出港
あれからすぐに俺たちは出港の準備に取り掛かり、足りないものは無いか、俺が用意した無線は繋がるか、弾薬、食料、飲料は十分か、設備に不具合は無いかなど点検を行った。それに加え、改めて設備の説明と実演も行い、担当したい兵科の希望も取り、それらの確認をしていると夕方に近くなってしまった。そのため夕食を早めに取ると夜になる前に出航することとなった。
「総員、出港用意!」
この号令を聞いた俺は飛行甲板へと向かった。それ続いてミヅキたちも飛行甲板へと登り、島への別れの挨拶をする事にした。約三ヶ月ほどだったが、数えきれないほど世話になった。滑走路や港などはそのままにしてしまうが、またいずれ戻ってこようと思っている。それがいつになるかはわからないが、その時までこの島はあってほしい。そう願うばかりだ。
「ありがとうございました」
俺はそう呟き、一礼をした。それに合わせてミヅキたちも礼をした。体を起こし後ろを振り返ってみると乗組員にも頭を下げる者や敬礼をしている者もいた。短い間ではあるが、皆この島を好いてくれているようで俺は嬉しい気持ちになりながら、手を振り続けた。
そして最後にもう一度だけ頭を下げ、島が遠くなったところで俺は艦橋へ向かった。艦橋に入ると既に井上中将が待っており、俺は席に着いた。それからしばらくたつと日が落ち始めてきた。
「日も落ちてきましたな、そろそろ夕食を頂くとしましょう」
俺はその言葉に同意し、夕食を摂る事とした。メニューは米と味噌汁、焼き魚に肉じゃがという純和食であった。やはり日本人としては落ち着く味であり、美味しかった。ミヅキたちも夕食を食べに来てると思ったが、いないようだった。
食事を終え少し休憩をした後、俺は士官室へと向かった。それにしても海軍の士官たちには頭が上がらない。俺たちのために士官室で寝泊まりしていいと言ってくれたのだ。本当に感謝しかない。そんな事を考えつつ、扉を開けるとそこにはミヅキたちが居てそこで夕食をとっていた。
「ここで食べいたのか…邪魔してすまない」
「いえ、邪魔だなんてとんでもないです!」
俺は執務を行う用の机を借り、そこに座って明日の訓練内容の確認と考案を行い、後ほど井上中将に確認を取ってもらおうと思っている。それと今日はもう遅いため、俺も就寝することにした。シャワーを浴び体を綺麗にし、着替えた後ベッドに入った。
翌朝、俺は目を覚ますとまだ外は薄暗かった。どうやらいつもより早く起きてしまったようだ。二度寝しようにも目が冴えてしまい、仕方ないので起きることにした。だがなぜか体が上手く動かなかった。何だ?と思い左右を見てみるとキャロルとケリーが横に居た。何故二人がここにいるのか疑問だったが、起こさないよう注意しつつ起き上がった。改めて二人を見てみると確かに大人ではあるが、どこか幼さを感じられる顔立ちをしていた。
二人を撫でてあげると少し笑みがこぼれた気がしたが、起こすのは悪いのでそのまま部屋を出て、顔を洗いに行く事にした。洗面所へ行く途中、何人かの乗組員とすれ違いそのたびに敬礼をされた。俺も返礼し、洗面所に着くと鏡を見た。するとそこに映っていたのは16歳の時の自分だった。改めてこれが今の俺かと思うと同時に、若返り過ぎじゃないかとまた思っていしまい苦笑いをした。
「さて、前甲板に行ってしばらくゆっくりするか」
俺は士官室を出て前甲板へと向かう前に炊事所や機関室、弾薬庫や格納庫などの場所を見てみる事にした。できる限り邪魔にならないよう様子を見ようと思い、何かあれば手伝おうと思っていた。だがどこも問題はなさそうだった。手引き書を見ながら作業をする者、何度も同じ作業を繰り返す者、仲間と話しながら作業を進める者、 皆それぞれが自分の仕事を精一杯こなしていた。これなら心配はいらないなと確信した俺は、再び前甲板へと向かった。
「…そういや嵐に合わなかったな、まぁ何も起こらないのが一番か」
波は非常に穏やかで、風も少し弱かった。こりゃ発着艦は厳しそうだ。アメリカ空母のカタパルトが羨ましく思える。そんなことを考えていると、後ろから足音が聞こえてきた。振り向くとそこには鈴木外務大臣が居た。
「おはようございます、鈴木外務大臣」
「そうかしこまらずとも結構ですよ」
「いえ、そういう訳には…」
「それに昨日も言ったが、君には天皇陛下に会ってもらわねば」
「へ、陛下に…ですか…」
そういえば今の天皇陛下は誰なのだろうか。いや、そもそも俺が陛下に会う資格はあるのだろうか。とまた考えていると、後ろにはいつの間にか甲板に上がってきていた一人の男が立っていた。
「井上中将、おはようございます」
「おはようございます、清水殿。今の話を少し聞いておりましたが、清水殿には陛下と会った後、大本営に出頭してもらうことになります」
「はい、わかりました」
出頭か…、特に何かしたわけではないと思うのだが、一体何を言われるんだろうかと不安になりつつも今は考えることをやめ、日本に着いた後での陛下との面会に集中することにしよう。
「お、そろそろ朝食の時間ですな。鈴木外務大臣もいかがでしょうか?」
「失礼ながら、私は私室でいただきます。ではこれで」
そう言い残して、鈴木大臣は艦内へと戻っていった。そして俺たちは食堂へと向かいそこで朝食をとろうと思ったが、井上中将から士官室で食べてこい、奥さんたちが待っていると言われた。彼女たちは妻ではないのだが、彼らから見たらそう見えるのだろう。だが俺はどこか嬉しかった。
わかりました。そう言って俺は士官室に向かった。士官室に着き、扉を開けると既にミヅキたちが座っており、俺が来たことに気づいたミヅキたちはすぐに立ち上がった。そしてお帰りなさいと言っくれた。俺はただいまと言い部屋の中へと入った。
「こちらにどうぞ」
ミヅキに案内され、俺は席に着いた。それからしばらく雑談をしていると、食事が運ばれてきた。俺たちは食事を食べながら、日本で何をするか、何をしたいかなどを話し合った。だが最優先は陸軍、海軍たちの兵の育成を最優先にするという事に決まり、それを大本営に行った時に上官たちに頼み込むという事に決まった。
それからしばらくして食事を終えた俺たちは、一度部屋に戻り準備を整えてから、それぞれの配置場所へと向かった。本来なら俺たちは自由に過ごせるのだが、間もなくこの国は戦火に飲まれる。だから少しでも早く兵員を育成せねばならないため、自分たちでできる最大限の事をこの五日間やる事にした。
「今後も忙しくなるんだろうな」
「えぇ、そうなりそうですね。でも私たちはやるべきことをやるだけです。例えそれがどんな結果になろうと」
俺はその言葉を聞き、ミヅキの方を見るとミヅキは真剣な眼差しで俺を見つめていた。その瞳は鋭くどこか覚悟を決めたような目だった。
「そうだな、俺達は俺達の出来る最善を尽くすまでだ」