ショート 農術士と亀
残された日数はあと二日。それまでに何としてでも課題を達成しなければならない。
橋のそばにある大岩へと背を預け、地面へと座り込みながら考える。
農協……農術士協同組合から出された課題は、どれも聞いた時には簡単そうに思えた。
作物を育て続ける根気、育て上げる為の技術、育てる為の土地を作る体力。
どれを証明するにしても、この短期間では難しい。色々な土地を巡って証明出来そうな物を探したが、何も見つからない。
歩き疲れ、腹も減ってきた。考えるのにもエネルギーを使ってしまう、何かしら食っておかなければならないだろう。
あご紐を緩めて、兜代わりにかぶっていた手桶を脱いだ。
川から水を汲み上げ、何も生えていない場所へと撒く。指先で地面に穴をあけ、幾つかの袋の中から種をひと粒ずつ置き、土をかけてやる。両手を拝むように合わせて詠唱する。
「大地の恵みとその優しい味に、感謝します」
みるみる内に成長しゴブリンの頭ほどのサイズとなったキャベツを、腰に下げた菜切り包丁で収穫する。採りたてはみずみずしく、風雨に晒されていない葉は外側までも柔らかく、中央に向かうにつれて甘みが増す。三分の一ほどを食べ終えた頃、急に辺りが暗くなったのに気がついた。これは一雨来るのかもしれないな、そう思い空を見上げるとそこには大きな亀の顔があった。
大岩だと思っていたのは、巨大な玄岩亀だった。通常は大人が両手を広げたくらいの大きさだが、ここまで大きくなるには何年、何十年とかかるだろう。作りたてのキャベツを頭上にかかげながら、出された課題に頭を悩ませているのだと告げる。
「なるほど、出来ることなら力を貸してやりたいが、キャベツを数個食ったぐらいでは、なぁ」
「それでは、このキャベツを畑一面に作りますので、その一割でいかがでしょうか」
「この旨いキャベツをか? ニンジンは作らぬのか」
「お望みであれば、畑のものなら何でも」
大きな岩が揺れ木々に止まっていた小鳥たちが飛び立っていく。どうやら笑っているらしい。
「よかろう、その言葉、しかと聞いたぞ小さき人間」
翌日の朝、街の側にある空き地へと農協の会長と副会長を案内しつつ、大岩を指差した。
「一日がかりで向こうの橋からここまで"移動"させました。なかなか重く、根気の居る作業でした」
「……これを一人で? 大男を何十人集めても持ち上げる事すら出来ないだろう。どうやったか知らんが、きっと何かしらの掟破り(チート)に違いない!」
副会長が早口にまくしたてると、会長はそれを宥めるよう、ゆっくりと喋る。
「まぁ、ここにあるのだから仕方あるまい。根気と体力はこれで良しとしよう」
「いや、技術の証明もまだ残っている。さぁ、さっさと証明してみせてくれ」
割り込むように副会長が怒鳴るので、大岩へと手を置きながら……昨日付けた目印をさすり、つるはしでなく鍬を拾い上げ、大きく振りかぶった。鋤は甲板の隙間へと吸い込まれるように突き刺さり。
「痛!」
甲羅の一部を削られ思わず声が出てしまったのだろう。後ろを振り向くと、今の声は何だと尋ねられた。
「思ったよりも力を入れすぎてしまいまして、鋤を持つ手が痺れただけです。ご覧の通りただの鋤でも岩を削る技術がありますので、畑を耕すなど造作もありません」
腕を組み、ゆったりとした動作で首を縦にふる会長の横で、副会長はこう叫ぶ。
「岩を割るくらい技術のうちには入らない、証明にならないということだな。わざわざ呼び出すからよほど自信があると思ったが、期待はずれだった」
「先程から黙って聞いておれば、小さき鼠が逃げようとしておるな。踏み潰してやろうか」
背後で大岩の立ち上がる気配がする。後ろを振り向くことなく、腰を抜かした副会長へと尋ねる。
「魔物を飼いならす度量と技量、これで証明……ということにはならないでしょうか」
異論が出ないので、恐らく認めてもらえたのだろう。
大きな足が地面をつつつとなぞり、畝が出来る。そこに種を蒔いて水をかけ、両手を合わせる。畑一面に出来上がったキャベツとニンジンを眺めながら、農術士も大変だなぁ、と一人呟いた。
お題:カメ・化ける・キャベツ