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第三話『ロッドプレントの双璧』

 

 どうやら敷地の外には両親が迎えに来ていたようで、兄弟たちはマリエルに連れられて敷地の入口へと向かった。自分以外の四人、特にティトピアに何度もお礼を言っていた弟の姿が印象的だった。

 まだ先だろうが、将来的にはマギスティアに入るという話だったから、いずれはティトピアのように人助けをする人間になるのではないだろうか。猪突猛進バカにはならない事を祈るばかりである。


「こんなにゆっくり歩いてていいのかしら。門限、気にしてたんじゃないの?」

「いいのさ。こんな土砂降りだから少し遅れても許してくれるだろ」


 止まぬ雨の中、クロエとティトピアは寮への歩みを進めながら会話する。探し物の途中で門限が過ぎていたかは定かではない。鐘の音は聞いていないが、熱中していたから聞こえていないだけかもしれないのだ。


 だが、雨の中急いで走ったりすれば転ぶかもしれないし、土が跳ねるかもしれないなど色々とリスクがある。貴族王族の地位が効きにくい学校であるといっても、培ってきた生活だけは拭えない。こういう状況になった時、貴族たちはゆっくりと帰る事が多いだろう。そうなれば、学校側も声を大にして咎める事は出来ないという訳だ。


 もっとも、一部例外の寮長が存在するため安心はできないが、普通に走って帰るのは危険である。


「……ていうか、別にゆっくり帰るのはいいのよ。アタシももう今日は疲れたし、走る元気もないし」

「おう」

「でも一つ言いたいのは──なんでアタシたち相合傘してるのよ!」


 大きいとは言えない傘の中、ティトピアは身長差ゆえにこちらを見上げながら、雨にも負けない声で叫んだ。

 

 彼女の言うとおり、現在二人は相合傘中だ。身長が高いクロエが傘を持ち、その中にティトピアが入っている状態である。

 となれば自然と体を寄せる必要があるわけで、別にそれはどうでも良いのだが叫ばれると正直煩かった。


「うるせっ……仕方ねえだろ。傘三つだけだったし、あっちは三人、こっちは二人。こうするのが一番良いに決まってる」

「それはそうだけど!」


 マリエルが二人を敷地外に連れて行ったが、その途中には屋根がない場所もある。もう一度学校に傘を狩りている暇はないし、そうなれば必然的に残った三つの傘をやりくりする必要があり──二人に残された一だけの傘により、こうして相合傘が成立したという訳だ。


 知り合ったばかりで、それも自分を馬鹿にしてくる男と相合傘したくないという気持ちはクロエにも理解できる。だが、これは仕方がない事だ。

 噛みついてくる狂犬を『どうどう』、といなしつつ、クロエは呟くように息を吐いた。


「あ~あ。俺今日は早めに帰って部屋の整理する予定だったのになぁ……」

「部屋の整理? ……あぁ、帰ってきたばかりだものね」

「どっかのバカが馬鹿正直に突っ込むから放っとけなくなっちまった」

「またバカって言ったわねぇ!?」


 やべ、つい口が。


 これぐらい軽い口を聞いても大丈夫──なんて不思議な信頼があるせいか、思わず、ティトピアに対しては思った事をそのまま口に出してしまう。

 確かに怒鳴ってはくるが、反応も良くなまじ彼女に強い心があるせいだろうか。あまり辞めようという考えはクロエの中では存在しなかった。


 それはそれとして声量に顔をしかめつつ、傘を動かさないまま体を少し引けば、ティトピアはそれを見て目を丸くした。


「ん」


 彼女の視線は傘から少しはみ出て濡れたクロエの肩へ。身長高く肩幅も小さい訳ではないクロエは少しずれれば必然的に濡れてしまう。

 それはティトピアの心の何かの線に触れたらしい。突然むっ、と口を真一文字に結び、傘の芯を手で押してクロエの方に傾けた。


「ちょっとアンタ、濡れてるじゃない」

「ん? あぁ、まぁ別にこれぐらい……もう濡れてるし、いいだろ」

「良くないわよ。──相合傘を許した訳じゃないけど、別にそれはアンタが濡れていい理由にはならないわ」

「ほぉ~う?」


 クロエから視線を逸らし、少し下を見つめながら言い切るティトピア。少しだけその言葉が予想外で、感心したように声を漏らしてしまった。

 

 クロエを好かず、卑怯者と呼び、相合傘を許した訳ではない。どちらかといえばマイナス評価のはずだが、それでもと傘を傾けてくれた。

 困っている人間を見つけた時は何も考えず真っすぐ突っ込んでいくが、そうでない時はこうして冷静に優しさを見せてくる。


 そして、非常時には他者を巻き込んでしまうカリスマに似た視線を集める力。皇族としても、人間としても不思議な存在だ。

 無意識のうちにクロエはそんな評価を下していた。


「──優しいところあるじゃねえか、お前」

「そんなんじゃないわよ」

「いいや、お前は優しい。そしてかっこいい」

「……ぇ、何アンタ、口説いてるの……?」

「違う」

(違う)


 ──違う。


 違う。


 思わずありとあらゆる方法で心の底からの否定が飛び出し、クロエは真顔となったが、今にも『きもっ』と口から飛び出してきそうなティトピアを見ると、まぁ自分が悪いかと少し反省。

 もう一度訂正するように首を振りつつ『違う』と言えば、言葉を続けた。


「お前はバカだ」

「そろそろ本当に殴るわよ?」

「最後まで話は聞け。──お前はバカだ。バカで猪突猛進だが、それでも人として大切な事をした」


 少しの間怪訝そうな顔でこちらを見ていてティトピアだが、クロエの顔が真剣な事に気づいたのだろう。いつの間にか彼女も口を結んでいた。


「この世界は臆病な奴が多い。誰かを見かけても見て見ぬふりする奴ばっかで、貴族ともなれば平気で誰かを見捨てるだろう。それは常識をまだ知らない俺でも分かる事だ。実際、あの兄弟は俺達が通りがかるまで誰も助けなかった」


 二人の様子を見ていれば分かる。恐らく、長い時間あそこで探し物を続けていたのだろう。いくら人通りが少ない通路とはいえ、日中であれば数人は通るはずだ。それでも二人で探し物を続けていたというのは、つまり誰も救いの手を差し伸べなかった事を意味する。


「だから、そんな臆病な奴が多い中で勇敢に一歩踏み出したお前を俺はすごいと思う。小さい事かもしれないけど、すげえ事をしたと俺はそう思うぜ」

「……ふん」


 その賞賛がはっきりと伝わったか、伝わってないか。

 ティトピアはクロエの言葉を聞き終えると、腕を胸の前で組んでそっぽを向いてしまった。その意図をクロエは掴みかねていたが、雨による灰色の世界の中では、色の変化がとても良く映える。


 ───ティトピアの耳が、赤く染まっていた。


「ほ、褒めても何も出ないわよ」

「へぇ~~~~~? その反応、お前褒められ慣れてねえな」

「うるっっっっさいわね! ……ところで、アンタその位置じゃ濡れちゃうでしょ。もっと寄りなさい!」

「うっわ、分かりやす」

「な、傘の外に叩き出すわよアンタ! 人がせっかく優しくしてるのに!」

「傘持ってんの俺だけど」

「ふがーっ!」


 ジャンプしながら傘を掴もうとするティトピアと、頭の上に傘を移動させ彼女で遊ぶクロエ。

 泥雨の中、彼らを見つめる星々は無し。


 ───傘に守られた二人のおかしな会話は、寮に着くまでの間続いた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~


 と。

 話がそこで終われば、きっとハッピーエンドだったのだが。


「───おやおや」


 世の中は、ティトピアの行動を肯定してくれる善人だけではない。むしろ今回のように彼女の行動には粗が多く、強引で、人の反感を買いやすい一面が存在する。


 助けられた側は良い。多少荒っぽくても、現金なもので自分は助かるのだから感謝するだろう。

 問題は被害者とそれを助けたティトピアの他に、被害者をその状況に追い込んだ『加害者』がいた場合だ。


 そして『加害者』は──決して邪魔された事を忘れないものである。


「遅かったねぇ」


 男子寮と女子寮は当然場所が違い、それぞれに向かうための分かれ道が存在する。クロエとティトピアが向かっていたのはそこであり、到着した今この瞬間に分かれるつもりだった。


 だが、その考えはすぐに砕かれる。

 なぜなら屋根のない場所から、屋根のある分かれ道に入る境目に二人の女子生徒が立っていて、彼女らが話しかけてきたからだ。


「どこかで倒れてるのかと思った!」


 一人目。

 さっきから元気よく煽ってきている少女。

 身長は低めだが女子にしては普通の範囲であり、雨の中でも輝く長い金髪を一本に纏めて背中側に垂らしている。瞳の色は真っ青なブルーであり、ダイヤのように見える模様は生まれつきなのだろうか。声と同じく態度も活気に満ち溢れていて、仁王立ちをする姿は『元気っ子』という言葉が最も似合いそうだ。


「凄い雨だしー……時間はかかるでしょー」


 二人目。

 吐いた息は果たしてため息なのか、それとも癖なのか、ダルそうな態度を隠さない少女。

 身長は一人目に比べ高めだが、これもやはり女子の平均からは出ない。ティトピアと同じか少し高い程度だろう。くすんだ金髪を纏めないまま伸ばし、建物の柱に体を寄せている。紫色の瞳にはスペードの模様が存在していた。

 それと同時に眼に生気がない。まるで全てが面倒といった態度で、ダウナー系というやつだろうか。


「そっか、それもそうだね! お姉ちゃんは頭がいいなぁ」

「ロッドプレント……」


 笑顔のまま、元気なほうの少女が自身の姉を賞賛する中、対照的な声色をティトピアは漏らす。クロエと会話している時とはうって変わって低い声だ。

 だが元気な少女はこちらに視線をやると、ティトピアを無視してクロエに話しかけた。


「君はあった事ないよねー? 初めまして! アタシはミセロア───ミセロア・ロッドプレント。ほらお姉ちゃん自己紹介」

「はぁぁあ……ミセリア。ミセリア・ロッドプレント」

「ローヴデリア魔法王国、ロッドプレント辺境伯家の双子伯女。───かの『ロッドプレントの双璧』とはアタシたちのこと! 気軽にロア、リアって呼んで構わないよ~♪」

「……いえ~い」


 胸を張り、笑みを浮かべ、高らかに声を張り上げる元気な少女───ミセロア。

 姉のミセリアは乗り気ではないのか、元来そういう性格なのかダルそうな顔を隠さないまま、顔の横でピースをする限りだった。


「──『ロッドプレントの双璧』……?」


 彼女の言葉を聞き、クロエは反芻するようにして呟く。

 小さく口から零れたものだったが、ロアは確かに聞き取っていたらしい。首のあたりに指をやりつつ、どや顔を浮かべた。


「『ロッドプレントの双璧』……!?」

「なぁに? 知ってる? アタシたちの事知ってるぅ? そうだよね、そうだよね! 結構有名だけどルシェリアにまで届いちゃってたかぁ~! さっすがアタシとお姉ちゃ───」

「全然知らん。誰だお前たち」

「こらぁぁぁぁ~~!? ぬか喜びさせないでよっ!」


 地団太を踏みつつ、ロアは声を張り上げる。

 初手からちょっと仕掛けてみたが、やはり予想通りノリが良いタイプだ。そんな風に遊んでいると、だるそうにしていたリアがこちらに視線をやった。


「……仕方ないでしょー、クロエ君は『常識学び直し中』。ワタシたちの事知らないって」

「へぇ、俺の事知ってるのか?」

「『情報』は資本、『収集』は命。これは魔法でも人生でも変わらない。こんなワタシでもそれぐらい知ってるー……」


 欠伸をして、息を吐くリア。何事にも興味なさそうな態度に反比例し、この一瞬で油断してはいけない人物だと理解した。

 この態度は意図的なのか、あるいは天然なのか。少し興味があるところだ。


「クロエ」

「ん?」


 不意に袖を引っ張られ、ティトピアの方を向けば、彼女はこちらに一瞬だけ視線をやるとすぐさロッドプレントたちの方に視線を移した。


 一瞬意味がわからず首を傾げるクロエだが、彼は常識を知らないだけで存外鋭い。

 今に始まった事ではない彼女の言葉足らずの行動を、クロエは『ロッドプレントについて説明してやる』という意味だと受け取った。


「頼むぜ」

「……『ロッドプレントの双璧』。それはアイツらの異名よ」


 隣にいるクロエだけではなく、二人にも聞こえるような声量でティトピアは話し始める。


「ロッドプレント辺境伯家は特別有名な家ではないわ。でもコイツら姉妹は例外。妹のミセロアの方は小さい頃から武術の分野で活躍する秀才。斧術に関しては特に優れていて、ローヴデリアの学生武闘大会で優勝経験あり。その実力は大人でさえも凌駕するっていう噂よ」

「ふふん」

「姉のミセリアは魔法研究においての権威。学生の身で既にいくつかの論文を出していて評価されてるわ。その功績を買われてマギスティアの特待生になってる。なんでも十年に一人の天才だとか」

「ごめいとー」


 二人の反応を見る限り、ティトピアの言葉は本当らしい。口を挟ないところを見ると過小評価も過大評価もしておらず、真面目に説明してくれたようだ。


「ロッドプレント辺境伯家の才ありし双子姉妹。コイツらに敬意を表して呼んだ名前こそ──『ロッドプレントの双璧』よ」

「へぇ、なるほどね」


 「面白い」と続けて、クロエは少し笑みを浮かべる。


「他国の事なのにお前詳しいんだな」

「一般常識よ。それにアタシ皇族。他国でも貴族の事はある程度知ってるし、同世代で活躍してるやつに関しては教え込まれたわ」


 未だに水を吸ったままの髪を持ち上げつつ、ティトピアは片目を閉じてそう吐き捨てる。知能と知識は別の話という事だろう。どっちがどっち、なんて事は口が裂けても言えないが。


「それでロッドプレントの双璧さんが何の用? アタシ、アンタたちとはあんまり話した事もないし、待ち伏せされる様な事何もないと思うんだけど」

「───何の用!? 何もない!?」


 突然、ティトピアの言葉に反応してロアが叫ぶ。

 次いで顔を上げた彼女の鋭い眼光は、真っすぐにティトピアを睨んでいる。同時に勢いよく伸ばされた人差指は今にも彼女を穿ちそうだった。


「よくそんな事言えるわねアンタ! アタシの子分たちを傷つけた事、忘れたなんてぜっったい言わせない!」

「はぁ? 何もしてないんだけど……」

「ハンナたちの事よ。三人組! 覚えてるでしょ!?」

「……えぇ?」


 問い詰められるティトピアだが、やはりその名前にはピンと来ていないようだ。恐らく、認識のすれ違いが発生している。それは視点の異なる人間同士では当然の現象なのかもしれない。


 だが当事者であるティトピアとは違い、冷静な視点で客観的に見ていたクロエには少し心当たりがあった。


「ティトピア。校舎裏にいた昼の三人組の事じゃねえか? ほら、お前が追っ払った」

「……あぁ。いたわねそんなの」

「そんなのって……!」


 睨んでいたロアの表情が更に歪み、歯を食いしばった。


「アタシの子分をバカにしたわね」


 ──勢い良く右手が天へと掲げられる。次いで、彼女の肉体から黄金色の魔力が滲みだし、指先へと集約していった。

 それは魔法の予備動作だ。魔力を出現場所に集め、魔法の構成を練る動作。


 魔力の流動、即ち力の流れにロアの髪が逆立つ。


「許せない!」


 詠唱が、開始された。


「『生まれいづるは叡智の断片』『色彩なき矛は敵を撃つ』」


 彼女の頭上、指先からほど近い空間に魔法陣が出現。その中心が抉られるように歪み、そこから明晰に輝く物体が顔を出す。

 まるで抑えきれぬ魔力を解放する様にして、ロアは己の前方、ティトピアへ向かって手を振り下ろした。


「──『クォーツ・バレット』ッ!」


 食い破られた魔法陣と、そこから轟音と共に飛び出した水晶らしき黄金色の物体。尖り、回転し、人の腕程の大きさを誇るそれは真っすぐティトピアへ飛来する。


~~~~~~~~~


「ッ……!?」


 咄嗟に彼女は反応した、反応できた。

 だが彼女が手を伸ばしたのは腰。恐らくは訓練通りの動きなのだろう。そして訓練では、そこに剣があるのだろう。


 だが、これは訓練ではない。そこに剣はない。

 自分の身を守る物は存在しないのだ。


「っ──『世界に爪を突き立てる熱よ』『燃熾もえさかれ』『私の───間に合わない……!?」


 直撃するまでの一瞬の間隙に、その判断が出来たのは流石と言うべきだろう。彼女の目算によれば、いまの彼女に詠唱無しで『クォーツ・バレット』を防げる魔法はない。恐らく魔力濃度──魔力の火力を決定づける濃度からして、ロアは事前に魔力を練っていた。


 故にこの単純な魔法でも、これほどの速度を出せているのだ。

 問題は、それが理解出来たところでティトピアに為す術はないという事。


(ぶつ、かる……!)


 水晶が自分に当たり、怪我をする未来を想起。

 思わずその痛みに目を瞑り、両手で顔を守った。


「──『海凪うみなぎ』」


 だが、そんな未来は訪れない。


 ティトピアが顔を守ったのとほぼ同時に、自分の隣から凄まじい突風が発生した。


「な、にが」


 咄嗟に顔から手を外し、何が起きたのかを見る。

 ティトピアの眼に入って来た光景──それは自分の隣にいたはずのクロエが青い魔力を纏い、凄まじい速度で飛び出す姿だった。


 手放された傘が地面へ落ちる。

 クロエの足元から水の音がした。


 それは水たまりを踏んだ音ではない。彼の足元から、水が発生しているのだ。

 否、水流──と、そう呼ぶべきだろうか。彼の疾走を後押しするかのような水の流れに乗り、クロエは一足飛びで水晶に肉薄すると、同じく右手に水を纏い、勢いよく拳をぶつけて水晶を殴り壊した。


 破砕音の次に、その破片が飛び散り壁に当たる細かな音が聞こえる。なにより驚くべきは、その破片が壁にめり込んでいるという事。


 水晶の軌道は直線だった。だがそれをクロエが消し飛ばし、その流れを変えたという事は、つまり水晶の勢いを殺した上、彼の拳の威力だけで壁にめり込んだという事である。

 それだけの威力をこの一瞬で生み出したというのは、揺るぎない事実だった。


「──え、うそっ、なにっ?」


 勢いは止まらず、もう一度クロエは加速する。

 何が起きたか分からないまま驚愕するロアへ接近すれば、その細首を右手で掴む寸前で停止。


 クロエは少し声を低くし、眼を細めて口を開いた。


「『なに』だと? こっちの台詞だ、ミセロア。いまの魔法が直撃すればティトピアは怪我をしていた。それにここは寮の建物の近くで、柱がある。もし仮に軌道が逸れて柱に当たってみろ。もしかしたら崩れて建物がどうにかなっていたかもしれない」


 圧倒的な雰囲気と言えばいいのか。

 大気が重く震え、クロエの魔力に空間がひれ伏している。気を抜けばティトピアさえも呑まれてしまうのではないかという程の圧がこの場を支配していた。


「ぐ、っう」

「別に喧嘩を吹っ掛けるのは構わない。恨みを抱くのもな。俺は善人でもないし、ティトピアの言動に問題があるのは事実。でも──他人を巻き込むな。場所を考えろ。寮にいる無関係の人間を危険に晒すような行為するんじゃねえよ」


 ただ、正論だった。

 そもそも、この国と学校では無許可の戦闘行為は禁止されている。いまのロアの行為は他人に見られれば間違いなく違反と取られるだろう。


「ぅうううぅううう!」


 彼女もそれを理解しているのだろう。顔を赤くし、唸るだけで何も反論して無かった。


「触んないで!」

「っと……触ってはねえよ」


 ロアが自分の首の前で停止していた腕を弾けば、クロエはその腕の手首を振りながらため息をつく。その頃には彼の雰囲気も、幻覚だったのかと思ってしまう程に元通りになっていた。


「……ふんッ!」


 首を振り、両腕を振り下ろし、ロアは自分を奮い立てせるように声を上げる。


「確かにクロエ君の言う通り、考えなしだった……良いわ、元々その予定だったんだもの!」

「おいおい、何をする気だ?」

「相応しい舞台を用意するって言ってるの──リアお姉ちゃん!」

「やっとー出番? 随分時間かかったねー……」

「いいから!」


 名を呼ばれたリアは、ロアの傍へやってくる。

 元々打ち合わせでもしていたのだろうか。そして、ロアの『相応し舞台を用意する』という言葉。


 答え合わせをする様にして、横に並んだ二人は、それぞれ右手の人差指と左手の人差指を同時にティトピアへ伸ばした。


「ロッドプレント辺境伯家、ミセロア・ロッドプレント」

「ロッドプレント辺境伯家、ミセリア・ロッドプレント」

「アタシたちは」「ワタシたちは」


「「ヴァルステリオン皇国第二皇女、ティトピア・ヴァルステリオンに───『決闘遊戯けっとうゆうぎ』を申し込む!!」」


 宣戦布告は、驟雨の中に強く響き渡った。

ミセリアとミセロアの見分けが付きにくいは、『らりるれろ』で先に来る方が姉、後に来る方が妹と考えると分かりやすいと思います。


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