第24話 幸せな日々
アドラス様の末路に関しては、ストーレン伯爵が調べてくれた。
その末路というものは、悲惨なものだったらしい。あのストーレン伯爵でさえ、同情していたくらいだ。
とはいえ、これでヴェレスタ侯爵家の憂いの一つがなくなったことは事実である。アドラス様は、名実ともにこの世からいなくなったのだから。
「母上、という訳で全てが終わりました」
その諸々の報告を、私達はしに来ていた。
目の前にあるお墓で眠っているのは、アドールの実の母親だ。今日は彼女の命日ということもあって、関係者ほとんどが集まってここに来たのである。
「……お前が亡くなってから随分と経ったものだな。アドールも大きくなったものだ」
「お義母様、私とアドールは今も仲良くやっています。アドールのことは、任せてください。私がしっかり、支えますから」
ストーレン伯爵は、当然のことながら生前の彼女を知っている。エメラナ姫も、何度か会ったことはあるようだ。
私とお兄様、それからリヴェルト様は実際に会ったことはない。ただ、心優しい女性だったということはわかっている。アドールを見れば、それは簡単にわかることだ。
「結局の所、事態は丸く収まった訳か」
「ええ、そういうことになりますね。何はともあれ、良かったと思っています」
「俺はほとんど蚊帳の外だった。情けない限りだ。色々とあったとはいえ、アドラスは一応妹の仇だったというのに」
お兄様とリヴェルト様は、そのような会話をしていた。
私はそれを聞きながら、アドールの隣に立つ。
「……私は、これからもアドールの母親であり続けるつもりです。でも、私はあなたの代わりにはなりません。私は私ですから」
私は、ゆっくりと言葉を発した。
ここに立つと、いつも緊張してしまう。アドールのことをどこまでも思っていたという彼女に対して、私の気はどうしても引き締まるのだ。
「心配をしないでいいなんて言っても、無理な話かもしれません。だけど、それでもこれは私にとっては譲れないことです。アドールの傍にいたいと、私は思っています」
「母上、義母上は僕にとって大切な人です。いつも支えてもらっています。僕は恵まれているのでしょうね。二人の母から、こんなに大切に思ってもらえて……周りの人も良い人ばかりで」
私の言葉の後に、アドールはそっと呟いた。
彼は、穏やかに笑みを浮かべている。その笑みを見ていると、私の心も落ち着いた。
その笑顔を、これからも曇らせたくない。私は改めて、そう思うのだった。
◇◇◇
「……ふう」
色々なことが終わった私は、中庭でゆっくりとしていた。
しかし、何か違和感がある。私はこんな所で、何をしているのだろうか。視界がぼんやりとしているし、何かが変だ。
「ごめんなさい。少しいいかしら?」
「え? あ、はい。構いませんよ」
違和感を覚えながら紅茶を飲んでいた私の目の前に、突如女性が現れた。
その女性は、私の対面に座る。彼女もお茶をしに来たということだろうか。いや、ここはヴェレスタ侯爵家の屋敷の庭だ。普通の人が入れる場所ではない。
「今日はありがとう。訪ねて来てくれて嬉しかったわ」
「訪ねる? 私が、ですか?」
「ええ、アドールと一緒に来てくれたでしょう。あなたの旦那様とお兄様、それから私のお兄様、エメラナ姫だって……」
「それって……」
全てが終わったことを、私達はある人の元に報告しに行った。
私は、その人と実際に会ったことがない。何度もそこには行ったが、実際に顔を見るのはこれが初めてなのだ。
そういえば、その顔には見覚えがある。どうして気付かなかったのだろうか。今となっては、それが不思議なくらいである。
「……どうしてかしらね。話したいことはいっぱいあったはずなのに、上手く言葉が出てこない。でもなんていうか、わかってもらえている気がするの」
「……ずっと見ていて下さっていたのですね?」
「それはもちろん。でも、あの人は結局来てくれなかったわね……こっちに来ているはずなのに」
女性は、儚げに笑みを浮かべていた。
そんな彼女になんと声をかけていいのか、私にもわからない。
ただ私の方も、わかってもらえているような気がした。こうして顔を合わせるのは初めてであるはずなのに、とても近くに彼女を感じる。
「私で良かったのでしょうか?」
「私はそう思っている……いいえ、これは正しくないわね。あなたじゃなければ、駄目だったのよ」
「そう言っていただけるのは、嬉しいですね」
「なんだか妹ができたみたい。あなたとももっと、話がしたい。でも、それはできないのよね」
私の視界は、ぼやけていた。
この時間は、もう終わりなのだ。意識が覚醒していくのを感じながら、私は少し悲しくなっていた。当然私も、もっと話がしたかったからだ。
「ああ言っておくけれど、しばらくこっちに来ちゃ駄目よ?」
「ええ、わかっています」
「あの子によろしくね」
最後の言葉を耳にした後、私はゆっくりと目を覚ました。どうやら、夢を見ていたらしい。
つまり今のは、私の深層心理が見せた幻想ということだろうか。色々と都合が良かったような気もするし、そうなのかもしれない。
しかしどうせ都合よく考えるのなら、彼女が来てくれたと思うことにしよう。そんなことを考えながら、私は笑顔を浮かべるのだった。
◇◇◇
一体、どうしてこんなことになったのかはよくわからない。
ただ事実としてあるのは、私が純白のドレスを着ているということだ。
「綺麗ですよ、フェレティナ様」
「ありがとうございます。リヴェルト様も似合っていますよ」
「そうですか? そう言っていただけると、僕の方も自信が出てきます……しかし、どうしてこんなことになっているのでしょうかね?」
「わかりません……」
今日は、私達の結婚式の日だった。
本来ならそれは、開催しない予定だった。しかし何故か、こうなってしまっている。
「お義母様、本当にお綺麗です。アドールも、そう思うよね?」
「ええ、本当によく似合っていますね……」
「私も将来、あんな風に……」
この結婚式を強行した二人は、私のことを見ながら笑っていた。
その笑顔を見ていると、こちらも思わず笑顔を浮かべてしまう。
別にこれが、迷惑という訳でもない。二人は厚意で開いてくれた訳だし、それでいいのかもしれない。そもそも、小規模な結婚式であるし。
「ハルベルク殿、ご両親はどちらに?」
「少し遅れているようです。ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません」
「ああいえ、お気になさらずに」
ロナーダ子爵とお兄様は、色々と動いてくれていた。
強行したのはアドールとエメラナ姫だが、段取りなどはこの二人が行ってくれたそうだ。息子と妹の結婚式に、二人とも結構張り切っているらしい。
「あ、伯父様。今日はありがとうございます」
「アドール、久し振りだな。また背が伸びたか?」
「そうかもしれません……えっと、叔母様達は?」
「こっちの様子がわからなかったからな。待機してもらっている」
ストーレン伯爵家の方々にも、今日は来てもらった。
後は私のお父様とお母様が来たら、今日のメンバーが揃う。これは身内だけで行う、とても小規模な結婚式なのだ。
「まあ、せっかく開いてもらったのですから、今日は頑張りましょう……楽しみましょうとかの方が、良いのでしょうか?」
「どうでしょうかね? 私達は皆さんを招いている立場である訳ですし」
「……義父上、義母上、そんなに固くならないでくださいよ。今日は楽しい催しのつもりです」
「ああ、そうなのね」
私とリヴェルト様が話していると、先程までストーレン伯爵と話していたアドールがやって来た。
彼は少し得意気に言葉をかけてきた。少なくとも彼は、この結婚式を既に楽しんでいるようだ。
それに私とリヴェルト様は、顔を見合わせる。気持ちは同じだ。アドールがそのようにはしゃいでいるのが、嬉しかった。
「そういうことなら、楽しみましょうかね?」
「ええ、リヴェルト様。そうしましょう」
「ふふ、それでいいのです。今日はとても幸せな一日なのですから」
きっとこれからも、私達の幸せな日々は続いていくだろう。
三人で笑い合いながら、私はそんなことを思うのだった。
END




