情
「なぁ…ミヅキ…。俺は…」
そこまで言いかけた時、ミヅキは俺の手を握ってきた。
「大丈夫ですよ、あなたと、私たちが居れば、どんな苦境も乗り越えられます。今後何か苦労する事があったとしても…私は常にあなたのお傍に居ますから」
ミヅキの優しさが俺の心に深く染み渡るのを感じた。ミヅキと居るこの時間が、ただひたすら愛おしいと感じられた。
それからというもの、俺はミヅキと共に部屋で過ごしていた。時間としては4時間ほどだろうか。時には会話を交わし、時には静かに外を眺めたりしていた。きっとこんな風に過ごせる日はそうそう無いだろう。
それからしばらく進むとどこか見覚えのある風景が見えてきた。あそこが観音崎ならば浦賀水道に入ったのか。帆船が大量に並んであるあの港が横須賀かな。磯子か横浜かはわからないが、大きな街や港が見えるとそろそろ東京かな、などと考えながら見ていた。ミヅキは見知らぬ風景に目を輝かせていた。
「あぁ…ようやく…か…」
俺の知っているコンクリートだらけの風景とは大分かけ離れているが、それでも懐かしい光景が広がっているのを見ると思わず声が出てしまった。見渡す限り木造の建物、木造の船、遠くには馬車のような物も見える。時折レンガ造りの建物も見えるため、時代的には明治時代に少し近いのだろうか。
「俺たちで、日本を…世界を発展させないとな…。どんなに時間がかかっても、俺たちが生きている間にできる限りの事は……。さて、艦橋に行く前に仕事をしている彼女たちにも声を掛けないとな」
ミヅキと共にまずは機関室へと向かい、機関室に居るステファンとエリカを呼び、医務室に居るニーナとアリスとユキナを呼び、格納庫に居るキャロルとケリーを呼ぶと俺たちは艦橋へと向かった。艦橋へ向かうとメリッサとエミリー、それと何人かの乗組員が居た。だが俺たちが来るとその乗組員たちは敬礼をして下へ降りて行った。
「はは…気を遣わせたな…」
彼らに申し訳ない気持ちが湧いたが、気持ちを切り替えて無線を取り出し井上中将に連絡を取る事にした。本来なら帆船で無線は使えないのだが、俺たちが前に作った発電機を使いそれで無線通信を行ってもらっている。
「こちら旗艦鳳翔、清水。井上中将、応答願う」
「あぁ、俺だ。時刻は1710、現在神奈川県川崎市を通過、これから本艦は速度が少し落ちるため、到着までは時間がかかるが、定刻通りの運航となっているため心配はない」
さすが井上中将である。俺の欲しい情報を言ってくれた。
「わかった。ありがとう。…それと、頼みが…あるんですが……」
「どうした?」
「俺とミヅキだけではなく、俺たち家族全員が泊まれる宿はありますか…?」
「せめて夕刻を過ぎなければ良かったのだが、正直…今からじゃ遅い。が、一つ手はある」
「それは…?」
「俺の家に泊まるか?女房も歓迎してくれるだろう。まぁ、家と言っても客人用の離れにはなるが、しばらくそこで過ごせばいい。使用人たちも居るから生活で困った事があれば頼っても構わない」
俺はその提案に勢いよく飛びつきそうになったが堪えた。さすがにそこまでしてもらうのは申し訳ないという気持ちも沸き上がった。
「で、ですがそこまでしてもらうのは…」
「なぁに構わんさ。それに……まぁいい。この話はまただ。とりあえず俺の家にしばらく泊まるといい。軍部や官公庁の人間にもそう伝えておく」
「わかりました。ありがとうございます」
「…今後は俺に敬語はいらん。お前は家族同然だからな。いいな?」
家族…同然、か。その言葉に嬉しくなった。それなら井上中将を父親として接し、暮らすのも悪くない。と甘えそうになったが、それは堪える事にしできる限り邪魔にならないよう暮らすつもりだった。
「わかり…わかった。ありがとう」
俺はそう言って無線を切った。その後、メリッサに向き直りこう告げた。
「とりあえず、俺たちは井上中将の家にしばらく厄介になる事になった。まぁ、色々と互いに迷惑をかけるかもしれないがよろしく頼む」