4.ロニの家
「着いたぞ、ここが俺の住んでる所だ」
ロニの言葉に子供たちが目を向けると、簡素ではあるがしっかりとした、ロニの肩くらいの高さの木の柵に囲われた辺り一面の畑が見えた。
最初は子供たちの目には暗くて見えていなかったが、よく目をこらすと子供たちの目にも畑の向こうの、煙突の生えたそこそこ大きな丸太小屋が見える。
畑の向こう側には川が流れており、流れる水が僅かに光を反射する。
「入口はこっちだ、あと少しで休める」
柵に沿って移動すると、一部分だけロニの腹くらいの位置まで柵の高さが下がっている部分が見えてくる。この部分は扉のようになっており実質的な入口だ。
ロニは入口の向こう側に上から手を伸ばしてかんぬきを外した後、押して開ける。
開けてみるとそこそこ幅は広く、馬車は無理だが荷物を載せた馬程度なら余裕で通れるほどだ。子供たちがロニについていくと、入口よりもう少し広い一本道が家まで続いている。道の両側には畑が広がっており、左側の畑の向こうには柵は無く、川が流れているのがよく見える。
子供たちが全員入ったことを確認したロニは再びかんぬきをかけ、家に向かって歩き始める。
「兎は家の前で降ろしていいからな」
道を歩いて家の前に着き、子供たちは兎を降ろして息をつく。ロニは家の戸に向かって声をあげる。
「爺さん、帰ったぞ。とっとと皮剥いで解体してくれ」
足音のした後、戸が内側に開き、口元に豊かなヒゲをたくわえた強面の老爺が出てきた。
その顔にびくりとミアロとラズは身体を震わせるが、レドは相変わらずのんきな表情を浮かべている。
「今日は収穫があったんじゃな、ロニ。ん、その子たちはどうしたんじゃ?」
子供たちの姿に気が付くとじっとその鋭い眼光で見つめる。レドはにこりと自然に微笑みを見せたが、あとの2人はぎこちない笑顔を浮かべる。
「あ、あのー、実はロニさんに助けていただきまして、それで……」
「森に助けろと言われた」
「えっ?」
「……気がした」
ミアロの疑問の声に、ロニは焦った表情で言葉をつけくわえる。そして誤魔化すように、肩に担いでいた2羽の兎を老爺に見せる。
「こいつらに追われてたところをたまたま見つけた。そんで何か事情がありそうだから連れてきた」
「ふーむ、まあお前の狩場まで普通の子供が入ってくるとは思えんしの」
「村がどうとか言ってた。まあ、さっさと解体して飯作ってくれ。聞くのは飯食う時でいいだろ」
そういってロニは子供たちの置いた兎の横に、担いでいた兎を降ろす。
「疲れたろう、水を持ってくるよ」
「いや、俺がやる。とっとと飯の準備してくれ、爺さんのねんざ回復祝いだから豪勢に分厚いステーキが良い」
やれやれ、といった表情で、老爺は解体用のナイフを持って兎を川の方に引きずっていく。
ロニは家に入り、子供たちに手招きをする。そして一緒に家に入ると、丸太を加工した椅子に座るようにうながす。
座った子供たちに対し、台所の陶器の水差しに入っている水をタオルに少しかけて濡らし、次は木製のコップに水を入れ、濡れタオルと水の入ったコップをそれぞれに差し出す。
「手拭いてそれ飲んで待ってろ、血を落としてくる」
台所に戻ってかまどの灰を木おけに入れ、木おけと海綿スポンジと布きれを持ってロニも川の方へ向かう。
川に着いたロニは木おけに少し川の水を入れ、灰を水に溶かした灰汁で使ったナイフを洗い始める。
この世界では油汚れや血はこれを使って落とすのが一般的だ。また、手でこすって洗う時もあるが海綿スポンジが使われることが多い。
ナイフを洗い終わったら川の水ですすいだ後に布きれで拭いて、ついでに鎧についた血も手ですくった灰汁で拭うように洗う。
「顔にもついとるからな」
老爺の言葉に水面をのぞき込み、映った顔についていた血も灰汁のついた手でこすり落とす。
そのまま手を川の水で洗い、顔と鎧にかるく水をかけて灰を落とす。先程と同じように布きれで拭く。
「灰汁とかはこのまま此処に置いとくから、洗うの忘れんなよ爺さん」
「そこまでモウロクしとらんわい。ああ、それとな」
老爺は手を止め、ロニの目を見つめる
「森の意思とかについて喋るのは、本当に気を付けろよ」
「……家に人が来たことないから、うっかりしちまっただけだ」
「確実にわししかおらん時以外は喋らんと言ったじゃないか」
「今後はもっと気を付ける、それで良いだろ」
そういうとロニは背を向け、戻ろうとする。
「待て、ロニ」
「なんだよ、しつこいな」
「バラすの手伝え。1人だと時間がかかりそうじゃ」
「……鎧脱いでからな」
ロニは家に戻って鎧を脱いだ後、しぶしぶ解体を手伝った。
「さあ、夕飯を準備するからの、もう少し待っとってくれ」
外で皮、肉、骨を処理し終わった後、老爺は肉と野菜を持って台所に向かう。
「すいません、ありがとうございます。えっと……」
「わしはロッズという。まあ好きに呼んでくれて構わんよ」
子供たちも名前を名乗ると、ロッズはにこりと微笑む。
顔が怖いのは変わらずとも、この人物そのものは怖い人ではないと子供たちも理解したのか、先程までのどこか怯えた雰囲気はなくなっていた。レドは最初と変わらないが。
しばらく調理の音がした後、出来上がった料理が机に運ばれてくる。
野菜のスープと切り分けた硬めのパン、そしてメインディッシュである塩で味付けした兎肉のステーキがそれぞれ木製の器に乗せて食卓に運ばれてくる。
全員に食事が行き渡り、ロッズも食べようとふと座ろうとすると椅子がない。
食卓の椅子は念のために4つあるのだが、今いるのは5人。足りないのだ。
「ロニ、作業部屋から椅子持ってきておくれ」
「やだよ、自分でやりゃいいじゃねえか」
「わしの肉を少しやるぞ」
「俺が持ってきた兎肉じゃないか、今日くらい好きなだけ食わしてくれよ」
「解体はほとんどわし、料理は全部わしじゃ。いいから持ってこい」
ロニはため息をついて渋々立ち上がり、作業部屋に行って椅子を持ってくる。
「さて、全員座れたし食うとしようか。君たちも遠慮しないでいいからの」
ロッズの言葉に子供たちはご馳走になります、と言ってまずスープやパンに手をつける。
ステーキ肉を切ろうとするとロッズに別のステーキが乗った皿が差し出される。
「肉くれるんだったよな」
ロッズはわかっとるよ、と一言いうと肉の端を大きめに切り分けてロニの皿に乗せる。
「おい、それ脂身多くないか?」
「年をとるとこういう部分が中々受付けなくてのう、ちょうどよかったわい」
「最初っから俺に押し付ける気だっただろ」
文句を漏らしながらも肉を皿にうけとり、もらった肉を食べようと金属製のフォークを肉に刺す。
「飯食ったらこいつら休みたくなるだろうし、今のうちに事情聞いといてくれよ」
「食べ終わってからで良いじゃろ。何なら明日でも……」
ミアロが会話に気づくと、顔をあげて食べていたパンを水で流し込む。
「では、食べ終わった後にお話しいたします。少し長くなるかもしれませんので」
その言葉にロッズがうなづいで肯定し、ロニは決まったならそれで良いと無言で肉を食べ始める。
しばらくして食事が終わり、一緒に話を聞こうとしたロニだったが。
「今日はお前さんが洗ってきておくれ。話はわしが聞いとくよ」
と言われ半ば無理やり川に食器を洗いに行かされる。
手伝うよー、と言って一緒に来てくれたレドに対して、ロニは言葉にはしなかったが少し感謝の気持ちを抱いた。