俺の産声は友人とのくだらない会話からはじまった
そのまま逃げるつもりか。
天使のように強く大きな翼を生やした天音に地面から問う。
「もう、遅いんだよゴースケ。この国の民は俺が神だって知っちゃった。俺がお前たちの元に戻ったらお前たちは神を奪った大反逆者になっちゃう。国家転覆を目論む逆賊として殺される。でも、俺が神になったら、俺の一言でお前らを守れるかもしれない」
もう遅いのはこっちの台詞だ。
お前は俺達といることが幸せだと言ってしまった。そうと知ってはお前を見逃すことができない。
それに国家転覆なら、全員覚悟ができている。後はお前だけだぞ
お前が国家転覆する覚悟さえ決めれば、全員反逆者になれる。みんなで共犯者だ
「ははっ、なにそれ」
天音は、信じられないとでも言いたげな渇いた笑いをみせる。
そうだ。お前の事が大好きだから、お前と一緒にいたいから国まだ反逆しちゃう馬鹿達ばっかりなんだよ。
お前はそれだけ愛されてるんだ。
「なにそれ…ほんと、なにそれ馬鹿だなぁお前ら」
お前が言ったんだぞ。俺達は最強だからなんだってできるって。国家転覆なんてあいさつ代わりにやってやろう
「王、死ぬほど強いよ」
たった3人で西の森の魔物を壊滅させたり、魔王を倒したり、馬鹿しか考えないようなことを可能にしてきた。
国家転覆だってできるんじゃないか?
「…そうかも」
そうやって天音は諦めたように笑った。
俺は巨大化して天音の目線に合わせて改めて心の中で言う
一緒に国家転覆をしよう。俺と一緒に俺達が幸せに生きていける居場所を作ろう。
「……いいよ」
天音は涙を拭って、台風の後の青空みたいに笑った。
思わず見惚れてしまう程綺麗だった。
天音は俺を抱きしめるように首に腕を回した。これまでにない顔の近さに、キスを覚悟し、心臓が大きく鼓動するが、天音はそのまま俺を持ち上げた。
「城に行こうか。手始めに、アイツらを助けにいこうぜ」
耳元をくすぐるように天音は言った。皮肉にも魔王が国家転覆を提唱した時と似たように。
俺は運びやすいに縮んだ。
天音は満足そうに高くあがる。
しかし、そこから数センチ浮かび上がった途端。
天音の大きな翼が泡のように消えはじめた
「え?」
それが想定外の出来事であることは、天音の表情ですぐにわかった。
「なになになになに~~!?!?」
つい数分前まで神を名乗っていたとは思えない程アホっぽい悲鳴をあげながら俺達は回転の多いジェットコースターのようにぐるぐると回りなんとか落ちないようにしながら滑空する。
いっそこのまま城に突っ込もう。
「マジ!?」
そう言っている間にも城の窓は近づいていた。
俺は案外タフだから大丈夫。
ぐるりと、俺が盾になるように方向転換する。
「あれ?!お前…」
天音が何かを言いかけるが
俺は引っ張ってそのまま城の窓に突っ込んだ。
ガシャンと甲高いガラスの割れる音が響き派手にでんぐり返しをしながら着地をする。離陸成功であるとは口が裂けても言えない。
そして、どういうわけだろうか。
壁にぶつかって回転が止まって一瞬遅れてから。
唇に柔らかい感触がした。
冷たくて、無機質なのに生きてるような。この世界に来てから最も暖かい感触だった。
目を見開くと、恐らく俺と同じ、驚愕の表情の天音の顔。
この行為は事故であるとお互い気づいてから反発する磁石のように顔を離す。
思った以上に背中に回された手の体温が温かく、俺に馬乗りのような状態にある天音の体温と感触が直に伝わってきた。
天音は唇を抑えて、俺を見つめたままフリーズしている。
俺も今起きた事を整理しながら、上半身だけ起き上がろうとして、違和感に気づいた。
俺の手は、ゴツゴツとした手は、人間の手をしていた。頬を撫でる風がいつもより冷たく感じた。
俺は呆然としながら天音を見る。
「キスしたら人間に戻るとか、王子様かよ」
天音がいつもの調子で笑っていた。
そんなキスしたら不細工なカエルが王子様に代わるようなおとぎ話みたいな話ではない。
天音の翼が消えたことから、この現象は恐らく王の魔法の範囲が外にまで広がった結果であり範囲内に入ったことにより俺は人間の姿になったというわけなのだろう。
頭ではそう理解しても、なんだかキスをして人間に戻ったこの奇跡はどうしようもなく嬉しく思えた。
喉を触る。息をする。声が出せる。
「俺のカッコいいゴーレム姿をカエル扱いするんじゃねぇよ」
俺がこの世界に生まれた第一声は、産声は、天音とのくだらない会話だった。
天音はこの上なく嬉しそうな笑みを浮かべた。