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トイレに行きたいだけなのに

作者: 流右京

俺、南雲雄一(なくもゆういち)。どこにでもいるただの高校生だ。

この家の中で一番普通なのは、俺だけかもしれない。


両親は発明家。毎日、何かしらの奇妙な発明品が新たに増えている。

いやもう慣れっこだけど。


久々の休日、俺の下腹部に、突如として尿意が襲ってきた。


「あー、やばい」


急いで部屋を出た瞬間――……。


床が動いた。


「う、うわあああっ!?」


まさか、こんな時に動く廊下かよ!


『やぁやぁ! 雄一! 父さんだよ~』


ベルトコンベヤーのように動く廊下に苦戦していると、目の前の壁に設置されたのモニターに父さんの姿が映った。


「と、父さん……っ!」


ああ、本当……最悪だ。


父さんは運動力学における世界的権威だが、俺からすれば家を勝手に魔改造するアホだ。

この体を動かすタイプの発明は、父さんの得意分野。


『凄いだろう! 自宅でランニング出来る動く廊下だよ! これで雨の日もお家で手軽にトレーニングし放題!』


「いや、知らねーし!! 俺、漏れそうなんだけど!?」


『おお! そう言いつつ小刻みに足を動かして運動しているじゃないか! 良い反応だ!』


ああそうだよ! 膀胱も敏感に反応してんだよ!!

全く聞く耳持ってねぇな。本当に発明の事になると、ここまで周りが見えないのか。


「ああもうっ! 言い合ってる場合じゃねぇ! うぉぉおおっ!!」


俺は意を決してダッシュで階段の手すりに向かって飛び跳ねた。


『おお! 追い詰められた人間はそんな奇抜な動きができるのか! さすが我が息子だ!』


知らん知らん知らん知らん!!

とにかく、階段には辿り着いたんだ。後はここを駆け下りれば……。


と。父さんの声がモニター越しに聞こえる。


『おっと、気をつけろ。次は逆階段だ!』


「は!? 逆階段?」


その瞬間、階段の段差が急に動き出した。


「うわぁぁっ! ちょっ……これ、階段自体が動いてるのか!?」


俺は足を踏み外し、急いで掴まろうとしたがもう遅い。段差がどんどん上に動いて、2階へと引き戻される。


『どうだい、素晴らしいだろう! これで運動しながら階段が降りられるぞ!』


「いやだから! トイレ行きたいんだよ!!」


逆階段が体を引き上げ、まるでジムのトレーニング器具みたいに強制的に上へ上へと進んでいく。


いや無理だろ、これ! どうすればいいんだよ!?


『おお、見事だ! 息子よ、良い反応だ! その調子で、もっと運動エネルギーを使うんだ!』


ああもうっ! このバカ親父!!


必死になって足を動かしてみたものの、完全に引き戻されてしまう羽目になった。


――やばいやばいやばいやばい!! 早くトイレに行きたい!

そろそろ俺の膀胱も悲鳴を上げている。


もういっそ、観念してここで漏らすか……?

そう思った矢先だ。天井からカメラが俺をバッチリ映していることに気付く。


「ちょ、まさか……!」


『ふふ、気付いたかい? そう、久々に"息子"の成長記録を撮ろうと思ってね!』


息子……。そう、俺の息子(・・)だ。父さんはたまに俺の身体情報を次の発明のネタにする癖がある。


プライバシーもへったくれもない。発明のことになると、いつもこれだ。


「ぜったい、漏らしてたまるか!! ましてや父親相手でも見せねぇからな!」


俺は高らかにモニターに向かって宣言すると、大きく大ジャンプした。


――――ドシン!!


「~~っっ!!!」


段差を飛び降り、一気に1階へ到着したは良いものの、足と膀胱にヒリヒリと痺れが突き抜ける。


痛みと尿意のダブルパンチに、思わずその場にうずくまりそうになる。だが、ここで止まるわけにはいかない。俺の尊厳がかかっている。


廊下の先、目を凝らすと――見えた。ドアだ! トイレのドア!!


俺の心は歓喜で震え、膀胱も限界で震えた。


「よしっ……!」


全身の意志を集め、ドアノブに手を伸ばした。


――その瞬間。


『オ掃除シチャイマショ。オ掃除シチャイマショ』


耳障りな機械音声と共に、廊下の壁をぶち破って現れたのは――銀色のボディ、車輪付きの脚、そしてやけにデカいモップアームを持つメイドロボだった。


アキ子さん。俺ん家の掃除ロボ。性格設定は完璧主義。


――ドォォォン!!!


「……おっふぅぅう!??」


横っ腹に全力タックルをくらい、俺の体は文字通り吹き飛っとぶ。

空中で回転し、廊下の端っこに叩きつけられた。


「ぐ……はっ……! な、なに……?」


目を開けると、巨大なモップがギリギリで俺の顔をかすめていた。


『まぁ~! まぁ! 雄一、アキ子さんのお掃除の邪魔をしてはいけないわよ?』


アキ子さんの額に埋め込まれたモニターが点灯し、そこに映し出されたのは母さんだった。白衣姿にゴーグルをつけたまま、満面の笑みを浮かべている。


「母さん!! 何すんだよ、あと少しだったのに!」


『あら、ごめんねぇ。でもこの時間は、"アキ子さんのお掃除タイム"なのよ?』


「いや知らんし!? 俺の尿意は待ってくれないんだけど!?!」


『あらぁ? ちゃんとスケジュール表に書いたわよぉ? 台所のテーブルの裏の隅に。見てないの?』


「知るかーっ!! そんなとこ誰が見るんだよ!!」


アキ子さんはというと、すでにモードを切り替えたのか、ガシャンとモップを水洗いして再び構え直していた。


『排除対象ハッケン。オ掃除シチャイマショ』


「いやいや待て待て!? なんで俺が“排除対象”になってんだ!!?」


アキ子さんが迫ってくる。モップをブンブン振り回しながら、ちょっとした殺陣みたいな動きで。


『除菌開始――モップスピン・モォォォド!』


「ぎゃあぁあぁあっ!!」


母さんはロボット工学の分野において、異端の天才と言われている。

しかし、昔の偉い人は言った。バカと天才は紙一重だと。つまりバカだと。


俺はよろめきながら立ち上がり、半泣きで廊下を駆け出した。トイレはすぐそこなのに!

なぜ、モップで命を狙われながら廊下を逆走しているのか!


とりあえず台所に向かうことにする。

確かあそこは「非清掃エリア」の筈だ。


俺は死に物狂いで廊下を走った。アキ子さんのモップは背後で風を切り、ギリギリの距離で俺を執拗に追い詰めてくる。


あと少し――あと少しで台所に抜けられる!


「っしゃあああああ!」


ドアを開けて、ダイブ!!


アキ子さんはドアに激突した音を最後に停止。自動センサーが「非清掃エリア」と判断したのか、動きがピタリと止まった。


「助かった……っ……!」


俺はその場にへたり込み、息を整えた。床に座ったまま、ふと台所の奥のドアに目線を送る。


……そうだ。


もう、こうなったら外に出て、庭の茂みで用を足そう。

家の中で両親に粗相を見られるより余程マシだ。


「うぅぅう……、ションベンしてぇよぉ……!」


俺は静かに立ち上がり、足音を殺してドアへ向かう。慎重に、慎重に。


そして、ドアノブに手をかけた。

それはまるで楽園への扉。いや、膀胱のユートピア。


そのとき――機械音声が。


『多機能ドア「Type-V」起動』


「は……?」


ガチャリ。


ドアを開けた、と思った瞬間。


――そこは、物置だった。


「……え?」


もう一度ドアを閉める。開ける。


――風呂場。


閉める。開ける。


――書庫。


「なんじゃこりゃぁあああ!!?」


俺はドアをバンバン叩く。いやそこ! そこは確かに庭だった筈! なぜ!


『父さんと母さんの力作だぞぉ! 実はその台所の区画だけ、家の中で時計回りに回転していて、ドアを開ける度に違う場所に出られるんだ!』


ドアの上に設置されたスピーカーから、父さんの嬉しそうな、自慢気な声が聞こえてくる。


「何てことしてくれたんだよ!! 俺は“外で”ションベンしたいだけなんだよぉぉぉ!!」


『あ、でもちょっと不安定なのよねぇ。ランダムモードにしてると10回に1回くらいしか目的地に行けないの~。まぁ、実験段階だし?』


続いて、母さんの声が。二人は別室で俺を観察しているようだ。


「そんなもんを本番で使うな!! てかなんで家で実験すんだよおおおおお!!」


『ああ、母さん! 君の奇抜なアイデアはいつも素敵さ!』


『もうっ! アナタったら♡ 雄一が聞いてるのよ? でもアナタの発明も素敵♡』


ダメだ。完全に二人の世界だ。


この状況でいちゃつくな! こっちは膀胱の限界に挑戦してるんだぞ!!


「マジで無理……! もうほんと限界……っ!!」


俺は膝をつき、汗と涙と尿意にまみれながら呟いた。


……いや、待て。


まだ終わってない。


そうだ、確か……台所の床下収納に、避難用リュックがあった。


基本的にライトや乾パンみたいな災害用のグッズが入ってるけど、あの中に、携帯トイレもあった筈だ!


「これが、ラストチャンスだ……!」


俺はよろけながら台所へたどり着くと、四つん這いになって床板をガコッと開けた。


ガスの元栓の奥、板張りの下に、少し埃を被った赤いリュックが見える。


「っしゃあああ!! 見えたぞ、救いのリュック!!」


半身を突っ込み、手を伸ばす。


もう少し……もうちょっとで――


――カチ。


「……ん?」


何かを踏んだ。床下に仕掛けられた、聞き慣れた電子音。


『滑走路を解放。上に向かいまーす』


「は……???」


グラッ。


その瞬間、床板ごと傾いた!


「うわあああああああああ!!??」


俺の体は支えを失い、リュックごと床下へ。


落ち……いや、上に向かって昇っている!?


「いやぁあ!? 携帯トイレえええ!!!」


そのまま俺は――


謎のスライダーに吸い込まれた。


ジェット並みのスピード。旋回、スパイラル、謎のLED点灯演出まである。


「な、なんで滑り台があんだよおおお!! 床下収納だろここぉぉぉ!!」


体は妙な浮遊感を感じ、滑り台なのに上に向かって行く感覚。

どうやら滑り台には細かい球のようなものが敷き詰められており、それが上に向かって回転することで体を押し上げていく仕組みのようだ。


流れゆく壁には、かすかに「父・設計 Version 2.3」みたいな文字も見える。もう嫌な予感しかしない。


そして――到着。


ズザァッ!! 滑り台の終点は――自分の部屋だった。


「へっ? も、戻ってきた……?」


「そう、戻ってきたんだよ! 我が息子よ!」


「ええ、ええ! 素晴らしいわぁ!」


後ろから聞き慣れた声が響く。


「おかえり、息子よ。どうだい? 『昇る滑り台』だよ!」


そこには父さんと母さんが待ち構えていた。


「"どこに行っても毎回自室に戻ってくる家"、その名も《マイ・改ホーム》。テーマは『家族の絆』だ!」


「素晴らしいわアナタ! これぞ愛だわ~!」


「もう無理、漏れる……っ!」


「ああ、待って雄一。ほら、これを見て!」


絶望する俺の顔を見て。母さんが手元のスイッチを押す。


すると――……。


ガラララ……チーン!!


聞き覚えのある機械音と共に、押入れが勝手に開く。

そこにあったのは、間違いなく1階にあったトイレだ。


「ト、……トイレぇぇえええ!!」


便器へ一直線!


――ジャアアア……ゴポポポ……


全てが終わった。


体の芯から解放された俺は、晴れ晴れとした顔で部屋に戻る。


「やったわ! トイレとエレベーターの融合、成功よ!」


「排水管も自動で伸び縮みするから、配管工事も不要だね! これは世紀の大発明だね!」


大はしゃぎする両親に向かって、俺はポツリと言った。


「なぁ……二人とも、ひとついい?」


「おや、どうした?」


「あら、なぁに?」


「最初から……2階にトイレ備え付けとけやぁぁぁああああ!!」


こうして今日も、南雲家には俺の怒号が響き渡るのだった。


挿絵(By みてみん)

Copyright(C)2025-流右京

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