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比翼連理〜想望南総里見八犬伝〜  作者: 藤波真夏
第一巻 犬飼現八編 
4/7

第三節 無鉄砲な旦那様

 現八と結婚した栞姫は里見の里に近い小国の屋敷で暮らすことになった。里見の家を出ても栞姫の心持ちは変わらない。夫である現八を支え、八犬士としての務めを果たせるように支えること。それが栞姫の根本にあった。

 現八はまだ栞姫の心のうちを慮っていた。初対面の際に自分の顔を「綺麗だ」と言った彼女の言葉がまだ心の底から信じられていないのだった。現八は屋敷の廊下を歩いていた。すでに栞姫に顔を晒しているために顔に布はかけていない。

 すると栞姫の部屋の襖が開いている。現八は部屋の様子を少しだけ覗いた。部屋の中では栞姫が読書をしていた。

 栞姫は里見義成の六番目の娘。「淑女」という言葉が似合うお淑やかなお姫様だ。おとなしく物静かなのは趣味が読書だからだ。こうして時間があれば読書をして物語の世界へ入り込むのが大好きな女性だった。

「現八様!」

「・・・?!」

 現八の視線に気づいた栞姫は現八を見つけて名前を呼んだ。すると、驚いて現八は目を逸らしたのであった。栞姫は何かご用ですか? と現八に言った。

「・・・何でもない。お前は読書を続けていろ」

 現八はそう言って行ってしまった。一人残された栞姫は読書を続けるのであった。現八が熱く

なる顔を手で覆いながら廊下を歩いていると、里見の家来がやってきた。

「現八様。お取り込み中に失礼致します」

「どうした?」

「盗人が国を逃走しております。現八様のお力をお借りしたく・・・」

「分かった。すぐに行こう」

 現八はそう言うと急いで自室へ戻り準備を始めた。紫色の羽織を着て、長い髪を結び直した。そして腰には長十手を差す。

 現八は八犬士として里見へ行く前、捕物の仕事をしていた。そのため、こうして八犬士に選ばれた後も依頼があれば、こうして捕物を引き受ける。彼が培った技術はやはり群を抜いている。

 現八に捕物の援護や依頼の話は後が立たない。

 現八がふと鏡に映る自分の顔を見た。右頬の牡丹柄の痣。現八にとっては悪目立ちする、煩わしい存在でしかない。だからこそ自分のこの顔をが嫌いだ。それは八犬士になったからといっても変わらない。


「こんなに優しい顔をしたあなたさまに屈辱と恐怖なんて感じません」


 栞姫の言葉が頭に残っていた。それだけ現八にとって衝撃があったのだろう。

「優しい顔なんてあるもんか」

 現八は鏡に映る自分に対して吐き捨てると痣を隠すために布を口元にあてがったのだった。準備が出来た現八は栞姫の元へ向かった。

 現八は栞姫の部屋へ到着すると、栞姫は読書を続けていた。あれからどれだけの時間が経過しているのだろうか。かなりの集中力だ。現八から見れば、栞姫は本当に綺麗な女性だった。

 栞の名前の如く、優しく愛らしくそしてお淑やかなお姫様だ。そんな彼女の隣に立つ夫である現八がここまで容姿に難があるなんて、栞姫にとってみれば傷がつくようなものだ。現八のなかにある引け目は現八の心に深く巣食っていたのだった。

「栞。栞・・・、おい、栞!」

 現八は何度か名前を呼ぶが、栞姫は読書に集中していた為に現八の声に反応しない。そして現八はさらに大きな声で名前を呼んだのであった。

「栞!」

「っ?!」

 ようやく現八に呼ばれたことに気づいた栞姫は声のする方向を向くと、そこには捕物へ向かう格好に身を包み、腰に長十手を差した現八の姿があった。栞姫は急いで現八に向き直り、頭を下げた。

「申し訳ありません。夫の声に気づかず!」

「・・・栞。顔を上げてくれ」

 栞姫が顔を上げるとそこには栞姫と視線を合わせてしゃがみ込んだ現八がいた。現八の顔が栞姫に近づいた。顔半分は布で隠され、まっすぐな瞳が栞姫を見つめる。

「これから捕物へ向かう。留守を頼む」

「・・・かしこまりました。どうぞお気をつけて」

 現八は衣を翻して立ち上がった。すると栞姫は現八の背中に向かって、聞こえるか聞こえないかの大きさの声で言った。

「現八様。どうして、そんなに自分のお顔を隠すのですか? 現八様はお美しいのに・・・」

 その声は現八の耳にしっかり入っていた。

 すると、現八は栞姫に詰め寄るように言った。

「美しい? その言葉を俺の前で何度も言うな! 俺はこの痣のせいで多くの人間から恐れられた。八犬士の証であることを知るまで、本当に嫌いだったんだ! 俺のことを全然知らないお前に俺の気持ちなど分かってたまるか!」

 現八の瞳は憎しみと恨みに満ちていた。痣の発端は里見家だ。栞姫はその里見の娘だ。現八に恨みの言葉を吐かれた栞姫は言葉を失ってしまう。

「現八様・・・、私は、そんなつもりは・・・」

「八犬士だからと里見の殿様からの申し出だったが・・・断ればよかった。そうすれば、お前はまともな男を夫にできたのだから!」

 完全な八つ当たりだ。しかし、現八の怒りは収まらない。ついに現八は長十手を抜き、栞姫に突きつけたのだった。銀の十手の先端が栞姫に向けられた。

「今後は口を慎め」

「・・・はい」

 まるで脅しにも似たような言葉に、さすがの栞姫も驚きと恐怖で言葉が出ず、はいとしか返事ができなかった。現八は長十手をしまうと急いで部屋から出て行き、捕物へと向かって行ったのだった。



 里見の収める里。

 多くの男たちが逃げた盗人を捜索している。しかし見つからない。現在は夕方。日が暮れる前に見つけなければどんどん遠くへ逃げてしまう。急いで探さなくては、と男たちは焦っていた。

「すまない、遅くなった!」

「現八様! 待ってましたよ! どうか頼みます!」

「任せな、捕物は俺の本業だ。どんな悪事も見逃さない、必ずしょっぴいてやる!」

 少し遅れて現八が合流する。現八も男たちに混じり捜索を開始する。すると、現八は目を細めた。道の外れにある茂みに人影が見える。現八は息を殺し、気配を殺し、ゆっくりと虎視眈々と近づいていく。

 すると、その人影ははっきりと形を見せる。

「?!」

 人影はもちろん本物の人だった。現八の姿に驚いたのか、男は血相を変えて現八に襲いかかってくる。現八は鉄拳を避けて男を腕っぷしで押さえつけた。そして大きな声をあげた。

「いたぞーっ!」

 その声を聞いた他の男たちがどんどんとやってくる。それに焦った盗人は現八の腕をすり抜けて逃走を図る。現八は長十手を抜いて追いかける。

「待て!」

 太陽は山の裾野に隠れ始める。もうそろそろ夜になる。太陽が完全に隠れきる前に盗人を捕まえなくてはいけない。小さな焦燥感が現八を駆り立てた。

 そしてついに盗人を現八と男たちで追い詰めた。もう逃げ場はない。現八は長十手を構えてじりじりと距離を詰めた。すると盗人は小刀を取り出し、振り回す。そんな脅しにもびくとも驚かず、現八は危険な間合いを詰めていった。

「現八様!」

 男たちの声すら現八の耳には入らない。果敢に飛び込んでいく。すると盗人の小刀の鋒が現八の顔を隠していた布を断ち切った。現八の顔が晒された。右頬の牡丹柄の痣があらわになる。

「・・・チッ。よくもやってくれたな」

 現八は長十手を握り直し、それを突き立てて盗人を完全に押さえ込んだのだった。完全に動けなくなった盗人を麻縄で縛り、番所へ引き渡しとなった。

「現八様! 本当にありがとうございました。それよりもお怪我は・・・」

「いや、怪我はしてない。また何かあれば知らせてくれ。必ず手を貸そう」

 現八は乱れた衣服を直す。そして捕物が終わると現八はその場を離れた。表情には出さなかったが、現八は腕を押さえた。現八の着物が裂かれ、そこから血が滲んでいる。実は盗人を取り押さえる際に切り付けられてしまったのだった。

 そこまで深い傷ではないが、傷であることにかわりはない。じわじわと痛みが現八を襲う。

「・・・油断した」

 現八はその場から逃げるかのように急いで屋敷へ戻ったのだった。


 現八が屋敷へ戻ってくると急いで部屋へ戻った。着物を脱ぎ切り傷が顔をだす。

 血は止まったが傷が完全に塞がるまで時間が必要だった。一人で処置をしていると、ばさっと書物が落ちる音が聞こえてきた。現八が振り返ると、そこには驚いている栞姫の姿があった。現八は「しまった」と言わんばかりに顔を逸らした。

 現八は妻である栞姫には内密にしていたのだった。

 栞姫は現八へ駆け寄った。

「捕物でお怪我をなされたのですか?!」

「かすり傷だ。騒ぐことじゃない」

 心配する栞姫をよそに現八はそっけない態度をとる。栞姫はお湯で濡らした手拭いで現八の傷を拭おうとした瞬間だった。

「触るな!」

 現八は思わず栞姫の手を払った。

「俺の顔を綺麗って言ったり・・・甲斐甲斐しく世話をしようとしたり・・・。そんなのお前の偽善だ! 俺の気持ちなど理解できないお前なんかに、触れられるなんてまっぴらごめんだ! 部屋から出ていけ、栞!」

 現八は栞姫に鋭い言葉をぶつけた。何も言わない栞姫に現八が視線を向けると、栞姫の目には大粒の涙を湛えていた。その涙が一粒、また一粒とこぼれ落ちる。その様を見た現八は思わず我に返る。

「・・・栞、これは・・・」

「・・・現八様のお気持ちも理解できず、本当に申し訳ありません。出過ぎた真似をいたしました。これで失礼します」

 栞姫は逃げるかのように現八の部屋を出て行ってしまった。

「・・・くそっ!」

 現八は畳に拳を突き立てた。行き場のない怒りと後悔をぶつけたのであった。



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