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第十話『決闘遊戯執行委員会』

 

 ──『聖域』。


 それは、このオルティス公国においては『茶会神話』の中心地を表す言葉だ。即ち、二国間戦争の終結時、平和条約が結ばれた場である。


 マギスティア寄宿学校の敷地内にある『聖域前広場』を超え、『聖堂』に入り、更にその奥に存在する門を潜らなければたどり着く事すら出来ない領域。

 当然入り口には警備が配置され、許可された者以外何人たりとも通る事は出来ない。


 完全なる隔離空間にして、この国において最も重要視される特別な場所。

 それこそが、『聖域』である。


「ふんふんふ~ん」

「おや、ロア。ご機嫌だねー……?」


 鼻歌を奏でながら道を先導するロアに、リアは白衣で口元を隠しながら尋ねる。


「ふふん。そりゃ当然だよ! ──やっっっとアイツをぶっ飛ばせるんだから!」


 怒気と歓喜が入り混じった声を上げ、ロアは拳を頭上に突き出し笑みを浮かべた。

 ついに晩年の願いが叶うかのような大袈裟な表現にリアは少し呆れたように笑うが、もう十年以上双子として過ごしていればもう慣れたものだ。というか、気持は理解できない訳でもない。感情の色は違うにせよ、『やっと』という思いは同じだからだ。


(今回の『決闘遊戯』で勝てば強い後ろ盾が手に入るー……)


 自分を奮起させるロアを適当に相手しつつ、リアは現在の状況について思考を回す。


 二人が勝った場合、リアが調節得る『報酬』は大きく分けて二つ。

 一つ目は、『ティトピア・ヴァルステリオンからの支援』である。『決闘遊戯』の性質上、相手の背後に存在する家にまでは影響を与える事は出来ないが、それでもいずれ皇族として権力を得る事が確定している相手から支援を受けられるのは途轍もなく大きな事だ。


 いくら女性皇族だとしても、リアという一人の人間が自由に研究できるだけの支援を行う事は造作もない。むしろお釣りがくるぐらいなのだ。


 そして、もう一つ。


 ──強力な協力者パートナーも手に入る。


 クロエ・アリアンロッド。

 一年前に行方不明になり、最近帰還した謎多き少年。以前はそうでもなかったようだが現在においての実力は折り紙付きであり、また思考能力もかなり高い。


 他人に臆する事の無い自我の強さ、誰とでも一定以上のコミュニケーションを取れる社交性。こういう人物は手元に置く事が最も難しいが、今回リアとクロエは『約束』を結んでいる。

 即ち、決闘遊戯にロッドプレントが勝てば協力者となる約束を。代償としてリアも彼の『目的』に付き合う事になるが、それは想定の範囲内である。


 所詮口約束だが、相手の印象は悪くないようだった。それに相手にもリアが協力するというメリットがある以上、そう簡単に反故にする事はないだろう。

 むしろ、契約書などを取り出して雁字搦めにしようとしていたら、断られていた可能性すらありそうだ。あの手のタイプは自由を好む傾向にある。


「『聖域前広場』に辿り着く前に、疲れないようにね」

「大丈夫だよお姉ちゃん! アタシ快眠だったでしょ!」

「そうだけどー」


 跳ねたりステップを刻みながら歩くロアを思わず咎めるが、どこ吹く風のようだ。


 二人がいま歩いているのは、聖域前広場に続く道である。

 この日、『決闘遊戯』が行われる日は聖域及び聖域前広場に近づく事は禁止されているため、他に人はいない。故にロアもこうして自由に出来ているのだ。


 そうして二人で会話をしながら歩く事十分ほど──二人は、そこへたどり着いた。


「……!」


 一目で分かる。ここから先は、本来人が入る事の無い『聖域』であるのだと。


 一本道の通路を超えた先、円形に広がる広場に足を踏み入れようとした瞬間気づく。そこから先の地面が、見る者全てを浄化する様な白に染まっている事に。

 思わず覗き込めばまるで鏡のように空を反射していた。もし雨でも降ろうものなら本物の鏡になってしまうのではないだろうか。


 そして、円形の広場の中心に部分には、帽子、剣、杖──マギスティアの三柱の模様が刻まれている。だが傷はない。まるで地面の下から刻んだように、違和感がないのだ。


 現在の技術ではこんな精巧な模様は作れないため、恐らくは魔法で刻まれたものなのだろう。

 考えられるのは『土魔法』だが、使い手であるロア、そしてロアを隣でずっと見て来たリアさえも分かる。


 『こんなに卓越した土魔法は、ありえない』。


 一体どんな方法、どんな魔法を使えばこんなに傷も違和感もなく刻めるのだろうか。どれほどの時間がかかってどれほどの魔力量と質があれば可能なのだろうか。

 それすら、二人には理解できなかった。


 そしてその奥、円形の地面の端から伸びる細い道の先にある、まるで教会のような長方形で扉の無い入り口。視界の端まで広がるような横幅を持つ部分こそ、恐らくは建物の本体だろう。


 『聖域前広場』、『聖堂』。

 まだ最奥にすら到達していないというのに、二人は内から湧き出る感嘆を抑えられなかった。


「おはようございます」


 導かれる様にして広場を歩き、門へ近づけば、端に立っていた人物が声をかけてくる。

 地面に描かれたマギスティアの三柱の模様を肩に刻んだ純白の甲冑を着こみ、顔を隠し、槍を持ちながら頭を下げたその人物。彼は、マギスティア寄宿学校に所属する騎士である。


 聖堂の前に立っているという事は、つまり入り口を守護する警備の一人という訳だ。


「本日『決闘遊戯』を行われます、ミセロア・ロッドプレント様と、ミセリア・ロッドプレント様ですね?」

「そ、そうです!」

「余裕をもってお越し頂けました事、感謝いたします。中で委員会・・・の者が待っておりますので、私の後に付いて来てください」


 言い終え、扉のない門のほうへ向かう騎士に、二人は付いて行く。


 大理石の通路を、靴と騎士の鎧の音だけが木霊する。騎士の後ろを歩いているロアは、四方が白だけで構成された空間が珍しいらしく口を開けながら見回していた。


 そうして長い廊下を歩く事数分──突如として視界が開け、終着点に辿り着いた。


 大理石で出来た巨大な空間だ。


 四角形の壁のうち、左右中央からは滝のように水が流れ、床の下を満たしている。いつか溢れてしまいそうに感じるが、何かしらの魔法具で循環でもさせているのだろうか。

 ふと天井を見上げれば、シャンデリアに似た光源が部屋を照らしている。直視しているのに眩しくなく、しかしその中央の光源だけで部屋全体が明るくなっていた。


 そして空間を満たす水の上に浮かぶようにして、巨大な円形にして大理石の地面が中央に存在している。広場よりもよりシンプルで滑らかな地面だ。


「──ようこそお越しくださいました」


 中央に立つ、黒い衣服に身を包んだ男性と、その隣に寄り添う書類の束を持った女性。

 彼らはリアたちが部屋へ入ってきたのを確認すると、そのままゆっくりと頭を下げた。


「ご苦労様。持ち場へ戻りなさい」

「はっ。後の事はよろしくお願い致します」


 男が案内をしてきた騎士へ命令を下せば、彼はそれを拒む事なく了承。最後にリアたちへ一度頭を下げれば、通って来た通路を戻っていった。


 黒服の男と騎士。

 一瞬の会話だったが、そこには絶対的な上下関係が存在しているように思えた。マギスティア寄宿学校の騎士といえば、この国に在籍している騎士の中でもかなり上位の位を持つはずである。そんな彼が敬語を使い、命令に従う存在。


「あ……」


 と、ロアが小さな声を漏らした。


 それに反応する様にして、黒服の男はこちらへ視線を送ってくる。


 上下に身に着けた黒い服は、一切の装飾がなく動きやすさを追求したような造りだ。首元までかっちりとボタンを閉めたその装いからは隙をまるで感じない。

 服がシンプルであるほど本人のスタイルが大事になってくるが、彼はその点心配がいらない。服を見事に着こなす背丈はとても高く、恐らくは3,6(180)メルチ(cm)半ばを超えているだろう。


 翡翠色の瞳は少し優し気だが、今は真面目な場である事が影響してか少し鋭い。金と茶色を混ぜた様な小麦色の髪は肩程まで伸びており、裏側にはもう一色、瞳と同じ翡翠色の髪が入っていた。

 そして何より特徴的なのは──


「狐だ!」


 ───頭の上に生えている大きな耳と、腰辺りから生えているふわっとした尻尾である。


 彼はロアの言葉に反応し、八重歯の鋭い口を開く。


「違うよ。狼だよ!」


 と、両手の爪を立てながら言い放つと、すぐに姿勢を正し胸の前に手を添えた。


「──で、お馴染み。オルティス公国が誇る『決闘遊戯』を運営致します『決闘遊戯執行委員会』が一人、『執行官リヴァイルノート』第五席、『千狼せんろう』バルザメイト・ディン・ファウラウスです」


 人懐っこい笑みを浮かべ、ウィンクを一発。


「以後、お見知りおきを」


~~~~~~~~~~~~~~~~


 『決闘遊戯けっとうゆうぎ執行委員会しっこういいんかい』。


 それはマギスティア寄宿学校で行われる代表的行事の一つ、『決闘遊戯』の司会進行運営を執り行い、同時に『茶会神話』を守護するオルティス公国直属の組織である。

 国の直属であり、彼らに上位機関は存在しない。


 『決闘遊戯』の全てを担う組織であり、故に求められる能力は多岐にわたる。戦闘能力、事務能力、対人交渉技能──その他場合によって様々な力は必要とされるため、仮に志したとしても入れる人材はほんの一握りだ。


 所謂子供から老人にまで人気な『花形』職業であり、オルティス公国に生まれた人間ならば一度は執行委員会を目指すと言われている。


 定期的に募集はされているが、倍率は数百倍。 

 その上条件が厳しく、採用されるのは基本的に成人を迎え、マギスティアを始めとした格式高い学校を卒業した人物が求められ、更に実技試験と魔法試験、座学試験が課せられる。未熟な者は一次審査すら通過できない。


 白いインナーに黒い上着、下半身は男性なら黒いズボン、女性なら黒いスカート。そして両手に嵌めている黒い手袋。これらは執行委員会の指定服だ。

 

 胸元の紋章に編まれた白い花は、オルティス公国の国花である『エーデルワイス』。

 これこそ指定服を纏う者が『執行委員』である証拠であり、この国において数十人しか背負う事の許されない『希望』の花である。

 

 ──だが、通常の委員には上位の『位』が存在する。


 『決闘遊戯執行委員会』における頂点。

 『茶会神話』を守護する番人。

 この国において貴族を除く全員よりも高い地位と強い権力。

 国民だけではなく他国の人間からも羨望と畏怖の念を集める、『オルティス公国』を代表する存在の一角。


 『決闘遊戯執行人』──通称『執行官リヴァイルノート』。


 数十人いる執行委員のうち、上位七席の人間達。

 多種多様な能力に長けたオルティスの最高戦力である。


 第五席のバルザメイトが『千狼』と呼ばれているように、全員何かしらの二つ名を所持しているのも特徴の一つだ。

 中には本名を明かしていない執行官もいるらしく、異名しか情報がない事もある。


 守られる民草からは尊敬と信頼を集め、反対に犯罪者からは恐怖と畏怖を集める存在。


 それこそがオルティス公国の誇る『執行官リヴァイルノート』だ。


「──という訳で、一応説明しておくと僕は狐ではなく、狼系の獣人ライカンスロープです」


 第五席『千狼』、バルザメイト・ディン・ファウラウス。

 彼は獣人族と呼ばれる、人間族と酷似した種族の一員だ。


 かつては人間族との違いに、エルフ共々迫害を受けた過去もあったようだが、異種族への理解と交流が進んだ現在においては、類似した動物の力を有する獣人は重宝されている。


 曰く、『獣の神に愛された人間たち』。

 人間の体に動物と酷似した耳と尻尾を始めとした身体的特徴を持っており、様々種類は存在するが、彼はその中でも『タテガミオオカミ』と呼ばれる種類の獣人である。故にバルザメイトは狼の如き嗅覚、爪、耳、尻尾などを持っているのだ。

  

 タテガミオオカミとは体毛が狐色の狼であり、文字通りキツネのような外見をしている。

 故にキツネと間違われる事が多いのだが、彼はそれを逆手に取り、『狐じゃないよ! 狼だよ!』という挨拶を自分のキャッチフレーズにしている。


 執行官である彼は、高い地位を持ち人柄も良く、当然の如く人々から人気を集めており、更にこの挨拶が影響してか特に子供たちから絶大な支持を得ている。

 甘いマスクと馴染みやすい挨拶。現在二十四歳であり、若干十九歳という若さで執行官の地位についた彼は、オルティス公国において執行官のマスコット的な立ち位置にいるのだ。


「まぁローヴデリア出身のお二方に言っても仕方ないですがね!」

「はい! 小さい頃からバルザメイトさんのお名前は知ってますから!」

「かの『千狼』を知らないローヴデリア人はいませんよー……」


 破顔するバルザメイトに、同じく二人も微笑む。

 彼はローヴデリアの出身であり、祖国においてもその名は轟いているため、辺境伯の娘である二人は当然知っているのだ。


「バルザメイト様」

「なにエリザ痛ったいよ!?」


 リアたちと会話するバルザメイトの隣に控えていた女性が近づき、彼の脛あたりを蹴った。どうやら音的にもそれなりに力が籠っていたようで、悶絶とまではいかなかったが、バルザメイトはそれなりに大きな声を出してしまう。


「──態度が軽すぎです。ここは既に聖堂の中ですよ」


 蹴りを繰り出したせいでズレた眼鏡を直し、鋭い眼つきをバルザメイトへ向ける女性。彼と同じく黒い指定服を着ているが、紋章がない事を考えると委員会の人間かつ彼の部下なのだろう。


「いやいや、愛想良くするのは大切だから……」

「軽薄な行動は慎んでください。愛想を気にするのは外でお願いします」


 脛あたりを擦るバルザメイトの言葉を一刀両断。涙目になる彼を尻目に、女性はリアたちの方へ向き直れば、笑顔を浮かべた。


「突然申し訳ございませんでした。──私は『執行官リヴァイルノート』、バルザメイトの部下。決闘遊戯執行委員のエリザ・ラルフォルクと申します」


 手に持った文書を後ろ手に隠し、もう片方の手を胸に当てながら頭を下げる女性──エリザ。

 どうやら真面目な性格の様で、おそらく愛想がいいが暴走する事もあるバルザメイトのバランスを取っているのだろう。その証拠に彼が話している最中に止めるのではなく、一応切ってから止めるなどの配慮を見せていた。


「本日の『決闘遊戯』は私たち二人が運営を担当致します。関係者以外は立ち入り禁止という規則上を守って下さり、使用人の方もいなくて不便でしょうから、何かありましたら遠慮なくお申し付けください」

「はい!」

「いまのところは大丈夫ですー」


 使用人顔負けの丁寧な接し方である。リアたちが貴族ではなく、そういう対応に慣れていない平民ならば身を縮こませていただろう。

 二人の返事を聞くと、エリザは頷き、高級品である懐中時計を取り出すと時間を確認した。流石の決闘遊戯執行委員会の人間ともなれば時計ぐらいは持っているようだ。


「──開始時刻まであと二十分程度ですね」


 懐中時計を仕舞い、彼女は再び二人へ視線を戻す。


「挨拶は終わりましたので、開始時間までは自由にしていただいて構いません。何分『聖域』に近い場所で殆どなにもございませんが、休憩できる机と椅子程度ならば用意もございます」

「分かりました」

「無論、こちらのバルザメイトと会話をして頂いてもかまいません。完璧かつ丁寧な対応をお約束いたします」

「完璧かつ丁寧に対応します」


 人差し指と中指を立てながらオウム返しのように同じ言葉を唱えるバルザメイトに、エルザの蹴りが再び飛んだ。

 だが一度見た技は受けないとばかりに横にスライドしてそれを交わすと、視線をリアたちに固定したまま笑みを浮かべる。


「まぁ、寛いでいてください。ティトピア様はまだ来られないようですし。何か質問でもあれば答えますよ。プライベートすぎるとちょっと遠慮するかもですけど」


 少し冗談を交えつつ、こちらの緊張をほぐしてくれた。すこしふざけているが気遣いを含んだ行動である事はエルザも理解したようで、もう一度飛んだ蹴りは本当に軽いものである。バルザメイトも今度は避けずに受けていた。


 なぜ蹴りが前提になっているかは分からないが、リアは空気の読める女である。

 ロアは何も考えていないようだ。


「では、少し雑談でもしませんか」

「賛成! アタシ、バルザメイト様に聞きたい事があるんです!」

「構いませんよ。では、ティトピア様が来るまで座りながら話しましょう」

「ええ、そうですねぇ」


 バルザメイトの言葉に、リアは自然と頬が緩むのを感じる。

 偉大なる執行官様と会話ができるから? 『決闘』前に肩の力を抜く機会が得られたから? 否、どれも正確ではない。この笑みはもっと、複雑な理由の代物だ。


ティトピア・・・・・くんが来るまで・・・・・・・ゆっくり・・・・お話ししましょう・・・・・・・・ー……」


 ───早く寮を出ると語っていたティトピアが、まだ『聖堂』に辿り着いていないという不自然な事実に、リアは白衣で口を隠しながら笑みを浮かべた。


次回をもお楽しみいただけたら幸いです。

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