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第一話『茶会神話』


 きっかけは、些細な事だった。


 例えば、食糧不足。

 例えば、情勢の悪化。

 例えば、以前から続いた小競り合いの悪化。


 今となっては明確な原因は分からないが、『戦争』が起きたのはそんないくつかの理由からだ。


 迫害を受けた魔法使いたちの国、ローヴデリア王国。

 千年以上前に建てられ、由緒正しい歴史が存在する国、ルシェリア王国。


 隣接する二国の戦争は過激を極めた。

 魔法を極めしローヴデリアと、人数故に集団戦を何よりも得意とするルシェリア。最初は小隊同士の小さな戦闘だったそれは、やがて国民すら巻き込む大きな戦禍へ。


 泥沼の戦いだった。多くの兵力と犠牲を出した以上、互いに引く事が出来ない。二国はもう戻れない所にまで来ていたのだ。


 しかし、後に『英雄』と呼ばれる事になるローヴデリアの少年がいた。

 彼はただの農村出身で、何の才能もない少年だ。けれど人一倍正義感と勇気を持ち合わせていた。


『このままではいけない! 全員死ぬだけだ!』


 最初は小さな火種でも、広がれば大火と化す。


 小さな農村から始まった運動はやがて首都へと影響を及ぼし、更に影響を受けたローヴデリアの騎士がルシェリアに住む婚約者へそれを伝え、やがて婚約者がその運動を国民へ伝える形で、平和を望む声が広がっていった。


 戦争を望んでいた国の上層部もやがてその声に動かされる事になる。国民が、国が疲弊をしていた。もう誰も戦争など望んでいなかったのだ。


 やがて重い腰を上げ、両国の国王が国境へと集結する。


 ──しかし、話し合いは悪化の一途をたどった。


『我が国の都市が破壊されたのだぞ! あれが戦争のきっかけに決まっているだろう!』

『そうではない! 最初に仕掛けたのはお前たちだ!』


 一歩も譲らぬ言い合い。

 元々関係の良くなかった両国は歩み寄る事が出来なかった。


 このままでは戦争が始まってしまう。

 和平交渉の場にいた兵士たちは、今この瞬間にも反旗を翻そうと一触即発の状態だった。


 ──その時。


『待ってください』


 王たちがいるテーブルの傍に、酷く中性的な人間が現れた。

 彼が、あるいは彼女が指を鳴らすと、テーブルにカップとティーポットが出現したという。


『実力行使の前にお茶会を』


 それは、あるいは戦争の開始を長引かせる苦し紛れの言い訳だったのかもしれない。しかしそんな言葉に、両国の王たちは思い出した。

 彼らは学生時代同じ学園に通う同級生であり、王族として共に同じテーブルを囲んだ仲だったのだ。


 静かに注がれたお茶は、青春の味がしたという。


『すまなかった。私が悪かった』

『こちらこそすまない。お互い、冷静ではなかった』


 こうして、歩み寄る事を思い出した王たちは時間をかけながらも交渉を続け、ついに戦争は終結する事になる。


『素晴らしい、これは神の奇跡だ』


 一杯の茶によって終結する事となった戦争。

 その時代を生きた人々は、この歴史的な瞬間を忘れないために『茶会神話』という名前を付けた。


 そして、和平交渉が行われた西のローヴデリアと東のルシェリアに挟まれた間の地域は、『オルティス』と名付けられ、開拓が進む事になりやがて国として独立する事になる。


 平和と茶会の国、オルティス公国。

 この国に王はいらない。数人の大公による政治体系が採用されている。


 これから先、未来永劫どんな事が起ころうとも、『茶会神話』がある限り、人々は平和を愛する心を忘れないだろう。


 いつまでも、いつまでも───


~~~~~~~~~~~~~


「というのが、オルティスの歴史を語る上で欠かせない『茶会神話』だ。皆も小さい頃聞いた事があるだろう。この話は童話としても世界的に有名だからな」


 『オルティス史』、初回授業。


 『茶会神話』は世界的に有名な話だ。幼子にも理解できるように童話としても普及しており、この世で最も有名な物語の一つでもある。

 それは戦後に宣伝を行った者たちの弛まぬ努力の賜物だ。


「それでは、今回の授業を終了とする。次回からは本格的な歴史について解説を始めるから教科書を忘れないように」


 鐘の音と共に、教師は授業の終わりを宣言。そのまま教室を出ていった。


「……はは、『茶会神話』ねぇ」


 ──クロエ・アリアンロッドは少し笑いながら呟く。

 何度考えても非常に面白い話だ。教科書を見る限り様々な解釈が存在し、例えば登場した『酷く中性的な人間』は、一説によると天使だったり、精霊だったりする。


 他にも『実力行使の前にお茶会を』という言葉は実際には言われていない節、国王同士ではなく、その父親が学友だった説などが存在する。

 今回教師が話したのも、彼が支持する一説だというのだ。


「くあ~ぁっ」


 口から出た大きなあくびは、授業の終わりを噛みしめるようだった。いくら内容が面白く学びが多いとしても、数十分間話に集中するというのは流石に疲れる。


「クロエ~俺達この後訓練行くけど、お前はどうする?」

「ん、おぉ」


 両手を伸ばして伸びをしていると、近くの席の友人が話しかけてきた。

 彼、そして『俺達』と呼ぶグループの面々は、数日前に突然戻って来たクロエを温かく迎えてくれた生徒たちだ。


 マギスティアでは勤勉な者が多い。周囲を見渡せば、多くの生徒たちは『訓練場』と呼ばれる施設に移動して訓練を行うようだ。それこそ、放課後に遊びに行くような感覚で。


 マギスティア『寄宿学校』──つまりは寮生活のため門限と食事の時間は決められているが、逆に言えばそれさえ守れば何をしても良い。

 だからこそ友人もクロエを誘ったのだろうが、生憎と今日は用事があった。


記憶喪失・・・・だし、まだ訓練場の事あんま思い出してねえだろ? だから案内してやるよ」

「悪い、俺まだ部屋の整理済んでねえんだ。終わらせないと散らかったままだから今日は優先させてくれ」

「あ~それは仕方ねえな。俺も最初は大変だった……」


 友人は苦笑いを浮かべると、クロエの言葉に頷く。彼も同様の経験があるようで、過去の事を思い出しているようだ。


「ん……」


 友人の方を向いた影響か、クロエの視界に教室が映る。多くの生徒たちが教室を出ていった中で、残っている生徒も当然いる。

 そして、クロエの視界は生徒たちの中でも、一際目立つ赤い髪の少女を映していた。


「なあ、聞いていいか?」

「どうした?」

「アイツ──どういう奴なんだ?」


 使用人らしき人物と、飄々とした態度が特徴の少年と話している少女。

 それはクロエが、昼休憩の時に見かけて、面白そうだからと気紛れに魔法をかけた生徒だ。


「あぁ~……あれはティトピアさんだよ。ティトピア・ヴァルステリオン」

「ヴァルステリオン? それ国の名前じゃなかったか?」

「合ってるぜ。つまりは皇族様だ」


 そこまで言って友人は、教室の端で待っていた生徒たちにジェスチャーで『先に行っとけ』と伝えると、本格的に話をするためか、クロエの隣の席に座った。背もたれを前にするスタイルだ。

 その上で、少しだけ顔を近づけてくる。この教室は小さくはないが、人が少ないだけで無遠慮に会話すれば聞こえてしまう可能性があるからだろう。


「──ティトピア・ヴァルステリオン。言ったとおりヴァルステリオン皇国の第二王女で、王位継承権は三位。留学組だな」

「へぇ、皇女」

「リアクション薄ねぇ? 皇女だぞ皇女」

「この学校じゃ偉い奴はたくさんいるって、言ってたのお前だぞ」

「そりゃそうだけどさぁ……そんで、座学、魔法、武術において成績は優秀。剣と魔法が得意な典型的なタイプみたいだな。魔法については魔力の『濃度』が高いらしい。ただし量はそんなにだってさ」


 魔力の濃度──それはつまり、魔法を使う際の基礎効果力を表す。

 例えば、魔力濃度が低い人間が回復魔法を使うより、高い人間が使った時の方が効果が上がる。要するに魔法の効果を左右するのが『濃度』という概念だ。一概に魔法力の強さを決める訳ではないが、大事な要素ではある。


「今日アイツが人を助けてるのを見かけたんだが、何か知ってるか?」

「人助け? あぁ……何時ものやつだよ」

「何時もの」


 言い方が気になり、クロエは視線で問いかける。

 友人は息を吐いて話を続けた。


「──ティトピアさんはな、お人好しなんだ。困ってる人間は見逃さず、たとえ自分が怪我しても助ける。虐めっ子に虐められている生徒がいるのなら所構わず参上する。相手が上級生でもな」

「……」

「ヴァルステリオン皇国出身の子が言ってたんだが、祖国でもそんな感じだったらしい。国民が困っているのは見逃さない聖人級の人間。だから慕われてはいたけど、家族や王宮の人間にとっては悩みの種だったらしいぞ」

「そりゃそうだ」


 国民を助けるのは王族としてあるべき姿だ。しかし、事情や状況を考えず突っ走るというのは無条件の肯定は出来ない。


「マギスティアでもそう。虐められた子がいたら虐めっ子をボコボコにするし、多少強引な解決も辞さない。助けられた人間からの信頼は厚いが、虐げる『上』の人間達からは疎まれている」


 『上』──要するに、貴族階級やそれに近しい権力を持つ者の子息たち。この学校において親の権力などはあまり意味をなさないが、それでも媚びを売ろうと付き従う者はいる。そうなれば人間関係に上下が出来るのは必然であり、虐める側の人間に権力者が多いのも必然だ。


「美人で皇族で成績もいいけど、乱暴なところがマイナスポイント。この中等部の三年間、彼女を狙った男は数知れず。しかし悉く撃沈。ついたあだ名は『お人好しの狂犬』。気を付けろ、下手に突くと噛みついてくるぞ──ってな」

「なるほどなぁ。お前、説明上手くね?」

「へっへ、こういう説明系好きだぜ俺」


 どや顔を披露しながら突き出された拳に拳を合わせ、クロエは薄く笑みを浮かべる。こういう雰囲気が軽い所もクロエ好みだった。


「そんじゃまた明日! 明日はいけるよな?」

「おう、頼むぜ。色々迷惑かけて悪いな」

「良いって事よ。……常識学び直し中・・・・・・・のお前が一番大変だろうしな!」


 そう言い残し、彼は去っていった。

 再び、という言葉を付けるべきだろうか──再び知り合って数日だが、彼は『クロエ・アリアンロッド』という人間と仲の良い生徒の一人だったらしい。


 態度から伝わってくる。どう接すれば良いかを迷いつつも、自分なりに考えた方法でクロエと関わりを持とうとしてくれている事が。

 そういう事もあって、マギスティアに戻ってきて以降、クロエの中で一番評価が高い人物は彼である。

 

「これも、アイツの言う『青春』か」


 面白いな、と少し呟いて、机にかけていたカバンを掴み立ち上がり教室を出ようとする。


「──クロエ・アリアンロッド」

「ん?」


 クロエの行く手を、背後から追い越した少女、ティトピアが塞いでいた。口は『へ』の字に歪み、怪我をしていた跡は消えている。どうやらきちんと保健室には行ったようで、そこだけは安心だった。

 

 校舎裏は暗くあまり外見を詳しく見る事は叶わなかった。

 だがこうして明るい場所で対面すると、彼女が恵まれた容姿の持ち主であることがはっきりと分かる。


 燃えるような鮮やかな赤い長髪。首元を容易に過ぎる長さのそれを以て後頭部で編み込みを作っている。そして髪と同じ情熱の色彩を秘めた大きな瞳。汚れ一つ見つからない雲のような白い肌に、『へ』の字に閉じられた桃色の唇。

 眼つきは鋭いというのに顔立ちの良さのせいか気にならない。むしろそれさえも彼女の美しさを引き立てるエッセンスにしかならないだろう。


 マギスティアの白い制服の下に隠された肉体は、良く鍛えられている事が分かると同時に、恵まれたスタイルをしている。身長は『3.2メルチ(160㎝)』前後の平均的なそれ。

 凡そ欠点の付けられない、文句のない美貌。年齢故の幼さも残っているが、成長していけば誰もが振り向く美人になる事だろう。


 彼女はこちらを鋭い眼つきで見つめながら、顎を上げた。


「面貸しなさい」

「言ってる事ただの狂犬じゃねえか。お人好しどこいった」

「狂犬? お人好し……?」

「なんでもねえ」


 咄嗟に呟いた言葉に反応したティトピアに、クロエは説明するのも面倒なので首を横に振る。


「何の用だよ」

「……少し待ちなさい」


 さっさと済ませようと用件を尋ねるが、ティトピアはその豊満な胸の下で腕を組むと、バツが悪そうに後ろに振り返る。

 そこには突然クロエに話しかけた主人に困惑する従者がいた。


「ティトピア様、どうされたんですか?」

「アタシはこいつに少し話があるから、アンタは先に部屋に戻っておきなさい」


 貴族は立場上、必然的に人と関わる技術を学ぶが、反対に自立の術はあまり学ばない。というより必要がない。使用人は必ず存在するからだ。


 だが、一人暮らしという経験はこれからの人生を生きる上で必ず役に立つ───そういう方針から、マギスティアの寮は基本的に一人部屋なのだ。

 例外として一定以上の地位を持つ貴族などは、申請をすれば臣下と相部屋となる。ティトピアは皇族。故に相部屋なのだろう。親元を離れるという点では立派な自立だ。


 通常の寄宿学校と異なる点は様々あるが、この事も一つである。


 しかしティトピアの従者は、彼女の言葉を受けて苦笑いを浮かべた。

 

「……い、いけません。私にはティトピア様の側にいる義務があります」

「なら一時的にその義務を解除するわ」

「これは奥様より賜った命令ですので」

「でも今の主はアタシよ」

「なりません。金銭を支払っているのはヴァルステリオン皇家でございます」


 やんややんやと言葉を投げ合う二人。ティトピアの言葉は一見筋が通っているように聞こえるが、要するにただの我儘だ。立場を考えれば従者の言う事が正しい。

 ただ、目の前で言い争う少女たちを見ているというのも乙なものである。表情には出さないが。


「なあ、その子がいて困る話なのか?」

「!」


 しかし長引かせても面倒だと考え口出しをすれば、二人の視線がこちらへ向く。見事なまでに対照的だ。ティトピアはジト目だが、従者の方は味方を得たと思ったのか分かりやすく瞳がキラキラしている。助け船を出した訳ではないのだが、『余計な事は言わないほうがいいよ』と言われていたクロエは口を閉ざした。


「……」


 すると、ティトピアはこちらに近づき、服の袖を掴んで引っ張れば耳に口を近づけてくる。従者から距離を取り、掌を口に添えるその姿は内緒話のようだ。


「……用件は昼間の事。でも怪我したとかそういう話をするとあの子怒るのよ」

「そうなのか?」

「……? ええ」


 クロエの返答が少し予想外だったようで、ティトピアは眉を歪めつつ微妙な声色で肯定した。

 

 ───クロエ・アリアンロッドは常識学び直し中である。

 その中には当然貴族としての常識も入っており、護衛に関する知識も抜けている。だがそれは、根本的に全ての知識が消えたというより、『情報』として存在はしているが、引き出しがない状態だ。


 ティトピアの言葉を聞き、クロエは何となく意味を理解した。


「お付きの人間だから、主人に怪我されると困る、と」

「この場で説教でも始まったら話が進まないし、だからいられると困るの」


 ティトピアは皇族だ。いくら治るとしても、そう簡単に何度も怪我をされてはたまったものではない。それに万が一の事が起これば使用人である彼女の責任、監督不行き届きにもなる。首が飛ぶ程度では済まされない。文字通りの方になってしまう。


 彼女の返答を聞き、クロエはそういった事情を察した。

 そうして少しの間考え、やがて指を一本立てる。


「じゃ、こういうのはどうだ」


 ──彼の提案に、ティトピアは不満そうに体を縮め、従者の少女は満足そうに微笑んだ。

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