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第十一話『竜の品格』

 ──力こそが、全てなのだ。


 呟くように、囁くように、脅迫するように、訴えるように、話しかけるように、語り掛けるように、投げるように、呼びかけるように、しかして願う事だけはしないように、男はゆっくりと立ち上がる。

 

 身長は3.4(170)メルチ(cm)のクロエと同等か少し高い程度。

 眼を過ぎる長さの前髪に反して、後髪は肩まで伸びている。頭の真後ろで結んでいるようだが、『一本』と形容するほどの長さではないようで、少し上に飛び出すような髪型をしていた。整えられた、と形容するまではいかないが、だからといって何も手を加えられていない訳ではないようだ。


 少しだけ中性的な雰囲気をしているのは、華奢なのと顔の骨格が少し丸いのもあるのだろう。だがだからといって、彼の纏う未知的で驚異的な雰囲気が変わる訳ではない。

 年齢はニ十歳前後に見えるが、浮世離れした外見のせいか宛にはならなそうである。

 

 瞳の色は鮮血を凌駕するほど輝く紅──と、もう片方で輝く大海の如き蒼。どうやら左右で違い瞳の色を持っているらしいが、その力強さは同じだ。

 まるで爬虫類のように縦に長い眼球。耳が長い訳でもなく、尻尾が生えている訳でもない。間違いなく人間であるはずなのに、クロエはその眼から人外のような雰囲気を感じていた。


 服装は白を基調としたオルティス人らしいラフな格好であり、制服でも正装でもない。生徒ならば制服の着用が義務付けられているし、なにより青年の落ち着きようは慣れている者のそれ。

 即ち、学校に出入り出来る権力者の何者かだ。


「彼は──」

「待て」


 視線をクロエから逸らす事なく、紹介しようとしたソフィアを青年は止めた。

 低く、しかしよく響く声だ。聞いている者を自然と心地よくさせるようなこの音域は──そう、親友によると『バリトン』と呼ばれるそれである。


「……」

「うん?」


 無言のまま、青年はクロエに対して、利き手と思われる右手を差し出してくる。

 不思議に思い顔を見つめれば、ずっと鋭いままの目付きが。次いでソフィアへと移せば、彼女はそれが何かを理解しているようで困ったように笑みを浮かべられた。


「……」


 結局、握手に応じるしか選択肢はないらしい。

 疑問に思いながらもクロエ右手を伸ばし、青年の握手に応じて───


「……ッ!?」


 ──瞬間、クロエの右手は万力のような力で握りしめられた。


 全身を駆け巡る、恐ろしい寒気と圧力。

 それから瞬きにも満たないほどの時間が経ち、青年の腕からクロエの腕へ、黒い正体不明の魔力が移ってくる。

 蛇のようにも、それより巨大な生物のようにも見えるそれ。


 おそらくこのまま放っておけば脳を食い破られる。

 そう思ってしまう程の力強さを黒い魔力は持っていた。


 瘴気を纏っているように思える外見は不気味の一言だ。更に言えば、視界の端で青年の瞳が大きく開かれている事実がそれを更に加速させていた。 

 本能的な恐怖を覚えたクロエは咄嗟に意識を総動員して。


「──まぁ、そう焦るなよ」


 笑みを浮かべ、力強く青年の手を握り返した。


 腕を駆け巡る魔力に対しこちらも魔力で干渉。ただしいつものように水元素に染まった代物ではなく、もっと純粋な色の付いていない状態の魔力を使用する。

 本来、色の付いていない魔法は意味がないのだが、相手からこちらに干渉してきているのなら話は別だ。


 黒い魔力に透明な魔力をぶつけ、込められた属性を中和。

 瞬時に色を失い、透明となった青年の──既にクロエのものとなった魔力を使用し、そのまま魔法を発動した。


「『我らの水面よ』『反転せよ』──『水連心廊クロイスター沈静クールダウン』」


 精神を落ち着かせる『沈静』の魔法を発動。青年が行ったのと同じ様にして、クロエの青色の魔力が腕を伝い青年へと及ぶ。

 

「……!」


 瞬間、それを察知したらしい青年はクロエの腕を払った。この魔法は効力を発揮させたい該当箇所に魔力が届かなければ効果は発揮されない。故に、無意味となった魔力の塊は、行き先を失い空中で霧散。


 青年は獣の様な反射速度で一歩下がると、腰を落とした状態で静止した。これも恐らくは本能による反射のはずだ。非常事態が起きた時、咄嗟に体が動きやすい形を取る。そういう生物はごまんといる。


「──フーーーー……」


 細く、長い息を零し、それを十秒ほど続けて、青年はゆっくりと気を落ち着かせた。


「──俺の『威嚇』に対し、真っ向から打ち破ったのが今まで五人」


 戦闘態勢を解除し、しかし力強い蛇のような視線をクロエに送ったまま、青年は話し始める。


「外へ魔力を逃がしたのが一人、即座に振り払って槍を抜いたのが一人、最初から魔法で体を固めていた故に魔力を通さなかったのが一人」


 と、そこで青年はソフィアへ視線を移した。


「何もせず涼しい顔で耐えきったのが一人」


 そして、クロエへ。


「──魔力を中和し、魔法でこちら側へ干渉しようとしたのが一人」

「……」

「反撃してきたのはお前で二人目だ。やるな、お前」

「そりゃどーも」


 右手に少しクロエの魔力残滓が残っていたのか、それを払うように魔力を滾らせながら話す青年。

 淡々とした口調だが内容は褒めているため、一応返事はしておいた。


「んで、いきなりどういうつもりだ? 攻撃の意図はないようだが……『威嚇』だか意味わからない事言ってたな」

「誇り高きはまず最初に相手の力量を測る。それが挨拶代わりの『威嚇』だ」

「ん、いや分からん。危うく食い殺されそうだったんだが……」

「本気で食い殺す気はない。そもそも普通の相手ならばもう少し濃度の薄い魔力を使うが──お前の事はソフィアから聞いていた。だからこれでも大丈夫と判断したまでだ」


 違う。何かズレている。

 

 そんな事を思いながら青年を見れば、鋭い視線が返ってくる。怒っているかのように思える眼つきはどうやら天然のものらしい。

 そもそも竜とはなんだとか、こんなところで威嚇してくるなとか、様々な感想が浮かんでくる。どうしたものかと首に手を当てていると、少し楽しそうなソフィアが一歩前へ出てきた。


「会長サマみたいな事してくるのな」

「心外ですね。私はここまで蛮族ではありませんよ」

「似たようなもんだろ」


 感想をそのまま呟けば、表情はそのままに、しかし口ぶりは不満そうにソフィアが口を挟んでくる。

 クロエにしてみれば、凶悪な『本能』があるとはいえ調査を装い戦闘を仕掛けてきた彼女も同類だ。言葉遣いの違いだけでやっている事は何も変わらない。


「で、誰なんだコイツ」

「それは私が説明しましょう」


 ソフィアは微笑みを携えて、手を青年の方へ出しながら、続けた。


「──彼は、決闘遊戯執行委員会が一人、『執行官リヴァイルノート』第三席、『粛清卿しゅくせいきょう』、リヴィドランです」

「ヴィドラで構わない。よろしく頼む」

「……ハッ、『執行官リヴァイルノート』だと? またとんでもねえのが出てきたな」

「おや、知っていたのですか?」

「あぁ。授業でな」


 青年──ヴィドラの正体を知り、クロエはソフィアに続き現れたビックネームに、思わず乾いた笑みを浮かべる。

 執行官。それは、この国における頂点の一つといっても過言ではない。それこそ『現代の神話』たるソフィア・フェンタグラムに勝るとも劣らない格と権力を持つ、最大の神話の守り手だ。


 しかも、『第三席』。

 執行官とは席次の数字が小さくなるほど実力と実績の総合値が高くなると聞いているが、ならばヴィドラはその中でも三番目に優れた人物だという事になる。


 クロエが『常識学び直し中』という事もあってか、執行官という概念を知ってはいても、個々人の素性までは知らない。

 当然、ヴィドラについても知識はないのだ。


「クロエ・アリアンロッドだ。クロエで構わない。よろしくな、第三席サマ」

「ルシェリア王国アリアンロッド家の次男だな。この前記憶喪失で帰ってきたと噂の。……別に構わんが、どうして名前で呼ばない」

「そっちの方がおもしれえだろ」

「……クク、お前もお前で変な奴だ」


 適当に返事をしたが、どうやらヴィドラのお気に召したらしい。天然の鋭い視線は変わらないが、口元が少し緩んでいた。


「『執行官』って専用の服があるって聞いてるが、着なくていいのか? マギスティアって関係者以外立ち入り禁止だったと思うが、着ないと関係者だって証明できねえだろ」

「今日は非番だ。仕事がないのだからオシャレぐらいはして構わんだろう──オシャレはマストだからな」


 白い服の首元を少し引っ張り、ヴィドラは淡々と言った。

 『オシャレぐらいは』という言葉の通り、確かに黒と白のコントラストは彼に似合っている。


「今日の俺は『執行官』というよりも、どちらかといえばソフィアに招かれた客人という立場だ。それに俺はここの卒業生でもあってな。警備の人間とは知り合いだ。顔を隠さなければ大体通れる」

「へぇ……」


 少しズルっぽくも思えるが、卒業生でもあり『執行官』でもある彼は、学校の人間にはそれなりに有名なのだろう。

 ただ、ソフィアのように被り物をしていないところを見ると、彼女ほどの知名度はないらしい。それか素性があまり知られていないのだろう。少なくとも、平然と学校を歩ける程度であるようだ。


「彼は私がお誘いしたんです。面白い決闘遊戯が見れると」

「後は監視だ」

「監視?」

「あぁ。ふざけた同僚が、しっかり仕事をするかどうかのな」


 親指で魔法レンズを指せば、クロエはその意図を理解する。

 『決闘遊戯』の執行は必ず『執行官』が動員される。同僚とはその執行官の事であり、その人物は仕事の態度に難がある人物なのだろう。


「こう見えてヴィドラは仕事に対しては真面目なんですよ」

「くだらない事をして『執行官』の位を下げないか心配しているだけだ。威厳が無くなれば大抵の地位など崩壊する。そうなれば後進に顔向けが出来ん」

「真面目だな」

「それと『執行官』は羽振りが良い。何かあったら俺が困る」

「それもある意味真面目だな」


 一瞬良い事を言っている気がしたが、すぐに瓦解した。ただしいっそ清々しいのである意味好印象だ。それに、金が大事だという考えはよく理解できる。


「ってか、さっきから思ってたが『竜』って何の事だ?」


 そも、『竜種』とは特別な存在である。

 天を舞い、生まれ以て宿した属性元素によるブレスを吐き、他の生物を蹂躙する最強の存在。寿命とあまりに強力な力故、生殖能力が弱いとされている。


 当然の如く人の形はしていないしそもそも人語は喋らない。『竜』だと名乗るヴィドラだが、どういう意味なのかさっぱり分からなかった。


「……説明したいところではあるのですが、これには色々と複雑な事情がございまして。生憎ですが話せません」

「複雑にしているのはお前たち国の上層部だろう。単純に俺は『人』であり『竜』であるというだけだ」

「混血って事か?」

「否、どちらでもある」

「めんどいな……まぁいいけど」


 少し気になったから聞いただけで、話せないというのなら無理して聞きだす事でもない。しかも『国』なんて単語が出てきた。どうやらヴィドラの正体は国の上層部も関わっているらしい。流石にそこまで面倒事に巻き込まれるのは御免である。


 だが、少なくとも先ほど握手の際に使っていた魔力は、竜に関係する代物なのだろう。となればあの圧倒的な雰囲気と瘴気にも説明はつく。

 竜とは常に常識外にいる存在だ。


「とにかくだ。ソフィアが『面白い』といったのは間違いではなかった。咄嗟の判断力、コイツと同じ気持ちの悪いほどの察知力、そして凶悪な『本能』。一先ずお前を認めよう、クロエ・アリアンロッド」

「そりゃどうも。アンタも流石『執行官』サマだな」

「──お二人とも」


 言葉を投げ合う二人に、ソフィアは空気を切り裂くような声色を作り、割り込んできた。二人の視線が自分に集まったのを確認すれば、彼女はそのまま観戦室の前扉の方へ。

 自然と二人もそちらを向けば、ちょうど扉が開き、そこから男が入ってきた。


 黒い服を着た、学生とは呼べない年齢の男性である。


「委員会の方が来ました。そろそろ開始という事でしょう」

「もうそんな時間か」

「それなりに話していましたからね」


 開始時刻と共に魔法レンズは起動され、聖域の様子を映し始める事になっている。だからこそ委員会の男性が入ってきたのだ。

 それは他の観戦者も分かっているようで、ざわめいていた観戦室は一瞬にして静寂に包まれた。


 男性は少しの間、手に持った時計を見つめていたが、すぐに顔を上げて観戦室を見渡した。


『──時間になりました』


 小さな声だが、妙に響く。

 恐らくは風元素魔法か何かを利用して声を拡散しているのだろう。


 そんな、気抜けた思考は次の一言で吹き飛んだ。


『が、まだ決闘者であるティトピア・ヴァルステリオンさんが『聖域』へ到着していないという情報が入りました。そのため、開始時刻を五分遅らせます』

「……あ?」

『この五分の間にヴァルステリオンさんが到着されなかった場合──不戦勝という事になり、即座にロッドプレント様の勝利が確定致します。ご了承ください』


「……………………は?」


 ざわめく観戦室。

 波紋のように広がる動揺。


 疑問符が脳内で止まらない。意味が理解できない。

 だが、クロエの精神が、『本能』が、その動揺を許さない。


 一体何が起きたのかを、すぐに理解した。


「……ハマったな」

「何がだ」

「『罠』にだ」


 主語のない言葉にヴィドラが反応を示し、更に主語のない言葉を続ける。

 当然彼は困惑したように目を細めるが、それにクロエがまともに対応する余裕はなかった。


 忠告はした。

 対策もしたと言っていた。

 内容は分からない。どういう状況かも、詳しくは分からない。


 だが、確実な事が一つあった。


「──ハマったんだ・・・・・・アイツ・・・


 内容は分からないがティトピアは妨害を受けており、だからこそ『聖域』にたどり着いていない。

 忠告は無駄となった。

 ミセリア・ロッドプレントは、一枚上手だったのだ。

 

「ほう、ヴァルステリオンの皇女は罠にかかったのか?」

「……あぁ、十中八九な」

「そうか──それも『決闘遊戯』の醍醐味だ」


 いい加減立っている事に飽きたのか、ヴィドラは再び椅子に腰を下ろした。そのまま空いている椅子の背もたれにもかかるように手を置き、腿の上に膝を曲げた状態で足を乗せながら言葉を続けた。


「決闘『遊戯』とは言うが、これは全くもって『遊び』ではない。今となっては当人同士の争いも増えたが、数年前まで『決闘遊戯』とは───金と力を求めて暗躍を繰り返す魑魅魍魎の『代理戦争』だった」

「……」

「直接関わりを持てない貴族などの親が子供を動かし、望む物を手に入れようと画策する。暗躍し、策を講じ、血で血を洗う『代理戦争』。だが歯止めが効かず暴走した貴族がいてな。とある事件があったからこそ、『家にまで影響が及ぶ報酬は禁止』という規則が出来たのだ」


 ヴィドラの瞳が、更に一際輝いているように見える。


「だが、暗躍そのものが禁止になった訳ではない。番外戦術は推奨はされないが、委員会としては黙認する方針だ。どうせ貴族など汚職まみれなのだからな」

「ヴィドラ。口が過ぎますよ」

「構わんだろう。誰も聞いてなどいない」


 ソフィアがため息をつきながら制止するが、ヴィドラに止める気はないようだ。むしろ笑みを浮かべ始める始末。

 普通に言っちゃいけない事まで喋っているが、その程度で彼は止まらないらしい。


「一人でどうしようも出来ないというのなら、他人へ協力を仰げば良かっただけの事。それがヴァルステリオンの皇女は出来なかった。残酷だが───これは遊びではないのだ。」

「……そぉだな」


 粛々と告げるヴィドラの言葉に対し、クロエも静かに同意を示して頷いた。


「参加すら出来ないのなら、その程度だったというだけだ」

「なんにせよ」


 彼と同じく椅子に座れば、後に続くようにしてソフィアが流麗な仕草で座る。

 クロエ、ソフィア、ヴィドラの順で座った彼らは、観戦室を視界に収めつつ、魔法レンズを見つめた。


「───運命はあと五分の間に決まります。それまでは、待ちましょう」


 彼女の言葉に無言で頷く。

 脳裏に過る『親友』の記憶とティトピアが重なる、その感覚を振り払いながら。


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