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比翼連理〜想望南総里見八犬伝〜  作者: 藤波真夏
第一巻 犬飼現八編 
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第六節 呪い再び

第六節 呪い再び

 この日を境に現八と栞姫の仲はより深くなっていった。

 相変わらず現八は捕物の際には顔を布で隠しているが、屋敷で過ごす際は布をつけずに過ごしている。今までよりも笑うことが増えてきたようだった。

 栞姫は現八を支え続けている。読書が趣味の彼女は現八に物語を読み聞かせることもした。現八はあまり読書をしない。流行り物や物語などにはどうしても疎い。栞姫は寝る前に現八に聞かせている。

 まるで子供のようだが、現八にとっては穏やかな時間の一つだった。

 そんなある夜のこと。

 現八はすでに布団の中にいた。栞姫は文机を前に寝る前の読書をしている。ふと現八が起き上がり、栞姫に言った。

「栞。最近里見の国で天変地異や怪異が増えている。八犬士が招集されることも増えた」

「ここ最近は出ずっぱりですものね」

「ああ。八犬士で話したんだ。もしかしたら玉梓の呪いかもしれない」

 それを聞いた栞姫の手が止まる。

 玉梓の呪い。栞姫の生家である里見家を根絶やしにする呪いだ。伏姫伝説は今から数十年前の話。その呪いの話は、栞姫が幼い頃から聞かされていた話で、かつ読書が趣味の栞姫はその詳細を知っている。


 滅びよ。犬になれ。


 呪いの言葉は脳裏に焼き付いている。玉梓の呪いの脅威は一度退いたはずだった。そう、あくまで「退いた」のだ。いつ、玉梓の怨念による呪いが襲いかかるか分からない。

 八犬士が最初に恐れたのは、自分たちの妻たちだ。八犬士の妻は全員里見家の娘たちだ。危害が及ぶとしたら彼女たちだ。それぞれが妻を守るために身を引き締めているのだった。それは現八も同様だった。

「栞。こっちに来い」

 現八が呼ぶと栞姫は本を置いて現八のそばまでやってくる。すると現八は栞姫の手を引き、強引に布団の中へ入れる。突然の展開に栞姫は驚き動くが、現八がしっかり体を掴んでいるため、逃れることはできなかった。

「栞のことは俺が守る。八犬士の名にかけてだ」

「ありがとうございます」

「でも今は・・・こうして一緒にいよう・・・」

 現八の締め付けはどんどん強くなり、栞姫は現八の腕の中で寝息を立てていたのだった。現八は栞姫が眠ったことを確認すると、髪を撫で顔を近づけた。そして栞姫の額に自分の唇で触れた。


 こうして栞が寝ている時でしかできない。男としては良くない。だが、玉梓の呪いを完全に消したらしっかりと栞に言おう。今なら、出来る。きっと・・・。


 現八は栞姫の温もりを感じながらこちらも眠りについたのだった。



 その翌日のことだった。

 本日も現八は捕物の依頼が入り、準備をしていた。栞姫は現八を見送るため玄関にいた。

「栞。留守を気をつけるんだぞ」

「はい。心得ております。お勤めお気をつけて」

 栞姫はそう言うと頭を下げた。現八は栞姫に見送られながら仕事へ向かったのだった。一人になった栞姫は部屋へ戻った。そこには現八が連れて行ってくれた本屋で購入した、まだ読んでいない本が置いてある。自分の目で選んだ本たちを早く読みたいが、その気持ちを抑えて届いた手紙に目を通した。

「竹野姉様からだわ」

 手紙の送り主は竹野姫。竹野姫は里見義成の四女で栞姫から見れば姉にあたる。彼女も八犬士の一人・犬山道節に嫁いでいる。里見の娘たちはこうして手紙を交わして近況を伝え合っている。


 栞へ

 犬飼様とは仲良くやってる? 

 最近は里見の国の各地で天変地異や怪異、黒い霧が出てきているって話が多いの。玉梓の呪いが里見にまた忍んできているのかもしれないわ。もちろん、私たちが里見の血を引いているから、必ず狙われる。

 それは栞も自覚していると思う。

 何もなければいいんだけど、現実天変地異が発生しているから油断はできない。

 八犬士を信じましょう。

 体に気をつけて犬飼様と仲良くやってね。

 竹野


 竹野姫の手紙の中身は玉梓の呪いと栞姫の身を案ずるものだった。しかし、文体は親しみやすいものだ。

 それもそのはず、竹野姫は姉妹の中でも一番の明るさを持ち、身分など関係なく分け隔てなく親しみを込めて接するため、人民からは人気のあるお姫様だ。文体からは竹野姫の性格まで表れている。

 栞姫はふと以前現八から聞いたことがある。八犬士たちがどういう人間なのかを。手紙の送り主である竹野姫の夫である犬山道節に関して現八が言っていた言葉を思い出した。

「道節は・・・人をあまり信用しないきらいがある。里見の殿様には心を開いているが当時初対面だった俺たちは少々骨が折れた。今は、八犬士として信頼はしているが、初対面の人間に対して心を開くのは至難の業だ。道節に嫁いだのは、栞の姉上の竹野姫様だったな。竹野姫様は、明るく気丈な方だと、栞、お前は言ったな? 案外心を開いてくれるかもしれないが・・・でも時間がかかりそうだ」

 栞姫は初対面の現八のことを思い出していた。

 少し苦笑いをした。

「竹野姉様も仲良くやっていればいいけど。でも、道節様に対する愚痴も聞かないから、案外うまくやっているのかしら?」

 竹野姫は愚痴を吐くこともしばしば。しかし、道節に対する愚痴は聞かない。要らぬ心配だったのかもしれない、と栞姫は思ったのだった。

 栞姫は再度読書を始めるのであった。



 一方、捕物へ向かった現八は相変わらずの活躍で悪人を捕まえていく。現八は仕事を終えて長十手をしまった次の瞬間だった。

「現八様!」

 男が声を上げた。その先を見ると黒い霧が広がっていた。それを現八は知っている。それを見た瞬間に首を締め付けられる感覚が襲い、地面に叩きつけられる。体が鉛のように重くなり、うまく動けない。周囲の人も同様に動けなくなっている。

 顔を隠していた布が取れ、牡丹柄の痣が痛いほど疼いた。

「玉梓!」

 現八が叫んだ。

 黒い霧から現れたのは、玉梓の幻影だ。妖艶な瞳に真っ赤な紅を引いた唇、そしてドス黒い正気を漂わせている。玉梓は地面にひれ伏す現八を嘲笑い、吐き捨てるように言った。

「妾を弄んだ八犬士よ。苦しみを与えよう! 信の八犬士・犬飼現八よ。お前に塗炭の苦しみを味合わせてやろう。お前の『唯一』をこの手でなぶり殺してやろう!」

 玉梓は動けない現八に呪いの言葉を吐き捨てると黒い霧と共に消えてしまった。首を締め付けられた感覚は徐々に消え、鉛のように重い体も元に戻った。現八は苦虫を噛んだかのように黒い霧が発生した方向を見つめていた。

 しかし、現八には引っかかる言葉があった。それは玉梓の吐いた呪いの言葉。


 お前の『唯一』をこの手でなぶり殺してやろう!


 玉梓は言い換えをしているだけだ。現八はその言葉の意味を考えた。しかし、その考えは一瞬で答えに辿り着いた。その答えが頭に浮かんだ瞬間に、現八の表情は青ざめる。

「まずい!」

 現八は走り出した。

 男たちは現八の名前を呼び止めるが、現八は今すぐこのことを里見義成様へ伝えるように言った。現八が向かう場所は、自分の暮らしている屋敷だ。

 玉梓が言った、「お前の『唯一』」。その『唯一』の正体は、現八が必ず守ると約束した者だった。

 現八が屋敷に到着すると、出発した時より様子は変わっていた。人の気配は一切ないのだ。そして異様な空気が漂っている。現八は急いで屋敷の中へ入り、その名を呼んだ。

「栞! どこだ、栞! 栞! 返事をしてくれ!」

 現八の妻・栞姫だった。本来であれば現八を笑顔で迎えてくれるはずだった。しかし、栞姫の気配は一切ない。現八は屋敷中を探すが見つからない。最後は栞姫の部屋の襖を開けた。その瞬間、現八の顔は凍りついた。

 明らかに荒らされた形跡があったのだ。極め付けはずたずたに切り裂かれた書物の山。その中には、現八と一緒に行った本屋で購入した本もあった。そして畳や残された書物に血の跡も残っている。

 現八は確信した。

 栞姫は玉梓に連れ去られたと。この血が栞姫のものである可能性もあることを考えると、一瞬で身体中の血が怒りで沸騰する。

「くそっ! 玉梓! よくも・・・!」

 現八は拳を畳に叩きつけたのだった。



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