会えるアイドル、
会えるアイドルに出会った一時間
彼女の笑い声が、深夜の六本木の空気に溶けていく。街灯の下、常盤優依は俺の隣で軽く肩を揺らして笑ってる。
さっき俺が言った、職場のダサいエピソード――議員がZoomで寝落ちした話――に、めっちゃ食いついてきた。アイドルって、こんな普通の話でこんなに笑うもんなのか?
「航さん、ほんと面白いね! そんな上司、見たかったなー!」
優依の声は、テレビで見るキラキラしたトーンじゃなくて、なんかこう、友達と喋ってるみたいな軽さがある。俺の名前、フルネームで呼ぶのやめて「航さん」って言ってるのも、妙にくすぐったい。
「いや、面白いってほどでも…ただの日常だよ」
俺は照れ隠しで、ポケットに手を突っ込んで歩く。彼女のペースに合わせて、ちょっと早足気味。六本木ヒルズの裏手、静かな住宅街の坂道。こんな時間に、こんな場所で、トップアイドルと二人きり。頭おかしそうだ。
常盤優依(32)一時はテレビを席巻したがアイドルグループのメインメンバー、スキャンダル、話題欠かないが卒業直前を迎えている。
「日常ってさ、こういうのが一番面白いんだよ。私の周り、なんかいつもキメキメの話ばっかでさ。疲れるんだよね」
彼女、急にちょっとだけ声落として、夜空見上げた。星なんて見えないけど、なんかその仕草が、めっちゃ人間っぽい。
俺、思わず口走る。
「…なんで俺なんかと歩いてんの? 優依ちゃん、こんな時間、普通にヤバい奴に絡まれたりしない?」
彼女、くすっと笑って、俺の腕を軽く叩く。
「航さん、めっちゃ心配性! 大丈夫、私、夜の六本木は庭みたいなもんだから。で、なんでって…んー、なんか、航さんの話、落ち着くんだよね。普通に笑えるし」
普通。俺みたいな、ただの事務局職員が、彼女にとって「普通」って。なんかそれ、めっちゃ嬉しいんだけど、頭整理しきれなくて、黙って歩くしかなかった。
坂の途中で、彼女が急に立ち止まる。
「ねえ、航さん。あそこ、コンビニ。なんか甘いもの食べたい気分。付き合って?」
コンビニ。深夜のコンビニ。トップアイドルと。
俺、苦笑いしながら頷く。
「…お前、ほんと自由だな」
「でしょ? それが私の欠点!」
彼女、ウィンクして、先に歩き出す。その後ろ姿、テレビで見るより全然小さくて、でもなんか、めっちゃ輝いてる。
俺、内心叫んでた。
こんな欠点、最高じゃん。
コンビニの自動ドアが開く音が、妙に大きく響いた。
コンビニの蛍光灯の下、優依は棚の前でプリンのカップを手に取って、ちょっと首を傾げてる。
「これ、美味しいかな? 航さん、プリン好き?」
俺はレジ横のホットスナック見て、唐揚げ棒を手に取りながら、
「……好きだよ。でも、お前、ほんとにそれ食うの? 深夜に」
「うん! たまにはね。ダイエット? 知らん!」
彼女、笑いながらカゴに入れる。無邪気すぎて、こっちが罪悪感すら覚える。
レジで会計してる間、彼女がぽつりと言った。
「……ねえ、航さん。私、さ。急にさみしくなるときあるんだよね」
俺、袋に唐揚げ棒入れながら、
「ん? どうした急に」
「だってさ、さっき話してた元カレ……あのグループのやつ。あいつ、今頃何してんだろって。身体、覚えてるんだよな、私のこと。セックス、めっちゃ上手かったし」
一瞬、頭真っ白。
プリンのカップ持ったまま、彼女、ちょっと遠くを見る目。笑ってるけど、笑えてない。
俺、言葉探して、
「……お前、それ、マジで言ってんの?」
「うん。寂しいときは、会いたくなる。ダメ?」
ダメだよ。
心の中で叫んでる。
アイツはお前を「しゃべるおっぱい」か「財布付きのセフレ」くらいにしか思ってねえよ。
お前のこと、ちゃんと見てねえ。
テレビの向こうのキラキラも、ステージの上の笑顔も、全部利用してるだけだ。
お前が傷ついても、アイツは平気で次の女に行く。
でも、言えない。
俺は誰だよ。父親じゃねえ。恋人でもねえ。
初対面の、ただの省庁職員だ。
だから、精一杯の言葉しか出なかった。
「……心配だよ、お前」
彼女、ちょっとびっくりした顔して、
「え、なんで? 航さん、私のこと知らないじゃん」
「知らねえよ。でも、なんか……お前、危なっかしいんだよ。寂しいからって、そいつのとこ戻るの、絶対後悔する」
彼女、黙ってプリンの蓋を指でなぞってる。
「……航さん、優しいね」
「優しくねえよ。ただの世話焼きだ」
レジの店員が「袋にお入れしますか?」って聞いてきて、俺たちは顔を見合わせて、ちょっと笑った。
外に出て、夜風が冷たい。
彼女、プリン持ったまま、俺の横を歩きながら、
「……戻らないよ、多分。言われて、なんか、冷めた」
俺、ホッとして、
「よかった」
「でもさ、寂しいのは本当だよ」
「…お前···」
彼女、急に立ち止まって、俺の顔をまじまじ見る。
「航さん、ほんと不思議。初対面なのに、こんなこと言ってくる人、いないよ」
「俺も、自分が不思議だよ」
彼女、プリンのスプーンを口にくわえたまま、
「……また、会える?」
俺、唐揚げ棒かじりながら、
「ああ。コンビニでも、六本木の坂道でも。俺、いるから」
彼女、笑った。
今度は、ちゃんと笑えてる。
俺、心の中で呟いた。
はっきり言えばよかった。
でも、今ので、十分だったかもしれない。
それで終わるはずだから、。
それで終わるはずなのに。
「優依、」
俺は優依の腕を掴んでいた。掴んだ瞬間、俺の指先に伝わるのは、コンビニの袋の冷たさじゃなくて、彼女の体温だった。細い。震えてる。
「優依···」
名前を呼んだだけで、声が裏返る。
彼女、プリンのスプーンを口から離して、俺の顔をまっすぐ見る。
目が合う。
テレビで見るキラキラした瞳じゃない。
今は、濡れてて、揺れてて、どこか壊れそうで。
「今でも、好きなんだよ。あいつ。
身体だけでもいいから、抱かれたい。
愛されたいって、思っちゃう。
私、歪んでるよね。
セックス好きなアイドルで、ごめん」
その言葉、一つ一つが胸に突き刺さる。
ごめんって。
なんでお前が謝るんだよ。
俺、掴んだ腕を離せない。
離したら、彼女がどこかへ消えちゃいそうで。
「謝るな」
声、震えてる。
「好きで何が悪い。
寂しくて、何が悪い。
お前は、ただ……
愛されたいだけだろ」
彼女、目を伏せる。
「……うん」
「でも、アイツじゃダメだ。
アイツは、お前のこと、ちゃんと愛してねえ。
身体だけじゃ、満たされねえよ。
お前が欲しいのは、全部だろ」
彼女、ゆっくり顔を上げる。
涙、一筋、頬を伝う。
「……航さん」
「俺は、お前のこと知らねえ。
でも、今、この瞬間、
お前が泣いてるの、見てられねえ。
好きだから、心配なんだよ」
言っちまった。
好きって。
一瞬、時間が止まる。
彼女、目を丸くして、
「……え?」
俺、慌てて手を離す。
「いや、違う、つまり……
お前が、傷つくの、見てられねえって……」
彼女、ふっと笑った。
涙の跡があるのに、笑ってる。
「……バカ」
「え?」
「航さん、バカだね。
初対面なのに、こんなこと言うなんて」
「……悪かった」
「ううん。
……嬉しい」
彼女、プリンのカップを俺に差し出す。
「半分、こ」
「……え?」
「甘いもの、半分こ。
寂しいときは、これでいいって、航さんが言ったじゃん」
俺、苦笑いしながら、スプーン受け取る。
「……俺、そんなこと言ってねえよ」
「言ったよ。心の中で」
彼女、俺の隣に並んで、また歩き出す。
肩が、ちょっと触れる。
「ねえ、航さん。
私、明日からちょっと頑張ってみる。
アイツのこと、忘れるように」
「……うん」
「でも、寂しくなったら、また航さんに会っていい?」
「……ああ。いつでも」
彼女、俺の袖を軽くつまむ。
「約束だよ」
俺、頷く。
「……約束」
坂道の上で、街灯が二人を照らす。
プリンの甘い匂いと、彼女の香水が混じって、
深夜の空気に溶けていく。
俺、心の中で呟いた。
好きだ。
今度は、はっきり。
ただ、
「優依、ちょっと待て。明日……いや、もう今日だ。月曜日だぞ」
彼女、プリンの空容器をクルクル回しながら、
「うん? 知ってるよー。月曜日って、マン・デーだよね? 男の日!」
違うわ! 漫才の日じゃねえ!
俺、内心でツッコミ入れつつ、
「いや、普通に平日。俺は9時から会議。お前は6時起きでリハーサル。寝不足コンビ結成か?」
「寝不足? 寝・ブ・ソク? それ、新曲のタイトルにしようかな」
やめろ! ファンに誤解されるだろ!
彼女、急に俺の腕に絡みついて、
「ねえ、航さん。私、性欲のATMって言われた気分」
言ってねえ! 心の中でだ!
「必要なときだけチャージして、残高ゼロでも『残高不足ですぅ~』って可愛く言っちゃうタイプ?」
可愛くねえ! いや、可愛いけど! 問題はそこじゃねえ!
俺、必死でツッコミ返す。
「お前、卒業コンサート前日に**『寝不足でフラフラのセンター』**って見出し打たれたらどうすんだよ。『常盤優依、謎のサラリーマンと深夜プリン→寝不足でステージ転倒』とか!」
「えー、それバズるじゃん! 『#優依のプリン革命』でトレンド1位!」
革命じゃねえ! ただの糖分過多だ!
彼女、俺の顔を覗き込んで、
「航さん、眉間にシワ寄ってる。35歳の悩みシワ? 可愛い」
「可愛いって言うな! 俺は寝不足のただの公務員だ!」
「ただの公務員……それ、新キャラにしようかな。『寝不足公務員とプリンアイドル』、ドラマ化決定!」
誰がスポンサーだよ! プリン会社か!?
俺、ため息つきながら、
「……お前、ほんと破天荒ATMだな」
「え? 破天荒ATM? それ、新グッズにしよう! 『優依の破天荒ATM』、1回500円でハグ券出るやつ!」
ハグ券500円は安すぎだろ! いや、問題はそこじゃねえ!
彼女、急に真顔になって、
「……航さん、土曜日まで、我慢してて」
「我慢って……何を」
「私の破天荒。全部、土曜日に爆発させるから」
俺、苦笑いしながら、
「……俺の寝不足も、土曜日に爆発するぞ」
「じゃあ、爆発デートね!」
爆発すんな! 二人とも!
坂道の上で、彼女が俺の袖を引っ張る。
「約束だよ。プリン半分この続きは、土曜日」
俺、頷く。
「……ああ。寝不足爆発覚悟でな」
彼女、ニヤッと笑って、
「タイトルは『常盤優依、卒業。そして寝不足社畜と朝までプリン』」
朝までじゃねえ! 俺は月曜9時から会議だ!
でも、
彼女の笑顔見てたら、
会議、ぶっちぎってもいいか
って、一瞬本気で思った。
破天荒ATM、最高にヤバい。
しかし、リアル一目惚れは久しぶり。
春の慰霊祭の近くの月曜日は大抵特別委員会が組まれるが、誰かさんのせいで寝不足。速記なんてやる気でねぇし。てか、ほんとはおみち推しの俺がてめえのせいで揺らいでくる。




