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第八話『交わる願い』


 そこは、マギスティアの敷地内でも比較的校舎から離れたところだった。

 

 小規模の草原とでも呼ぶべきか、地面に敷かれた大量の草木は風に吹かれて、踊り、全身で合掌を繰り広げている。

 否、そこは確かに草原と呼べる場所かも知れないが、厳密に言えば違っていた。


 なぜなら、その場所全体が中央に向かうにつれ、傾斜を生み出していたからだ。つまりここは草原であると同時に小高い丘でもある。

 更に、中心にほど近い場所は坂と呼べるほどの角度が付いていて、まるで訪れた者を導くようにして石造りの階段が存在していた。


 そして、頂点には聳え立つ立派な木が、一本。


 『茶会神話』において、オルティスは戦争の地だ。

 のちに王都『マグテナ』と呼ばれ、更に後世においてはマギスティア寄宿学校が建てられたこの地は、当然の如く戦火の激しい場所であった。

 

 この丘はかつて小規模の村が存在していたそうだが、ルシェリア王国の人間が潜伏していた結果、それを突き止めたローヴデリア魔法王国の兵士によって焼き払われた。

 当時生活していた村人は全員が焼け死に、木製だった建物も焼け、更に豊かだった自然さえも残らなかったという。


 ──だが、唯一生き残った生命があったのだ。


 それこそ、この小高い丘の頂点に存在する巨大な木。

 『聖樹サンドリヨン』。


 誰が言ったかは定かではないが、その言葉は異国において『灰被り』という意味を持つという。

 戦火に焼かれた木々の灰の中でも唯一燃えず、現在も成長を続けるその木を、人々はそう呼んだのだ。


 なぜ燃えないかは魔法研究の進んだ現在においても不明だが、この聖樹が人々を元気づけてきたのは事実。

 その生きる伝説を称え、後世に語り継ぐための広場、『聖樹記念広場』。


 ──クロエがティトピアに連れてこられたのは、そういう場所である。


「……聖樹ねぇ」


 小高い丘を越えた天辺、目の前に現れた巨大な木を見上げ、クロエは呟く。


「なんでここに来たんだ?」

「ここが一番、学校の中で見晴らしがいいし、過ごしやすいからよ」


 答えるのは、同じく木を見上げるティトピアだ。

 訓練で使っていた木剣は丘の下の方へ置いているため、クロエと同じく丸腰である。


 一応の規則として、聖樹サンドリヨンの周辺は武装が禁止されている。本物の戦争を生き抜いた巨木のため、生半可な武器や魔法じゃ傷一つつかないそうだが、気を付けるのは大切という事だろう。

 誰も見ていないのに規則を正直に守るあたり、やはりティトピアは真面目だ。


「それに、アンタここに来た事ないんでしょ?」

「存在は知ってたが、まぁ来たのは初めてだな」

「ならちょうど良いわ。ここも中央広場と同じで、普段は人で溢れるところだもの」

「へぇ……」


 どうやらまだ完全に学校を探索できていないクロエに気を使ってくれたらしい。根は優しいのだと再び感じるとともに、器の広さを感じさせる行動だ。


 クロエが感嘆の声を漏らしていると、ティトピアはそれに気づかないまま木の根元に近づく。

 そのまま、根元のくぼみを背もたれにして腰を下ろした。


「ん」


 手を伸ばし隣の地面を叩く彼女の顔を伺えば、顎でも示された。どうやら座れという事らしく、別に断る理由もないクロエは、ゆっくりと彼女の隣まで行き、同様に腰を下ろす。


 ティトピアは膝を抱えた三角座りで、クロエは左膝を立ててその上に腕を置き右足を曲げた体勢だ。最近は座るとなれば専ら椅子にだったため、床に座るのがなんだか懐かしく感じる。


 そして、クロエは聖樹の根元──小高い丘の頂点から見える景色を視界に収めた。


「……ぉ」


 不意に零れたのは、紛れもない感動を感じた声だ。


 そもそもマギスティア寄宿学校が高い位置に存在している影響もあるのだろう。

 丘から見渡せる景色は、マギスティアの広大な敷地と周辺の街並みだった。


 いまだ人々の団欒が続く数多の寮と、警備の兵たちが持つランタンの淡い光。学校を囲む門の四方端にも同様の灯がついていて、更にその外側に広がる町には様々な特色が現れていた。


 計画的に設計された事が一目でわかる居住区であろうそこは、光の道を形成している。そこから少し離れたところに存在する人の通りが未だに途絶えないところは歓楽街だろうか。

 更に一角を形成するピンク色に加工された光を持つのは色街だ。普段なら近づきがたく良い印象があまりないそこも、今この瞬間だけは情景を構成する要因でしかない。


 画一的とも思える街並みと、それを存分に活かし個性的な成長を遂げた人々。その集合体とも呼べるマギスティアという箱庭。

 ──小高い丘から見える景色は、なんともいえない感動を生み出していた。


 これが昼間なら、まだ違った顔色を見せていたのだろう。むしろそっちの方が街並みは見やすいはず。

 だが、夕食を済ませ就寝前の時間という絶妙なこの瞬間は、まさしくゴールデンタイム。生活ではなく、『街そのもの』を眺めているような感覚は、クロエの心を確かに刺激した。


「へぇ、すげえな」

「でしょ?」

「あぁ。わざわざ街を見渡せる場所を作るか、聖樹を担ぎ上げて作った丘ぐらいでしか見れねえな。監視塔なんかは高さが足りねえ。それに都会──王都の中心に近いからこそ、この景色なんだ」


 こんなに町が輝いている光景は中々見れたものではない。貴族ならば望めば見れるかもしれないが、記憶喪失のクロエにとっては初めての感動だ。


「ヴァルステリオン皇国にも似たような場所があるの。だから偶に故郷が懐かしくなる時があって、そういう時はここに来るのよ」

「へぇ……」

「それに明日は大事な『決闘』だし、少し気分を明るくしとこうと思って」

「なるほどな」


 同じ返事を繰り替えているような気がするが、なんだか気が抜けているらしい。

 隣にいる彼女も似たようなものだろう。顔を見なくとも、声色から優しげな顔をしている事が伺える。クロエと同じく気を張っていないのだ。


「──へっくちっ」

「……っはは、随分かわいいくしゃみだな」

「うぅううう……! 仕方ないじゃない、生理げ、へくちっ!」


 声色と同じく、高い音で随分と可愛らしいくしゃみだ。

 ティトピアがクロエの言葉に怖い顔で睨んでくるが、更に出てきたくしゃみによって相殺されている。小動物が下から攻撃しようとしてきても怖くないのと同じだ。


「へ、へくちっ」

「ったく。仕方ねえな……ほらよ」

「うぅ……?」


 くしゃみの度に体を上下させるティトピアが見ていられなくなって、クロエは自分の羽織っていた上着を脱ぎ、肩に被せる。

 訓練後、火照った体が風で冷えてしまったのだろう。幸いにして上着はクロエが着ていたものだし、熱はまだ残っているはずだ。


「……アンタ、気がきくのね」


 少し照れくさそうに言うティトピアは、被せられた上着を掴むと、袖を通しきちんと着た。

 流石にサイズは合わなかったようで、指の先は袖から出ていないし丈も余っている。だが温かさは十分なようで、彼女は薄く笑みを浮かべた。


「親友が……」


 ──つい、気の抜けた雰囲気に釣られて再び失言しそうになる。


 そこで止めていれば、疑問には思っただろうが突っ込まれる事はないだろう。人間誰しもが触れられたくない部分があるものだ。

 だが、なんとなく誤魔化し続けるのは、親友の存在を否定しているような感覚に近い。だからこそ、あえて言い切る事にした。


「親友が言ってたんだよ。『女の子は体が冷えやすいから、上着とか持ってた時は被せてあげなよ。上着がないなら肌服を脱ごうね』ってな」

「そんな事されたら逆に引くわよ」


 熱い素材だから重ね着をせずに出てきたクロエが、女子を温めようとして上半身を晒す風景が二人の脳裏に過った。

 なるほど、確かにこれは嫌だとクロエは一人で納得していれば、ティトピアは若干微妙な顔をしながら、大きな袖を引っ張りいそいそと手を出していく。


「アンタ、記憶喪失でしょ? 親友なんているの?」

「あー……親友の事だけは覚えてるんだよ」

「誰よ、親友」

「……悪いが、深くは聞かないでくれるか。色々と複雑なんだ」


 厳しい誤魔化しではあると分かっている。だが、クロエは親友の存在を否定したくなくて言葉を続けただけで、何かを離す気は一切ないのだ。

 だからこそ、ここは引いてほしい気持ちが強い。


「そ。ならいいわよ」

「……」


 とは思っていたが、想像よりも軽く身を引かれて思わず目を見開いた。

 深堀したくないのに、思わずもう一度聞き返してしまうほどだ。


「いいのか?」

「話したくないんでしょ? なら、無理に聞く必要は……って、アンタなに目抑えてるのよ……」


 不可解そうに顔を歪めるティトピア。

 クロエは彼女の言葉に、思わず顔を抑えて感動してしまった。


 ティトピア・ヴァルステリオンは乱暴なだけで、基本的に性格が良い。

 最近関わった人間──ロッドプレント姉やエルフの少女などは、基本的に性格が尖った人間ばかりであるため、久方ぶりに人の良心にクロエは触れたのだ。


「なんでもねえ……! お前、いいやつだな!」

「あんまり嬉しくないのはなぜかしら」


 親指を立てたクロエに対し、表情を変えないままティトピアはため息をつく。

 

 ──思えば、コイツといると自然体になるな。


 そんな様子を見ながら、クロエはふとそう思った。

 ティトピアという少女は歯に着せぬ言い方をし、基本的に豪快な人物だ。恐らくくだらない嘘なんかもつかない。


 人によってはそんな性格を疎み、関わりたくないと考えるのかもしれないが、同じように雑なほうのクロエにとってはかなり接しやすい人物である。

 故に、自然体。今まで学校で出会ってきた人物の中で、最も本音が言える少女だ。


 ──それに、もう損得で考える必要もないのか。


 もし決闘においてティトピアが負け、リアとの約束が果たされるようであれば、既に人間関係を損得で考える必要もない。

 当然色々な障害があるだろうし、この関係性も今のままではいられないのかもしれないが、それでも良い未来を希望するのは人間の本能である。

 

「ティトピア、何か困った事があれば言えよ」

「えぇ、突然何よ」

「『友達』が困ってたら助けてやろうと思ってな。衝動的に思っただけだから、無いなら無いでいい」

「……なら」


 少し考えるような素振りを見せたティトピアは、すぐに鋭い──いつも通りの──視線を送ってきた。


「アンタ、『帝王学』とか学んだ事ある?」

「うん? 帝王学?」


 帝王、つまりは国の王がその即位前までに学び、即位後に活かし国を統治する学問である。国の頂点の血族ならば必ず学び、貴族の子息の一部も参考までに学び事もある。

 実際、ルシェリア王国アリアンロッド家では実施していないようだが、他の侯爵家の子息は学んでいるという噂だ。


「そんなのお前の方が知ってじゃねえか。ティトピア『皇女』サマ」

「……残念だけど、アタシはあんまり知らないのよ」

「そりゃまたなんで」

「ヴァルステリオン皇家の方針よ。帝王学は男子皇族と、第一王女まで。それ以外は皇族であっても帝王学は学ぶことはないわ」


 ティトピアは第二皇女。

 帝王学を学ぶ対象から寸でのところで外れているのだ。


「……今日のお昼にね、言われたのよ」


 校舎の方に視線を向けながら、ティトピアは続ける。


「今まで助けた子たちの一部から、『何かあったら今度は自分たちが助けます』って。中には虐められてた子もいたわ。本当はみんな『決闘遊戯』に参加するって言ってくれたけど、もう内容は決まっちゃってたから。だから、代わりに今後困ったら何でも助けますって」

「……」

「でも、今回の問題に関しては私が背負った問題よ。でもその言葉は素直にありがたかった。だから、私の『真の目的・・・・』の為に動いてもらおうと思ってて──」

「真の、目的?」


 今一全体像が見えない話だ。

 ただ、ティトピアの表情から、これが真面目な話である事だけは分かる。


 ならば聞き手であるクロエも真剣であるべきだ。そう思い、表情を引き締めて集中して話を聞く姿勢に入った。


「私にはね、兄妹の中でも特に仲が良い兄がいるの。ヴァルステリオン皇国第一王子、レクス・ヴァルステリオン」


遠くを見るような彼女の瞳は、どこか寂しげだ。


「皇国の人間の中でも特に優秀で、王位継承の絶対的第一候補。正義感も強くて誰からも尊敬される未来の英雄。そんなレクス兄さんを尊敬していたし(・・・・・、大好きだった(・・・

「つまり、今はちげえと?」


 明らかにおかしな言葉を尋ねれば、彼女は「ええ」と頷いた。


「──兄さんには、裏があった」


 強く吹いた風と、それに揺蕩う長い髪。

 しかして、ティトピアの視線は強くクロエを貫く。


「家族や私、国民には良い顔をしていたけど、偶然私は聞いてしまった。兄さんが、数年前から国民を使った『人体実験』を行っていた事を」

「……そりゃ、物騒だな。人を使って何を研究してるってんだよ」

「それは分からない。でも、偶々兄さまの部屋へ向かった時に、聞いてしまったの。私が行く予定はなかったし、人払いもしてたみたいだから……あんな兄さまの笑い声は初めて聞いたわ」


 苦虫を噛み潰したティトピアの顔、顔、顔。

 心なしか視界が黒い光で照らされているような錯覚を覚える。


「それが、数か月前の出来事よ」

「……まじか?」


 思わず、何の遠慮もない低い声が出た。

 数か月前。勝手な思い込みだが、この話はもっとティトピアが幼い頃の話だと思っていたのだ。


「ええ。ちょうど年越しの後ぐらい。ヴァルステリオンからマギスティアに戻ってくる数日前だった」


 少し目線を逸らして、憎む様な視線をどこかへ向けて。


「レクス兄さんが王として即位すれば、更に強い権料が手に入って、もっと多くの国民が犠牲になってしまう。それだけじゃない。残酷な事に手を出して歯止めが利かなくなれば、どんな事態になるか私には想像できないの」

「仮にも王候補なんだろ。そんな狂気的な事するのか」

「正義感が強いって言うのは、私みたいに一度走り出したら止まらないって意味でもあるの。私の方が短気だけど……意志の硬さは私以上。だから、どんな手段を使って求めないといけない」


 そして、もう一度強い視線をクロエに注いだ。


「アタシの『目的』は、レクス兄さんの凶行を止める事。その為に、この有望な人材が集まるマギスティアで信頼できる味方。


「──クーデターを起こし、ヴァルステリオン皇国の女王となる事よ」 


~~~~~~~~~~~~~~~


「───」


 思ったより、規模も、考えも、願いも大きな希望の話に、クロエは思わず固まった。


 クーデタ―? 玉座の奪取? 一体どこまで見据えて話をしているのか。全く分からない。その瞳には何が映っているのか。

 可能だと思っているのか。可能性はどれほどあるのか。味方は現在どれぐらいいるのか。


 疑問は尽きない。

 でも、まずクロエが尋ねたのは。


「ティトピア。それ───


 ──国家機密だと思うんだけど、誰かにバレたら俺殺されねえか」

「そうね」

「そうねじゃねえよ?」


 穏やかな声色のまま、隣で座っている少女へ青筋を立てる。

 

 『第一王子の狂行』、『内部事情』、『第二王女の目的』。

 軽く数えてみても、これだけで軽くクロエの首が飛ぶ。他国の貴族であるため即刻処刑とはいかないだろうが、アリアンロッド公爵家が抵抗した場合普通に全面戦争だ。


「なんて事しやがんだテメェ」

「アンタそういうの気にしないでしょ?」

「気にするに決まってんだろ! 命大事だろうが!」

 

 思わず彼女の両肩を掴み揺らせば、少しむすっとした表情でされるがままだった。これでは面白くない。嫌がるからこそ意味があるのだとばかりに手を離せば、彼女は鼻を鳴らして言葉を続けた。


「別に、バレなきゃいい話だし、そもそもアンタ誰かに話したりしないでしょ。──これでも、信用はしてるのよ」

「いや、話さねえけどそういう問題じゃなくてだな……」

「アンタは誰かに遠慮しないし、昨日みたいに人に対して思いやりを持ってる。人として大事な一線があると分かってるから、話しやすいのよ。そうじゃなきゃこんなに話さないわ」


 流石に申し訳ないとは思っているのか、若干しおらしくなりながら言うティトピア。

 そういう態度を取られると強く出れないのはクロエの性格か、それとも彼女の行動の結果か。重要な秘密を話した理由に人柄を添えられれば、もう口を閉じるしか道はない。


 どちらにせよ、毒気を抜かれたようにクロエの激情が収まったのは確かだった。


「……だからといって、おいそれと国家機密を話すな。万が一の時は俺もお前も危なくなるんだぞ」

「そんときゃ道連れよ」

「はぁ」


 べーっ、と小さな子供のように舌を出す姿を見れば、なんだか怒っているこっちが馬鹿らしくなってきて、思わずため息を零す。

 こんな乱暴な少女なのに、変な愛嬌があるから困るのだ。狙ってやっているほど頭が良いとは思えないので、恐らく天然。そしてそれに引っかかるクロエも大概だらしない。


「でも私には人の上に立つ『帝王学』の知識がない。だから、アンタが知っていたなら教えてほしいの」

「……」


 合点はいった。

 動機も分かった。

 

 しかし、未だ疑問点は尽きない。だからといって根掘り葉掘り聞いている時間はないし、恐らくそこまで内容の詰めた話ではないのだろう。この少女は猪突猛進である。


 となれば、クロエがいま考えても結論は出ないという事だ。


「……帝王学は分からねえが、『人の上に立つ』事についてなら誰よりも詳しいぜ。お前の兄さんよりもな」

「頼られて調子乗ってるのかしら」

「別に冗談言ったつもりはねえよ」


 ジト目で訴えられるが、真実だ。クロエにはその自信がある。

 そう簡単に信じられないのも分かっていたが、目の前の彼女のために一々訂正する気がおきない。相手が振り回してくるのならこっちも振り回してやるのだ。


 ティトピアは少しの間怪しそうにこちらを睨んでいたが、やがてゆっくりと笑みを浮かべた。


「──じゃ、決闘に勝ったら教えなさいよ」

「……なんでだ」

「気分の話。勝った調子のまま学べれば一番良いでしょ?」

「……はぁ~~~……お前かよ」

「お前、も?」


 指を差して宣言してきたティトピアに、思わずクロエは頭を抱えて溜息をついてしまう。

 『決闘に、勝ったら』。

 なんてフレーズは、つい数時間前にも聞いたばかりだ。脳内にぶかぶかの白衣を着た少女の妖しげな笑みが浮かんで仕方がない。


「なんでもねえ。勝ったら、だな」

「ええ」

「別に勝敗関係なく教えてやるぞ?」

「なに、アタシが勝てないとでも思ってるの?」

「そうじゃねえけど……」


 軽く抵抗をしてみるが、ここで大人しく引く少女ならばクロエは苦労しない。

 やはりだめかという想いのまま頭を掻いて言葉を選んで──結局、思いつかないまま数秒が経った。


「……いいぜ。勝ったら、教えてやる」

「決まりね!」


 元気よく笑い、勢いを付けて立ち上がり、訓練着についた汚れを払う。一連の動作を流れるように行い、ティトピアは座っているクロエの眼前に立った。


「それじゃ、そういう事だから──明日ぜっっったい見に来なさいよ」

「当たり前だろ。元々見る予定だったわ」

「そ。ならいいわ」


 言って、ティトピアは羽織っていた上着の袖を引っ張った。


「これ、洗って返すわね」

「いやいい。今返せ」

「……アンタ、女子の汗とか匂いとかで興奮するたち? 変態なの?」

「違う。俺が寒い。返せ」


 反撃三段活用。

 言早に言い切れば、ティトピアは首を傾げたがすぐに「そ」と短い返事をし、クロエに脱いだ上着を返してきた。


「……チッ」


 意識しているつもりなんてなかったのだが、ティトピアが言及したせいで上着が少し暖かいような気がしてくる。その上なぜだか花のような匂いまで感じてくるのだから、思わず悪態をつかざる負えない。

 首を軽く振って邪念を誤魔化せば、クロエは受け取った上着を片手で掴んだ。


「……?」

「なんでもねえよ。とりあえず、もう遅いから帰れ。俺はもう少し散歩してから帰る」

「……まぁいいけど」


 少し気にする素振りを見せたが、すぐに興味を失ったのだろう。

 ティトピアは「それじゃあね」と言い残すと、ゆっくり『聖樹記念広場』から歩き去っていく。


 散歩すると言ってしまった手前、すぐに後を追いかける訳にもいかない。その上、時々ティトピアがこちらを振り返ってくるのだから余計だ。

 結局クロエは彼女の姿が見えなくなる時までずっと背中を眺め続けて──


「──クロエ!」

「ん? なんだ!」

「また明日ね! ばいばい!」

「……はっ」


 最後に大きく手を振って来た少女に、思わず破顔して。


「──おう! 頑張れよ! やりたいようにやれ・・・・・・・・・!」


 頭に響く靄をかき消すように、つい、声を張り上げたのだった。


~~~~~~~~~~~~~


 そうして、この日の全てを終えた帰り道。

 考える事も、気になる事も増えすぎた一日だった。


 今こうして寮の目の前まで来ても、悩みは尽きない。


 ──だが、その全ては明日決着する。


 リアとの約束も、ティトピアの希望も、クロエの不安も、全て全て全て全て。


「……」


 馬鹿正直に帰ればバレるため、開けておいた窓から自分の部屋へ入ろうと、寮の側面へそして魔法を駆使して跳躍し、窓の縁へ静かへ着地。

 それらが無事に済んだ事を安堵し、ふと窓の外へ視線をやった。


「……っ」


 ──そこから見えたのは、小さな通路で会話する、片方だけにイヤリング・・・・・・・・・・をつけた・・・・男子生徒と、リアの姿。


 既に灯りさえもなく暗闇に包まれた世界の中では表情は良く見えないが、顔が上下している事から笑っているのかもしれない。


「──」


 『策略』。

 クロエの脳裏に浮かんだ二文字は、決して間違いではないだろう。


 ──全てが、明日には終わる。

 費やした時間も、願いも、策略も。


 勝つのはティトピアかロッドプレントか、それは分からないけれど。


 そして、一日が終わっていく。

 全ての人々の希望を乗せて。


 始まる。

 ついに、始まるのだ。


 思惑と約束が渦巻く、神話の再現。


 ──『決闘遊戯』が、幕を開ける。


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