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第十二話『お人好し』

 ───早朝。


「……よし」


 ティトピア・ヴァルステリオンは、服装と髪の乱れを完璧に整え準備を終えた。

 

 例え『決闘遊戯』当日、決闘を行う当人であっても、制服の着用は義務だ。これには決闘において服装による有利不利が出ないようにする意図と、神話の儀式のため『正装』を着るという意図の二つが含まれている。


「さぁ、行くわよ」

「畏まりました、ティトピア様」


 呼びかけに応じ、マリエルは軽く頭を下げると、ティトピアの後ろに控えた。

 彼女はあくまでも従者。決闘を行う場所───『聖域』に入る事は出来ないが、それでもその直前まで付き添ってくれる。それに彼女がいるのは対策・・の一環でもあるのだ。


 持ち物はない。何かあった時の小物などはマリエルが持っているし、そもそも『聖域』には申請しておいた場合を除き、余計な物を持ち込めない。 

 例え持って行ったとしても、決闘が始まる瞬間には全てが取り残される・・・・・・・


 そうして彼女を連れ添って、ティトピアは寮の部屋を出た。

 『決闘遊戯』の開始まで二時間弱ある。まだ早朝である現在、普段寮から木霊してくる喧噪は聞こえてこなかった。


 むしろそっちの方が好都合だ。人がいないのなら、何の妨害もないという事に繋がる。無事に『聖域』にまでたどり着いたのなら、一先ず同じ土俵に建てるのだから。


 廊下を歩き、入口へ向かうべくリビングを通る。

 そこは寮生たちがともに食事を取ったり、遊んだり、用事がある時に人を集めるなど、何かある時に使われるため、広い造りなっていた。


 若干机の上に誰かが使ったと思われるペンが置いてあったり、乱雑に食器が置かれているのもいつも通りだ。『寮長』によってある程度生活は管理されているにせよ、思春期のまだ幼い少女たちが親元を離れればこんなものである。


「あれ、ティトピアさん……?」

「おはよう。早いのね」

「おはよう。ふぁ~~~……なんか目が覚めちゃって……」


 リビングを通り抜けようとしたティトピアたちに、寝間着を着た女子生徒が声をかけてくる。髪は乱れ、変な体勢で寝ていたのか服も少し捲れて下着が見えていた。

 大きく欠伸をする様は、まさに『気の抜けた』という表現が似合う。


「ほら、しゃきっとしなさい」

「ごめんごめん。ありがとー」


 髪はどうにもならないが、服ぐらいならすぐに直せる。咎める言葉と共に直せば、彼女は寝ぼけた顔でお礼を言ってきた。

 ティトピアと彼女は特別親しいという訳ではないが、同じ寮生なのだから顔見知りだし会話もする。虐められた側でもなければいじめる側でもない彼女は、ティトピアに対して大きな感情を持っていないのだ。


「そっか、『決闘遊戯』だもんね。私は実家に帰るから見れないけど……頑張ってね!」

「ありがとう」


 頷くと、ティトピアは隣を抜けて入口の方へ向かっていく。

 少女も特に止める気はないらしく、そのまま挨拶を交わし別れて───


「あれ、開かない……」


 少女がその呟きを零した。

 見れば、机の上に置いてあった瓶を取ったようだ。どうやら蓋が硬く締まっているらしく、開かないらしい。


「……」

「ティトピア様」

「……ええ、分かってるわ。頼むわね───マリエル」

「っ、はい!」


 ティトピアの言葉に元気よく返事をすると、マリエルは自身より僅かに背の小さな少女へと近づいた。


「あの、よろしければお開けしましょうか?」

「え、いいの? じゃあお願い!」

「……! はい、開きましたよ」

「おぉ、ありがとう!」


 瓶を受け取り、数秒蓋を掴んで力めば、それなりに抵抗はあったが蓋は開いた。マリエルの手が少し赤くなっているところを見れば、それなりに固く閉められていたらしい。

 少女が非力というのもあるのだろう。だが、普段メイドとして力仕事を担当しているマリエルにとっては造作もなかったようだ。


「それでは」

「頑張ってね~!」


 少女に見送られ、ティトピアは寮のドアを開けて外へ出ていく。マリエルが後に続き、その扉を閉めて追従した。


「ありがとう。助かったわ」

「いえ! これぐらい当然です! ───全ては、『決闘遊戯』を万全で迎えるためですもの」


 互いに微笑んで、道を歩いていく。


 今回、『聖域』に向かうまでの間、ティトピアとマリエルは一つの約束をしていた。それは『困ってる人がいた場合、マリエルが代わりに助ける』というものだ。

 『お人好しの狂犬』と呼ばれてしまうほど、ティトピアは人を助けてしまう。彼女は頑固な性格で、強引に意見を曲げては調子を崩してしまう可能性すらあるだろう。


 となれば、その途中で体力を使ったり、時間がかかったりなど、様々な弊害が出てくる。それはいけない。ただでさえ不利な立ち位置なのだから、せめて万全で『決闘遊戯』には臨まないといけない。


 故に、代案として出されたのだがそれだ。別にティトピアは他人からの感謝が欲しい訳ではなく、困ってるのを見過ごせないだけなので、マリエルが助けたとしても問題はない。

 そして、そうなればマリエルは疲労するが、ティトピアは万全のままという訳である。


「───う~ん、困ったねぇ……」


 その日、二人は人通りの少ない通路を通る事にしていた。

 そうすれば何か災いに出くわす可能性も少なくなるだろう、という考えからである。


 しかしその最中、道端で眉を歪めて上を見上げる年配の女性に遭遇した。

 腰は曲がっていて、髪も真っ白な事を考えれば、既に還暦ぐらいは超えているのかもしれない。ただ、マギスティアの指定服を着ているという事はここの職員であるはずだ。

 

「あの、どうしましたか?」

「っ、ティトピア様」

「……聞くだけならいいでしょ」


 迷わずに声をかけてしまうティトピアに思わずマリエルは咎めるが、そこで止まるのならそもそも困ってなどいない。

 年配の女性はその声に反応すると、困ったように笑みを浮かべた。


「あ……いやねぇ、この木を魔法で掃除していたんだけど、どうやら上の方にアクセサリが引っかかっているようなんだよ」

「アクセサリ……?」


 釣られるようにして街路樹を見上げれば、確かに葉の生い茂る部分に何か光るものがあった。どうやら幹の根元に強く括り付けられているらしく、多少揺らしたり何かをぶつけた程度では落ちてこないだろう。


 疑問なのは、なぜそんなところにあり、なぜそんな強く固定されているのかという事だ。

 ───まるで、誰かに意図的に置かれ・・・・・・・・・・たような・・・・、そんな印象を受ける。


「……おや、よく見たらあれ、同僚のガルスさんが探してた物じゃないか。おかしいねぇ、どうしてこんなところに……」

「魔法で取れないんですか?」

「私の魔法にはもうそこまでの力はないねぇ……誰か呼びたいところだけど、『決闘遊戯』の準備とかのせいでみんな出てしまっているんだよ……」


 困ったように頬に手を当て、木を見上げる女性。

 咄嗟に体を動かしそうになるが、その腕をマリエルが掴んだ。思った以上に強い力に驚き振り返るが、そこには彼女の少し怒ったような顔が。


 だが、ティトピアの動きが停まった事を確認したのだろう。マリエルは表情を和らげると、『任せてください』と呟いて前に出た。


「あの、私がお手伝いします!」

「おやおや……いいのかい? 何やら急いでたみたいだけど、別に構わないんだよ?」

「いえっ、是非させてください! 何か足場になるものはありますか?」

「あぁあるよ。確かここに──」


 そうして、マリエルは女性から足場になりそうな箱を受け取り、アクセサリを取るために木へ登っていく。

 彼女は身体能力が高くないし、魔法も得意ではない。この時点では女性と大して変わらないが、マリエルは若く、健康な肉体がある。


「すぐに終わらせますね……!」


 女性に言ったのか、それともティトピアに言ったのかは定かではないが、そう呟くと、足場を経由して木の幹へ乗った。


「───あれ、予想以上に複雑に……」


 だが、見るからに回収は難航している。思っていたよりもアクセサリの金属部分が複雑に絡んでいるらしく、マリエルの顔が段々と暗くなっていった。

 しかし問題はそこではない。金属部分を解こうとする度に気が大きく揺れていた。マリエルという少女は小柄な方で、決して体重も重くはないが───たかが街路樹如きに、そこまでの耐久度はないのだ。


 結果。


 突如として、マリエルの乗っていた幹が、根元から崩壊する。


「え───!?」

「っ、マリエルっ!」


 木の根が裂けた音と共に、マリエルの小さな体が落下を開始。当然そんな予想はしておらず、彼女は無意識に手を伸ばしたが、掴めた物は何もない。

 木の高さは約6(3)メルチ《m》。死ぬほどの高さではないが、それでも無防備な状態で激突すれば怪我は免れないだろう。


 瞬間、遅くなった視界の中で、ティトピアは叫び声と共に咄嗟に駆け出していた。


「ッ……!」


 地面を踏みしめた肉体に身体強化の魔法を発動。薄いの朱色を纏ったティトピアが疾走する。

 荷物を何も持っていなかったのが幸いした。身軽な今の状態ならば余裕で間に合うだろう。


「ほッ……!」


 樹から少し離れた地点でもう一度強く地面を踏みしめ、跳躍する。そのまま落下中のマリエルまで一足飛びで到達し、下から救い上げる様にして両手で腰の辺りをキャッチ。

 近くにあった校舎の入り口の階段を昇った先、踊り場の所へ着地した。


 ──だが、やる事はまだ残っているのだ。

 

 着地し膝が曲がり体が下がるのを利用して、そのままマリエルを少し乱暴に下ろせば、ティトピアはすぐ様反転し、同じく落下した幹と地面の間に滑り込んだ。


「っ、く、ぅ……!」


 崩れた樹の幹と、そこにくくり付けられたアクセサリを掌で受け止めるようにして、ティトピアの肉体は地面に転がる。


 身体を強化しているとはいえ、防御力が飛躍的に上がっている訳ではない。結果として摩擦によって柔肌が傷ついた。マギスティアの制服は耐久性に優れているため、むしろこちらは無事だ。掌が下の方にあったせいか、少し皮が捲れて赤くなっている。


 ──しかしその代わりに、アクセサリは傷一つ付いていなかった。


「ティトピア様ッ!」

「だ、大丈夫かい!?」


 マリエルと高齢の女性が急いで駆け寄ってくるのが、視界の端で見えた。特にマリエルに関しては自分のせいで主人が傷ついてしまった事に対する罪悪感と、後悔と、それ以外にも様々な感情に苛まれているようだ。


 ティトピアは樹の幹を地面に下ろし、軽く服についた土を払えば、立ち上がって二人へ視線をやった。


「大丈夫よ。少し擦りむいただけ」

「いえあの、それもそうですけど、そうではなくてっ! 体力も魔力も使わせてしまいました……!」

「少しだけ身体を強化しただけだし、流石にこの程度じゃ魔力も切れないわよ!」


 いくらティトピアが魔力総量の少ない方だとはいえ、すぐに切れるようではまともに魔法が使えない。正直予想外の出来事だった事は否めないが、それ以上に大事な事がある。


「それよりも、マリエル──怪我はない?」

「っ……はい、大丈夫、です……」

「そ。なら、それでいいわ」


 ティトピアの言葉に、マリエルは俯いてしまう。優しくされるのが今は辛いが、それでも悪いのはマリエル自身であり、だからこそ何も言えないのだろう。

 それは主人も分かっているが故に、ティトピアは女性の方へ振り返った。


「貴方も、お怪我はありませんか?」

「ええ、ええ……私は全く何ともないけれど……それより大丈夫かい? 手がすりむいてしまっているじゃないか」

「これぐらいなら問題ありませんよ」

「すまないねぇ。回復魔法が使えたら良かったんだけど……」


 確かに擦りむいてしまったが、これも同様に軽傷だ。動くのに支障はないし、ただ痛いだけである。


「手当いたします!」

「ええ、頼むわね」


 マリエルは会話を聞いていたのか、勢いよく顔を上げると、そう言って基本的な水魔法を詠唱。傷口を洗い流すと、そのまま持っていたカバンの中へ入れていた布で軽く処置をした。

 その間に、女性はティトピアの傍に置かれた樹の幹を手に取る。


「おや、これは……」


 折れた木の幹の断面。本来なら強引に繊維を千切ったぐちゃぐちゃな断面を見せるはずだが、女性がなぞっているそれは、まるで溶けた様に丸かった。

 アクセサリのすぐ横が断面であり、よく観察しなければ気づかないだろう。むしろ、アクセサリのくくりつけられた鎖部分で隠されている様にも見える。


朽ちている・・・・・……それもこれは、闇元素魔法だね……」

「魔法? 魔法がかけられていたんですか?」

「そうだね。理由は分からないけれど、これは──多分、アクセサリを取ろうとした人が落ちるように仕組まれていたのかもしれないねぇ……」


 流石はマギスティアの職員と言うべきか、還暦を過ぎた女性でさえ魔法の知識があり、その考察が出来ている。

 アクセサリを取る人が、樹から落下するように、仕組まれている。一体誰

「……まさかね」


 脳内に過った悪い可能性を払う。

 もしかしたら、アクセサリに闇元素魔法が付着していたのかもしれないし、誰か性格の悪い生徒がイタズラとして仕掛けていたのかもしれない


「──さて。それじゃあ、おば様。私たちは急がないといけないので、これで失礼します」

「まぁ、もっとちゃんと怪我の治療をした方がいいんじゃないのかい?」

「そういう訳にもいかないんです。──遅れたらダメなので」

「そうかい……随分急いでいるんだねぇ」


 女性は少し心配そうに二人を見ていたが、意志を汲み取ってくれたらしい。

 すぐに笑みを見せてくれた。


「悪かったね。それと助かったよ。時間が出来た時でいいから、次ここを通る時は私を呼んでくれたら嬉しい。そうしたらお礼をさせておくれよ」

「そんな、悪いですし……」

「んん? 聞こえないねぇ。急ぐんじゃないのかい?」

「……はいっ」


 遠慮しようとしたが、すぐさま逃げ道は塞がれてしまった。それに急ぐのは本当なので、これ以上会話をしていては時間が勿体ない。

 断るのなら次の時にしようと思ったが、この女性ならば何だかんだお礼をされてしまうだろう。だからこそ、諦めてティトピアは元気よく頷いた。


「行くわよ、マリエル。それでは!」

「気を付けるんだよー!」


 女性に見送られて、二人は通路を引き続き歩いて行く。

 この日の為に用意した懐中時計を確認すれば、まだ一時間以上余裕はある。まだ焦る様な時間ではない。


「……何か、変じゃないですか?」

「何かって?」

「だって、あんな誰かを落とすためみたいな感じで……」


 マリエルも、先ほどのティトピアと同じ回答に辿り着いていたのだろう。表情を暗くしながらも、小声で告げてきた。

 確かに疑問点は尽きない。だが少なくとも、あの女性はそれを仕組んだ誰かではないし、何よりも。


「でも、結局何事もなく解決できたんだからいいじゃない」

「……何事もない訳じゃ、ないです。『決闘遊戯』が終わったらきちんと回復魔法を受けてくださいね!」

「分かってるわよ」


 二人だからこそ出来る軽い言葉の会話をしつつ、二人は通路を少しだけ速足で歩いて行く。


 そう、解決できた。

 例え疑問点があるとしてもそれを考えている暇もないし、必要もない。


 だから、気にする必要はないのだ。


「おーい! どこ行ったんだ~!?」


 ──迷子になった友達を探している生徒がいて、その友達が蔓に絡まっているのを、ティトピアが魔法で助ける事になっても。


「あれ、どっちに行けばいいんだろう……?」

 

 ──道に迷った女子生徒がいて、少し道を戻る事になった挙句、その途中に物が落下してきて、それをティトピアが防ぐために魔法を使っても。


「あぁ、思い出せない……!」

 

 ──研究が間近に迫った研究者がいて、その彼のアイデアが出るまで質問を繰り返されても。


「いてて……!」


 ──急ぐ途中、大柄の男性が怪我をしていて、ティトピアが身体強化魔法を使って保健室へ届ける事になっても。なぜか、保健室に常駐している先生がいないとしても。


 おかしくはない。

 その全てが解決できて、まだ時間的にも余裕があるから、おかしくは──


「ま、待ってください!」

「……マリエル、どうしたの?」


 そうして五人目の悩みを解決した直後、マリエルは声を張り上げた。


「おかしいです。どう考えてもおかしいですよっ! ───確かに、マギスティアは人がたくさんいて、だからこそ困ってる人も多いほうです。でも、これは多すぎです! それも私たちが進む先にばかりいるじゃないですか!」

「……」

「こんなの、おかしいです……一体だれが・・・・・───」

「…………」


 分かっている。


 そんなのとっくに、分かっているのだ。


「魔力だってかなり減ってたじゃないですか! それは私が力不足なのも原因ですけど……でも、それは『決闘遊戯』で使うはずの大切な魔力なはずです!」


 困っている人が多すぎるのも、人通りが少ないからと通っていた道に都合よく人がいるのも、他に通る人が誰も助けていない事も、全て、おかしいと分かっている。


「明らかに仕組まれているんです! ロッドプレント様方か、私たちを嫌う誰かかは分かりませんけど───誰かがッ!」

「……そうね」


 分かっているからこそ、それを黙っていたティトピアはそんな返事しか出来ない。今は何を言っても嘘になってしまうし、嘘をつく事は何の解決にもならないからだ。


「でもね、マリエル」


 嘘をつく事は解決にはならない。

 だが、一つだけ言える事がある。


「───困ってる人がいるの。だから、私は見過ごせない」

「っ……!」


 それだけは、事実だ。


 例えば、寮の同級生。彼女は単純に困っていた。

 例えば、職員の女性。樹に仕掛けられたアクセサリと魔法は罠だったかもしれないが、女性が困っていたのは事実だった。

 例えば、蔦に足を拘束されていた生徒。わざとか偶然かは知らないが、少なくとも身動きは取れなくなっていたのは事実だった。


 そこに意図的な何かが隠れていたのは事実かもしれない。だがそれでも、彼らは本当に困っていたのだ。ならばその時点でティトピアには助ける理由が出来ている。


「……貴方が、なぜそうまでして人を助けるのか、その理由は以前に聞きました・・・・・・・・から知っています。尊敬もしています。そんな貴方だから私は留学に付いてきたんです───でも」

「……」

「これ以上は、ダメです。まずは自分の身を優先してください! ただでさえ今、体力も魔力も消費しているのに、これ以上なにか起きたら勝負にすらならない……!」


 マリエルの言っている事は正しい。

 そもそもとしてティトピアは常人より魔力総量が少ない。それを誤魔化すための技術などでなんとかやってきてはいるが、正直今の段階でもかなり苦しいのだ。


 魔力が完全になくなれば、『魔力枯渇』という状態になり人間は気絶してしまう。そうでなくても、段々と残量が零に近づくにつれて体長は悪くなっていくものなのだ。

 既にティトピアは若干の体のだるさを感じている。その他、急激に体を動かした事による痛み、擦りむいた腕の痛みなど、状態は最悪に近いと言っても良い。


「それに時間もあと三十分もありません。これ以上ティトピア様が動けば手遅れになります。ここから先、私が助けられる人は助けますけど、それ以外は見過ごしてください」

「……それは出来ないわ」

「ティトピア様……!」

「───いま困っている目の前の人見過ごす訳にはいかない。それをすれば、私が私じゃなくなってしまうもの」


 マリエルの表情が更に歪む。


「それを曲げてほしいと言っているんです……!」

「出来ないわ」

「ティトピア様ッ!」

「それはやっぱり、私の───」


「──あれ、どこに落としたんだろう……」


 善意と意志のぶつかり合い。

 互いに良い心を持っているがために、話が平行線のまま進まない。それでも歩みを止めている訳ではなかった。


 故に、その進めた歩みの先。二人の耳を声が叩いた。


 無意識に視線がそちらに動き、その人物を認識する。マギスティアの制服を着た、二人とさほど変わらないような年齢の男子生徒だ。

 彼は通路の端と端を行き来しながら、膝を曲げて何かを探すように動いている。


「……」

「ダメです」


 咄嗟に動き出そうとしたティトピアに対し、マリエルはその前に飛び出て、両手を広げて進路を妨害する。横から迂回しようとするが、それに合わせて動いてくるせいで前に進む事が出来ない。


「ダメですよ、ティトピア様」


 重ねるようにもう一度、マリエルは繰り返す。

 顔はこわばっていて、慣れないだろうに体さえも使ってゆく手を防いでいる。意志が堅い事は、付き合いの長いティトピアには一目でわかった。


「私が代わりに手伝います。だから、ティトピア様は先へ行ってください」

「……そういう事なら」

「すぐに終らせて追いかけます──それでは」


 そう言われてしまえばティトピアにはどうしようもない。

 ここでマリエルがいなくなるのは精神的に少しダメージだが、背に腹は代えられないだろう。自分が厄介な主人である事は理解しているが、曲げる事は出来ないのだから。


 生徒の方へ駆け寄っていくマリエルを横目で視つつ、少し駆け足でその横を通り抜ける。


 『聖域前広場』まではあと少し。だが基本的に近づく生徒はおらず、また当日であるこの日は推奨されていないし、広場に足を踏み入れるのは禁止だ。

 マリエルのいる道を超え、角を曲がり、また道を突っ切り、細道を抜ければ、そこは既に広場だ。あと少しなのだから、もう既に心配はなくて


「──あの、すいません!」


 そうして、気の抜けた思考をしていたティトピアの脳が現実に引き戻される。

 あと細道を抜ければたどり着くという直前で、彼女は目の前に現れた女子生徒に声をかけられた。


「あの、友達が怪我をしてしまって、いっしょに運んではくれませんか!?」

「ぇ、あ、えっと」

「い……た……ぁ!」


 近寄ってきた女子生徒の声に驚きながらも、彼女の指が指す先を見れば、ベンチに横たわるまた別の女子生徒の二の腕あたりから、血が流れてきていた。

 よく目を凝らせば、袖で隠れた部分がそれなりに深く裂けている。そしてその横には、半ば砕けた剣が横たわっていた。


「訓練をしていたら、その、手元が狂って……あの、その……」

「お、落ち着きなさい。深呼吸をして」


 女子生徒は明らかに挙動不審だった。言葉が纏まっていないし、瞳孔も激しく動いている。息も荒く体も震えているし、口を必死に動かしているがそれすらうまくいっていないようだ。


「ゆっくりでいい。何が起きたのか分からないと私もどうしようも出来ないから」

「……ん……い」

「なに? どうしたの?」

「ごめ、ごめんなさ、さい、ティトピア・・・・・さん……」

「……!」

「あ、な、あなたの、しないと、い、い、いえが……!」


 ───今度震えが止まらないのは、ティトピアの番だった。


 分かっている。分かっているのだ。

 今までの状況を仕組んだのが、ミセリアである事なんか、とっくのとうに、それこそ昨日クロエから忠告されていたから、木の幹が崩壊するように作られていた時から分かっていた。


 でも、そのどれもが悪戯程度であり、どうにかなる事だから、別に気にする必要はないと思っていた。どうせ『決闘遊戯』で勝利すればそれらはすべて解決する。だからこそ、『自分が勝てば関係ない』とい考えのもと、思考の端に追いやっていたのだ。


 しかし、そんな考えはいま瓦解した。

 ───目の前にいる彼女は、ティトピアが校舎裏で助けた少女と同じく、ミセリアに家を潰されそうになっているのだ。


 恐らくは『ティトピアの足止めをしないと家を潰す』なんて言われているのだろう。彼女はそれを言われて、絶望しながらも決断し、友達の腕をわざと切りつけたのだ。


 ───悪戯なんかの比じゃない。こんなの、ただの犯罪じゃない……!


 『決闘遊戯』は確かに重要だ。勝てば様々な恩恵を得る事が出来る。だが、そのために無関係な生徒の家を巻き込み、友達すら傷つけさせるその魂胆が理解できなかった。


「……分かった。一先ず、友達を保健室まで運びましょう」

「ごめんなさい、ごめんなさい……!」

「謝るのは私じゃなくて友達にしなさい。───大切な友達でしょ」

「……はい」


 怒っている余裕はない。今まで通り、困っている人がいるのは同じなのだ。

 そう判断したティトピアは女子生徒に声をかけ、急いでベンチの方へ駆け寄ろうとして。


「───おーい! そこの人、すまないがこっちで人が蹲ってる! 手を貸してくれないか!」

「……ぇ?」


 また別の生徒との声に、どう反応したらよいかわからず脳が混乱した。

 咄嗟に振り向けば、叫んだのはまた同じく男子生徒だ。『聖域前広場』へ続く細道とはまた別の、校舎裏に続く道から姿を現している。


「え、えっと」

「頼む! 力を貸してくれ!」

「ティ、ティトピアさん、あの……!」

「わ、分かってるわ。その子は必ず保健室まで連れていく。だから」

「急いでくれ! 体調が悪そうなんだ!」

「ッ……!」

 

 前方と、側方から次々に声をかけられ、あまりの情報量に混乱が止まらない。冷静になれと制御する理性を振り払い、なぜだか呼吸が早くなっていった。

 女子生徒と男子生徒の声が大きく、焦っているのも原因の一つだろう。わざとかは知らないが、それらがティトピアの精神を煽っているのだ。


 どうすればいい?


 困っている人が二人。どちらも体に支障をきたしていて、すぐに対処しなければ更なる問題が出てくるかもしれない。

 どちらかを優先できない。人も足りない。動けない人間を運ぶのにはどうあがいても二人以上必要だ。


 けれど、取捨選択をしないといけない。状態を考えれば怪我をしている方だろうか? それとも、状態不明な方だろうか? 心臓発作などが起きているとしたら本当に一刻を争うだろう。しかし、流血をまず止めなければ命にかかわる可能性もある。この二人は止血の術を知っているのだろうか。状態を確認する方法を知っているのだろうか。


「っ」


 それらをまず冷静に尋ねなければいけないのだが、混乱しているティトピアの口は動いてくれない。まずは呼吸を整えろ。整えて、次は、次は……?


 次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は──


「──あの、どうかしましたか?」


 それは、おそらく本当のイレギュラーだったのだろう。


 三度の声に驚いて振り向けば、ティトピアが歩いてきた通路の方に二人組の男子生徒が立っていた。年齢はティトピアたちとあまり変わらない───中等部の生徒だろう。

 彼らは不思議そうな顔でこちらを見ていて、ゆっくりと近づいてきた。


「なにかお困りで───って、ティトピアさん?」

「えっ?」


 名前を呼ばれ、思わず気の抜けた返事をしてしまう。

 顔が良く見えて確信に至ったのだろう。男子生徒たちはあたりを見渡し、顔を見合わせて、互いに頷いた。


「あの、ティトピアさん!」

「先に進んでください!」

「え、でも、けど」

「───覚えてないかもしれませんけど、僕たち、前にティトピアさんに助けられた生徒なんです」

「えっ……?」


 言われて、思わず顔を凝視してしまう。

 瞬間、理解した。


 一瞬で、それもぼんやりとしたものだったが、彼らはそれぞれ、かつてティトピアが助けた生徒だ。 

 片方は虐められていたところを、片方は怪我をしていたところを。覚えている、覚えている。ティトピアはちゃんと、覚えていた。


「今日『決闘遊戯』ですよね? でも困ってる人が見過ごせなくて助けてるんでしょう? それはダメです、ちゃんと向かってください!」

「後は任せてくださいよ! あの時の恩返しを今します! ──さ、怪我した人はどこにいますか?」

「あ、えっと、その……」


 一人が動き出し、女子生徒を連れ添ってベンチの方へ向かっていく。

 女子生徒は少しティトピアの方を気にする素振りを見せながらも


「い、いいの……?」

「はい、当然です! ──『困ったときはお互い様』って、あの時言ってくれましたよね……!」

「でも」

「ま、待てよ!」


 逡巡するティトピアの言葉を切るように、細道から出てきたていた男子生徒が声を荒げる。予想外の展開に顔が歪んでいて、ひきつった笑みを浮かべていた。


「そ、そうだ。蹲ってるやつは体格がでかいんだ! 最低三人は必要だから、そっちの人にも手伝ってもらわないと!」

「僕は身体強化に自信があるんです。だから一人で大丈夫ですよ」

「で、でも」

「──なんなら、まず貴方で試してみましょうか?」

「っ……」


 鋭く眼光を光らせ、詰め寄る片割れ。思わず怯んでしまったのか、声を荒げていた男子生徒は何も言えずに黙ってしまった。

 それを強制的に肯定と受け取ったのだろう。片割れは笑顔を浮かべると、男子生徒の背を押しながら校舎裏へ向かい始める。


「ティトピアさん!」

「わっ、と」

「それ、使ってください!」


 呼びかけと同時に、突然片割れは持っていたバッグから何かを取り出すと、それを投げ渡してきた。驚きながら受け取れば、瓶の冷たい感触が伝わってくる。

 同時に液体が揺れる音が聞こえて、瓶をよく見てみれば──それは『魔力回復薬マジック・ポーション』だった。


「これ、いいの?」

「いいんです! 僕はそっち系を志してて、研究途中で出来た量産品ですから。多分魔力も消費してますよね……?」

「うん……」


 『魔力回復薬』。

 それは、文字通り服用した者の魔力をその薬の格に応じて回復させる代物だ。無機物から抽出した魔力を濾過し、純粋な魔力へと変換した後、人間に適応するように変換し、その上で副作用を検証して───と、様々な過程を得る事で創造できる、それなりに珍しい薬品である。


 だが、それを彼は無条件で渡してくれた。

 『困ったときはお互い様』、というティトピアの言葉に従って、それを返すためにと。


「……わかった。ありがたく使わせてもらうわ」

「はい! ───ティトピアさん、頑張ってください!」

「……ええ!」


 そうして、ティトピアは頷くと、魔力薬を握ったまま急いで駆け出す。

 大分時間を使ってしまった。マリエルが持っていた時計を借りているためそれを確認すれば、後ニ十分程度しかない。諸々の事を考えれば時間が足りないぐらいだ。


「……」


 駆け出してすぐのところに、助けてくれた男子生徒の二人のうち、もう片方と、ティトピアに助けを求めてきた女子生徒がいた。

 ちょうどベンチに横たわる怪我をした女子生徒を運ぼうとしているところだ。その隣を通り過ぎる時、女子生徒の不安そうな瞳がこちらを一瞬見た。


「──待ってなさい。全部終わらせて来るから」


 これは自己満足だ。

 それでも、あの救いを求めた泣きそうな声を聴いた以上、ティトピアがそのために動かない理由はない。


 返事を聞かないためか、それとも純粋に急いでいるためか。

 ティトピアは更に走る速度を上げて、その場を駆け抜けていった。


~~~~~~~~~~~~~~~


 ───視界の先に、白い地面と建物が見える。


 随分と時間がかかってしまった。ほとんど一本の道を進んでいたはずなのに、なんだか物凄く曲がりくねった道を進んでいたようだ。

 時間を確認すればあと十分ほど。余裕があるとは言えないが、充分間に合う時間ではある。やはり早すぎるぐらいの時間を確保して寮を出たのは正解だった。クロエには感謝をしないといけない。


「はぁ……はぁ」


 もう既に息も絶え絶えだ。

 魔力薬を飲めばある程度は回復するだろうが、もう魔力は四割程度しか残っていない。ここに来るまでに体力も消費しているし、その上、人を庇って擦り傷や打撲程度の怪我もしている。


 でも、それでもたどり着いた。

 視界が開けて、厳かな『聖堂前広場』が見えてくる。真正面の道からではなく横道から来たためにはっきりとは見えていないが、『聖堂』も見え始めた。


 ここまで来たら後は到着まで秒読みだ。こんなところに人はいない。

 ティトピアは、何も心配する事もなく駆け抜ける。














「えっと、これ、どうすればっ……」


 瞬間、通り過ぎようとした道端のベンチに、一人の少年が座っている事に気づいた。


 手の中の道具を困ったように弄りながら声を漏らしている少年。表情も同様に焦っているらしい。手の中の道具を動かそうとする度に──連動して、緑色の髪と耳に付けたイヤリングが揺れていた。


「あっ……」

「───」

「あのっ!」


 少年はこちらに気づいたようで、勢いよくこちらへ振り返った。翡翠色の瞳が不安そうに揺れるのと同時に、彼はこちらに速足で駆け寄ってくる。

 そして、両手に持った道具を前に突き出し、言った。


「た、助けてください!」


 ティトピアは、その言葉に少しだけ目を閉じて。


「──いいわよ」


 そう、答えたのだった。

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