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懐かしい友人と炎の記憶③

「とりあえずうつぶせになろう。消防士さんが助けに来てくれるかもしれないし!」


天音が明るく冷静な判断を口にし、俺は従順にそれに従った。

そして、ようやく、自分のエゴに無関係な天音を付き合わせてしまったことに気づき、濁流のように襲い来る罪悪感に飲み込まれた。


「悪い、悪い!!天音、俺っ、俺」


「え?!泣いてんの?!」


天音はあわあわと自分の口をふさいでいたハンカチを差し出す


「ば、馬鹿それはお前が使うやつだろ」


「そ、そうだよねアハハ」


「お前、あの時俺なんか気にせず逃げてれば助かったのに…」


「まだ助かるかもしれないだろ?そんな顔すんなって」


こうやって、無理矢理人を笑顔にしようとしてくるのは陽キャの天音らしいところだ。


「いや~実は最近あんま家帰ってなくてさ、隣に小学生いんの知らなかったわ。お前偉いね」


「違うんだ…いつも親がいなくてかわいそうだったから飯とかおすそ分けするようになってそれで…本当に個人的な付き合いなのにお前を巻き込んじまって悪いと思ってる…本当に…」


天音は俺のエゴのせいで死ぬ。


もしあの時、俺を見捨てて逃げていれば確実に天音は助かっていた。

しかし、あの時俺を見捨てていたらきっと罪悪感で押しつぶされていたまま生きていかなければならなかったのだろう。


「ごめん、ごめん、俺なんかに出会わなければ…ごめん…」


あの時、俺とすれ違う事がなかったら、天音が後ろ髪引かれることもなかった。

天音が俺を見つけてしまったから、出会ってしまったから、知り合ってしまったから、昔仲を深めてしまったから、だから天音は俺を見捨てられなかった。

あぁ、出会った時点で間違いだったんだ。


「謝るなって!轟介!」


天音は、自分も不安だろうに、精一杯笑顔を作った。

心を締めつけるように痛い笑顔を見て余計に罪悪感がこみ上げてくる。


「でも謝らないとやってけない…本当にすまん。天音…俺なんかに出会ってせいでお前は…ゴメン…ごめん…ごめん…」


「あ~あ~そういうことじゃなくて!俺、お前が昔と変わってなくてちょっと安心したっていうかさ、とにかく俺、お前に……っ」


天音の言葉が止まる。黒い煙が侵入してきたのだ。

俺達は慌ててハンカチを口に当て、会話を止める。


バチバチと燃え盛る音が聞こえる。

火災報知器の音との不協和音で不安感が増す。

恐怖でどうしようもなくなった心を少しでも鎮めるために目をつむった。


好きな漫画の続き、両親に別れを告げられなかったこと、好きなアイドルの新曲、心残りが次々とよみがえってくる。

きっと友達が多い天音は、俺の数倍大事な物が多かったのだろう。涙がぽろぽろと流れ出てきた。


すると、右手に暖かなぬくもりが重ねられた。天音の手だ。


堅く閉じていた目をゆっくりと開ける。


そこには、俺と同じく顔に玉のような汗を浮かべた天音がいた。俺の目に気づくとニコリと笑った。泣いている俺を安心させたいのか、罪悪感を和らげようとしているのか。


――こんなに手が震えてるのに、そんな顔できる奴がいるのかよ。


俺はせめて、何か天音に返したくて、震える手を強く握り返した。


天音は少し驚いたような顔をしてから再び笑った。


こんな時まで笑顔でいることができる人間の命を、このまま俺は間接的に奪ってしまうのだろうか。


意識が朦朧としてきた。


天音の姿に段々と靄がかかり滲んでいく。それでも天音の手のぬくもりはまだある。そのぬくもりを頼りに意識を保つ。

段々俺と天音の境目がわからなくなる。まるで1つの生き物になったみたいだった。


このまま死ぬのだとしたら、仲良くもない男2人が手を繋いで死体で見つかってニュースになったりしちゃうのだろうか。ちょっと笑えるな。


視界がホワイトアウトしていく。燃える音が遠くなっていく。それでも天音のぬくもりはまだある。


神様、どうか、コイツだけは生かしてやってください。

もし無理でも。

この男の、桐生天音の来世は、こんなむさくるしい男の手を握って終えるような人生じゃない、こんな苦しそうな笑顔で最期を終えないような、


心から笑えるような。人生を歩ませてやってください。



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