってはこの妹が夫と浮気していたなど些細なことだ。問題となるのは、去った父親がいた所を今も見つけているアドールである。
「ヘレーナ、あなた……アドラス様は、一体どういうつもりなの?」
「どういうつもりも何もありませんよ。私達は愛し合っているんです。でも、私達が結ばれるためには障害が多いですからね。別の国でやり直すんです」
ヘレーナは恍惚とした表情を浮かべながら、私の質問に答えた。
その答えに、私は息を詰まらせる。恐れていたことが現実となってしまった。アドラス様は本当に、アドールを残してこの妹と行くつもりなのだ。
それはなんと非道なことなのだろうか。アドラス様は、最低の人間だ。
そのことを嬉々として語るヘレーナも同じである。この二人は一体、どこまで外道なのだろうか。




