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夢見るアリスと白兎アイホート  作者: 潮田しお
第1章『奇跡の林檎は絶望となりえるのか』
3/35

Dream.3『白兎アイホート』

 衝撃的な言葉に狼狽する。……死ぬ?あの痛みをもう一度味あわないといけないの?

 死の恐怖を思い出し、体が震える。


「別の方法は無いんですか!?難しくても、確実じゃなくてもいい……」


「……元々、入口の役割をしていた炎の洞窟も崩れてあそこの階段を使えないし、ナシュトとカマン=ターも行方知れず、帆船も壊れて食屍鬼は生息地を追われて穴が無い…」


 ナーサリーさんはブツブツと方法らしきものを上げていくが、どれも現状不可能なものばかりに聞こえた。


「……アリスちゃんが望んで帰れないのなら、外部からの干渉を待つしかないかな。運でしかないけど、いずれ朝は来るから大丈夫。お母さんが眠ってるあなたを起こしてくれるはずよ。心配する気持ちもわかるけど、ドリームランドと覚醒の世界では時間の流れが違うから、目が覚めるといつの間にか数日、何年も経ってたなんてことは無いから安心して」


 そう私をなだめて、もう遅いからと話を切り上げて、お風呂に入ってそのまま寝た。夢の中で寝るって何か、変な感じ。さっき起きたばかりだけれど、色んなことを聞いて脳が疲れていたのか不思議とぐっすり眠れた。


 アリスは夢を見る。見上げると、巨大な黒い雲の塊が渦を巻きながら、寄り集まった霞が触手の形を成したり、大きな口になったりして粘液を滴り落としている。

 次第に不定形だった肉体は鮮明な輪郭を描き、中央部に果実のように芽を吹いているそれはボトリ…ボトリと糸を引いて落ちていき、千の仔山羊をなり誕生を喜ぶかのようにゼリー状の触手をうねらせていた。

 そればかりか、巨雲から一対のねじ曲がった足が大地に伸びると、大きな振動が伝わり彼女の蹄が地を割った。亀裂がアリスを恐ろしい速さで追いかける。逃げ損ねたアリスは、深淵へ導く大穴へ落ちていった。

 落ちる感覚は浮上へと代わり、アリスはベッドから跳ね起きた。


 とても嫌な夢を見た気がする。外からはチュンチュンと朝を告げるさえずりが聞こえた。


「…何だったんだろ、よく思い出せないや」


 アリスは欠伸をして、目元を擦りボヤけた視界を正す。ここは2階の子供部屋。2段ベッドが北、東西側に3つと大きなクローゼットがある。昨日、私が目覚めたのはナーサリー・ライムの部屋だった。行く宛てもなかったから、こうやって部屋に泊めてくれるのはとてもありがたい。

 とりあえず、顔を洗うために部屋から出て階段を降りる。脱衣所の蛇口を捻り、目を覚ますように冷たい水を顔に掛ける。


「やっぱ、出れないか」

 物干し竿で干されている衣類に目を向ける。私が昨日着ていた服だ。所々穴が空いて、赤い染みがついている。結構気に入ってたのに残念。

 さっきから室内はしん…と静まり返っている。少し早く起きすぎたのだろうか。足音を立てないようにゆっくり食堂へ向かって昨日のお礼に朝食を作ることにした。


 扉を開けると、絶句した。

 キッチンから引きずったような血の跡と、喉と腹を切り裂かれ絶命したナーサリー・ライムの遺体があった。全身から血の気が引いていくのを感じた。

 夢のような時間はいつも呆気なく終わりを告げる。まだ何も出来ていないというのに、途中で強制的に現実へと引き戻されるように。


「一体、誰がこんな酷いこと……なんで………ッ!」


 力が抜けて膝から崩れ落ちる。ふと、視界の端にキラリと光るものが見えた。よたよたと近づいていくと、血に塗れたナイフが落ちていた。血のついてない部分からは鈍く()()()()()()()()のが見える。


「これで、ナーサリーさんを……?」


 怒りと悲しみでナイフを握りしめていると、背後からギシリと音がした。床には私以外の影が伸びている。

 背筋が凍った。心拍が早くなる。恐る恐る、振り返って影の正体を瞳に映した。


 そこには、白い兎がいた。私のぼんやりとした理想絵図に解を示した紛うことなき白兎。


 白磁器のように透き通った肌にピンクのアレキサンドライトの潤んだ瞳。神秘的な月白色の地につくほどの長い髪が揺れる。瞳と同じ色の宝石が単眼のようにはめ込まれた複数のうさぎのぬいぐるみが少女の腰を囲み私を見下ろしていた。


「……………あ、あなたは?」


 あまりの美しさに呼吸すら忘れてしまっていた。

刹那、自分の体が床に打ち付けられていた。少女が私の手首をひねり、馬乗りになっている。

 どうにか振りほどこうとするが全くビクともしない。小さな体の何処にこんな力があるのだろうか。


「わたしはアイホートの人柱、イヴ。シュブ=ニグラスの人柱、ナーサリー・ライム殺害の容疑で捕縛する」


 イヴと名乗る少女は怒気を含んだ静かな声で言った。

 とんでもない勘違いをされている!なんとか弁明しないと。


「ち、違うよ!私は犯人じゃない!私はナーサリーさんにこんな事しない!」


「遺体の前で凶器らしき血の着いたナイフを握りしめておいてよく言う」


「本当に違うの!さっき起きて、来たばかりで!」


「初対面の他人の言葉なんて信じない。今白状したら尋問にかける前に楽に殺してあげる」


 骨が折れてしまいそうな程キツく私の手首を握りしめる。


「さっき捕縛するって言ったよね!?チャンス、チャンスを頂戴!今は信じなくていい、私が真犯人を見つけるから殺さないで!」


 イヴは手を離し、退くと険しいし表情のまま言う。


「わかった。でも、見つけられなかったら…わかってるよね」


 私は頷いて立ち上がる。絶対に犯人を見つける。ナーサリーさんの無念を晴らすためにも、自分のためにも。


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