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石と誰かの物語

ダイヤもいいけど

作者: 河 美子

石と誰かの物語です。

 今日は参観日。

 長女の瑠璃は昨日から張り切っていた。

「ママ、明日は必ず来てね。私算数得意だから」

「わかったわ。早くお風呂に入って寝なさい」

「はーい」

 でも、風呂上りに実家から長電話がかかってきた。

「お母さん、今そんなこと言ったって」

 父の姉が田舎の家の処分について口をはさんできたらしい。祖父が景気のいい頃に建てた家は広くて柱なども高いものを使っていた。我が家のマンションとはえらい違いだ。

「ママ、髪を乾かして」

「ちょっと待って。自分でやってみて」

「わかった」

 だが、弟の真と遊びに夢中で長い髪を濡らしたまま時間が経った。私も母の泣き言を聞くしかなく子供たちはそのまま寝室に行った。


 朝からくしゃみをする娘。

「ママ、何だか顔がポッポする」

 額に手を当てると、熱があるようだ。

「いやだ、熱ないもん」

「あるわ、測ってみましょう」

「ないない」

 逃げ回る娘。真は嬉しそうについて回る。

 深夜に帰った夫はまだ寝ている。

「瑠璃、早くして。熱があったら学校は休まないと」

「いやだ、今日は参観日だもん。ママ来てくれるって言ったでしょう」

「行くつもりだけど瑠璃が病気だと行けないわ」

「熱ないもん」

 そういいながらしぶしぶ座る娘。熱を測ると37度8分。

「これは休むしかないわ」

「あーん、やだあ。初めての参観日なのに」

「ママも行きたかったわ。でも、熱があったら先生も困るわよ」

 真はお休みお休みと言いながら嬉しそうに跳ね回ってる。姉が休みと聞いて遊んでくれると思ってるようだ。

「パパを起こしてこないと」

 寝室に行くと大いびきで寝ている夫。

「ねえ、瑠璃が熱があるから学校は休まないと」

「うーん、そうか。病院は?」

「今はそれほど高熱じゃないから、薬を飲ませて様子を見るわ」

「わかった」

 とまた寝始める。

「だから、真を幼稚園に連れて行って」

「え? 眠いなあ。真も休んだら?」

「何言ってるのよ。あの子は元気。連れて行って」

「眠いよ」

「じゃ、瑠璃と一緒にいて。私が連れて行くから」

「わかった。布団に入れて僕と寝よう」

 それが聞こえたのか、いやだいやだと泣き出した瑠璃。

「パパといたくない。真はパパと行けばいいじゃない」

「いやだもん」

 真まで夫を嫌がる。

 ふだんはあれほどパパがいいと言ってるのに。今は極悪人のように嫌われている。

「もう、早く起きて」

「僕は今日も仕事あるんだよ。寝ておかないと」

「でも、子どもが病気なのよ」

「熱ぐらいどうってことない」

 すると、瑠璃がそうだそうだとランドセルを背負う。

「熱ぐらいどうってことない。今日は算数だけで終わりだから」

「そんなこと言って」

 だが、そうか、今日は一時間だ。あとは懇談会とPTA総会くらいだ。行かしてみようか。

「じゃ、薬を飲んで。それからお腹にカイロ入れて」

 いいんだろうか。心配だが流感ではない。

 朝食をしっかり食べさせて薬を飲ませる。初めてカイロを持った瑠璃は嬉しそうだ。

「これはお守りみたいなものだから、授業中に出したりしないでね」

「わかった。行ってくる」

「行ってらっしゃい。具合悪そうになったらすぐ病院に連れて行くからね」

「はーい」

 真はパジャマから幼稚園の制服に着替えている。

「あら、お利口ね」

 真を幼稚園の送迎バスに乗せると、参観日に着てほしいといった服を着る。

 やれやれ、こんなピンクのセーターは着ないわね。いつもは黒かダークグリーンの服ばかり。薄情者の夫を置いて学校へと自転車を走らせる。

 一年生の教室は華やかなママたちの化粧のにおいがする。廊下は寒いから中に入ると、瑠璃がカイロを見せびらかしている。

「瑠璃」

 目で怒った顔をして見せるが、一向に効き目がない。みんながいいなあと羨ましがってる。思わず後ろから席に近づき取り上げる。

「元気そうだから預かっておくわ」

「ああ、ママ~」

 なんて甘ったれた声。瑠璃はいつもはしっかり者だと思っていたが、今日はうれしくてのぼせてる。

 算数は頑張って手も上げていたが、いちいち私のほうを向いて得意そうに笑うものだから、保護者もつられて笑ってる。瑠璃ったら。恥ずかしさで消え入りたい。

 熱は薬のせいかすっかり下がっているようだ。

 それでも、いつも朝から『早く早く』と追い立てるばかりだから、瑠璃がこんなに子供らしいところをみることはあまりない。お姉ちゃんでしょと、我慢させることも多い。久しぶりにこんな時間をとれたことはよかったと思う。

 PTA総会まで私もがんばって、一緒に帰る。夫は会社に出かけたようだ。

 机にはメモ。

「朝はごめん。どうしても眠かった。これは昨日買った。結婚記念日のプレゼント」

 忘れていた。

 結婚10年だ。

 スイート10のダイヤではないが、十分うれしい。

 きらきら光るロンドンブルートパーズのペンダント。

 私の誕生日も忘れるくせに、結婚記念日は覚えていたのね。

 私は忘れていたわ。

「ママ、きれいねえ」

「そう」

「結婚記念日ってなあに」

「パパのお嫁さんになった日のことよ」

「うわあ、おめでとう。ママはパパに何を上げるの?」

 そ、そうね。今からワインでも買ってくることにしよう。

 今晩はパパの好きなエビフライでも作るわ。

 


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