ネガティブキャンペーン大作戦
私は小説投稿サイト『小説家になるねん』で作家気分を味わっているただのOLだ。
リアルでは地味で、社員食堂で1人ぼっちで食事をしていたとしても、後から入って来た人に気づかれず、1分ぐらいしてからようやく「いたの!?」と言われるような影の薄い女だ。
しかし『なるねん』では、自分で言うのも何だが、結構な人気者だ。
悪役令嬢ものを主に書いて異世界恋愛ランキングの最高81位にランキングしたことがある(エッヘン)。
普段は猫背で冴えないメガネの暗い一体何のために産まれて来たのかわからない私が……すぐにこんな自虐的なことを言い出すネガティブな私が、『なるねん』ではまるで芸能人の仲間入りをしたような、自分が華々しいドレスに身を包んで綺麗な笑顔を浮かべているような妄想世界を生きることが出来る。
私の生きる意味はもう、『なるねん』でポイントを稼ぐこと、と言ってもいいほどになっていた。
ちなみに『異世界恋愛』は今、もっとも人気のあるジャンルだ。
普通なら99位以内にランクインすることすら難しい。
私の最高81位はじゅうぶん自慢できるほどの数字なのだ。
私には『なるねん』上で知り合い、ネット上で交流するようになった作家仲間が何人かいる。
その人達のほとんどは、やはり人気ジャンルでランキング入りした経験など、ない。
私と、もう1人だけだ。
『日田真理』というPNの作者さん。
彼女は私の上を行っていた。
競争の激しい『異世界恋愛』ジャンルで彼女は何度かランキング1位を取っている。
彼女がいなければ私は毎回歯軋りするほどの悔しさを味わなくて済む。それに確実に81位が80位に上がるのだ。
私は表面上、彼女とにこやかに交流を図りながら、裏ではどうにか彼女を陥れてやろうと画策していた。
ある日、そのチャンスはやって来た。
彼女がエッセイを書いたのだった。その内容は自分の愛猫を自慢するもので、その猫はペットショップで購入したノルウェージャン・フォレスト・キャットだと書いている。
私は裏垢を作ると、早速ネガティブキャンペーン大作戦を開始した。
『日田真里さんって、そんな方だったんですね。いいですか? 保健所には殺処分待ちの可哀想な猫ちゃんがたくさんいるんですよ? 飼い主を待ち続けている保護猫さんだっています。それを救わずにペットショップで猫を買うなんて! 精神性を疑います。そんな精神で書かれた人の小説なんて、ニセモノとしか思えないですよね?』
そんな感想を書いて、送信しようとして、固まった。
私自身も猫を飼っていた。
ペットショップで約30万円でお迎えした、スコティッシュフォールドちゃんだ。しかも耳折れだ。
知っている人も多いかと思うが、スコティッシュフォールドは『病気の猫を面白がって人間が固定繁殖させた猫種』だと言われ、著名な某コメンテーターなどから叩かれている猫種だ。
日田真里さんはそんな猫を愛する私の心の痛みを、彼女の書いたエッセイで優しく癒やしてくれたことがあった。
私は『送信』のボタンをクリックしようとした手を止めると、書いたばかりの感想を削除してしまった。
まぁ、いい。
日田真里の猫を攻撃するのは今日はやめだ。
また機会は訪れるだろうと思いながら。
そしてその機会はまたすぐに訪れた!
彼女の書いたエッセイの中に、次のような文章を見つけたのだ!
『なるねん』を始めた頃には100ptの高い壁がありました。今では100どころか1,000も簡単に越えられるようになりましたが、━━
ふふふ……。
よう言うた。
私、まだ1,000pt行った作品、ひとつもないのに!
これは底辺作者さんから中流作者の反感を買うぞ! あぁ、みんなの歯軋りする音が聞こえて来るようだ……。
きっと私に味方する人は多い。きっと彼女を下から叩く人は多いはずだ。
私は裏垢を作ると、張り切ってネガティブなレビューを書き始めた。
「【タイトル:成金作者さんのお調子に乗ったエッセイ】
作者の日田真里さんは人気ジャンルで何度か1位を取られたことのある方のようです。もっとも、私は調べてようやくそのことを知りました。書籍化はされておらず、はっきり言って無名です。1位を何度か取っておられるのも、調べたところお友達のお力のようですね。はっきり言います。この方のランキング入りは不正によるものだと思います。証拠はありませんが、ちょっと不自然じゃありませんか? 作品を拝読したところ、そんな大した実力は持っていらっしゃらないんです。『なるねん』はお友達が多い方は、それこそ(お前にもポイントやるから私にもポイント入れろ)みたいに、簡単に不正が出来てしまうのです。私がレビューするこの作品も1位を取った作品ですが、この程度の作品で1位が取れるというのはおかしすぎませんか? 主人公が平凡なのはともかく、世界観に独特の魅力がなく、どこかで見たようなストーリー展開(20年前にヒットした某漫画にそっくりです)、何よりヒロインのレイアが○部分で△△と言ってたのに■部分ではそのことをまるで忘れているような矛盾等、粗も多く……」
サブのスマホでそこまで書いた時、メインの私のスマホに電話がかかって来た。他愛もないアンケートの電話だった。私は興味ないと一言だけ喋ると電話を切った。自分のスマホを手に取ったついでに『なるねん』のマイページを確認する。昨日投稿した自信作に感想でもついていないかと期待したのだ。
赤い文字で『レビューが書かれました』との通知があった。
タップして確認すると、件の自信作に、日田真里さんからレビューが届いていた。
ベタ褒めだった。
私のことを『天才』と書いてくれていた。
顔が思わずニヤけてしまった。
考えてみれば私が書いた『不正なんたら』には根拠がなさすぎるし、正直言うと実力がないどころか、自分も彼女の作品に夢中にさせられている1人だった。
私は書き上がりかけていた自分のレビューを、削除した。
それからしばらく経ったある日、私の小説に次のような感想が届いた。
「バカみたいな作品ですね。才能ないよ。やめれば?」
私は無表情でそれを読んだ。いや元々無表情なのだが。何度も繰り返し、無表情で読み返した。
感想を送って来た人のマイページを確認してみた。評価した作品は私のそれだけで、★1がつけられていた。他にはその人が投稿した作品も何もなく、どうやら新規のアカウントらしかった。
気にしない、気にしない。誰か私のことを妬んでいる人が裏垢でも作って送りつけて来たんだろう。妬まれるほどの存在だということなんだ、私は。
何かのギャグだと思って笑い飛ばせばいいじゃん。こんなの気にしてたら創作活動なんてやってらんないでしょ。
ははは……。
あっはっは!
涙がぽろっと零れた。
リロードしてみると赤い文字。
『メッセージが1件届いています』
開いてみた。
「日田真里です。変な感想ついてるの見たよ? 大丈夫?」
傷ついていた胸の奥が、あっという間に温かくなった。何度もその短い文面を読み返した。有難いと何度も思った。考えて、考えて、平気なふりのメッセージを返した。
「ありがとうございます。大丈夫ですよ。あんなのいちいち気にしてたら創作活動なんてやってられませんよね〜!」
するとすぐにメッセージが返って来た。
「許しちゃダメだよ? ブロックはした? 運営にも通報したほうがいいよ? あー、もう! どこのバカだ、あれ。私がエッセイに書いて、同じことが二度と起こらないよう、文章でお仕置きしてやる! ペンは剣より強しだってこと見せてやる! だから気にしないで、元気出して、ね?」
私はしばらくそのメッセージに返信できなかった。ぐしゅぐしゅに泣きながら、ごめんなさい、ごめんなさい、と何度も声に出して謝っていた。
完全敗北を認めたら、なんだか心がスッキリと晴れ上がったような気がした。何もしなくてよかったと何度も思った。
涙で目が痛かった。私はティッシュを3枚取り、勢いよく洟を噛むと、泣きながらようやく短いメッセージを返した。顔文字ひとつだけの、短いメッセージ。
「(^o^)」
こうして私のネガティブキャンペーン大作戦は失敗に終わった。