第一節 信の八犬士
時は室町時代。
俺は物心ついた頃には本当の親の顔を知らなかった。赤ん坊の頃に捨てられて、通りすがった心優しい男に引き取られた。
それが小文吾、犬田小文吾の親父さんだった。俺と小文吾は乳兄弟として育った。俺は捕物の仕事をしながら生きている。が、俺の右頬には奇妙な牡丹柄の痣があった。そして「信」の字が書かれた不思議な玉もあった。
顔に牡丹柄の痣なんて、目立つし気味悪いだろう? 俺はこの顔が嫌いだった。だから仕事の時は布で顔半分を隠し、牡丹柄の痣を人前に晒すことはなかった。小文吾にも俺と同じ痣と玉があった。
運命かと思った。小文吾も親父さんもお袋さんも俺の顔を悪くは言わなかった。そんな時に告げられた、「八犬士」の存在。この痣はその証なんだと。
疑った。
しかし聞かされた伝説は全て辻褄のあったものばかり。そして八犬士と自覚してからは周囲で不思議なことばかり起こる。もう疑うことはなかった。
そして八犬士が揃い、あれよあれよという間に魔女・玉梓との戦いに勝利。玉梓は退いたのだった。里見を恨む玉梓の呪いが完全に消えたわけではない。俺たち八犬士は里見へ仕えることになったのであった。
そして言われた言葉に俺はさらに耳を疑った。
「功績を讃え、我が娘たちをそなたたちに妻として差し出そう」
義成さまには八人の姫がおり、八犬士にそれぞれ妻として差し出したのだった。
俺の妻など・・・なんとも哀れなものだ。こんな見た目の夫など、気味悪がって逃げ出すに違いない。里見の姫など・・・俺の顔を見れば一夜で逃げ出すだろう。
そうだろう? 栞。