表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ただの辛い話

作者: 日ノ出


 「じゃあ、もうお前は歌わなくていい。学校も来るな。同じようにだるいと思ってる奴がいるなら辞めちまえ。今日はこれで解散。明日の朝練はやる気のあるやつだけこい」


優人(ゆうと)溢れていた思いが爆発した。



 その日の帰り道。いつも通り一緒に帰る『人』が優人を待っていた。

そこには先程怒りをぶつけた響也(きょうや)やクラスメイトも当然含まれていた。


優人と仲のいい『人』が言う。

「やっと来たか。優人。よし、帰るか」


優人は黙ったままだった。まだ思いが爆発しきっていなかった。溢れ出る怒りをなんの関係もない『人』に八つ当たりをする訳には行かず、黙ることしか出来なかった。


先陣を切って俯き(うつむき)ながら歩く優人。かなり人数の多い集団が少し後ろを歩く。


優人は後ろを見向きもせずに進む。後ろとの距離がどんどん開いていく。響也を含む後ろの集団は優人のいつもとは違う哀愁を感じ取り、誰も話しかけようとしない。


優人は一人、抑えきれない思いを漏らしていた。

「合唱コンクール勝ちたくねぇのかよ。お前ら全員歌俺より下手くそだろ。お前らのために、朝練やって放課後練やって、お前らのために、俺が一人でかい声出して。歌ってる時に笑ってんじゃねえよ。だからまともに音程も取れねんだよ。俺がお前らよりも頭良くて運動出来んのは才能があるからじゃねぇんだよ。全部に全力で取り組んでるからだよ。なんで本気でやってる俺がイライラして、適当にやってやりたくないからやらないとか言ってる奴が楽しくなってんだよ」


優人と後ろの集団との距離はどんどん開いていく。 だが、優人は期待していた。きっと『友達』なら今の自分の話を聞いてくれる。話しかけてくれると。


それから数分が過ぎた。まだ話しかけに来ない。込み上げる怒りを押さえつける。しかし、体は正直だ。歩くスピードはどんどんと早くなり、差は開き続ける。


またしても優人は愚痴を零した。

「お前らも結局は『友達』じゃないただの『人』なんだな。誰も俺に手をかさない。期待していた俺が馬鹿みたいじゃないか。指揮してる時だってそうだった。俺は毎日家で何度も何度も練習した。大事なところを理解した。それを共有することの何が悪い?なぜ俺が笑われるんだ。大きく指揮をしてたら歌い辛いのか?だったら言えよ。影でごちゃごちゃゆうなよ。今だって聞こえてんだよ。なんでみんな俺の悪口ばっか言うんだよ。」


後ろでは優人を小馬鹿にして笑いを取る『人』が多くいた。いつもは優人と笑い合っている仲でも少し離れれば馬鹿にする。優人の周りはこんな『人』だらけだった。



 気づけば家に着いていた。母のおかえりという声に元気で「ただいま!」と答える優人。「ちょっと上行くね」と自分の部屋へ行く報告を続ける。


母には自分の悲しんでいる姿を見せられないという

、優人の思いがあった。


階段をあがり、ベットに飛び込み、枕に顔を埋める。ここで叫べば怒りも悲しさも全部忘れられる。しかし、当然叫べば母に心配される。口を閉めて、落ち着こうと思うと、涙が溢れ出す。


それから一時間は寝ていたかもしれない。起きていたのかもしれないが、殆ど記憶がない。


その後、夕食を食べて、気持ちを落ち着かせた優人。自分はクラスのリーダーなのだから、ここは自分が折れる必要があるという決意の元、クラスラインにメッセージを送る。


(今日は怒ってごめん。みんなだって一生懸命やっているのに、自分のことばっかりで。明日からまた頑張ろ)



 翌朝、優人の目覚めはスッキリとしていた。昨日爆発した気持ちは一通りの整理がついていた。


朝食を食べて、朝練へ向かう。足取りは軽く、かと言って昨日の下校のように足早にならない。絶好調と言っていいコンディションだった。


学校へ着く。さすが早すぎたのか、まだクラスメイトは誰もいない。あと五分もすれば着くだろうと優人は考えた。しかし、十分経っても誰も現れない。


優人はだんだんとイライラしてきたが、昨日のようなことにはなるまいと気持ちを落ち着かせた。朝練ができる時間はあと二十分しかない。


クラスメイトが来たのはその十五分後だった。


そのクラスメイトは言う。

「あれ、優人くん今日は早いね。早起きしたのかな?」


優人はその目を見て、嫌味で言ってることではないと分かった。そして、誰一人として朝練などしたくなかった事を悟ってしまった。


途端、優人は椅子から荒々しく立ち、下駄箱に向かって走った。優人の中で、怒りではなく、悲しみが勝ったのだ。このクラスにいたらきっと自分は泣いてしまう。その上、昨日のようにいつか怒ってしまうかもしれない。


優人は息を切らしながら言う。

「もう俺はこのクラスには必要ないんだ。俺がいるから、みんな楽しくなくなっているんだ。俺はもう学校には行けない。」


走り疲れて少し歩くと、響也が前から歩いてきた。登校中生徒が何人かいる中でも、すぐに目に入った。一瞬目が合い、同時に目をそらす。目線を落としながらすれ違う。


いよいよ、家に着いてしまった。「ただいま!忘れ物しちゃったよー」と言って精一杯の空元気を出す。「おかえりー!」と優しいジョークを言ってくれる母を見て、悲しみが大きくなる。


 それから一週間が経った。母には腹痛や頭痛などと嘘をついて休み続けた。


しかし、優人は知っていた。学校から抜け出したあの日、荷物は学校に置きっぱなしだったことを。それを母が受け取りに行ったことを。響也が先生に、先生が母に事情を全て話したことを。


なぜこのことを知っているのか。それは、優人の『友達』だと思っていた『人』の一人がラインを送ってきたのだ。それからしばらくして、同じ『人』に合唱コンクールに招待された。罪悪感を感じてのことなのかは分からないが、(心配してるよ)といった見え透いた嘘が優人には痛々しく感じた。


しかし、優人は自分のために何かを用意してくれていると勘違いした。なんだかんだ言っても『友達』だったなと優人の中で勝手に見直していた。


なるべく生徒に会わないように会場へ向かい、顔を俯かせながら座る。一年生の合唱が終わり、二年生の合唱が終わった。いよいよ優人のクラスの合唱。指揮台に立ったの響也だった。優人はこの時点で聞く意欲を失ったが、歌い出すと会場が圧倒された。そう、圧倒されるほどに下手くそで小さな声だったのだ。挙句の果てに、所々にニヤニヤしてふざけ合う生徒がいた。当然、響也の指揮もとても小さく、感情の籠っていないお粗末なものだった。結局そのままの見るに耐えない、聞くに耐えない合唱で終わってしまった。当然、サプライズのようなものは存在しなかった。


優人は家への帰り道、目を閉じ、全てを諦めた。


本当の『友達』、本当の『仲間』そして、本当の『自分』、それらを見つけるのはとても困難であり、時には辛く、苦しい時もあるだろう。しかし、それらを見つけ、怒りも悲しみも分かち合えたなら、人生は初めて意味をもつだろう。


『優人』はいつか、生きる意味を見つけられるだろうか。













評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ