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猫になる呪いをかけられてしまいました。

作者: ひめまろん

「このままだと、キミとの婚約を破棄する事になる」


 様子を伺うようなエリックの蒼い瞳がローズを覗き込む。ローズはおっとりとした仕草で、困ったように頬に手を添えた。


 財政が傾いたミラ伯爵家に目を付けた成り上がり商家のカサル家は、カサル家長女ローズとミラ家次男エリックの婚約を餌に、資金援助を持ち掛けた。

 ローズは成金カサル家の血を引いているとは思えない程大人しい性格で、エリックはローズを気に入った様子で婚約を受け入れていた。


 だが、ここ数日ローズには妙な噂が流れている。男遊びが激しいという内容で、午前は学園にいたはずのローズは、午後無断欠席をして、校舎裏に服が脱ぎ捨てられていた事もあった。


「ローズ、最近キミの姿を見失う事が多い。その間、どこにいて、誰と何をしている? 複数の男の所へ通っているという悪い噂も聞く」

「わたくしが、複数の男性と……?」

「政略婚とはいえ、キミは僕の婚約者だ。これ以上醜聞を広めるつもりなら、この婚約は破棄しないといけない。教えてくれ、キミは――」


 噂が嘘であって欲しいと願うエリックとは真逆に、ローズは驚いてゆっくりと手に口を当てた。


「確かに複数の男性に会っていますわね? 誰にも知られないと思っておりましたのに。あの姿、誰か分かる方がいるのかしら……驚きましたわ」

「なっ……変装してまで男に会っていたのか!?」

「変装? うふふ、そうなるかもしれませんわね」


 どこか楽しそうなローズに、エリックの怒りが込み上がる。カサル家の者にしては、ローズはおっとりと親しみやすい性格だと思っていたが、表面だけなのかもしれない。


「エリック様。それが、わたくし――……」


 ローズが何かを話そうとして、口をパクパクと動かした。その謎の沈黙に、言い訳すら思いつかないのかとエリックが肩を落とす。


「ローズ……」

「エリック様! ここにいらしたのね、探しましたわ!」


 突然、場違いに華やかな声が響き渡った。現れたのはローズの妹、シャーロット。

 シャーロットは弾けるような笑顔でエリックの腕に飛びついた。


「シャ、シャーロット。放してくれ。僕は今、ローズと話をしているんだ」

「……ああ、お姉様がそこにいらしたの。大丈夫ですわ、エリック様のお相手はお姉様ではなくて、わたしに変えて頂くよう、お父様にお願いしていますから」

「シャーロット。何を勝手に――」

「だってぇ、お姉様って……」


 シャーロットがローズを横目で見た後、訴えるようにエリックを見上げる。ローズの噂はあまりに酷く、シャーロットの言う通り婚約者変更はおそらく避けて通れない。

 ローズはシャーロットに向かって、やはり何やら口をパクパクとさせただけだった。


「シャーロット、この件は勝手に決めないでくれ。両家で話す必要がある。ローズ、言い訳が見つかればキミの話も聞きたい」

「あぁん、お待ちくださぃ。エリック様ぁ」

「……」


 その場を立ち去るエリックとその腕に絡みつくシャーロットの姿を眺めながら、ローズが小さく息を吐き呟いた。


「やはり、呪いの話は誰にも打ち明けられませんのね。このままですと、わたくし本当に猫になってしまいますわ。……でも」


 ローズの性格的に、生まれ育った成金の商家は居心地が悪い。「猫の生活も、なかなか満更でもありませんのよ」とローズは楽しそうに笑った。



 とうとうローズは学園にも姿を現さなくなった。昼休みにエリックは裏庭で、蝶を追いかけて遊ぶ黒猫を眺めていた。

 ここはいつかローズの服が脱ぎ捨てられていた場所。ローズが誰と何をしていたのかは分からないが、服をローズに届けると間違いなく自分のものだと語って口をパクパクとさせた。

 今や父親のミラ伯爵もローズの醜聞に激怒し、婚約相手はシャーロットに変えると言い出している。


 ただ、エリックはローズを諦められずにいた。

 婚約前からエリックはローズの存在を知っていたし、彼女が纏う空気に好感を持っていた。むしろ婚約できたことは願ってもないこと。

 これまでローズを見て、その姿を知っている分、突然始まった奇行が信じられない。


「ローズ。……どうしてしまったんだ」


 頭を抱えたエリックの足元に、蝶を追いかけていた黒猫が擦り寄って小さく喉を鳴らした。


「ありがとう、慰めてくれて」


 この黒猫は、最近よく見かけるようになった。学園に住みついている様子はなく、どこからか入り込んでいるらしいがよく人に懐いていて、エリックが悩んでいると慰めに来てくれる。


エリックは黒猫を抱き上げて膝の上に乗せた。いつも整っていた毛並みが、今日は妙に汚れて見える。


「キミ、もしかして捨てられたの? 新しい飼い主を探してあげようか。……ジョージに聞いてみようかな」


 どこか上品そうに見えるこの黒猫は、野良として生活するのは難しいかもしれない。

 猫を飼っている親友ジョージなら、飼い猫繋がりで新しい飼い主を見つけてあげられるかもしれない。


 黒猫は人の言葉が分かっているかのように、エリックの瞳をじっと見ると、フルフルと首を横に振った。「なぁん」と楽しそうな声で鳴くと、膝から降りてどこかへ行こうとする。

 エリックには、それが黒猫との別れのように思えた。


「あ……待って。それなら僕の家に来ない? キミといると、不思議と元気になれるんだ。これまで猫を飼った事が無いから少し不便をかけるかもしれないけど、側に居て欲しいな」


 エリックが早口で黒猫を呼び止めると、自分で自分が可笑しくなって思わず噴き出した。


「……って、猫が言葉を分かるはずもないのに。何をしているんだ、僕は」


 黒猫は思い悩むようにゆっくり空を見上げると、もう一度「なぁん」と鳴いてエリックの膝に飛び乗った。


「言葉が伝わったのかな。……キミは不思議な猫だね、ローズみたいだ。……ローズっていうのは、僕の婚約者なんだけど。……初めて見た時からずっと好きで、婚約できたのは夢のようだったんだけど……」


 エリックには、もうローズの気持ちが全く分からない。エリックが心の内を吐き出すように黒猫を抱きしめると、黒猫はエリックの体を登るように背を伸ばし、エリックの頬をザラザラした舌でペロリと舐めた。



(……どうしたものかしら)


 エリックとの婚約を羨んだシャーロットから、猫になる呪いをかけられて数日が経った。

 初日は一日に数分間だけだったのが、日を増すごとに黒猫になる時間が増えてきている。最近では一日の殆どを黒猫の姿で過ごしている。


 シャーロットとは違い魔力が殆ど無いローズには、呪いに抵抗する事もできない。何かしら解除方法はあるはずだが、猫の体では調べようがない。


 ただ、猫の姿で外を走り回るのは想像以上に楽しかった。小さい頃から運動は苦手なローズだったが、猫の姿は身軽で、木に登ったり、何かを追いかけるのが目新しく、楽しくて仕方がない。


(きっと、もう人間には戻れませんわね。お父様、お母様、心配していらっしゃるかしら。……いえ、きっとシャーロットが適当に誤魔化していますわね)


 シャーロットに呪いの解除方法を問い質してみようとしたが、そもそもシャーロットは小さい頃から我が儘放題で、欲望の為なら平気で人を蹴落とせる。これまでシャーロットを見て来た分、ローズはこれ以上何をしても無駄だと割り切るしかなかった。


 そもそも、大人しい性格のローズは、カサル家の中では異質とみられ、今回の婚約も商売人の見込みがないと厄介払いをされた形に近い。


(わたくし、猫の方が合っているかもしれませんわね)


 最近は鼠も捕らえられるようになったし、猫として生活できる予感はする。商家の人間として生きるより、何も考えずに日向ぼっこをしたり、蝶を追いかける方が性に合っている。

 蝶を追いかけていると、いつの間にか学園に忍び込んでいた。エリックが呆けてローズを見つめている。


(――あら、エリック様? それに、この場所は……)


 学園に通っていた頃、この場所で突然猫になったことがあった。慌てて家に戻ったまでは良かったが、服を脱ぎ捨てたままになってしまった。

 親切にも服を届けてくれたエリックは、何やら複雑な顔をしていた気がする。


 今もまた同じく神妙な顔をしたエリックの足元に擦り寄ると、エリックはローズの頭を撫でて膝に乗せた。


(エリック様、いつも朗らかな方ですけど。悩み事があるのかしら?)


 エリックは親が勝手に決めた婚約者だったが、ローズには優しく接してくれた。弱肉強食の実家とは違うその優しい雰囲気と波長が合い、ローズも惹かれ始めていた。

 シャーロットも、その優しさが羨ましかったのかもしれない。


「僕、ローズがずっと好きで、婚約できたのは夢のようだったんだ」


 猫に油断をしたのかエリックの心の内を初めて聞き、ローズの心もざわついた。


(エリック様が、わたくしを?)


 御伽噺のように、王子様のようなエリックとのキスで呪いが解けるかもしれない。

 ローズは体を伸ばすと、背伸びをしてエリックの頬をざらりとした舌で舐めた。



「エリック様ぁ、こちらにいましたのね!」


 薄暗い裏庭に、場違いな明るい声が響く。エリックは疲れたように深くため息を吐いた。


「……シャーロット。キミは学部が違うはずだ。何故ここにいる?」

「昨日エリック様とお会いできなかったので、抜け出してきちゃいましたぁ」

「別に毎日会う必要はないだろう。まだ婚約したわけでもないのだから」

「それが……お姉様ったら、誰かと駆け落ちしたみたいなんですぅ。一昨日から家にも帰ってきていなくて。お父様も怒って、明日には婚約変更を正式に申し入れるって言ってましたぁ」

「ローズが、駆け落ち!? あ、相手は誰だ!」


 姉が消えたというのに、シャーロットはケロリとしている。その違和感に気づかず、エリックが慌てて立ち上がりシャーロットの両肩を掴んだ。

 エリックの膝から飛び降りた黒猫を冷やかに見つめるシャーロットにも、エリックは気づかない。


「……お姉様にはお相手が何人もいたみたいだから、誰かは分からないですぅ。エリック様との婚約が嫌だからって、こんな嫌がらせするなんてひどいですわ。お姉様、本当は性格が悪いんですよぉ」

「そんな……ローズは、僕との婚約が嫌だったのか」


 肩を落とすエリックの足元に擦り寄ろうとする黒猫を、シャーロットが慌てて蹴り飛ばした。黒猫が悲痛な鳴き声を出して横倒しになる。


「シャーロット、何をする!」

「何って……えっと。さ、最近、猫の病気が流行っていますの。近づいたら危ないですぅ!」

「病気? それなら、なおさらこの子を保護をしないと。……カサル家の支援には感謝している。だが婚約者になるなら、二度と僕の猫に乱暴はしないでくれ」

「あ、お、お待ちください! 猫なら別の猫を――」


 何故か必死な形相で喚くシャーロットを置いて、エリックは黒猫を抱いて足早に立ち去った。



 そのままエリックは仮病で自室に戻ると、急いで桶に温かいお湯を張った。

 黒猫はシャーロットに蹴られたのに人間を怯える様子もなく、大人しくエリックの腕に収まっている。


「キミは賢い猫だね、今日からここがキミの家だよ。まずは体を洗ってあげよう」

(……え?)


 黒猫ローズが片耳をピクリと立てた。ここ数日猫のままで、確かに湯浴みもできずに全身汚れてしまっている。それにシャーロットに蹴られた時ぬかるみにはまって、泥がこびりついている。


(お、お待ちください。エリック様! わたくし、子供ではありませんの。自分で洗えますわ)


 猫の姿とはいえ、男性に体を洗われるのは恥ずかしい。珍しくニャァニャァと鳴き声を上げる黒猫を、エリックががっしりと抑え込む。


「ジョージも、猫を洗うのは大変だと言っていたな。……少し我慢してね」

(あ、あ、やめ、おやめください! 自分で、自分でできますわ!)

「へえ、爪を出しても引っ掻かないんだ。やっぱり賢い子だ。こんなに躾が行き届いているのに捨てられるなんて、可哀想に」

(あ、そんな所……う……それ以上、わ、わたくしお嫁に行けなくなりますわ!)

「ああ、しっかり汚れが落ちたね。やっぱり女の子だったんだ。後で可愛い名前を考えないと」

(……うぅっ、も、もう……お嫁にいけません……わ)


 抵抗空しく全身隈無く洗われたローズは、乾かされる間にぐったりと寝込んでしまった。



 月明りの下、膝の上で丸くなった黒猫をエリックは優しく撫でていた。体を洗っている間に弱ったように見えたが、ミルクを飲んだ後は上機嫌にゴロゴロと喉を鳴らしている。


「疲れたかな、しっかりお休み」


 黒猫が「なぁん」と小さく鳴くと、うとうとと微睡んで大きく欠伸をした。


「……え?」


 一瞬、エリックには黒猫が輝いたように見えた。夢かとエリックが目を擦ると、黒猫の体がみるみる大きくなっていく。

 全身の黒い毛は薄くなり、代わりに美しい艶髪を持つ少女へと姿が変わった。


「……え、……えっ!?」


 最早、エリックの膝に乗っているのは黒猫ではない。駆け落ちをして行方不明のはずの、ローズ本人が丸くなっている。一糸まとわぬその姿に、エリックが視線を泳がせる。

 戸惑うエリックを不思議そうに見上げるローズが、体を伸ばして頬をペロリと舐めた。ローズの甘い吐息が耳にかかり、エリックが飛び跳ねる。


「……えっ!?」


 真っ赤な顔で硬直するエリックの頬に、甘えるようにローズが頬を摺り寄せる。それは紛れもなく黒猫がエリックにしていた動作だった。


「エリック様。どうしたのかしら。うふふ、変なお顔ですわ」

「ロ、ロ、ローズ?」

「あら、わたくしの新しい名前も『ローズ』になりましたのね。駆け落ちをした元婚約者の名前を付けてくださるなんて、光栄ですわ」


 ローズが眠気覚ましに自分の手を舐めようとして、はたと動きを止めて顔から血の気が引いた。

 自分の手は、どうみても人間の手。


「ローズ、ふ、服を……」

「……………………っ!!!」


 自分が人間に戻っている事に気づき、真っ赤な顔で涙目のローズが叫ぼうと大きく息を吸い込む。

 だが、ローズは全裸。叫ばれて人が来ると、厄介な事にしかならない。


「ダメだ、ローズ! ……ごめん!」

「……んんっ」


 咄嗟にエリックがローズの唇を奪い、その口を塞いだ。口を塞がれてむーむーと悶えるローズから徐々に力が抜けて大人しくなると、エリックが上着を脱いでローズの肩にかける。

 口を話すと、ローズがぐったりとエリックの胸に身を預けた。


「ご、ごめん。ローズ。でも、他に手がなくて……」

「う、わ、わたくしもうお嫁にいけませんわ。く、く、口づけなんて……エリック様に隅々まで洗われた後だというのに……うう。わたくし、さっき、自分で洗えると言っていましたのよ……うっうっ」

「ああっ。ま、まさか、猫がローズだったなんて……」


 ダメだと思いつつ、黒猫の湯浴み姿を思い出して、あれがローズだったらと妄想してしまう。黒猫が必死にニャァニャァと抵抗していた姿が脳裏に浮かび、エリックの顔が爆発する。


「エリック様、どうか全て忘れてくださいませ……!」

「そ、そうだね。いや無理だよ忘れられない! こ、これはどういうこと? 何故ローズが猫の姿に?」

「それが……わ、わたくし呪いをかけられて猫の姿に……あら、話せますわ!?」

「呪い? そうか、だからキミは……」


 これまで「呪いが掛けられた」と説明しようとすると、どうしてもローズは声が出せなかった。今するりと言葉にできた状態に、呪いが解除されたのだと気付いてローズが目を潤ませる。


「い、いやですわ。どうしましょう。わたくし、もう猫として生きる覚悟ができていましたのに。呪いが解けてしまいましたわ、シャーロットにまた呪いをかけて頂かないと……」

「ま、待って、ローズ、話がおかしい! 猫じゃなくて、しっかり人間として生きて!」

「でも……でも、もうわたくし……うっ、お嫁にいけない体に……」

「それ全部僕が悪いよね? 僕が責任取るよ! それにローズ、キミは僕の婚約者だ。何の問題もない!」


 きょとんとローズが首を傾げる。


「エリック様。……まだ、わたくしを婚約者としていただけますの? わたくし、複数の男性の所へ通う悪女ですのに?」

「うん。それ……猫の姿で、だよね?」


 頷いたローズの目に溜まった涙を拭いて、エリックが柔らかく笑った。


◇ ◇ ◇


 キラキラと目を輝かせたシャーロットが、ミラ伯爵家の応接室に通される。


「エリック様。本日はお招き頂きありがとうございます。本当に嬉しいですぅ」

「キミが会いたがっていた猫は寝ているから、起きるまでそっとしておいてくれ」

「はぁい。こうしてみると、本当に可愛い猫ちゃんですね」

「……僕の友人も、是非キミに会ってみたいと言っているんだ。もうそろそろ来るはずだから、しばらく待っていてくれ」


 シャーロットは黒猫に蹴ってしまった事を謝りたいと何度もエリックに申し入れをして、やっとその要望が叶えられた。窓際では、例の黒猫がクッションの上で寝息を立てている。


 エリックが友人を迎えて来ると姿を消して一人になった瞬間、シャーロットは急いで厚手の皮袋を取り出した。


「ふ、ふふ。お久しぶりですわね、お姉様。貴女がここに居ては邪魔ですのよ。何より存在自体が鬱陶しい。どこか遠くへ――」


 眠る黒猫に皮袋をかぶせようとした瞬間、扉が大きく開かれた。


「シャーロット、何をしている?」

「エ、エリック様!? な、何でもありませんわ!」


 シャーロットが慌てて立ち上がると、黒猫は大きく伸びをしてエリックの後ろに立つ人物へと擦り寄った。その人物が黒猫を抱き上げると、黒猫は甘えるように「なぁん」と鳴く。


「僕の友人、ジョージだよ」

「初めまして、シャーロット嬢。我が家のクロを袋に詰めて、どうするつもりだい?」

「ジョージ様の、クロ?」


「言い忘れていたけど、その猫はキミが蹴った猫とは別だよ。ここにはいない」

「エ、エリック様。わたし、あの猫に謝りたいのです。会わせていただけますか?」

「……それは難しいかもしれないね。あの猫には逃げられたから」

「逃げた?」


 シャーロットが怪訝な表情を見せた時、ジョージの背後から別の人影が現れた。その人物に表情を歪ませるシャーロットに、ジョージが愉快そうに笑う。


「お、お姉様!? そんな、呪いが解けて――」

「呪い? シャーロット嬢、『呪いが解ける』ってどういうことだい?」

「ジョージ。人に呪いをかけるのは重罪だ、聞き間違いだよ。……シャーロット、ローズは男と駆け落ちをしたんだよね? 黒猫が逃げてしまった日、代わりにローズが見つかったんだ。もちろんローズが見つかった以上、キミとの婚約は白紙だ」

「で、でもお姉様は――」


 焦るシャーロットに、ローズがのんびりと笑う。


「わたくし、複数の男性とお付き合いをして、意中の殿方と駆け落ちをしたらしいんですの。きっとこの先、社交の場でも冷たい目で見られますわ。エリック様は、そんなわたくしでも良いと受け入れてくださいましたの」

「キミの父上も『ローズは貰い手が無くなったから是非』と、僕にしっかり押し付けてくれたよ。我が家は資金援助を頂いている身だから、もちろん断る理由はない」

「はい。わたくし、エリック様に押し付けられましたの。それに、また駆け落ちをしてはいけないからと、伯爵様のお屋敷に幽閉される事になりましたのよ」

「な……そんな話、聞いていませんわ!」


 混乱するシャーロットに向かって、ジョージが目を細める。


「エリックに頼まれて色々とローズ嬢の噂について出所を探っていたんだけど、どの話を辿ってもシャーロット嬢に行きつくんだよなあ。……不思議な話だね」

「わ、わたし、し、知りませんわ!」


 顔を真っ赤にしたシャーロットが踵を返して部屋を後にした。



 シャーロットが呪いを扱った事は両家の水面下で協議され、シャーロットには別の婚約者があてがわれた。

 ローズとエリックには平穏な日が戻り、昼休みには学園の裏庭でのんびり過ごすのが日課となっていた。


「この場所で、よくローズに慰められたな」

「いえ、逆ですわ。猫の姿でどうしていいか分からない時、ここに来るとエリック様がわたくしを励ましてくれていましたの」


 穏やかなローズの笑顔に、エリックの言葉が詰まる。ローズは最初に複数の男と会っていたと言い切った。嫉妬心が無いと言えば嘘になる。


「……ローズは、猫の姿で誰の所に行っていたの?」

「あら、御存知だったのかと。わたくし、ずっとジョージ様の所にいましたのよ」

「ジョージ?」

「ええ。ずっとクロさんに狩りを教えて頂いていましたの。こう見えてもわたくし、鼠を捕まえるのが得意なんですの。今は猫のように動けませんけど、今度お披露目いたしますわ」

「……ふはっ、ありがとう、楽しみにしておくよ」


 少し自慢気に胸を張るローズに、エリックは我慢できず噴き出した。

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[一言] 重罪をなかったことにされたなら充てがわれた婚約者は監視者も兼ねてるんだろうねぇ
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