幸せになれない友人を抱きしめ続ける
「俺を、幸せにしたい…?」
小さな天音の言葉に俺は力強く頷いた。
「……もうお前には、お前らからには幸せいっぱいもらったよ。これ以上もらえない…」
何言ってんだよ。お前はもっと我儘で尊大なやつだっただろ。
何今更謙虚ぶってるんだ。もっと我儘に生きてくれよ。
「俺、これ以上お前らと一緒にいるのは耐えきれない。これ以上幸せになれないようにできてる生き物なの」
意味のわからない主張の一点張りだった。
あまりに苦しそうなので一度離してやる。しかし、手だけは離さないようにした。
やっと解放された天音は顔を赤くして涙目で肩で息をする。
「……………俺、怖くなっちゃったんだよ」
マラソンを走り切った後のように、息を切らして、天音は小さな声で言った。
「魔王の言う通りだよ、きれいごとばっか並べてさ、俺逃げただけなんだよ」
いつもの話し上手さはどこに行ったのだろうか。
覚えたての単語を繋げるようにたどたどしく話し始めた。
「念願だった魔王を倒して、初めて人を助けたって胸を張って言える行動をして、そしたらお前らが労わってくれて、作ったごはん上手いって言ってくれて、絶対叶うわけないと思ってたお前への恋が実りそうになって、こんな幸せでいいのかなって思ったちゃった」
この言葉で、天音の不可解な行動の全てに納得がいった。
「そしたら、幸せを失った時のことばっかり考えちゃって、俺だけこんな幸せでいいのかなとか罰があたるんじゃないのかなとか、なんか何もかも怖くなって不安になって。張り裂けそうになってた」
アッパーリミットというんだっけか。天音は異常に幸せの許容値が低いんだ。
それを自覚してないから、こんなちぐはぐで矛盾だらけで意味の解らない行動にでてしまったんだ。
「そんな時、ここの騎士に、神にならないかって誘われて。こんな幸せを味わせてくれた世界に恩が返せるんだよ。俺の人格が、俺が死ぬだけで、みんなが幸せになれるんだよ。」
自分の幸せの許容値を超えると、それが恐ろしくなり幸せを壊す動きをしてしまう。
いつも自信満々で、明るくて、ポジティブで、人の自己肯定感を上げて回る姿を見ている天音を見て、俺はずっと自己肯定感が高くて愛され慣れた人間なのだと思っていた。羨ましいとすら思っていた。
違う。コイツはただ、愛されたかったんだ。
みんなの事が大好きな寂しがり屋なアイツは、ただ愛される人柄であろうと好かれようとして、無意識に、あぁいう性格になっていたのだ。
「そもそも、この転生だって前世のボーナスステージみたいなもんでしょ?ここまで好き勝手生きれたらもう満足!」
愛されるために明るく振舞い、小さな幸福で満足するためにポジティブであったんだ。
「ボーナスステージはもう終わり。あとはみんなの役に立って終わりでいいんだ!お」
そして結局愛されたくて、嫌われたくなくて綺麗ごとを並べてしまう。
「俺は、お前が、お前たちが楽しく暮らせてればそれでいいんだよ。このぐらいのワガママ聞いてよ。」
こんなことを必死にお願いしてしまうぐらい。格好つけの愛されたがりなだけなんだ。
念願だった魔王を倒した時、初めて人を助けた時、仲間が誉めてくれた時、作ったごはんを誉められた時、絶対叶うわけないと思ってた俺への恋がかなった時、その幸せをお前は………え?あれ?
……………………………………………ちょっと待て、お前さっきなんて言った。
「だから離して」
聴け!
俺は再び抱きしめた。「ぎょえっ」とアマネは間抜けな声をあげる
さっき、お前なんて言った
「へ、離してって」
もっと前だよ。
え
お前、俺の事好きなの?
「それこっちの台詞……」
天音は蚊の鳴くような声で言った。確かに言った。
い、い、いつから?え、本気で言っているのか?え?
「言いたくない、言わない。だってお前そしたら諦めてくれなくなる!」
俺は天音をさらに抱きしめた。天音は一生懸命、手で突っぱねる。
ならお前へ愛をぶつけるだけだ。
「ちょ、やめろって、またお前の思考が…っ!あああああっ!?」
俺はまだお前といっぱいしたいことがある、我儘がある。
敵をいっぱい倒してお前に誉めてほしい、お前の我儘を叶えてやって喜んでほしい、頭を撫でてほしい、悲しい時抱きしめてほしい
「恥ずかしいから…!!」
美味しいものを食べさせてやりたい、寂しがらせたくない、ずっと手をつないでいたい、お前が作ったごはんを食いたい
「ううううう、頭が、ねぇ、ゴースケ!頭が、熱くなって沸騰しそうなの」
振り返った時の笑顔が見たい、一緒に知らないものを見たい、触れたい、お前に幸せだって心の底から言わせたい!
「ね!た、タンマっ!一回止まって休ませて…!」
お前が言うまで続ける。
何時間でも何日でも言い続けられるぞ。
俺は本当にお前の事が大好きなんだ。お前に出会って本当に良かったと心から思っている。愛している。
今のテンションならいつまでも言っていられそうだ。
「あの火事の日からずっと、お前に憧れてた!!!!!!」
ついに耐えきれなくなったのか。天音は俺から目を逸らしたまま自棄になったように叫んだ。
思わず俺の思考もフリーズする。
「だから、死に際の事がずっとつっかえてて、お前に自信を持ってほしかった、今度は幸せに生きてほしかった。最初はそれだけだった」
か細く不明瞭だった天音の言葉に段々と熱がこもる。
「でも、お前と旅するのが死ぬほど楽しかった!お前と共通の友人ができたことが嬉しかった、お前が、お前が俺を好きでいてくれることがこの上なく嬉しくて、初めて寂しい感じが消えた。苦しくてはち切れそうなぐらい幸福だった」
とうとう、天音は魔法を使って俺を突き飛ばし、大きな翼を生やして上空に浮かんだ。
「だからお前と一緒にいれないんだよ…!」
天使みたいに空に浮かぶ天音は、困ったように、苦しそうに、泣くように笑っていた。