飛行訓練壱
その後、俺たちは別れて行動を開始した。
まず俺とミヅキは格納庫へと行き、航空機を見ていた。すると、俺達に気付いた搭乗員の一人が俺の所へ来た。
「清水教官、おはようございます」
「おはよう。今橋 礼司少尉…で合ってますか?確か江田島海軍兵学校卒…でしたか?」
「はい、覚えて頂けて光栄です!」
彼は今橋 礼司少尉。先日に海軍兵たちに兵科希望選択用紙を渡し、それで兵科を選んでもらい、その用紙を昨日回収していた。すると彼は自ら航空科に丸を付け丸の下に熱望と書かれていた。俺はそれに苦笑し、彼の顔を見たが、その目はキラキラとしていたのが印象だったので覚えている。それに彼の名簿を見たときに江田島海軍兵学校卒業と書かれていたのが気になった。この時代に江田島海軍兵学校があるのなら、優秀な士官を育てることが可能なのではと思った。
「本来なら海軍飛行予科練習生となり、そこで最大で三年間勉強してもらうのだが…今回はそんな事をしている時間は無い。少なくとも一年以内には全員が離着陸、水平飛行、人によっては発着艦、離着水ができるようになってもらいたいのだが…」
俺はもう一度今橋少尉を見た。彼は少々不安があるのか、少し険しい顔をしていたがどこかやる気に満ち溢れていた。俺はそんな彼にこう言った。
「今橋少尉ならできると、俺は信じています」
そう言うと、彼は一瞬驚いた表情をしていた。だがすぐに元の凛々しい表情に戻った。それからしばらくミヅキと共に三人で話した後、今橋少尉に他の搭乗員を呼んでもらい、飛行機について説明をした。その際に各機体の特徴や構造、操縦方法、計器類の読み取り方、無線機の取り扱い方などを細かく教えた。それらを教えた後、早速九六式艦戦を練習機に改造した二式練習戦闘機を格納庫から出し、同時に二機ずつ練習を行う事にした。整備兵には先にエンジンを始動してもらいプロペラが既に回っている中、俺たちは順序通りに進める事にした。
「では、今橋少尉、始めようじゃないか」
「は!」
今橋少尉が機体の周囲を確認し、問題ないと判断した後共に操縦席に乗り込んだ。操縦席に乗り込むと整備兵がベルトを締め、計器類の点検を行い、発艦準備に入った。後は後方に居るミヅキのペアの準備が終わるのを待つのみだった。少し待っていると右前方に居る整備兵が手で合図を送ってきた。俺はそれに頷き、前を向いた。
「それではこれより第一段階訓練を開始する。今橋少尉、行くぞ」
「了解です」
俺は出ます!と大きい声で言い、スロットルレバーを前に押し込み、エンジン出力を上げた。回転数が上がり、プロペラが勢いよく回り始めた。そしてブレーキを解除し、徐々に速度を上げていった。そして甲板の端へと到達すると、一気に加速させ、そのまま甲板から飛び立った。そして高度を800mに上げると、俺は伝声管を使い今橋少尉に高度を何メートルか問いてみた。
「えっと…800メートルです!」
「正解。ならここから水平飛行を練習の練習を始めよう。手足を操縦装置に添えてくれ、この状態を維持しながら、真っすぐ飛ぶんだ。やってみるといい」
「わ、わかりました」
俺は手足を操縦装置から離した後、今橋少尉に任せる事にした。すると機体は真っすぐ進み、傾きそうになってもそれを抑えつつ、安定した水平を保ったまま飛んでいった。俺はその腕に感心し、実は乗ったことがあるのではと思った。
「今橋少尉…初めてなんだよな?」
「はい」
「にしてはかなり上出来だぞ、これなら日本着いたらすぐにでも離着艦訓練もできそうだな」
俺がそう言うと、今橋少尉は嬉しかったのか、とてもいい声でありがとうございますと言った。それからしばらくの間、今橋少尉はずっと水平を保ち続けた。10分ほど立った時、早速俺は今橋少尉にもう一つ課題を与える事にした。
「なら…第二段階だ。そのまま左にゆっくり旋回してみよう、俺が教えたように、操縦桿を傾け、方向舵もゆっくり旋回をするんだ。やってみるといい」
そう俺が指示すると、ゆっくりと機体は回転していき、やがて180度回ったところで、機体の向きを元の位置に戻した。
その後も何度か同じことを繰り返し行い、感覚を掴んだあたりで俺の操縦に切り替えた。
「よし、ここからは少し勇気がいる事をする。だがその前にミヅキと連絡を取るから少し待っててくれ」
今橋少尉が返事をした後、俺は無線機を使いミヅキに練習三段階目に入る事を伝えた。ここからがある意味本番である。