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夢見るアリスと白兎アイホート  作者: 潮田しお
第1章『奇跡の林檎は絶望となりえるのか』
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Dream.2『姉なるもの』

 アリスは悪夢に魘されていた。

漆黒の空間に、私とバケモノの2人きり。バケモノには顔が無く、代わりにヤスデのようなグロテスクな触覚があり、身体のシルエットは人型に近いが明らかに地球のものでは無い骨格だった。


『ーー繧a壹ョ逶』


 怪物が私に語りかける。私はその声とも言えない音を理解する気もなく、ただノイズとして空間に反響するのみで、私はぼーっと虚空すらも見つめてはいなかった。


『◆後繧i医縺カ蜿ッ縺>倥鬘?溘縺↑昴縺』


 ……どうしよう。はやく、おうちに帰らなきゃ。


 お母さんに怒られる。




 香ばしい匂いがして私は目を覚ました。目を擦り、背伸びをして、ベッドから降りる。

 ……あれ?お母さんが料理をしているのかな、珍しい。何かいい事でもあったのだろうか。寝坊するなんて、後で怒られてしまうな。

 その事に気づくと寝ぼけて愚鈍になった頭はハッと冴え渡った。そして、別のことにも気がついた。


 ここは私の部屋じゃない。


 気絶する前のことを思い出して、あれは夢じゃなかったことに身震いする。…そうだ!怪我!

 私は着替えさせてくれたのであろう、パジャマの裾をたくし上げ、袖を捲り、体の隅々を確認したが傷痕1つ残っていなかった。

 寧ろ、ここに来る前より元気になった気がする。


「どういうこと?やっぱり夢だった?いや、でも…」


 考えても何もわからないので、とりあえず部屋を見渡してみる。


 これは私がさっきまで寝ていたベッド。少し高さがある。ベッド下の引き出しを引くと婦人用らしき衣類が入っていたので何も見なかったことにして元に戻す。

 …ブラジャーでかかったな。


 隣には大きな本棚があり、様々なジャンルの本が規則的に並んでいる。

 下の扉を開けると、『宝物』と書かれているのであろう貼り紙がされたケースやアルバムが収められており、ケースの中にはどんぐりのクラフトや手紙、ドライフラワーの花冠が入っていた。


 壁には、額に入った子供が描いた落書きと、女性と男性、子供達の集合写真が飾られていて微笑ましい。


 この女の人、私を助けてくれた人かな?車椅子に乗ってないし、角とかお腹も膨らんでいない。一瞬誰か分からなかったけど、雰囲気は確かにあの人だ。みんなとても幸せそうに笑っている。


本棚の向かいにある机には椅子は無く、ランプとベンジャミンの小さな鉢が置かれている。


「この植物かわいいなぁ、葉っぱがクルクルしてる。ん?これは……」


 机の上にあった一枚のメモを手に取る。


『体の具合はどう?お腹が空いたら食堂にいらっしゃい。晩御飯を用意しているわ。部屋を出て右を真っ直ぐよ』


 この匂い、あの人が料理を作ってるのかな。意識するととてもお腹が空いてきた。私はルンルンで部屋を飛び出し食堂へ向かった。



 私が食堂に入ると、ゆったりと婦人が車椅子に座ってキッチンから顔を出し、こちらに寄って体調を確認するように私の顔を覗き込んだ。


「あら、おはよう。もういいの?えっと……何ちゃんかしら?」


「私、アリス・カーターです!」


「アリスちゃんね。私はシュブ=ニグラスの人柱、ナーサリー・ライムよ、よろしくね。お腹空いたでしょうご飯できてるわよ。あ、嫌いなものとかアレルギーは無い?聞く前に作っちゃったわ」


「人柱??シュブ??……大丈夫!大抵のものはなんでも食べられます!」


 聞き馴染みの無い単語が聞こえたが、一体何なんだろう。


「良かった。それじゃあ、好きなところに座ってて。食事を持って行くから」


そう言って、キッチンへ戻って行こうとする婦人を私は引き止める。


「いやいや、お腹に赤ちゃんが居るのにそんな!私が運びますよ!何故かすごくピンピンしてるし、お姉さんの分も持って行きますよ!」


婦人は私の言葉にクスリと笑い、「大丈夫よ、でもありがとう」と私の頭を撫でた。




「おいし〜!心身に染み渡る〜!」


 私はとろけそうな頬に手を当てて、次から次に料理を口に運んでいく。


「口に合ったみたいでよかったわ。余り物しかなくて、質素なものしか用意出来なかったけれど」


「余り物でこんなに色々作れちゃうなんて、天才ですよ天才!私だったら全部カレーに入れちゃうよ」


 食べながら、ある疑問が頭を過ぎった。ナーサリーさんは足が不自由で、あの怪物の助けを借りつつ生活しているのだろう。

 加えて、ここは彼女が経営している孤児院らしく、そこそこ大きめの建物だ。彼女1人で清掃なんて難しいはずが、床は綺麗に保たれていて、食材だって……畑仕事なんて絶対無理だろうし、こんな山奥に販売所なんて……。


「そう言えば、この食材ってどうしてるんですか?それ以外にも、大変ですよね。見た感じ私以外に子供は居なさそうだし…」


「森の麓にある村人の方達が助けてくれるの。よく家に来て、野菜や果物にお肉、私の手の届かないところの掃除とかね。本当に感謝してもしきれないわ。何かお礼をしたいのに、人柱様が守ってくれているお返しだからって聞いてくれないの。だから私、せめてもと森に来た村人が魔物に襲われて怪我をしないようにさっきみたいに巡回しているのよ」


 なるほど、そうだったんだ。

 …それにしても、チラホラと出てくるワードが気になって仕方ない。あの時の、夢見る人というのもよくわからない。わからないことだらけだ。

 皿に残ったご飯をまとめて胃に流し込んで、ナーサリーさんに食い気味に問いかけた。


「あの、人柱って?夢見る人って?シュブ=ナントカ??……一体何なんですか!?……あっ!私の怪我のことも!他にも、この場所とか、えっとえっと」


 疑問を口にすると、次々と心に留めていた疑問が湧いてきて頭がぐるぐると溶けていく感覚に襲われた。


「ゆっくり説明するから落ち着いて。まずはここについて話しましょうか」


ナーサリーさんはスプーンを置いて、一つ一つ、噛み砕いて丁寧に答え始めた。



「ここはドリームランド、夢の世界。とは言っても、これはあなたが見ているただの夢ではなくて、覚醒の世界……あなたが居た世界の裏の次元にある地球の共通夢から生まれた世界、と言ったらわかりやすいかしら?ここはその一部、あやかしの森」


「アリスちゃんを襲ったのはズーグって言う魔物。普段はきのこやどんぐりを食べてるんだけど、あなたみたいな外から来た人の力を求めて人に危害を与えることもある」


「夢見る人というのは、私達ドリームランドの住民から見た、あなたのように外から来た人々のことを指すわ。彼らには不思議な力があってね、自分が想像したものを実体化することができるの。アリスちゃんを治したのも、そういう魔法」


アリスは魔法という言葉に反応し、一層蒼い瞳を輝かせた。


「魔法?魔法があるの!?私にも使えるかな。うわぁ、ドキドキしてきた」


「魔法と言うより呪文かな。使えるわよ、方法さえわかれば誰でも」


ナーサリーさんは話を戻して自身のことについて語った。


「人柱について語るにはまず、神話について知らないといけないわね。アリスちゃん的にはギリシア神話やエジプト神話なんかが身近よね。あまり知られてないけど、そこにクトゥルフ神話というものがあるの。とても恐ろしいものだから詳細には話せないけれど、クトゥルフ神話には沢山の地球を壊しかねない程の力を持った神々がいるの。宇宙の外から来た外なる神、古の時代に地球を支配していた旧支配者、元から地球にいた旧神とかね。ちなみに、私の従属する神、シュブ=ニグラスは外なる神。人柱からはよく自身や他人が従属している神を主神と呼んでいるわ」


「そして、その人柱というのは主神を見立てた身代わりの存在。強大な力を持つ神々を魂の檻で封印しているの。人柱が居なくなった神々の代わりになることで世界のバランスも保たれる、あくまで人間だから管理が容易。私達の仕事は生きること。死んじゃったら封印が解けてしまうから」


人柱。言葉の響きからして、とても不穏な予感がしたが的中した。ナーサリーさんは死ねない、死んではいけない。最悪、どんな形でもいいから生かされ続ける。

 体だってそのせいかわからないけれど、人のものと思えない程歪んでいる。


「ナーサリーさんはつらくないんですか?」


予想外だったのか、目をパチクリさせるがすぐ笑顔に戻って


「えぇ、私には子供達が居るし。もう巣立って居ないけれど、今でも手紙でやり取りをしている。守りたい人達もいる。代わりに超人的な力を得たし、それに、人柱に選ばれることは名誉な事だから。私は生きる理由、使命だと思ってる。だからつらくないよ」


「互いに引き寄せあっているのかな。ここの卒業生もみんな、私と同じ人柱で、みんなやりがいを持っている。だったら私も頑張らなきゃ」


 熱意に溢れたナーサリーさんを見ていると、とても羨ましく感じた。


「そうですね、新しい命のためにも頑張って生きなくちゃ」


ナーサリーさんは笑顔のまま、少し困った風に続けた。


「私、子供が出来ない体質なのよ。これは人柱になった影響。ちょっと色々あってね体が少しずつ人からかけ離れていってるの。」


「……あ、ごめんなさい」


 しまった、知らず知らずのうちに地雷を踏んでしまっていた!旦那さんが見当たらない辺りから気づくべきだった!


「気にしないで。でも、あの人が孤児院の話を持ちかけてくれたおかげで大切な子供達に出会えたから、ある意味感謝しているのよ?」


 あの人、写真にいた男性かな。

 この話はもうここまでにしておいた方がいいよね。別に今聞かないといけないわけじゃないし。いずれ、機会があったらーー


「最後に1つ、いいですか?」


「ええ、勿論」


 質問内容は決まっている。当然帰る方法だ。せめて、学校に行く前には戻りたい。

 少し居るだけでも長い時間が経ってるような気がして、鬼の形相で怒るお母さんが脳裏に浮かんでそわそわする。


「どうやったら、元の世界に帰れますか?」


 ナーサリーさんは、私の質問に首を傾げた。


「帰れないの?おかしいわね、帰りたいって思えば帰れるはずなんだけど。だって、あなたからしたらちょっとした夢でしかないもの」


「そんな!困るよ、じゃないとお母さんに怒られちゃう!」


 ナーサリーさんは少し考え込んで、真剣な表情で告げた。


「……そうね、かなり強引だけれど必ず帰れる方法は、ある。それはーーーー



ーーーーーーーーーー死ぬ」

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