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妹と駆け落ちしたあなたが他国で事業に失敗したからといって、私が援助する訳ありませんよね?  作者: 木山楽斗


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第19話 それぞれの考え

 アドラス様が生きているという事実は、ヴェレスタ侯爵家を揺るがす事実であった。

 それ故に、私とアドールは関わりのある人達を集めることにした。その件について、話し合わなければならないと思ったからだ。

 幸いなことに、予定が合う日が直近にあった。来てもらいたいと思っている人達のほとんどに来てもらえたのである。


「アドラスが生きていたか。それは俺にとって、悪いニュースでもあるが良いニュースともいえる」


 説明を終えて最初に言葉を発したのは、ストーレン伯爵だった。

 彼は、鋭い目をしている。それが誰に向けられているものなのかは明白だ。


 アドラス様のことを忌み嫌っているストーレン伯爵にとって、その生死というものは複雑なものなのだろう。

 忌々しいと思いながらも、自分の手で叩き潰せることを喜んでいるのかもしれない。


「ストーレン伯爵は、血気盛んですね?」

「む……」

「まあ、お気持ちはわかりますけれど……」


 その言葉に応えたのは、エメラナ姫だった。

 彼女の方も、中々に複雑な顔をしている。ただそれは、ストーレン伯爵のものとは少し趣が違うだろう。


 エメラナ姫は、優しい人だ。生存していたことを、素直に喜びたい気持ちがあるのだろう。

 とはいえ、アドラス様はアドールを見捨てた人だ。しかも暫定、二人の人間の命を奪っている。

 そんなアドラス様の生存を喜んでいいのか、計りかねているのだろう。


「……ハルベルク様は、どのように思われているのですか?」

「……エメラナ姫、私としてはアドラスの生存は厄介な事柄です。彼が生きているということは、ヴェレスタ侯爵家にとって不利益になる。殺人者でもある訳ですからね。それは、引いてはフォルファン伯爵家の不利益になります」

「なるほど、合理的な考え方ですね」


 エメラナ姫の質問に、お兄様は淡々と答えていた。

 その発言通り、アドラス様の所業が世間に知られたら厄介なことになる。この三年間で築き上げてきたヴェレスタ侯爵家に対する印象を、覆す程のものだ。


「あっ……妹のヘレーナ様に関しては、残念でしたね。お悔やみ申し上げます」

「お気遣いいただき、ありがとうございます。しかしながら、残念という訳でもありません。むしろヘレーナが生きていた方が、フォルファン伯爵家にとっては厄介だったくらいです」

「まあ、そう考えるのも仕方ないことではあるのですよね……」


 ヘレーナの死に関しては、私も色々と思う所がないという訳ではない。

 ただ、生きていたらアドラス様のように困らされることになっていた。しかし、死んでくれていてよかったと思えはしない。微妙な所だ。

 故にそれについては、考えないことにする。今は目の前のことに、集中するとしよう。


「俺の意見としては、アドラスを見つけ出したい所だ」


 ストーレン伯爵は、私の目を見て言葉を発していた。

 彼は、アドールの方を見ない。父親に対する憎しみを、息子に直接ぶつけたくはないということなのだろう。

 ただ、そんな私の前にアドールが立った。彼はその瞳で、ストーレン伯爵をしっかりと見つめている。


「その意見には、僕も賛成です、伯父様」

「……言っておくが、俺はアドラスを見つけ出したら、抹殺するかもしれん。今更出てこられても、ヴェレスタ侯爵家のためにはならんからな。私怨もある」

「別にそれにも反対するつもりはありません。父上は確かに邪魔者でしかありませんからね」


 アドールは、特に表情を変えることもなく言葉を発している。

 そこには、アドラス様に対する情などは感じられない。本当に、邪魔者として話しているかのようだ。

 いや、実際にそうなのだろう。彼の中では、既に父親との関係は割り切れたものなのかもしれない。その繋がりを重要視しているのは、もしかしたら私やストーレン伯爵の方なのだろうか。


「ただ問題となるのは、父上が今はアドラスという名前ではないということです」

「……アドール、お前はアドラスが船内で殺めた浮浪者と入れ替わっていると言いたいのか?」「ええ、事故の当時の報告において、行方不明となっていなかった何者かと入れ替わっていると考えるべきでしょう。ただ、そこから父上を絞るのは難しいことです」


 アドールは、エルガルスさんから渡された資料を手に取った。

 そこには、事故当初の報告が記載されている。


 それに載っている船から救命ボートで無事に脱出した中の誰かと、アドラス様は入れ替わっているはずだ。女性と入れ替わっている可能性は低いが、それでもかなりの人数の名前が資料には載っている。


 その中からアドラス様を探し出すことは、とても難しい。

 そもそもの話、今となっては名前くらいしかわからない人達だ。エルガルスさん達でも、現在どこで何をしているかなどは知らないだろう。


「言ってしまえば、父上を探し出すのは労力には見合わないと思うのです」

「俺は労力の問題などを、考慮してはいないのだが……」

「そんなことをするよりも、父上を正式に死亡扱いにした方が早いでしょう。今回の一件で、行方不明者は父上とヘレーナ様だけになりました。その二人は、三年前に遺体が見つかっている。つまり亡くなったのは、その二人ということになる」


 アドールは、とても淡々と言葉を発していた。

 その態度に、私は彼が父親の死を処理しようとしているのだと理解した。

 それはヴェレスタ侯爵として、家のことを最も考えて出した結論であるだろう。私はその結論を支持する。そしてそんな彼の母親として、胸を張りたくなった。


「……言いたいことは理解することができる。しかし、そうするにあたって都合が悪い点はいくつかあるだろう」

「ハルベルク様、それはどういうことですか?」

「残っている記録だ。浮浪者の服を着ていた者をアドラスとするのは、無理があるだろう」


 自身の計画を口にしたアドールに対して、お兄様が口を開いた。

 その視線は、中々に鋭いものだ。子供に向けるものではない。どうしてそんな表情をするのか、私はすぐには理解できなかった。


 ただ、すぐにお兄様の意図は理解することができた。これはアドールのことを、試しているということだろう。

 お兄様の口元は、少しつり上がっている。きっと今を、アドールに対して良き試練を課す時だとでも、思っているのだろう。


「それらの記録に関しては、改ざんします。侯爵家の権力を使えば、そのくらいのことはできるのではないでしょうか?」

「当時の記録を残した者達は、まだ生きている。パルエント島といったか。その民族とはこれからも交流が続くだろう。その中で事実を改ざんするのは面倒だ。というよりも、現実的ではないだろうな。俺は無理だと思っている」

「……なるほど」


 お兄様は、アドールの案を否定した。

 実際の所、情報の改ざんなどは難しいのかもしれない。いくら侯爵家の権力があった所で、人の口に完全に蓋はできない。

 しかも今回は、新たに発見した島の人々がその事実を握っているという状況だ。生存者はともかく、そちらを懐柔するのは難しい。そもそも権力が及ぶ領域ではないだろう。


「それなら、海難事故の専門家を懐柔するというのはどうでしょうか?」

「ほう? その心はなんだ?」

「父上は事故によって、ボロボロの身なりになったということにしてもらうんです。適当にでっちあげてもらいましょう。そちらなら説得は用意であるはずです」

「ふむ、それなら確かになんとかなりそうだ」


 アドールの言葉に対して、お兄様は嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 私の息子は、かなりしっかりとしているようだ。お兄様の懸念に対して、しっかりとした答えを返せている。

 その作戦なら、きっと成功することだろう。というか、そのくらいのことができなければ、ヴェレスタ侯爵家の名折れといえる。


「その辺りの専門家については、俺に心当たりがある。信用できる者を紹介しよう」

「そうですか? それは助かります」


 お兄様は、もしかしたら最初からアドールのような作戦を思いついていたのかもしれない。

 その答えをアドールが出せたというのは、なんというか私としても嬉しく思ってしまう。ただここは私も凛としていなければならないので、笑顔を浮かべるだけに留めておく。


「……アドール、一いい?」

「エメラナ姫、どうかされましたか?」

「アドールの考えは理解できるけれど、アドラス様は見つけ出しておく方が良いと思うの」


 ストーレン伯爵やお兄様との話の間黙っていたエメラナ姫は、ゆっくりと手を上げて発言した。

 この三年間でアドールは随分と成長した訳だが、エメラナ姫だってそれは同じだ。今回会うのもそれなりに久し振りではあるが、また一段と王女様らしくなっている。

 そんな気品溢れるエメラナ姫は、アドールの目をしっかりと見ている。彼女には彼女なりの考えがあるということだろう。


「何か考えがあるのですか?」

「そもそもの話ではあるけれど、今回の事故はヴェレスタ侯爵家の領地にある港から出た船で起こったことである訳だし、アドールにはその追悼を行う義務があるはずだよね?」

「それはそうですね。実際に、毎年事故があった日にはそのような催しを行ってきました」

「その催しを利用するべきだと思う。生存者に来てもらえるように呼び掛けるとか」

「なるほど……」


 エメラナ姫は、王女として色々な行事に参加している。そういった点から、そのような考えを導き出したのかもしれない。

 実際の所、その手は有効だといえる。全員来るとも限らないが、結構来てくれる人も多いのではないだろうか。


「ですが、今回亡くなったのは貴族二人ということになります。その二人を追悼しようと思う人は、はっきりと言って少ないのではありませんか? やはり平民の方とは、距離がありますし」

「その辺りの事情なんて、伏せちゃえばいいよ。まだ情報は表に出ていないんでしょう? それなら、隠せるはず」

「そうですね……」

「そこで来てくれた人達は、アドラス様である可能性がなくなる。そうすれば、捜査する対象を少しくらいは絞れると思う」


 エメラナ姫の作戦は、アドールが危惧した手間を場合によっては大幅に減らせるものだ。

 追悼するための式は、どの道行われるため、その作戦を行うための手間もない。とりあえずやってみればいいものだろう。


「……対象を絞るためには、生存者に話を聞くのも有効ではあるだろう」

「伯父様? それはどういうことですか?」

「アドラスが誰かと成り代わっているというなら、その者の名前を知る機会があったはずだ。それに関して、誰かが目撃しているかもしれない。島に流れ着いた者の中にそういったものがいたなら、既に死者が誰であるかは特定されているはずだ。つまり、そちらにはいなかったということだろうが……」


 エメラナ姫に続いて、ストーレン伯爵も声を出した。

 アドラス様を見つけるのは、とても難しいことだと思っていた。

 ただもしかしたら、そういう訳でもないのかもしれない。二人の意見を聞いて、私はそのように思うのだった。

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