催涙スプレーを使ってみたいから試しに襲ってみて
女の子の自衛の手段は増えている。防犯ブザーから始まり、スタンガン、そして催涙スプレーだ。
【友人女子は、催涙スプレーを手に入れた】
「いや閃光玉や煙玉で逃げるのが最適」
「それゲームでしょ」
少女は催涙スプレーを上にくるくると回しては手に受け止める。危ないよー、危険が危ないよー。
「釘バッドとかは」
「それ護身用なの。持ってるだけで捕まりそうなんだけど」
「ナタもいいよな」
「もうね、護身用というには攻撃力がありすぎるのよ」
呆れる彼女。はい、嘘ですけど。
右手に包丁、左手に金棒。それが清く正しい少女の脅しと知らないのかな。全く不勉強だな。
「それで、その催涙スプレーを俺に振り掛けたいというわけだな」
「練習しておかないと、いざというときに使えないかもしれないでしょ」
「直接学習というやつだな。できるだけ本番と同じ想定で行うという、つまり、襲えばいいんだな」
「うん、そうだけど、目が怖い。ガチ不審者じゃない」
「もちろん、襲撃が成功すれば据え膳食わぬは男の恥と思って、美味しくいただきます」
「じゃあ、失敗したら、豚箱ね。本番想定だから。催涙スプレーから110番通報で勝利」
「待とうか。それ、前科つかない」
「示談交渉するよ」
そんなにぱーを見せられても事態は最悪なんだが。
「もしかして怖いの。ざーこ」
「分かった。催涙スプレー程度で俺の性犯罪を止められると思うなよ」
煽り耐性がない俺はキメ顔で言った。
「いつかやると思ってました」
待て。まだ早い。俺は催涙スプレーを駆け抜けて、完全犯罪を性交させる。いや成功させる。
ミッションは簡単だ。登下校中の彼女を一ヶ月以内に見事に襲撃すれば勝利。敗北は社会的死を意味する。絶対に、このミッションをポッシブルしないと。ん、ミッションをフルフィルしないと。
これはゲームではないんだ。
まずは必要なのは、襲撃対象の日常の行動を調査することだ。
彼女は普段の下校は、友達と三人で部活終わりに仲良く下校だと。難しいな。
しかし、登校は遅刻ギリギリのラッシュ。人が多すぎて襲えない。
大事なのは、人気の少ないところで、暗がりで周りから見えないところ。不審者対策の冊子の逆を考えればいいんだ。反面教師として不審者対策を利用している。
だが、日常の中で襲えそうな場所はない。
ならば、彼女の行動を誘導するか、普段とは違う行動をする日を特定するしかない。
観察。観察が必要だ。
きちんと彼女をプロファイリングしないと。血液型からスリーサイズから靴のサイズから、普段使うハンカチからティッシュから、なんでも情報源だ。移動教室のときの教科書の持ち方まで注視するんだ。食事から何の栄養素が足りていないかも推定する。ありとあらゆる情報から性格と行動を予測する。
俺は冷静な人間だから一ヶ月のうちの30日を観察に使った。
アインシュタインのように。9割9分を思考に使い切って、最後の一分だけを解決に使う。
そして、結論は出た。
まともな人間ならば、襲う対象を変えるだろう。しかし、この勝負引くことはできない。
俺は下校中の彼女を校門で待った。できるだけ自然に彼女を待つイケメン男子のように校門に背を預けた。
そして、彼女をみつけた。
「あ、君、かわいいね」
「あ、エミの彼氏じゃん」
「最近ストーカーすれすれの変態でしょ」
「わたしは寛大な心で許して上げてます」
そう、俺は彼氏ではないけど、彼氏っぽいことになっている的な空気感。だから、まずは周辺の友人を、この空気感で削除。
それから、言葉巧みに――――。
あれ、なんで俺は俺の自宅に少女をひきいれているんだ。
「あのさ、ちゃんと不審者しないと意味ないでしょ。知り合いの犯行じゃなくて。次は、帽子とサングラス、それからマスクをつけてね」
「それ、催涙スプレーガードされてない。最悪、ヘルメットかぶって襲っていいの」
「駄目です。その場合、カナヅチがポケットから出てきます」
「ちょっと待て。催涙スプレーさえ潜り抜ければ、君の生レバーじゃないのか」
「わたしの肝臓をどうするつもりなのよ」
「おいしくいただきます。と、そんなことはどうでもいいとして。俺はもっと考えないといけない。美しき花のトゲを抜くために」
「今日までに襲えなかったから失敗なんだけどね。わたしと普通に下校しただけで」
くっ、言葉巧みに談笑を楽しんでいたら帰宅してしまっていた。やられた。これが現代のシェヘラザード。
「しかし、帰るまでが下校。まだ俺の家だ。まだチャンスはある」
「夜道は危険だなぁ。送っていってくれるよね」
「送り狼の健全なエスコートをしよう」
「死体をガードレールに飾るよ」
「待って。正当防衛の範囲をわきまえて。バラバラ死体とかは正当性が崩れるよ」
「ガードレールに干すだけなのに」
彼女を安全に丁重に送り返した。熨斗をつけて。
さて、追加で1ヶ月の猶予をもらった。
不審者として彼女を襲う猶予を。ここで、催涙スプレーを超越しないと。
俺は30日間を催涙スプレーに対する耐性に使った。
市販の催涙スプレーに慣れることによって、催涙スプレーを超越するんだ。
アイシールドをつけてスプレーを避けたいが、それはできない。
ならば、くらうこと前提で行くしかない。
で、結局、どこで襲うのか。
それが問題だ。催涙スプレーに対する完全耐性を得た俺は。
ん、催涙スプレーに耐性を持ったら本末転倒な気もするが、いや、まぁいいか。
どうせ第二、第三のスプレーが現れるだけ。
俺に勝ちたくば、その数十倍のスプレーを準備することだな。
きちんと不審者と文字の入ったTシャツを着て。帽子にサングラスにマスクだ。
これから犯罪をすると言っているの近い。
だが、今回は、もう引けない。
部活仲間と別れたとき。それがお前の命運だ。
「あー、そこの人。ちょっと職務質問をしてもいいかな」
我、戦わずして敗れたり。
職質さーん、今日も治安がいいですね。
わたしはただ不審者のふりをして、健全に女子を押し倒し、そして成功報酬を頂こうとしている一般人です。怪しくないです。
「予防って大事だよね」
「最近、不審者の目撃が増えていたそうだ。もちろん、俺はセーフだった。懇切丁寧に、今から女子生徒と催涙スプレーバトルをすると話したら、精神病院を紹介されるぐらいですんだ」
「警察も大変だね」
元を辿れば、原因はお前だが。
催涙スプレーなんて練習必要ないだろう。
俺は熊スプレーもその場で使いこなす自信がある。
「それで、その催涙スプレーは何だ?」
「え、史上最悪の催涙スプレーサツルンデスだよ」
何だか2回ぐらい死ねそうな名前だ。
こいつ耐性を強烈な一撃で破りにきてる。
「大丈夫。俺、直撃くらったら毒状態にならない。数時間以内に解毒しないとみたいなことにならない」
「大丈夫大丈夫。口から泡を吹くぐらいですむって」
その状態は、すむという状態なのか。
「早く襲ってよー。長いよー。もしかしてわたしガードが固すぎる女。罪だなぁ」
「よーし。見てろよ。俺は完全な犯罪者の動きっていうのを見せてやる」
簡単な話だ。
下校中、三人でいても関係ない。
非力な女子は俺の初手で全員破られる。
敗走した彼女たちの中で、狙いの少女を捕まえて、暗い路地裏に連れ込んで、ムフフでシッポリなのだ。
「見ろぉぉおっっっ!!!俺を見ろぉぉぉ!!!」
初手、全裸。
露出狂的な行動により、女子はタジタジ。アリの子を散らすように、霧散していくのだ。
「エミ、なんて可哀想な仕打ちを」
「なにしてんの。巻き込まないでよ」
「ちゃっかりパンツを履いている。マイナス100点」
どうしてだー。なぜ逃げない。
男の裸だぞ。
花も恥じらうお年頃じゃないのかよ。
「あっ、やめて。催涙スプレーを急所にかけないで」
「手錠あるから、拘束するね」
「エミ、用意いいね」
「汚物は殺菌」
除菌用アルコールを加えないで。股間が、股間がぁー。
ああ、腕を拘束された。パンイチに長いコートの変態が、さらに変態度が上がっていく。
もう止められない、このビッグウェーブを。
「全く、こんなんじゃあ、女子襲えないよ」
「待て。後ろ後ろ。不審者が来てるって」
やばい。本物の不審者が。
今、俺は、こんな状態なのに。
「素晴らしい。わたしも混ぜてくださいっ!!」
裸でスライディング土下座をしながらハゲたおっさんが入ってきた。
少女は躊躇なくハゲ頭に催涙スプレーをかけまくったのだった。
「うひょぉぉぉぉぉぉ、しみるぅぅぅぅぅぅぅぅうううううう!!」
こうして、彼女は催涙スプレーを手放した。
彼女は知ったのだ。
Sな不審者よりMな不審者の方が多いと。
飛んで火にいる夏の虫のように、防犯グッズの刺激に集まる変態が多いと。
「いいかな。怪しい人がいたら、ちゃんと防犯ブザーを鳴らすんだよ」
「パパみたいな人のこと」
「違う違う。パパは安全だ。問題はな、サドな変態だけだ。Mな変態は踏んであげなさい」
「娘に変なことを教えない」
「いや、これは大事なことで……はい、ごめんなさい」
「ちゃんと拳銃は持った? 携帯用のナイフも。手榴弾は三つ。グレネードはこっち。催涙ガスはこれね」
「ちょっと待って。不審者ちゃんへの殺意が高すぎるよ」