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第九話『貴族と神話と竜』


 ───『決闘遊戯』当日、休日である天曜のマギスティアは、喧噪に包まれていた。


 歓楽街へ向かう生徒、実家が近い故に帰省する生徒──そして、『決闘遊戯』を見るため観戦室へいく生徒。

 その誰もが明確な目的を持っているという点では共通していたが、熱量は同じでは無かった。


「……」


 そして、クロエをその三つに分類するのなら、最後の観戦室へ行く生徒だった。身動きを取れない程ではないが、流れが出来ている人の波に逆らわないようにして歩いていく。

 服装は制服のままだ。学校外へ出かける生徒は私服だが、校舎の中は休日であっても制服の着用が義務付けられているからである。


 クロエの友人たちも今日は観戦をする者が多いようで、当然一緒に観戦しないかと誘われたのだが、それは断った。

 リアとティトピア、二人との約束があり、正直他人と会話をしながら観戦をする気分ではない。普通、決闘遊戯は『遊戯』という名の通り見て楽しむものだが、クロエと当事者たちにとっては本物の『決闘』だ。


「───ん?」


 そうして、生徒たちの波に呑まれながら観戦室へ向かう際中。


 歩いている生徒たちは、友人との会話や目的地へ向かうのに夢中だ。

 だからこそ、気づかない──道の端で、困ったように手の中の道具を動かしている生徒に。


「えっと、これ、どうすればっ……」

「……どうした、大丈夫か?」

「えっ」


 人の波から抜け出し、少し駆け足になりながらそこへ。

 突然話しかけられた生徒は驚いたように身を震わせ、急に視線を向けてきた。


 ──緑色の短い髪をした、中性的な少年だ。

 身に纏うのは制服で、つまりクロエと同様に観戦室へ向かう生徒だろう。顔立ちは見るからに幼く、背丈や聞こえてきた声からも中等部だという事がわかる。


 気の弱そうな平凡な少年だという印象を受けるが、唯一特徴的なのは──耳についた、イヤリングだ。


(……コイツ、どこかで)


 脳裏に一筋の疑問が過るが、すぐに答えが出なかったという事はそこまで大した事ではないのだろう。

 そう判断して、クロエは更に一歩近づき、彼が手に持つ道具を視界に収めた。


 それは、正方形をした掌大の何かだ。灰色の外見はまるで金属のようで、素材ははっきりしないが、どうやら硬い代物らしい。

 表面には無数の黒い溝があって、それらは不思議な文様を形成していた。


「あ、ええっと……」

「この感じ……魔法具か?」

「は、はい」


 更に、微弱ながら滲み出る魔力。そこから導き出される答えは、魔力と魔法を内包した道具──魔法具だ。希少な物ではあるが市場価値はピンキリであり、場合によっては一般生徒も手が出せる。

 目の前の少年が貴族かどうかは知らないが、もし位を持つ家系なら魔法具を持っているのは一般的だ。


「困り事か?」

「まぁ、はい……」


 困っている。ならば、まぁ助けるべきである。

 クロエはティトピアほどお人好しじゃないが、それでも困っている人間を無条件で見捨てるほど腐ってはいない。


 雨の日の兄弟のように少し助けにくい事情などがあるのなら別だが、今は休日で、それに晴れで、更に『決闘遊戯』の開始時間までそれなりに余裕がある。

 ならば、助けようというのがクロエの考えだった。


「見た限り何かを収納するタイプの魔法具か……ちょっと貸してみろ」

「あっ」


 少し観察していて、大体どうすればよいかは把握できた。

 声を漏らす少年を尻目に、クロエは魔法具を取り上げ、素早く魔力を注入していく。


「……ここは右、ここは左……」


 溝に沿って、複雑な文様をなぞる様に、ゆっくりと。

 そうして十秒ほど経過し、やがて全ての溝をクロエの魔力が満たした時、魔法具はカチリッという音を立てて、中央から花弁のように外殻を広げた。


「おっ、出来た」

「っ、こんなに早く……!?」


 解除された魔法具を見て、少年は驚いたように声を上げる。


 その魔法具は、所謂『収納箱』と呼ばれる小さな物体を中に仕舞える魔法具だ。普段は開花した花のような形状をしていて、その中心に仕舞いたい物を置くと、守る様に正方形に変形する。

 最後、表面に魔力の『通り道』を設置すれば鍵がかかる。この『通り道』に特定の方法、道筋などで魔力を流さなければ永遠に中の物を取り出せないのだ。


「仕組みは知っていたからな。それに『通り道』も難しい形じゃなかった。ほらよ」

「わっ、とと」


 中に入っていた物体を落とさないようにして、魔法具を投げ返す。少年は慌てて手を伸ばし、見事にそれを両手で受け止めた。

 

 なぜだかは分からないが、少年の顔は少し不満げだ。まるで予想外の事をされて予定が崩れたような──そんな顔をしている。

 助け方が少し強引だったか、と反省をしながらも、クロエは疑問を投げた。


「……悪い、何か気に障ったか?」

「あ、い、いえ! 大丈夫です」


 しかし、クロエの言葉を聞いた少年はすぐに笑顔を浮かべる。それが若干寂しげに感じるのは恐らくか顔立ちによるものだろう。

 ならば、感じた違和感は間違いだったのかもしれない。


「あ、ありがとうございます」

「気にすんな。それじゃあ俺はいくぜ」


 助ける事は出来た。ならば長話する気もない。少年もあれほど焦っていたのだから、なにかしら急いでいるはずだ。

 故に、クロエは軽く手を振ってその場を去ろうとし──


「あ、あの!」

「うん?」


 大きな声で呼び止められ、ゆっくりと振り向いた。

 少年は少し緊張したように笑みを浮かべている。だが、クロエに呼び止められる理由はないはずだ。既に魔法具は解除されている。


 だからこそ、少し眉を顰めながら少年の言葉を待っていると、彼は魔法具を指差した。


「───『通り道』、簡単でした?」

「……あぁ、まぁ」


 少年が持っていた魔法具の『通り道』は、さほど難しい類ではなかった。設定したのが誰かは分からないが、クロエのように魔法に詳しい人間ならば解除できるだろう。

 だが、知らない一般人に拾われたりした場合には有効なはずだ。逆に言えば魔法の知識が一定以上なければ魔法具は解除できないのだから。


「……そうですか」


 それがどういう意味だったかを、クロエは理解できなかったが。


「ありがとう、ございます。参考になりました・・・・・・・・

「……おう」


 浮かべられた満面の笑みは、少し不気味だった。


~~~~~~~~~~~~~~~


 『観戦室』。

 正式名称を、『決闘遊戯特別観戦室』。


 『決闘遊戯』は、神話になぞらえた神聖な儀式だ。当時から永い月日が流れた現在においてもその威光は衰えておらず、品格

も全くと言って良いほど落ちていない。

 故に、それが行われる『聖地』へ入る事は、決闘を行う当人と関係者以外では禁止されている。


 だが、オルティス公国の民が『決闘遊戯』の観戦をしたいと考えるのは当然だろう。自国の最も知られた神話であり、今も続く伝説なのだから。一目は見たいと思う心は尽きず、また権力者もその願いを拒みはしなかった。


 ───故に、聖地へ入らず『決闘遊戯』を観戦するための方法が開発されたのだ。


 『観戦室』は、簡単に言えば広い教場のような場所だ。

 より多くの生徒が観戦できるようにと普通の机はあまり数はなく、その分、椅子や体重を預けられる身長の高い机が多く設置されている。


 そして、『観戦室』の最たる特徴こそ──部屋の一番前、黒板の位置に設置された、長方形の教場のうち一辺を形成する巨大な魔法具、『魔法レンズ』だ。普段は透明なそれはマギスティアに二個、そして予備の分だけ存在し、それぞれ『観戦室』と『聖地』に置かれている。


 二つの魔法レンズはそれぞれ共鳴し合う性質を持っており、そこにあらかじめ登録された専用の魔力を使用する事で、観戦室に直接聖地の景色を投影できる。

 逆に教室の様子は向こうには投影されないらしい。そこら辺は上手い具合に調整されているようだ。


 これにより、聖地に侵入しないまま『決闘遊戯』のリアルタイムな観戦が可能となった。

 流石にこれほど大規模な魔法具は、開発に時間も金も膨大にかかったようで、魔法レンズの前には魔法による障壁が設置されており、そもそも触れないようになっている。


「──へぇ、これが」


 入口にいた警備の兵士に挨拶をし、重厚なドアを潜った先。

 教室よりも長方形で、まるで神殿のような配置になっている『観戦室』へクロエは入った。


 既に観戦室はかなりの盛況を見せている。入り口からも聞こえてくる熱を帯びた声、興奮のせいか少し乱れた椅子の配列。

 その七割は既に埋まっていて、まるでコロシアムの剣闘士を見る民衆のようだ。


 部屋の端に設置されている窓も、僅かに感じる魔力から考えるに魔防ガラスだ。その上地面に敷き詰められた素材も魔力を帯びていて、この『観戦室』全体がある種の要塞と化している。

 それだけ重要な施設という事だろう。かなり金がかかっている事は、この一瞬で理解できた。


(さてと、どっか適当なところ探すか)


 席は埋まりつつあるとはいえ、まだ余裕はある。

 クロエは周囲を見渡し、それなりに人が少なく、目立ちそうにない所へ向かうべく歩き出した。


「──お待ちください」


 その声は唐突に、しかし明確に、喧騒を切り裂くようにしてクロエの耳を叩いた。

 あの時と一言一句同じ言葉。その鈴を。銀鈴を、クロエは鮮明に覚えている。


 聞くだけで心地の良い声色には迷いはなく、圧倒的な存在感を保ちつつも、威圧感はない。ただ純粋に声を掛けられただけなのに、思考の全てをそちらへ持っていかれた。

 気が付けば、ポケットから両手を取り出していた。これは恐らく凶悪な『本能』が反応を示した結果だろう。


 ゆっくり振り返ろうとし、しかし本能が行動を速めた。

 視線が魔法レンズではなく通路の端へ移り、椅子に座っている一人の少女へ。


「お待ちください、クロエ君」

 

 ──制服と背丈はそのまま。しかし、見る者を圧倒する純白の容姿は、被り物によって遮られていた。

 だがその雰囲気は隠せない。いや、上手く隠せているとは思うが、それでもクロエならば一発で気づいてしまう。


 上品に膝の上に両手を乗せ、大きく姿勢を崩す事もなくこちらへ声を投げた彼女は──昨日、始業前にクロエと一撃を交わし合った、生徒会の少女だ。


 被り物の隙間から僅かに零れた瞳と、口元をこちらに向けて。

 まるで花がいまこの瞬間咲き誇ったように、笑った。


また・・会いましたね・・・・・・

「……ははっ」


 思わず笑いが零れた。

 呆れでも、感心でも、絶望でもない、ただ楽しいという感情が零れた笑い。


「そうだな」


 体の向きを変え、少しずつ彼女の方へ近づいていく。

 周囲の声が嘘のように聞こえないまま、クロエは自分の靴の音だけを聞いていた。


 その僅かな間で頭を回す。第一声、何を言えば彼女へ響くのか。何を言えば最適なのか。目の前のエルフの少女が望む回答は、一体何なのか。


 やがて、一つの言葉を思いついたクロエはゆっくりと口を開いた。


調査は終わったか・・・・・・・・?」


 さぁ、答え合わせの時間だ。

 

「───嗚呼」


 溢れた声。

 果たしてそこに、どれほどの万感が込められているのか、クロエは知らない。だが、少女の瞳が輝いた事だけははっきりと理解した。


「……失礼しました」


 全く気にならなかったが、歓喜と色に満ちたその声を少女自身は下品だと感じたようで、口元を抑えて軽く謝罪をした。

 返事するのも野暮だと思ったクロエはあえて黙っていると、少女は言葉を続ける。


「改めて、クロエ・アリアンロッド君。どうやら『正解』にはたどり着いたようですね」

「あぁ──」


 と、クロエは先日の答え合わせを始める。


「お前は『決闘遊戯』の事情聴取と称し、記憶喪失かつマギスティアに帰ってきたばかりの俺の事を調査していた。実力行使と称して戦闘を仕掛けてきたのも、意味深な事ばかり言っていたのもそのためだ」

「……」

「加えて言えば、今日俺が『決闘遊戯』の観戦に来る事も予想していたし、だからこそあの時名乗りもしなかった。すぐに再開するのだから、その必要はないという訳だよな」

「ご名答、そしてご明察でございます」


 片手を胸に当て、軽く頷く少女。

 どうやらクロエの考えは間違っていなかった上、満足もさせられたようだ。


 自分の思考能力が目の前のエルフに通用した事に、戦闘と同じような高揚感を感じるのは何故だろう。それはきっと、自分と同じ凶悪な『本能』を持つ同士だからであろう。


「貴方の──いえ、クロエ君のご質問に答えるとすれば、調査はたった今終わりました」


 呼び方を言い直したのは、きっと本音で話すという意思表示だろう。最も驚くべきなのは、恐らく『貴方』とまるで言い間違えたような口ぶりも、計算された言葉だという事だ。

 つまり、クロエがその言い直しに気づく事を先読みし、あえて気づかせてきた。


 だが、そんな事は牽制程度に過ぎないのだろう。

 彼女は言葉を一度区切って。


「クロエ・アリアンロッド君。貴方は私の思った、想い描いた通りの『怪物』です。たった今それを確信できた事、非常に嬉しく思います」

「ハッ。天下の『生徒会長』サマにそう思ってもらえるとは、光栄だな」

「おや、知っていたのですか?」

「あぁ」


 少しだけ驚いたように、でも想定外という風に器用な笑みを浮かべるエルフの少女に、同じく薄い笑みを浮かべながらクロエは言葉を続ける。


「アンタ目立つからな。ソフィア・フェンタグラム生徒会長サマ

「──」



 少女──ソフィアは、深い笑みを浮かべた。



 『フェンタグラム』。


 永世中立公国オルティス、フェンタグラム大公家。

 オルティス公国において政治を司る『大公』のうちの一角。

 それは、各国の王族皇族を除いて、おそらく最も有名な一族だ。


 なぜなら、彼らはこの国において『茶会神話』の次に有名な伝説──『フェンタグラム童話』の生き証人であり、現代の伝説であるのだから。


 かつてオルティスを襲った、史上最悪の天災『大魔獣グラム』。

 天使から授かったとされる熾杖剣しじょうけん高貴なる白エーデルワイス』で彼の怪物を討伐し、その結果魔獣の名をもじった家名を与えられたエルフの一族こそ、フェンタグラムなのだ。


 その功績、そしてその後に続くフェンタグラムが平民から大公に上り詰めるまでの逸話を一冊の本にしたのが『フェンタグラム童話』である。


 ──『大魔獣グラム』を討伐した。

 ──平民から大公まで上り詰めた。

 ──閉鎖的なエルフと人間の関係を取り持った。

 ──『茶会神話』の影の功労者。


 彼らの逸話は、おそらく一晩中語っても尽きる事はないだろう。


 そしてソフィア・フェンタグラムとは、その本家本元、由緒正しき後継者である。

 フェンタグラムとはエルフの一族であり、やはり魔法が得意な人間が多い。しかしそんな中、初代と同じく剣術を極め、家宝である『高貴なる白エーデルワイス』を受け継いですぐ、オルティスを襲った他国の盗賊団をたった一人、そして一夜で壊滅させた本物の英傑。


 加えて、この容姿。

 道ですれ違った全ての人間が振り返ってしまうほど恵まれた顔立ち、まるで芸術品が歩き出したような白い肌、神が造形したようなスタイル。


 美男美女が多いとされるエルフにおいても特に美しく、また万芸の才に溢れている。若干十八歳にしてフェンタグラムの正式な後継者に指名され、様々な業界に顔が効き、人望にも溢れる圧倒的なカリスマ。


 『天は人に二物を与えない。ソフィア・フェンタグラムに与えすぎたから』。


 そんな言葉が出来てしまうほど、彼女は羨望と嫉妬を集めている。

 『エルフの剣聖』、『初代フェンタグラムの先祖返り』、『神の子』。

 彼女を賞賛する言葉は数多あれど、やはり最も本人も好み、有名なのはこれだろう。


 ──『最新の神話』。


 『茶会神話』、『聖樹サンドリヨン』に続き、現代を生きる神話。

 ソフィア・フェンタグラムというエルフの少女は、そういう存在なのだ。


「……なるほど、ご友人に聞いたのですね。貴方のコミュニケーション能力ならばご学友には恵まれているでしょうし、私も比較的目立つ容姿をしています。外見の事を言えば、すぐに私の素性程度ならば分かるでしょう」

「察しがいいようで……」


 クロエは半分呆れの籠った息をつく。

 少し驚かせるつもりで言っていたのだが、ソフィアにかかれば僅かな情報でどのようにしてクロエがそれを知ったのかまで丸裸にされるらしい。


「それでは改めて自己紹介を致しましょう」


 流麗な仕草で音もなく立ち上がり、もう少し被り物で深く顔を隠し──しかしクロエには見えるよう絶妙な調整を施しながら、クロエの目の前に立ち、少女は笑う。


 そして一度、腰に付けた剣の柄に両手で触れ、すぐに放し、スカートの両端を摘まんで僅かに頭を下げた。

 ──更に彼女は続ける。今度はもう一度剣の柄に触れ、放し、利き手である右手を胸の位置に、もう片方の手を外側に広げて頭を下げた。


「──オルティス公国、フェンタグラム大公家が長女、ソフィア・フェンタグラムと申します。ここマギスティア寄宿学校においては生徒会執行部『生徒会長』を務めております。以後お見知りおきを」


 その挨拶は、貴族のものと騎士、どちらかといえばこの場合剣士の挨拶を同時に行ったものだ。

 剣の柄に一度触れ、その後離す行為は、獲物から手を離す事で『敵意はありません』という意思を示すもの。二度目の挨拶の時、利き手ではないほうを外側に向けたのも同じ意味である。


 つまりソフィアは、クロエに対し貴族として丁寧な挨拶をしつつも、『武人』として接するという意思表示をしたのだ。


「これがご丁寧にどうも。俺の挨拶は必要か?」

「公式の場ではありませんから、挨拶の焼き回しなど無駄でしょう」

「ひでえ言い草だ。でもま、同意見だな」


 軽い口を叩きつつ、クロエは目の前の少女について改めて考える。


 ──ただ者ではないと思っていたが、予想以上すぎる。『最新の神話』だと? ある意味この国において最強の存在と言っても過言じゃねえ。


 腰に付けている剣──昨日鞘を付けた状態でクロエの拳と衝突寸前まで迫ったそれは、おそらくフェンタグラム童話に存在する、初代が天使より授かったとされる『高貴なる白エーデルワイス』だろう。

 やはり寸前で止めて正解だった。あのまま衝突していれば、そして鞘が万が一外れていれば、何の対策もしていなかったクロエの腕は吹き飛んでいてもおかしくはない。


「……はっ」


 しかし、自然に溢れるのは笑みだった。

 クロエは顔に出る本能を抑えつつ、少し息をついてソフィアの瞳を見つめる。


「残念だ。お互いに、事情がなければ・・・・・・・全力を出せただろうに」

「それは同意致します。──ええ、事情がなければ・・・・・・・……本当に残念です」


 意思の確認をしあう。

 即ち、『立場が関係なくなる場ならば、全力で戦う』という、意思を。


 クロエとしては、言葉を表面的に受け止められても、真意に気づかれてもどちらでもよかった。だが、クロエがソフィアの期待を裏切らなかったように、ソフィアもクロエの期待を裏切らず、汲み取ってくれたようだ。


「……つか、話してて思うがなおさら分かんねえな。なんで昨日はあんな不合理な探り方したんだ? ああしなくてもお前ならもっと良い方法を思いついただろうに」


 例えば、生徒会室に呼び出す。例えば、帰り際を狙うなど。少し考えるだけでも、もっとリスクのない方法は出てくる。

 『常識』の塊のような少女が、意味もなく変な行動をするとは思えなかったのだ。


「簡単です」


 首を僅かに傾け、上目遣いになるように調整をして、ソフィアは笑う。


「──そちらの方が、『面白い』でしょう?」

「……ははっ」


 その言葉にクロエは思わず目を見開いて、彼女の笑みとは対照的な強い笑みを浮かべた。 


なるほど・・・・そういう人種か・・・・・・・


 天才とは、往々にして変人だ。

 自画自賛になるがクロエもそうであり、魔法研究において大人顔負けの成果を出しているリアもそうだ。故に、ソフィア・フェンタグラムも同類ではあると思っていた。


 だがこの瞬間、ソフィアがどのタイプの変人かを、クロエは理解した。

 ──物事の中心、価値判断に『面白さ』を置く人物。


 つまり、彼女の行動は全て面白いかどうかで判断されている。

 クロエにわざわざ人にバレる可能性があった朝の廊下で話しかけてきたのも、職権乱用なのに実力行使を仕掛けてきたのも、彼女のへきなのだ。


「こうしてわざわざ顔を隠しながら観戦に来たのも、それが理由か?」


 顔を隠している理由は,わざわざ言うまでもないだろう。

 ソフィア・フェンタグラムは最新の神話であり、生徒会長であり、人気者であり、有名人だ。そんな彼女が素顔のまま、プライベートの姿を白日の下に晒すような事があれば、彼女の休日は瞬く間に終わってしまうだろう。こうして生徒たちの前に出てくるためにも顔を隠す事は必要なのだ。


「どちらかと言えば義務に近しいですね。昨日クロエ君に言ったとおり、生徒会はマギスティア寄宿学校で行われた『決闘遊戯』に関して詳細を把握する義務がございます。最も義務を果たすだけならば決闘終了後に渡される文書で把握すれば良いのですが……私は原則、多忙でない限りは観戦する事にしているのです」

「仕事熱心なこった」


 つまりソフィアは、大切な休日に、顔を隠すという窮屈な思いをしながら、仕事を行っているという事になる。

 堅苦しい制度や境遇を嫌いクロエにとって、その行動は関心と共に呆れを抱くものだった。


「決して仕事熱心というだけではございませんよ。『決闘遊戯』は毎回、とても魅力的な試合が

くり広げられますから。何より──今回は特別なものとなるでしょう」

「……へぇ、その心は」

「気づいておられるでしょうに……ヴァルステリオン皇国の第二皇女様、そしてローヴデリア魔法王国ロッドプレント辺境伯が誇るロッドプレントの双璧。どちらも名のある方々です。それにこの時期の『決闘遊戯』はとても珍しいですから」


 やはりというべきか、今回の出来事はソフィアが注目するほどの事らしい。廊下ですれ違った教師たちが慌ただしいのもそのせいだろうか。普段より注目度が高いのだろう。


「さて」


 と、ソフィアは言葉を切って、自分の隣の席を手で示した。


「せっかくですから、一緒に観戦などはいかかでしょう。色々と話題も尽きないかと思いますし」

「そりゃありがたいお言葉だな」


 一人で観戦しようと考えていたクロエだが、目の前に興味深い存在がいるとなれば話は別。それに一人で見るよりもこの傑物と意見を交換しながら見た方が有意義だろう。


「んじゃ、甘えさせてもら──」


「──気持ちの悪い会話はもう終わったか?」


 了承し、クロエが頷こうとした直前。

 二人の間に言葉の刃を突き刺し、乱入する者がいた。


「黙って聞いてみれば、ソフィアも青髪のお前も気持ちが悪い。遠慮する場でもないのに、建前と本音を交互に挟んだ会話など面倒なだけだろうに」

「そう考えるのは貴方だけですよ。事実、私たちは楽しんでいましたし」

「下らん。そんな面倒な事をせずとも力さえあれば全てが解決する」


 獣の唸り声のような、低い声。

 それは、ソフィアの隣に顔を伏せた状態で座っていた男のものだ。ずっと視界にはいたが、ソフィアが気にする素振りを見せていなかったので無意識に頭から外していた。


 だが、認識を改める必要がありそうだ。

 男は二人の会話を、解説を挟んだ上で『気持ち悪い』と言っていた。二人のどちらも種明かしなどはしていない。それはつまり、会話の裏に気づけるほどの思考力と、観察眼を持つ人物だという事。


「そう」


 椅子に深く座っていた男の伏せていた顔が、ゆっくりと上がっていく。

 黒く短い髪が目元から外れ、自然と整った形へと変わる。端整だが鋭い顔立ちは少しだけ浮世離れしていた。


 そして。


「力こそが、全てなのだ」


 ──竜の双眸が、ゆっくりと開眼した。


今までは20時前後に投稿していましたが、少し今回から18時前後に早めようと思います。

反応を、見て戻したり更に変更する予定です。

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