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会えるアイドル、

作者: 金子 安二
掲載日:2025/11/03

会えるアイドルに出会った一時間

彼女の笑い声が、深夜の六本木の空気に溶けていく。街灯の下、常盤優依は俺の隣で軽く肩を揺らして笑ってる。

さっき俺が言った、職場のダサいエピソード――議員がZoomで寝落ちした話――に、めっちゃ食いついてきた。アイドルって、こんな普通の話でこんなに笑うもんなのか?

「航さん、ほんと面白いね! そんな上司、見たかったなー!」

優依の声は、テレビで見るキラキラしたトーンじゃなくて、なんかこう、友達と喋ってるみたいな軽さがある。俺の名前、フルネームで呼ぶのやめて「航さん」って言ってるのも、妙にくすぐったい。

「いや、面白いってほどでも…ただの日常だよ」

俺は照れ隠しで、ポケットに手を突っ込んで歩く。彼女のペースに合わせて、ちょっと早足気味。六本木ヒルズの裏手、静かな住宅街の坂道。こんな時間に、こんな場所で、トップアイドルと二人きり。頭おかしそうだ。

常盤優依(32)一時はテレビを席巻したがアイドルグループのメインメンバー、スキャンダル、話題欠かないが卒業直前を迎えている。

「日常ってさ、こういうのが一番面白いんだよ。私の周り、なんかいつもキメキメの話ばっかでさ。疲れるんだよね」

彼女、急にちょっとだけ声落として、夜空見上げた。星なんて見えないけど、なんかその仕草が、めっちゃ人間っぽい。

俺、思わず口走る。

「…なんで俺なんかと歩いてんの? 優依ちゃん、こんな時間、普通にヤバい奴に絡まれたりしない?」

彼女、くすっと笑って、俺の腕を軽く叩く。

「航さん、めっちゃ心配性! 大丈夫、私、夜の六本木は庭みたいなもんだから。で、なんでって…んー、なんか、航さんの話、落ち着くんだよね。普通に笑えるし」

普通。俺みたいな、ただの事務局職員が、彼女にとって「普通」って。なんかそれ、めっちゃ嬉しいんだけど、頭整理しきれなくて、黙って歩くしかなかった。

坂の途中で、彼女が急に立ち止まる。

「ねえ、航さん。あそこ、コンビニ。なんか甘いもの食べたい気分。付き合って?」

コンビニ。深夜のコンビニ。トップアイドルと。

俺、苦笑いしながら頷く。

「…お前、ほんと自由だな」

「でしょ? それが私の欠点!」

彼女、ウィンクして、先に歩き出す。その後ろ姿、テレビで見るより全然小さくて、でもなんか、めっちゃ輝いてる。

俺、内心叫んでた。

こんな欠点、最高じゃん。

コンビニの自動ドアが開く音が、妙に大きく響いた。


コンビニの蛍光灯の下、優依は棚の前でプリンのカップを手に取って、ちょっと首を傾げてる。

「これ、美味しいかな? 航さん、プリン好き?」

俺はレジ横のホットスナック見て、唐揚げ棒を手に取りながら、

「……好きだよ。でも、お前、ほんとにそれ食うの? 深夜に」

「うん! たまにはね。ダイエット? 知らん!」

彼女、笑いながらカゴに入れる。無邪気すぎて、こっちが罪悪感すら覚える。

レジで会計してる間、彼女がぽつりと言った。

「……ねえ、航さん。私、さ。急にさみしくなるときあるんだよね」

俺、袋に唐揚げ棒入れながら、

「ん? どうした急に」

「だってさ、さっき話してた元カレ……あのグループのやつ。あいつ、今頃何してんだろって。身体、覚えてるんだよな、私のこと。セックス、めっちゃ上手かったし」

一瞬、頭真っ白。

プリンのカップ持ったまま、彼女、ちょっと遠くを見る目。笑ってるけど、笑えてない。

俺、言葉探して、

「……お前、それ、マジで言ってんの?」

「うん。寂しいときは、会いたくなる。ダメ?」

ダメだよ。

心の中で叫んでる。

アイツはお前を「しゃべるおっぱい」か「財布付きのセフレ」くらいにしか思ってねえよ。

お前のこと、ちゃんと見てねえ。

テレビの向こうのキラキラも、ステージの上の笑顔も、全部利用してるだけだ。

お前が傷ついても、アイツは平気で次の女に行く。

でも、言えない。

俺は誰だよ。父親じゃねえ。恋人でもねえ。

初対面の、ただの省庁職員だ。

だから、精一杯の言葉しか出なかった。

「……心配だよ、お前」

彼女、ちょっとびっくりした顔して、

「え、なんで? 航さん、私のこと知らないじゃん」

「知らねえよ。でも、なんか……お前、危なっかしいんだよ。寂しいからって、そいつのとこ戻るの、絶対後悔する」

彼女、黙ってプリンの蓋を指でなぞってる。

「……航さん、優しいね」

「優しくねえよ。ただの世話焼きだ」

レジの店員が「袋にお入れしますか?」って聞いてきて、俺たちは顔を見合わせて、ちょっと笑った。

外に出て、夜風が冷たい。

彼女、プリン持ったまま、俺の横を歩きながら、

「……戻らないよ、多分。言われて、なんか、冷めた」

俺、ホッとして、

「よかった」

「でもさ、寂しいのは本当だよ」

「…お前···」

彼女、急に立ち止まって、俺の顔をまじまじ見る。

「航さん、ほんと不思議。初対面なのに、こんなこと言ってくる人、いないよ」

「俺も、自分が不思議だよ」

彼女、プリンのスプーンを口にくわえたまま、

「……また、会える?」

俺、唐揚げ棒かじりながら、

「ああ。コンビニでも、六本木の坂道でも。俺、いるから」

彼女、笑った。

今度は、ちゃんと笑えてる。

俺、心の中で呟いた。

はっきり言えばよかった。

でも、今ので、十分だったかもしれない。


それで終わるはずだから、。

それで終わるはずなのに。


「優依、」

俺は優依の腕を掴んでいた。掴んだ瞬間、俺の指先に伝わるのは、コンビニの袋の冷たさじゃなくて、彼女の体温だった。細い。震えてる。

「優依···」

名前を呼んだだけで、声が裏返る。

彼女、プリンのスプーンを口から離して、俺の顔をまっすぐ見る。

目が合う。

テレビで見るキラキラした瞳じゃない。

今は、濡れてて、揺れてて、どこか壊れそうで。

「今でも、好きなんだよ。あいつ。

身体だけでもいいから、抱かれたい。

愛されたいって、思っちゃう。

私、歪んでるよね。

セックス好きなアイドルで、ごめん」

その言葉、一つ一つが胸に突き刺さる。

ごめんって。

なんでお前が謝るんだよ。

俺、掴んだ腕を離せない。

離したら、彼女がどこかへ消えちゃいそうで。

「謝るな」

声、震えてる。

「好きで何が悪い。

寂しくて、何が悪い。

お前は、ただ……

愛されたいだけだろ」

彼女、目を伏せる。

「……うん」

「でも、アイツじゃダメだ。

アイツは、お前のこと、ちゃんと愛してねえ。

身体だけじゃ、満たされねえよ。

お前が欲しいのは、全部だろ」

彼女、ゆっくり顔を上げる。

涙、一筋、頬を伝う。

「……航さん」

「俺は、お前のこと知らねえ。

でも、今、この瞬間、

お前が泣いてるの、見てられねえ。

好きだから、心配なんだよ」

言っちまった。

好きって。

一瞬、時間が止まる。

彼女、目を丸くして、

「……え?」

俺、慌てて手を離す。

「いや、違う、つまり……

お前が、傷つくの、見てられねえって……」

彼女、ふっと笑った。

涙の跡があるのに、笑ってる。

「……バカ」

「え?」

「航さん、バカだね。

初対面なのに、こんなこと言うなんて」

「……悪かった」

「ううん。

……嬉しい」

彼女、プリンのカップを俺に差し出す。

「半分、こ」

「……え?」

「甘いもの、半分こ。

寂しいときは、これでいいって、航さんが言ったじゃん」

俺、苦笑いしながら、スプーン受け取る。

「……俺、そんなこと言ってねえよ」

「言ったよ。心の中で」

彼女、俺の隣に並んで、また歩き出す。

肩が、ちょっと触れる。

「ねえ、航さん。

私、明日からちょっと頑張ってみる。

アイツのこと、忘れるように」

「……うん」

「でも、寂しくなったら、また航さんに会っていい?」

「……ああ。いつでも」

彼女、俺の袖を軽くつまむ。

「約束だよ」

俺、頷く。

「……約束」

坂道の上で、街灯が二人を照らす。

プリンの甘い匂いと、彼女の香水が混じって、

深夜の空気に溶けていく。

俺、心の中で呟いた。

好きだ。

今度は、はっきり。


ただ、


「優依、ちょっと待て。明日……いや、もう今日だ。月曜日だぞ」

彼女、プリンの空容器をクルクル回しながら、

「うん? 知ってるよー。月曜日って、マン・デーだよね? 男の日!」

違うわ! 漫才の日じゃねえ!

俺、内心でツッコミ入れつつ、

「いや、普通に平日。俺は9時から会議。お前は6時起きでリハーサル。寝不足コンビ結成か?」

「寝不足? 寝・ブ・ソク? それ、新曲のタイトルにしようかな」

やめろ! ファンに誤解されるだろ!

彼女、急に俺の腕に絡みついて、

「ねえ、航さん。私、性欲のATMって言われた気分」

言ってねえ! 心の中でだ!

「必要なときだけチャージして、残高ゼロでも『残高不足ですぅ~』って可愛く言っちゃうタイプ?」

可愛くねえ! いや、可愛いけど! 問題はそこじゃねえ!

俺、必死でツッコミ返す。

「お前、卒業コンサート前日に**『寝不足でフラフラのセンター』**って見出し打たれたらどうすんだよ。『常盤優依、謎のサラリーマンと深夜プリン→寝不足でステージ転倒』とか!」

「えー、それバズるじゃん! 『#優依のプリン革命』でトレンド1位!」

革命じゃねえ! ただの糖分過多だ!

彼女、俺の顔を覗き込んで、

「航さん、眉間にシワ寄ってる。35歳の悩みシワ? 可愛い」

「可愛いって言うな! 俺は寝不足のただの公務員だ!」

「ただの公務員……それ、新キャラにしようかな。『寝不足公務員とプリンアイドル』、ドラマ化決定!」

誰がスポンサーだよ! プリン会社か!?

俺、ため息つきながら、

「……お前、ほんと破天荒ATMだな」

「え? 破天荒ATM? それ、新グッズにしよう! 『優依の破天荒ATM』、1回500円でハグ券出るやつ!」

ハグ券500円は安すぎだろ! いや、問題はそこじゃねえ!

彼女、急に真顔になって、

「……航さん、土曜日まで、我慢してて」

「我慢って……何を」

「私の破天荒。全部、土曜日に爆発させるから」

俺、苦笑いしながら、

「……俺の寝不足も、土曜日に爆発するぞ」

「じゃあ、爆発デートね!」

爆発すんな! 二人とも!

坂道の上で、彼女が俺の袖を引っ張る。

「約束だよ。プリン半分この続きは、土曜日」

俺、頷く。

「……ああ。寝不足爆発覚悟でな」

彼女、ニヤッと笑って、

「タイトルは『常盤優依、卒業。そして寝不足社畜と朝までプリン』」

朝までじゃねえ! 俺は月曜9時から会議だ!

でも、

彼女の笑顔見てたら、

会議、ぶっちぎってもいいか

って、一瞬本気で思った。

破天荒ATM、最高にヤバい。


しかし、リアル一目惚れは久しぶり。

春の慰霊祭の近くの月曜日は大抵特別委員会が組まれるが、誰かさんのせいで寝不足。速記なんてやる気でねぇし。てか、ほんとはおみち推しの俺がてめえのせいで揺らいでくる。

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