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此の旅ごとに

作者: 夢来厘華

「おぉ、見えてきた」

馬車から顔を出してみると、聳え立つ時計塔が見えた。目的地はもうすぐそこだ。

「おばさん」

「うん?なんだい?」

「ここからは歩いていくよ、逆の方向だったよね」

「そーかい」

おばさんはぶっきらぼうに言った。女性の割に大きな背中だ。荷物を運ぶからかもしれないが。しかし今の私にはちょっと小さく見えた。気のせいではないだろう。

「よっと」

ぴしゃんとムチを引く音がして、ガタガタと揺れていたのが嘘のように馬車が止まる。道が二股に別れていた。前に左右を指し示す看板がある。さて、私も。

「荷物かくにーん」

旅の基本その1。荷物を点呼とって数えるべし。馬鹿らしいと思うが、現に財布を2回もなくしているので従うようにしている。一回目のときは笑っていたが二回目は流石に拳に力が入った。

豆入れるようのバック、ある。

日差しよけのハット、ある。

護身用兼狩猟用のナイフ、ある

シート、ある。

コーヒー道具ある。

財布、ある!

もう一回。財布ある!確実にある!本当か?本当だ。私の手にはしっかりと黒革の長財布が握られている。この感触は絶対に私の。


おーし終わり!全部ある。といってもだいぶ少ないんだけどね。旅人は例にもれずミニマリストなのだ。


「ここまで送ってくれてありがとう、じゃあね」

「フフ、達者でね」


運搬料は事前に払っている。銅貨5枚である。ここまでのお礼をいって、

馬車からえっちらおっちらと降りた。車輪の位置が私の腰ぐらいまであって一苦労だ。何より豆を入れたバックが重たい。腰が悲鳴を上げている。


私が降りたのを確認すると再びムチの音を響かせ、おばさんは街とは別方向へ向かった。聞いた話だが、あっちの方向には港町があるらしい。おばさんはそこに商売へ行っている行商だ。魚と野菜の両方を取り扱ってて実は結構やりてなんだとか。何なら私もおばさんから油を買った。


「さぁて、向かいますか」

馬車が遠く見えなくなるまで待って、私は街へ向かう。

あるきは疲れるぞー、けど頑張るぞー、と意気込んだ。

腰のことは気にしない。気にしない〜。



街は私が思っていたよりもよっぽど色の洪水だった。街路の至るところに露店が広がりそれを有に超える人の数で覆い尽くされている。正直聞いてた印象が物静かでおしとやかな街だったのでそのあまりの乖離具合に驚いて、門番をしてる衛兵にいつもこうなの?と聞くと祭りが控えてるんです。と返ってきた。なるほど祭り!そりゃあこうなる!


「どこから回ったものかなぁ」

浮かれた街の心地に、私も心ウキウキだ。観光に来てちょうど祭りとは運がいい。出ている露店で何か買い物でもしよう。たまにはゆっくり羽を伸ばしたいのだ。


うろちょろと露天を巡る。食料品から衣服。何なら武器まで選り取り見取りだった。人の波に押されるので最初の頃は移動に手間取った、が慣れればどうってことない。私にとって慣れる、ということは案外簡単だ。というか旅人は順応が早くなけりゃやっていけんのでね。順応、順応〜


「あ、綺麗」

数10件ぐらい、人波に揺られながら巡るとある着物屋にブルークリスタルのイヤリングを見つけた。惚れ惚れする四角形に透き通った深青色。縁には素晴らしい光沢の金属が採用されていた。まさしく一目惚れとはこういう事を言うのだろう。自分がそれをつけて街を歩く姿を想像するともうがまんできない。虜。そんな言葉が似合う私。ウキウキな少女。


「これください!」

店頭に駆け寄りぴぃんと蒼色のクリスタルを指差す。

「おう、銀貨25枚だ」

「…」


たっっっっか。祭りの浮かれ心地も思わず真顔にもどる。25枚?銅貨の間違いじゃなくて?銀貨?ほんとに?と疑問の数々が頭に浮かんだ。今の私の顔はきっとひどく呆けているに違いなかった。


「ぼってない?」


最初に思ったこと。旅人がぼられるとゆうのはよく聞くお話しだし。


「まさか、こいつはサファイアっていってとっても貴重な鉱石だ。これでも安いぐらいよ」


店頭に座った好々爺は白く飛び出たヒゲを弄びながら、笑う。


サファイア。旅をしてるとたまに聞く。確か相場が銀貨50枚だったから、格安だ。そう考えるとますます欲しくなる。お得と言う言葉に弱い。


「ぐぬぬ、手持ちを合わせても銀貨10枚に足りない」

「はっは、諦めるこったな」


うーん、しょうがない。ここで商売をするつもりはなかったけどいっちょやりますか。気乗りはしないけどね。


「おじさん」

「ん、値下げならせんぞ。いくら美人だからって、上からこれ以上下げるなと言われてるんでね」


世辞とは、分かるが面と向かって言われるとちょっとにやけてしまう。


「これって誰でも出店していいの?」

けど私の思惑は別だ。

「あぁ、祭りの間は領主様が特別に許可しているが、いったい何を?」


「今から稼ぐの、お隣失礼」

「ハッハッハ、冗談のうまい子だ」


好々爺の言うことなど気にもとめずに私は背負ったバックをドスっと下ろす。中からシートを取り出してバサァっと広げる。このシート自家製。いいでしょ。


次にバックの中に埋もれたハンドミルを引き抜く。数回クルと回してみて、うん、いい滑り具合。おばさんから油を買って指しておいて良かった。


さてその次はお湯がいるからぁ。水…


「おじさん井戸の場所知らない?」


「無茶だ。無茶。ま、そこの角を右だ」


無茶と言いながら教えてくれる辺り優しい。


「ありがと」


井戸はすぐ見つかった。持ってきた自前の道具でいっぱいいっぱいに水を汲む。そんでまたえっちらおっちら戻って。ちょっと腕が痛い。久々に重いものを持ち上げたらからかな。さてここで私の魔法


「パチン」


と指を汲んできた水に向かって鳴らす。するとたちまちに水泡がポコポコと出てくる。水が沸騰したのだ。もちろん触ると熱い。火傷注意だ。


「うぉ?!」


ふふふ、驚いてる驚いてる。


ハンドミルに豆を入れてコリコリ。引き終わったら紙のフィルター付ろ過装置に引き豆を入れてよし、かんせー。


こぽこぽとお湯をフィルターに通す。するとたちまちに辺り一体に香ばしい香りが広がる。客寄せは勝手に行われるのだ。


「ん?なんだこのいい匂いは?」

「ほんとね、どこかしら」

「おい、あそこだ。なんだあれ」


キタキタ。人の声が聞こえてくる。私もしっかりと喧伝しなければね。商売と大きな声から始まるものだ。


「さぁ、寄ったぁ。これは南国のコーヒーという代物だ。苦味の中に確かに風味とコクがある」

声を張り上げるのも久々だ。あまりにも体を使わなすぎてがたが来ている。どーしたものだか。


「へぇ、美味しそうだ、一杯もらおう」

「あいよー」


「私も私も」

「試してみよう」「俺にも一杯」「私もちょうだい」


すぐに私の前に列が出来た。物珍しさはやはりいい付加価値だ。隣をちら、とみてみると先程まで笑っていた好々爺の顔が驚愕の表情に変わっていた。ふふ、小娘だからと侮るとこういうことになるのだ。


それから結構な時間がたった。しかし私の前の列はずっと途切れることなく、何なら伸びていた。私は何より水を何回も汲みに行ったせいで足が痛い。井戸の近くに店を構えればよかったなぁ、とあとになっておもった。まだまだ列は続いていたが、あいにく豆がそこをついてしまい、しょうがなく列に並んだ人には帰ってもらった。最前列に並んでいた人物がちょっと気の毒だった。けど在庫がないからね。ごめんね。




「さて、銀貨25枚だ」

「おおぅ、確かに。ほいイヤリングだ」


道具を早々にしまい、購入。心躍る瞬間だー!


おぉ、手に取ると分かるこの触感。冷ややかでシャープ。天に掲げると光を反射してキラキラと輝く。これだよ。これ。私が求めていたものは。明日きっとつけよう。うん、そうしよう!街を練り歩くのだ!


「にしても、すごかった。コーヒーか、いや。それにしてもあの水を一瞬で沸かす技はいったい?」


「それは企業秘密。絶対に言えない」

人には秘密の一つや2つあるものだ。私はそれがこれ。ちょっと不思議だけどね。

「そうか、まぁいいもん見せてもらったよ」


「あ、そうだ。おじさんにこれ渡しとくね」

バックの横についてるポケットから紙を一枚取り出して店のカウンターにそっと差し出す。

「これは?」

「コーヒー一杯無料券。ずーと飲みたそうにしてたしね」

「…かなわんな」

好々爺はうつむきがちにフフっと笑った。私はとびっきりの笑顔で。

「またのご来店を!」

の一言を添えた。


読了ありがとうございます。宜しければ感想、評価、ブックマークをお待ちしてます。

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