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夢見るアリスと白兎アイホート  作者: 潮田しお
第1章『奇跡の林檎は絶望となりえるのか』
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Dream.5『奇跡の林檎』

孤児院の門を潜り外に出てすぐだった。獣臭さが鼻をかすめる。臭いのする方に振り向くと、大きな熊の死体が横たわっていた。


「えぇっ!?」


 注意深く近寄ってじっくりと見てみる。

 鼻先に1つ、胸部に1つ切りつけられた跡がある。だいぶ深い傷のはずなのに血は一滴も垂れていない。血を抜かれている?どうして?


「なるほど」


 イヴは何か納得したように呟く。


「犯人は刀身を清める呪文を使った。だからシュブ姉を襲えたのか」


「それってどういうこと?」


「刀身を清める呪文は純銀製の刃物に対して利用される。呪文を使うと通常の刃物ではダメージを与えられない相手に傷を負わせ、威力も強化することができる。その呪文に必要なのは大型の動物の血液。シュブ=ニグラスには物理的な武器は効かない。そして、その人柱であるシュブ姉にも同じ性質がある」


「そっか、てことはかなり計画的な反抗だね。」


「あれ、だとしたら順序がおかしくない?凶器はキッチンのナイフなんだよね?熊を倒せる程の武器があるのに、わざわざナイフを使うかな?」


 だんだん事件の真相に近づいていくのがわかった。

 犯人はここに来る前から凶器を隠し持っていて、その武器でナーサリーさんを襲った。

 キッチンのナイフも銀で出来ているけどそれは罠。後からナイフを取り出して血をつけ、私に罪を被せるためにわざと目につく場所に置いた。


「そういうことなんだよ!きっと!」


 やっぱり私は犯人じゃないと、イヴを指差し自慢げな顔でカッコつける。


ーー決まった。


 そう思った瞬間、パシャリと水っぽい白い物が手の甲に落ちた。


「あ、鳥の糞」


「いやぁああっ!?」


 せっかく、いいところだったのに全てを台無しにされてしまった。ここ最近本当についてなくて嫌になる。きっと今の私は苦虫を噛み潰したような渋い顔をしていることだろう。


「……怒りたい」


「好きにするといい」

 イヴは同情的な、憐れむ眼でアリスを見る。


「バカヤローーーーー!!!!!!」


 今までに溜まっていた鬱憤を全て吐き出したアリスの嘆きは、森中に木霊していった。



 麓に続く遊歩道を進んでいくと、無事に村に着くことが出来た。だいぶ長い道のりで山歩きに慣れてないアリスは村に着く頃には疲労困憊で虫の息だった。イヴは平然とした様子で膝を着くアリスを見下ろしている。


「やっぱり私がおぶって行った方が良かったのでは」


「いや……年長者として……イヴちゃんを頼るわけには……」


 村の入口でもたもたしていると、私達に気づいた村人が心配そうに話しかけてきた。


「お嬢ちゃん大丈夫かい?見ない顔だね、ん?よく見たら夢見る人じゃないか。イヴちゃんまで朝早くに」


「大丈夫……です。夢見る人かどうかってそんな見てわかるものなんですか?」

 アリスは大きく息を吐いて疲れを吹き飛ばしてから立ち上がって聞く。


「ああ!雰囲気が違う」老人は快活に答える。


 イヴが肘で私の横腹を啄く。


「あの、他にも聞きたいことがあって。今日ナーサリーさんのところに寄った人ってわかったりしますか?」

 本来の目的を思い出して聞き込みをする。


「……さぁ、誰がいつ彼女のとこにいくかまでは。みんな善意で供物を供えに行くからねぇ。……何かあったのかい?」


二人の異様な雰囲気を察して老人は低い声で尋ねた。


「シュブ姉が亡くなった。」


 イヴはナーサリーが()()()()()()()()()()()()()()遺体で見つかった次第を老人に説明した。


「……なるほどね、そりゃ悲しいことだ。それで村に降りてきたということは、儂らの中にその不届き者がいる可能性があると。儂の方でも村のヤツらに聞いておこう」


 籠の中身について、同じ食材を育てている人が居ないか聞いてみた。


「それなら大概ここに住む全員が育てとるわ。勿論、儂もな」


 想定通りの回答だった。やっぱり食べ物だけで容疑者を絞るのは難しい。老人はこれから畑仕事があるからと去っていった。

 道行く人々に同じことを尋ねてみたがどれも同じような回答だった。




「詰んだ〜!」


 果樹園の中、2人は黒レンガが敷かれたスペースで椅子に腰掛けている。アンティーク調のアイアンテーブルに紅茶と果物のスイーツを並べてティータイムをしていた。


 路上で困り果てていた私達を見てお節介なおばさんがゆっくりしていきなと気を利かせてくれたのだ。


「こうなることは最初からわかってたはず」


「うぅ〜。今は果物がとても美味しいことしかわからない。でも、大丈夫!頭を使うには甘いものがいいって言うしね。この後きっと私の名推理が見れるに違いないよ」

 デザートを食べ気分が上がったアリスの根拠の無い自信にイヴはため息を着く。


「犯人が見つからなかったら、わたしはあなたを犯人として突き出す。それが嫌ならもう少し真面目にして」


「やってるよ、でも、本当にわかんないんだもん。証拠が少なすぎるよ……」


アリスはテーブルに突っ伏して、蔦の装飾を人差し指でなぞる。

暗い空気が二人を包み込む。


「そんな怖い顔してどうしたのー?ほら、甘いもの食べて元気出して!」


 三角巾を被って三つ編みして後ろ髪を纏めた若い女性が切り分けたアップルパイを2人の前に置く。ツヤツヤと美味しそうに輝くパイにフォークを刺して口に運ぶ。


「二人を呼んでおいて本人が居なくてごめんね、お母さん今、村の掲示板に貼り紙しに行っててね。ナーサリーさんの件とか、不審者が他所の村やうちの近くで目撃されて、注意喚起してるのよ。」

 女性は近くのテーブルから適当に椅子を取って来て座る。


「不審者…?」


「詳しく聞かせて」


ナーサリーさんのことが頭をよぎる。何か関係があるかもしれない、二人は固唾を飲んで傾聴する。


「なんかねぇ、トランプのシンボルを模したローブを着た変な人が目撃されてるみたいなの。カルト教団ってやつ?それはまぁいいとして、人柱様の訃報もチラホラ聞くし、怖いよね。イヴちゃんは強いから大丈夫だと思うけど、気をつけてね。あたしが知ってるのはそれだけ」


「その目撃された村の近くって何処ですか?」


女性は少し考え込んでから、()()()()()()()()だったような、と答えた。




 思いがけず、とても重要な話を聞けた気がする。犯人と何か関係があるかもしれない。私達は早速そこに向かうことにした。

 道沿いに出ようとしたとき、イヴがアリスの袖を掴んで制止した。

「待って、これを見て」

 

イヴが木になった林檎を指さす。林檎がどうかしたのかと思って見てみるとあることに気づいた。

 葉に虫食いが無い。()()()()()()()()()()()()()()()()()。急いで戻って女性に問いかけた。


「あの、この村で林檎を無農薬で育ててるお家って何処にありますか!?」


 掴みかけた大きな手掛かりに興奮して声が大きくなる。


「それなら……あぁ、さっき話したおばさんが育ててるよ。凄いよね、一体どうやって育ててるんだろ。みんなこぞって試してみたけど食害に病気ばっかりで諦めーーちょっと、2人とも!?」


 間違いない、その人が犯人だ。不審者の話と事件が繋がった。のんびりしては居られない、もしかしたら勘づかれて逃げられてしまうかもしれない。

 私達は道中で散歩をしていた馬を拝借して、目的地まで疾走した。イヴが手網を握って、アリスはイヴの背中にしがみつく。

 飼い主を驚かせて申し訳なかったけれど今はそれどころじゃない。



「ここで間違いない」


 イヴが林檎の果樹園の前で馬を止める。馬が逃げ出さないよう樹木に手網を固定して、招かれるように玄武石の階段を登っていった。


 この先に、ナーサリーさんを殺した犯人がいる。緊張して冷や汗が背中を伝う。

 そっと、家の扉に耳を当てて中の様子を探る。人の生活音がする。イヴにアイコンタクトをとり、覚悟を決めて扉を叩いた。



 ハァイと間延びした声が扉越しに聞こえ、ガチャりと開いた。

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