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砂の男

作者: 阿相 若葉



 砂、それは岩石が細かく砕かれて生成される、粒径が約0.0625mmから2mmの範囲にある粒子である。



 男はいつもうまくやってきた。小学校のお受験、私立入学の中学時代、また大学受験のために、青春をすべて勉強に費やしてきた。女遊び、ギャンブル、友人なんてひとっこ一人できたためしがない。いややってこなかったのだ。


 ただ親戚や隣人、そして親からは天才、神童と言われ続けてきたのだ。それが男の半生である。親の目指す子供像になるために自分というものは3歳の時に捨てたのだ。


 あなたはいつもテストで満点、親の鼻が高いわ~


 本当に誰から生まれてきたのやら、天才にもほどがあるよ


 それは両親から100回以上繰り返されてきた言葉である。そしてそれは男が一番求めた言葉であり、一番嫌いな言葉でもあった・


 ふと男は顔に不快なものを感じ目がさめた。砂?


 そうだ。昨日、会社の飲み会があり、ビールの2杯目に手を伸ばしたきり記憶がない。正面には強面の社長、隣にはいつもテンションの高い後輩、社長の隣には俺のお気に入りの若い女、という配置だった。


 せんぱーい、顔真っ赤ですよ〜?


 うるさい、普段飲まないんだ。


 私のためですか?意外にノリがいいんですね〜。


そんな他愛もない話もした気がした。


 なぜ家に砂が?周りを見渡したがもちろん砂などない。ただの夢か?時折思う。これは夢か現実か。走っても走っても一向に前に進まない。声をあげても全然声が出ない。なぜ小学時代と大学時代の友人が隣にいるんだ?


 よくもわからぬ「夢」なるものに想いを馳せる。そして気づく。どうやって帰ってきた。

普段飲まないお酒をお気に入りの女への手向けとして無理して飲んだ。そうして自分はここにいる。念の為に社長に連絡を取る。


 お疲れ様です。昨日はありがとうございました。ところで自分はどうやって帰ったのでしょうか。


 お疲れ。何の話?お前は一人先に帰っていたぞ?


 うん、そうか。酔いながらでも帰ってきたか。前回お酒を飲んだのは10年以上も前。妻の誕生日、飲めもしないシャンパンを飲まされたのだ。顔の火照りとほのかな甘み、窓から通る秋の風。妻の笑顔ときたら今後も忘れることはないだろう。


 ジャリ。


 舌を回すと不快な感覚が正体を表した。やはり砂だった。なんで口なんかに砂が入ることがある。大人になった今はこの感触には久しく感じることはない。散らかった部屋と足場の少ない廊下を通り、洗面所に駆け寄った。顔を洗い、うがいを済ませた。


 チクッ

 

 足の裏に一粒の砂を踏んだようだった。今回は気にはしなかった。いや、気にならなかった。今回はお気に入りの女の歓迎会だ。さて俺は何を話し、どう時を過ごしたのか、全く覚えていないのだ。綺麗な瞳を横目で見ていたことは確か。また綺麗な曲線を描く横側はこれだけ酩酊の俺でも忘れることはない。


 さらっ


 足元に小盛りの砂山ができている。

なんだ。上を見ても、何度も見た天井があるだけだった。着替えていないワイシャツの裾を見回したが、もちろん砂がついていることはない。


 昔の自分は男らしく格好良かった。仕事にも大いに力を注いだ。妻を喜ばせるために惜しみなく仕事に取り組んだ。会社が成長することのみを考え真っ当した。みるみる昇格も昇級もした。部下になんて目もくれず、ただひたすらに精進した。しかしながら、年ゆく夫婦の前に、新鮮で潤いのある女を見つけて、どうして目が移らないだろうか。


 ゾゾツ


 足の甲は砂の山に埋もれている。

あれほど潤いのある頬。大きな目。皺のない手の甲。可愛らしい声。ああなんて美しい。


 ザラーツ


 どうしたことか左腕の感覚を失った。冷蔵庫が大きく見えるようだ。これも夢の続きだったか。夢の続きなら、あの女との続きを見させてくれ。どんどん冷蔵庫が大きくなっていく。



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