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第十四話『聖域の攻防』

「──『バースト・ペルニシャス』っ!!」

 

 魔法と斧術の融合技。


 天高く振り上げられた戦斧が大地を穿ち、ミセロアの魔力と呼応して破裂する。重厚な岩を砕いているような音が響き渡り、破砕の波が前方へと疾走。

 徐々に規模を広げていく衝撃波は、立ち塞がる赤髪の少女を喰らおうと迫った。


 ───今回の勝利条件は、『各陣営に存在する全ての記章の破壊』、もしくは降参宣言。

 故に、狙うべきは本人というよりも記章だ。衝撃波は記章のある胸元へ殺到する。


「『穿て』『電撃の刃よ』──『電煌ジャックナイフ』」


 それに追随するようにして、ミセリアの魔法が発動。本来なら更に詠唱が必要なところを省略し、しかしてほとんど威力は落ちないままに、彼女の杖から電撃が飛び出した。

 得意技ともいえるそれは、空中を蛇のようにうねりながら少女へ迫る。


 時間差を狙って放たれた双璧の魔法。

 しかし、ティトピアは一切の動揺を見せない。


「薙ぎ払え」


 その一言と共に、自身の中に眠る火炎の魔力を起動。上段斜めに構えた大剣が火炎を纏い、身を焦がしそうな熱量がティトピアを支配する。

 だが、熱くない。彼女にとって火炎とは歓迎するものであり遠ざけるものではないのだ。

 

 到来する二種類の魔法を引き付け、眼前にまで迫った瞬間──ティトピアは大剣を解放。

 込められた膨大な熱量が決闘場を凱旋。濃密な魔力による熱を受けた双璧の魔法は、一瞬にしてかき消された。


 ティトピアとロア。

 二人とも自分の体格に合わない得物を使っているが、これらは無元素魔法──適性を必要としない比較的誰でも使える魔法のうち、身体強化魔法を使っているが故である。


「荒れ狂え!」


 更に下段に構えられた大剣を解放し、地面を抉った。

 まるで仕返しのようにして、地を這う火炎の斬撃が発生。


 斬撃が地面を破壊しながら迫るが──それに対しロアは・・・動かない。


「お姉ちゃん!」

「分かってるよー──『サンダー・シールド』」


 庇う様にして前に出たリアが杖を振るう。

 詠唱を省く『詠唱破棄』によって放たれた魔法──『サンダー・シールド』は半透明かつ紫紺の盾を空中に展開させ、凄まじい衝撃と共に斬撃を打ち消した。


「っ……重いなぁ」


 僅かに受け止めたリアの足が後ろへ下げられる。

 どうやら想定していた威力よりも強かったらしい。上回られたというのに、リアは口元を歪めて不敵な笑みを絶やさない。


「──次、行くわよ」


 対して。

 『双璧』を鮮血のように赤い瞳で貫く皇女は、次なる一手の為、右手を動かした。


~~~~~~~~~~


「強いな」


 ただ一言、牽制程度の戦闘を見てクロエが抱いた感想がそれだった。

 無論ティトピアに対する言葉である。『双璧』のうちロアの魔法は見た事があったし、リアに関してもある程度予想はついていた。だが、ティトピア・ヴァルステリオンという少女の強さについて彼は一切を知らなかったのだ。


「あれは……『魔法剣術』か」

「ええ、恐らくヴァルステリオン皇国のものですね。火炎を大剣に纏わせ、それを利用しているのでしょう」

 

 ソフィアの話に頷きつつ、クロエは魔法レンズ越しのティトピアを見つめる。


「にしても、強いな」

「ティトピア様はその地位に違わぬ実力の持ち主ですよ──マギスティア寄宿学校で『成績優秀』と呼ばれている事実は非情に重い。今はまだ敵いませんが、あと数年きちんと成長すれば私たちにも匹敵するでしょう」

「随分たけえ評価だな。でもま、否定する理由もねえな──実際、アイツは同世代でも上の方の二人を相手にして、一人で渡り合ってる」


 各国から実力者が集まるマギスティアでの評価は、世間一般よりもかなり上だ。故に、ティトピアという少女もそれ相応の力を持つ事を表している。


「魔力総量が少ない事は欠点ですが、それは必ずしも強さには直結しません。魔力濃度とは即ち『魔法の効果量』。加えて彼女は『量』を『質』で補っている」


 ソフィアの眼が、鋭く光る。


「このままいけば、ロッドプレント様方は魔力濃度で潰されるでしょう───」


~~~~~~~~~~~~~~


 ──だからこそ、本当はもっと削っておきたかった。


 予想以上の熱量に驚きながら、リアは内心後悔を吐露する。


 見くびっていた訳ではない。ティトピアの実力は噂で聞いていたし、情報収集をした段階でも相当のものだとは分かっていた。

 『情報は資本、収集は命』。その言葉を掲げるリアにとって、怠るものではない。


 それでも、だ。

 凄まじい魔力濃度と、それを操るセンス。魔法を使わず比較的消費の少ない剣術と火炎でのみ迎撃を行われた。


 この一瞬の攻防で損をしたのは二人の方だ。役割を分担しているため少なく思えるが、このまま続けていればペースは相手に移り単純なる力の差で捻り潰されるだろう。


「『インフェルノ・ランス』!」


 炎系魔法上級。基礎火炎魔法である『ファイア・ランス』の上位互換の詠唱を終え、ティトピアの掌から爆発的な熱量を携えた炎の槍が放たれる。


 ──回避だね。


 今までの攻撃ならば、リアが相殺してロアが動きやすい状況を作り出していた。しかしこの規模の魔法ならば避けた方が良い。

 そう判断したリアはロアに指示を出そうとして。


「回避……違うロア! 防御優先───くっ」


 こちらに向かって放たれると思っていた業火の槍。しかしその狙いが地面である事をリアは察知し、すぐに指示を切り替えたが、一歩遅かった。

 槍は三人の中間地点に着弾。地面を爆破しながら火炎が舞い、視界を遮る。


 ──刹那、その炎を突っ切ってティトピアが肉薄。


 高火力故に直接二人を狙ってくるものだと思っていたがブラフだった。魔力量が少なく、消耗も大きい現状。ならばすぐに勝負を仕掛けてくると踏んでいたのだが、彼女はその認識を利用したのだ。


「はッ!」

「防御優先っ、りょう、かい!」


 短く声を上げて、ティトピアの大剣が唸る。

 暴力的な一閃に対し、辛うじて指示が通っていた事によりロアが斧を差し込む事に成功。間一髪で攻撃の防御に成功し、そのまま弾いた。


 ロアはその勢いのまま横に一回転し、遠心力を利用して反撃を仕掛ける。

 当たれば勝負が決まるほどの破壊力を込めた一撃。しかしティトピアは咄嗟に大剣の側面を前に押し付ける事で凌いだ。


「おっ、もいわねッ」

「ッらぁ───!」


 金属同士の激突しあう音が響き、それを気にする事なくロアは一歩詰める。踏み込み、両手を開放。再び少女の細腕には似合わない大斧の一撃が、身体強化魔法によって軽々と振るわれ、再びティトピアの大剣を轟音と共に震わせた。


 衝撃は強く、受け止めたティトピアは勢いを殺すため足の裏で地面を掴むが止まらない。後ろ向きに転びそうになる体をなんとか維持するのが精いっぱいだ。


「──『水平雷波エレクトリック・ホライゾン』」


 リアの杖の先端に雷を宿した魔力の球体が発生。更にそこへ魔力を流し込めば、閾値を超えた球体が爆発するようにして膨張し、雷の波となって広がっていく。


 波が及ぶのはちょうどティトピアの胸の高さ。故に、ティトピアはそれに対し、まず大剣を地面に振り下ろす事で自身が後退している勢いを殺すと、そのまま姿勢を低くして咄嗟に回避した。

 だが、それは流れを崩された事を意味する。姿勢を低くした───否、その姿勢を強要させた。


「『汝、我らの母よ』『応えよ』『土洞の尖兵を解き放て』───『飛び出す地雷マイン・ドライブ・グラディウス』!」


 ロアが大斧を片手に持ち替え、もう片方の拳を地面に強く振り下ろす。瞬間、魔力を飲み込み隆起した大地を食い破り、太い土塊の槍が一本飛び出した。

 それは天高く昇っていく過程で二本、三本、四本五本六本七本──細く多く変化していき、やがて急激に方向を変えてティトピアへと襲い掛かる。


「チッ……!」


 低い姿勢を強いられていたティトピアは、前方上空から飛来した土槍に対し逃げの一手を打たざるおえない。

 初陣に対し後ろへ跳躍する事で回避し、再び飛来した第二陣に対し再度引く事でやり過ごす。しかしこれ以上下がってしまえば決闘場から落ちてしまうため、ティトピアは回避する方向を変え───今度は横っ飛びで回避。


「『ファイア・バレット』」


 その途中、ティトピアは牽制程度の火球を二人へ向かって飛ばすが、魔力を纏った大斧によって両断。


 順調そうに見える戦況。

 しかし、リアの内心でざわめきは止まらない。


 ───彼女がこんなところでやられるとは思えないなー……


~~~~~~~~~~


 ──牽制程度じゃ当然効かないわね……!


 ただでさえ魔力を節約しないといけないのに、軽い攻撃では通用しないときた。いくら濃度が高くても工夫は工夫。限度があるというものだ。

 

「『コンセント・アクセル』」

「『呑み込めっ』!」

「──『ファイア・シールド』」


 速度を優先させたリアの速攻魔法。細くしかし確かな威力を持った電撃に対し、ティトピアは再び横に回避。

 それと同時に地面を駆ける大斧による魔力斬撃。まるでサメのように大地を抉りならそれに対してもステップで回避を試みるが、どうやら先読みされていたらしい。回避先の着地点にもう一撃が到来し、結局片手を前に突き出し、そこに『ファイア・シールド』を展開する事で防いだ。


「やぁッ!」


 短く声を上げ、大斧を構えたロアが上空へと跳躍。空中で体を捻りながら恐ろしいほどの加速を得た彼女の肉体による大上段の一撃。

 例え回避してもその煽りを受けるであろう一閃に対し、ティトピアは───あえて真っすぐに突っ込んだ。


「そこッ───はぁああああああッ!」

「なっ」


 身体強化、そして炎を背後に噴射する事による加速を利用して、ロアよりも一段階素早い速度を獲得。その状態で大斧を振り下ろそうとしているロアの真下へ入り、そのまま大剣をぶち当てた。


「ッァ……!?」

「ロアっ!」


 胸元、記章を狙った下段一閃。

 空中という回避不可能な──それも衝撃が地面逃げない位置で諸に入った。小柄なロアの肉体が振り抜かれた大剣の動きに合わせ吹き飛ばされる。


 そのまま地面へ落下した彼女は、まるでゴム玉のようにバウントを繰り返した。二回、三回とそれ続いていき、やがて強引に動き出したロアの指先が地面を撫でる。 


「──『岩鉱防壁』……!」


 瞬間、彼女を受け止めるようにしてそり立つ岩石の壁が形成。地面を転がるロアは壁に激突しながらも、そこで漸く停止した。

 同時に魔法が解除され、壁が魔力に変換され溶けていく。そのままでは邪魔という考えだろう。


「ロア」

「いったたぁ……だい、じょうぶ……!」


 リアの手を借りながらもゆっくりと立ち上がるロア。再び大斧を握るその姿は傷ついているが、まだ余裕はあり───記章は、少し罅が入りながらも無事だった。


「やるわね。当たる瞬間に防御を張るだなんて」

「うるっ、さいっ!!」


 息を吐きながら言葉を投げたティトピアに対し、大斧を振り回して感情を表すロア。


 間一髪、ティトピアが大剣を直撃させる直前に、ロアは自分の胸元に先ほど体を受け止めさせたのと同じ魔法を張っていたのだ。

 無論、衝撃までは防げないし、金属並みの耐久度を誇るロアの防壁は完全に砕かれ、そして記章も少し傷ついた。


 だが、敗北条件は『記章の破壊』。

 完全に壊れなければ負けではない。例えどんなに傷つこうとも、真っ二つにでもならない限り勝機はあるだろう。


 加えて、ロアの全身にはそれなりにダメージが蓄積されたはずだが、防壁が肩代わりしたのか骨や肉が傷ついている様子はない。上手い具合に分散したのだろうか。


「───」


 それらを理解しているからこそ、いま仕留められなかった事実にティトピアは歯を食いしばった。


~~~~~~~~~~~~


 ───ティトピアの猛攻は観戦室に熱気を齎していた。


「ティトピア様すごいな!」

「悪い評判ばかり聞くし、一人なんて勝てる訳ないと思ってたけど……」

「もしかして、あの『ロッドプレントの双璧』相手に勝っちゃうんじゃないか!?」

「『決闘遊戯』始めた理由も、元々は人のためって聞いたし、噂ほどやばい人じゃないのかも!」

 

 口々に飛び出す生徒たちの、ティトピアに対する賞賛。いまこの場にいる生徒たちの過半数は現在の中等部三年、即ちクロエやティトピアと同い年で、内容に注目しているというよりどちらかといえば話題性でやってきた生徒たちだ。


 だが、そんな彼らもレンズ越しに映る攻防を見て意識を改めている。

 ティトピア・ヴァルステリオンの実力は噂以上だ。悪い話が先行していたか、それとも機会がなかったかは定かではないが、既に実績を残している『ロッドプレントの双璧』と対等以上に渡り合えている事実は大きい。


 変わろうとしている。

 少しずつ、それでも着実に、『お人好しの狂犬』という名前の意味が。


「下馬評ではティトピア様が優勢。しかし、どちらの勢力とも関係があるティトピア君はどう思いますか?」

「……」


 どう考えているかなど薄々察しているだろうに、クロエに聞いてくるところに性格が出ている。横目でソフィアを睨みつつも彼はため息をついて、ゆっくりと口を開いた。


「───今まではまだ小手調べ。魔力の底が見え始めて、ティトピアが苦しくなるのはここからだ」


 なにより、と前置きをして。

 蒼穹と同じ色の瞳が、彼女らを射抜く。


「ミセリアが、あの女がこんな簡単にやられる訳がねえ」


~~~~~~~~~~~~~~~


「『鉱錬武装トランティス』、起動!」


 大斧の柄を両手で持ち、先端の槍のように尖った部分を地面に打ち付け───瞬間、魔法を発動。

 先端から柄にかけてを一瞬にして透明な結晶が覆っていく。荒く、一回り大斧を大きくした結晶。それがすべてを埋め尽くした瞬間、まるで凝縮されるようにして、大斧はより洗練された代物へ変化した。


「ッ!」

「はぁッ!」


 硬度を増し、しかして重さは変わらない大斧を大剣が打ち払う。剣戟が金属音を響かせ合い、火花が視界を支配した。

 

 一度後退したロアを追いかけるようにしてティトピアが肉薄。開いた距離を詰めてもう一度回転切りを見舞うが、やはりこれも弾かれた。


「『コンセント・アクセル』」


 その隙を狙って放たれたリアの電撃魔法連打。しかしティトピアは半歩下がる事で初撃を回避すると、構えを作り一気に振り抜いた。


「『薙ぎ、払え』!」


 電撃の群れが火炎の煽りを受けて爆発していく。


 その合間を縫うようにしてロアが跳躍。得意とする大上段からの構えを取り、大剣を振り抜いた隙を狙うようにして振り下ろす。

 だがすぐさま体勢を直したティトピアは飛び退きそれを回避。


「ッ……!?」


 しかし、回避したと思っていた大斧が地面を穿てば、結晶化した刃が拡散して剣山と化した。上向きに向かっていく結晶の刃に対し、ティトピアは間一髪で大剣を押し出し防御。


「やぁああああああっ!」

「待ってロアっ、冷静に──」


 吹き飛ばされたティトピアを追うようにして剣山を駆け上り、先端から飛び降りるようにして、上空からもう一度ロアが斜めから大斧を振り下ろす。

 リアが静止するがもう遅い。重力によって加速した斬撃が止まる事はない。


「……っ、狙いが定まらない!」


 リアが魔法で援護しようと杖を動かすが、どうやら剣山とロアによってティトピアの姿が隠されているらしい。いくら魔法の扱いに長けているとはいえ、魔法使いにとって視界とは生命線。それに誤射する可能性も考えれば容易に追撃できないのだろう。


 この状況は、千載一遇のチャンスである。


「ッ──」


 ティトピアも同様に大剣を振り抜いた。

 同時に魔力が迸り、爆発したかのような火炎が大剣を包む。まるで刀身が巨大化したような錯覚を振りまきながらも、迎撃するように大斧と反対の軌跡描いた。


「はぁあああああッ!」

「やぁああああああっ!」


 炎剣と大斧が激突する。


 地表を根こそぎ剝がしていくような衝撃衝撃衝撃衝撃。

 それらは暴風を伴い決闘場を一瞬にして満した。散っていく火炎と結晶が大気を汚し、二人の一撃が鍔迫り合う。


「───っ、くゥ!」


 短いロアの悲鳴。

 保たれた均衡は終わりを告げた。


「はぁッ!」


 自分を奮い立たせるようなティトピアの声とともに、彼女の大剣が更に輝いた。同時に後ろへ流れていく熱量が増加し、それが後押しとなって上空からの一撃を返し始める。


 ティトピアの強みは魔力濃度──即ち火力。いっそ頭を使う脳筋とでも呼ぶべき彼女の全力は、並大抵の力を蹂躙する。


「こわれなっっさいッッ!!」

 

 ───炎剣一閃。


 途方もない熱量を込めた一撃は、大気と髪を焦がしながらロアの大斧を完全に打ち砕いた。

 得物を失い、その上空中で体勢を崩した彼女をティトピアは逃がさない。

 

 右足を軸にして回転しつつ、再び両手で握り込んだ大剣を解き放つと、刃というよりは鈍器を振るうようにして──ロアの胸元の記章を粉砕。


「きゃぁあっ!?」

「ロアッ! ッ、まさか真っ向勝負で……!」


「──隙なんてもう与えない」

 

 あまりの衝撃に地面を転がるロアから視線を逸らし、ティトピアはその眼光をリアへ移す。

 大剣を振りぬいた姿勢から、流れるように反対に構えを取り疾走。

 

「くっ、『コンセント・アクセル』!」


 明らかに戸惑っている様子のリアの魔法が、迎撃とばかりに迫ってくる。しかし直線の上、単純な攻撃程避けやすいものはない。

 左右に細かく跳躍を繰り返す事でそれを回避。


「無駄よ」

「それは、どうかなー!」


 あと数歩、文字通り秒読み段階にまで迫った二人の距離。


 ティトピアは大剣を振るう準備へと移行し──瞬間、背後から襲いかかった・・・・・・・・・・魔法に対し、一時的に大剣を片手で握ると、もう片方の手を翳した。

 ノールックで『ファイア・シールド』を展開。分厚い炎によって結晶と雷撃は霧散する。


「うそっ!?」

「ははっ、鋭いなぁ……!」

「無駄だって言ったわ」


 『各陣営に存在する全ての記章の破壊』。

 それこそが今回の『決闘遊戯』の勝敗に関する規則であり、そこに記章が破壊された者は戦闘に参加できないなんてものはない。つまり、ティトピアは二人の記章を破壊しない限り一対二を強いられる訳だ。


 おそらくリアはティトピアが規則を詳しく理解していないと踏んだのだろうが、あいにく予習済みである。

 ティトピアを襲ったのは、倒れながら攻撃を仕掛けてきたロアの魔法と、先ほど回避した魔法の軌道を曲げたリアの魔法だ。


 ──この女が単純な魔法を放つ訳がない。


 そんな、敵に対する妙な信用があったからこそ予測できた。もし外れていたのなら無駄に魔力を使っただけに終わったが、ティトピアは賭けに勝ったのだ。


「はあぁあああああああ!」


 腕を伸ばせばぎりぎりで届く距離。 

 それは、ティトピアの大剣にとって最適な間合いだ。


 火炎を纏った大剣が唸りを上げ、雄叫びと共に振り上げる。

 この距離ならばリアが魔法を使うよりも、ティトピアが腕を振り下ろす方が圧倒的に速い。


 深紅の長髪が空を舞う。

 業炎が視界を埋め尽くして、大剣がリアへと迫り──



たすけて・・・・



 ───そんな嘘と分かり切った呟きに、ティトピアの腕が止まった。

 思考が停止する。やるべき事は分かっている。この大剣を振り下ろし、全てを終わらせるのだ。


 嗚呼、なのになぜ──なぜ。

 『助けないと・・・・・』なんて、思ってしまうのか?


「ははっ」


 凶悪な笑みを浮かべたリアが、頭を埋め尽くした。


「──『波状雷スパークル・クラック』」

「がっ、は」


 いつの間にか、懐に迫っていた杖の先端から電撃が走る。

 まるで鈍器で殴られた様な衝撃が腹部に走り、ティトピアの体は否応なしに吹き飛ばされた。それ自体は大した距離ではない。精々人一人分程度の、小さな距離。


 だが、それによって体が一瞬硬直した。

 電撃が体を支配した事が原因だろう。適正者が少なく研究が進んでいない雷元素魔法ではあるが、諸にくらった者の体が硬直する事は知られている。


 幸いにして大剣は落とさなかったが、すぐに反撃へ徹する事も、また回避行動を取る事も出来ない。

 そしてそれは、十分すぎる明確な『隙』である。


「『雷帝は御敵を赦さない』」


 リアが詠唱を開始。

 振るう杖の先端から、今にも飛び出しそうな電撃が誕生する。


「『祝福は此処に非ず』『今ただ、その霆絶ていぜつのみを示し給え』──『雷霆の寵閃アークブリッツ・ファンタズマ』ーーーー!」


 抑えきれないエネルギーを解放するにして、リアは杖の先端を前方に突き出す。

 

 瞬間、視界は漂白された。

 紫紺というよりも純白と表した方が良い電撃の光線が形成され、直線状に立つティトピアを飲み込んでいく。


「ま、だぁああああああああッ!」


 自分を奮い立たせて、強引に大剣を振るう。

 火炎と電撃がぶつかり合い、その熱量がティトピアの周辺の地面を焦がした。


 受け止めた。


 受け止めた、が、その衝撃にティトピアの肉体は後ろへ後退していく。大剣が光線を切り裂いてはいるが、絶え間なく供給される魔力に防戦一方だ。


 このままでは崖側にまで追いやられ、天空決闘場の底の海へ落下してしまう。それだけは避けなければならない。 

 故にティトピアはなけなしの魔力を振り絞り、更に火炎の火力を上げた。


「『燃熾もえさかれぇえええええ!』──『熾天連波セラフィム・デトネーション』ッ!!」


 火炎が、光線を侵食していく。

 この光線は魔力の塊だ。ならば、こちらも同様に対応するしかない。


 やがて強引に振り抜いた大剣から瞬間的に火炎が炸裂。こちらへ伸びる光線を逆流する様にしてのみ込んだ。

 魔法の構成そのものを破壊してしまえば、いくら魔力を供給しようとも持続しない。結果としてリアは攻撃の手を止めざる負えないのだ。


「──っ」


 漏れた声は誰のものか。


 ティトピアの一撃が空間を凱旋し、一時的に温度が急上昇した。

 蜃気楼が揺らめく中、静寂だけが場を支配する歪な空間。


「はぁ、はぁ……」

「はは……!」


 茫然とそれを眺める大斧の少女と、杖を振った状態で苦笑いを浮かべる少女。そして、大剣を振りぬいた状態のまま、肩で息をつく少女が一人。


「──っ」


 しかして、狂犬の意志は折れない。


~~~~~~~~~~~~~~


「やっぱりな」


 その呟きにどんな感情が込められているかは、ソフィアにも、リヴィドランにも、ましてやクロエ自身さえ正確には分からないだろう。

 諦念にも呆れにも聞こえる吐息混じりのそれ。視線を下に向いているのは、決闘を見たくなからだろうか。


「アイツは純粋過ぎるんだ」


 誰に聞かせている訳でもない言葉が、観戦室に零れる。


「力は十分にあって、剣も魔法も隙が無い──でも、純粋過ぎる。純粋過ぎるから騙される」

「では、純粋は悪だと?」

「そうは言わねえ。純情さは間違いなく美徳だ。けど、ミセリアのように手段を選ばない相手には、一人じゃ絶対勝てねえ。圧倒的な力の差があるのなら話は別だが、今回は人数的不利も抱えている。力が足りずとも、連携して仕掛けてくる相手に勝てるような戦い方じゃねえだろ」


 何かを続けようとしたクロエの口が固まって、やがて別の言葉を吐きだしていく。


「──ああいう奴は、誰かが支えないと簡単に折れるんだ。崇高な精神と実力を兼ね備えていたとしても、それはそのまま『強さ』にはならない。だろ、会長サマ」

「ええ、仰りたい事は分かります。世界は甘く優しくない。誰かを捨てる・・・という事は、誰かを救う・・事にもつながります。それが出来る者は、強い」


 ──そしてそれが出来ない者には限界がある。


 言葉にはしなかったが、彼女がそう言っているのは明白だった。

 やはりソフィアとクロエは似ている。思考が、というよりは思考に使う理論が。だからこそ似たような結論が出てくるのだ。


 でも、性格は似ていない。よって結論に対し出てくる感想が異なる。


ならば捨てますか・・・・・・・・、伸ばせば届く手を」

「……」

「ふふ、冗談です。なぜそんな風に思い詰めているのですか?」

「……親友に似てるからだ」


 一瞬、ソフィアの言葉に戸惑った。視線を彼女の顔に向けて感情を伺おうにも、美しい笑みが返ってくるだけで収穫はなし。

 少しの間思考を回していたが、弱った精神が影響したのか、やがてそんな言葉が口から零れた。


 自分が犯した失敗にクロエは気づかない。


「ティトピアと同じお人好しだった。アイツほど猪突猛進じゃなかったけど、多分頑固さはアイツ以上だったよ。賢い奴だから取捨選択とか、ティトピアに足りない様な事については得意で、それで俺はアイツ(親友)の事を誤解してて──過信したらもう手遅れだった」


 唐突に語られた重い話。これはクロエが、ソフィアやリヴィドランはこんな風に雑な会話をしても問題ないと判断しているからこそのものだ。

 実際二人に動揺は見られない。圧倒的な力を持つ者は自然と余裕が出てくる。それの生きた標本と言えるだろう。


 クロエはレンズを見上げる。視界に収まるのは三人だが、彼の瞳には赤髪しか映っていなかった。

 

「性別もちげえ。性格もちげえ。でも、お人好しなところと諦めの悪い所と、人をあんまり頼らねえ所はそっくりだ……アイツがチラついて仕方ねえ」


 気にしてどうするというのだ。もう『決闘遊戯』は始まってしまっている。何か行動を起こすにしても遅い。

 クロエが出る幕はないのだ。後はただ、二人と交わした『約束』に従って、勝者の誕生をゆっくりと見届けるだけ。


 秒読みの決戦だ。

 すぐに終わる。

 結論は出ている。

 出ているのだ。


「──ではなぜ、そんなに苦しんでいるのですか?」

「だから、親友に似てるから……」

「そうではありません。確かに苦しみ始めた導火線はご友人の事だとしても、苦しみ続ける・・・理由にはならないはずです。結論が出ているのなら、そんなに顔を歪める必要はありませんから」


 言われて顔を触れば、確かに歪んでいた。歯は食いしばられ、眉間に皺は寄り、目にも力が籠っている。

 でもだからなんだと言うのか。何が問題だというのだ。


「……」


 ──いや、違う。何を感情的になっているんだ。お前はもっと無感情だろう。


 首を振り、込み上げそうになった激情を抑える。なぜそんな風に心が乱れているのか自分ですら理解できなかったが、少なくとも身を委ねる事は間違っているだろう。

 だからこそクロエは、深呼吸をして言葉を続けた。


「何でも良い。確かに俺は今も苦しんでいるが──別にそれがどうって話じゃねえだろ」

「……」

「確かにティトピアは似てる。親友を思い出しちまうよ。でもそれだけだ。それだけ。俺も、ましてやお前も気にする事ではない」

「──違う」


 ソフィアはゆっくりと立ち上がり、こちらを見下した。


貴方は助けたい・・・・・・・と思っている・・・・・・


 流麗な彼女には似合わぬ真面目な顔つき。見下げているせいで影が落ちているにも関わらず美しいが、それだけにアンバランスだった。


「……助ける理由なんざねえよ。俺はティトピア、ミセリアの二人とある『約束』を交わしているが、だからといって理由にはならねえ」


 端的に言って、二人と交わした約束は『勝った方の陣営に加わる』という内容だ。

 もちろん明言はしていないし拡大解釈ではあるが、実質的には大差ない。


 だがそれはあくまでも勝負後の約束。まだ決着がついていない段階でクロエが片方に肩入れする理由は何一つないのだ。


「それに助けて何になる? てか方法もねえだろ。そんな曖昧なものより、約束を守ろうとする事の方が大事じゃねえか」

「でも、貴方の心は納得していない」

「『心』ねぇ? 一時の感情に身を委ねるのは間違ってる──そんなの、正しくねえ・・・・・


 顔が否応なしに強張るのが分かるが、それでもこれが正しい理論武装だ。


「……心にしこりがある事は認める。だが、理由も、正当性も、何一つ俺がアイツを助ける要素がねえ」

「間違って何が悪いのでしょう?」

「……はっ?」


 『最新の神話』たるソフィア・フェンタグラム。常識そのものとも呼べる彼女がそんな事を言ったので、クロエは面食らうしかなかった。


「いや、間違いは駄目だろ」

「間違う事は悪い事ではありません。問題は捉え方です。積極的に間違いを犯せと言っているのではありません。しかし、逆に間違える事で生まれる未来だった沢山あるのですよ。正解だけを求めるのはなんと虚しいでしょうか」

「……っ」

「それにクロエ君」


 何時ものように『ソフィア・フェンタグラム』としての笑みではなく。

 ただの『ソフィア』として、彼女は純粋な笑みを浮かべた。


「──墓標の前で謝っても遅い事は、貴方が一番よく知っているのではないでしょうか」

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