epilogue:チルハ
お姉ちゃんへ
お元気ですか?チルハです。
わたしたちが国家転覆して2年が経ちました。
最初の1年間こそ混乱しましたが、魔獣も一切いなくなり、平和な日々を過ごせるようになりましたね。
「チルハ。好きだ!!妃になってくれないか!!!!!!!!!」
中略、新たな王から求婚されました。
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「どないしよどないしよ誰に相談したらええんやろ~…」
一番にアマネちゃんの顔が頭に浮かぶが、明らかに今は忙しい時期だろう。
そしてこのような恋愛相談に置いて最適解が出せるタイプだとも思えない。
カレンちゃんに聴いてみようか。なんだか恋愛経験が豊富そうだ。
あれから王都騎士の幹部は、王サマの件を民に隠していたという罪はあるものの、情状酌量の余地がある。また今もっとも実力がある騎士が幹部にいないと場が混乱してしまうとかなんとかの理由で全員続投となっている。
ヒートくんが今日は王都の騎士の幹部は会議があるとか言っていたので多分、会議室にいるのでないだろうか。
そう思って広い廊下をとてちてと走る。相変わらず城は迷路のように広い。
新たな王の趣向で無駄に豪華絢爛だ。
いつまでたっても庶民の感覚が抜けないウチは、居心地の悪さを覚えつつすれ違う騎士の人たちと挨拶を交わしながら進んだ。
「え~っとここやったけ…?」
扉をゆっくりと開く。
そこには新しく着任し、今朝、私に突如求婚をかましてきた新しい王様がいた。
「ひわわわわわわわわわ!!!!?」
慌てて閉じる
「なんで閉じるんだ!!チルハ!!!!」
「ひわわわわわわわ!!来ないでぇ!!」
「あぁ!怯える姿も小動物のようだ!!加護欲を引き立てる…!」
新王は、魔王が転生魔法とかいう魔法で別世界から連れてきたらしい。
あの時、王が死んで、混乱する世界を収めるには、圧倒的なカリスマをもつ当事者が必要だった。そこで呼んだのがこの男の人だった。
アマネちゃんと同い年ぐらいだろうか。若いのに、しっかりしている。
その魅力的なビジュアルと、この人が「鳩は白だ!」と宣言すれば思わず信じてしまいそうな自信とカリスマ。
民からは案の定アイドルのような、救世主のような王としての扱いを受けていた。
本人もやる気に満ちている。
「チルハ!!!君は俺に現れた天使!!!まさに"転生したら王になれと懇願され天使と魔王に挟まれたラブラブ生活を送ることになったんだが"だな!!!!」
「意味わからん!!!」
しかし、少し、いやかなりの変人だった。うん。悪い人ではないのだけれど。
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「王サマここで何やってたん?」
数分の攻防の末、ウチは王が淹れたお茶を飲んで広い部屋の中、一人でちょこんと座っていた。
「あぁこの後将校達と会議があってね!!その準備をしていたのだよ!!」
そういいながら、私が開発した黒板に今日の日付を書いていく。
そう、前王の時はこういった魔法の力を使わない道具の開発に後ろ向きであったたが、現王になってからはそう言った道具の開発が盛んにおこなわれている。
ウチは元からそう言った分野にはかなり興味があったため積極的に関わらせてもらっている。
意外にもアマネちゃんとゴースケくんとカレンちゃんがそういった魔法の力を使わない道具について詳しく、開発の時アドバイスをよくもらっている。
「王サマなんやから家臣とかに任せたらええんとちゃう?」
新王はよくぞ聞いてくれたと、黒縁の眼鏡をクイッと正した。
「いいや!!王とは簡単に言えば、この世で最も重大な国の雑用係とも言える!こういった小さな雑用を完璧にこなしてこそ真の王なのだ!!!」
少し感心した。
煩いばかりの王かと思えばしっかりと民の心を掴み、下々の民の重要性も理解している。
魔王がわざわざ転生させて連れてきただけある。
まだ政治の経験が浅いところもあるが、そういったものは地下に捕らわれている魔王に密かに相談をしているらしい。
「その…ところでチルハ返事は…?」
「へ?」
「今朝のプロポーズのことだよ。これに承諾すれば君は晴れて妃になれる、有体に言ってしまえば玉の輿だ。」
男の人に告白されたのは初めてだった。しかも王様だ。
「ひわ、あの、わ、悪いんやけど…ウチは…」
「チルハ。君のパーティの桐生天音と兵頭轟介を見て羨ましい、誰かと愛し愛される関係になりたいと思ったことは無いかね。俺はあの2人を羨ましく思うよ」
王様はウチの両手を掴みじっと目を合わせていた。
その真剣な顔に、王様がこんなに真剣に頼んでるのに…という思いが一瞬湧く。
「で、でもウチは…」
そう言いながらウチは椅子から立ち上がる。
すると、ドンっと言う音と共に壁に押し付けられた。顔が近い。
「俺と結婚すれば、君が今のように傷だらけで働くことも、危険な目に合うことも無くなる」
腕の傷を視線でなぞりながら王は言う。
アマネちゃんがこういうシチュエーションを壁ドンと呼んでいたことを思い出す。実際にされると、小さな体格の私は本当に逃げ場がない。怖いという思いが先にくる。
怖い、逃げたい。
その時、新王に影がかかった。辺りが薄暗くなる。
「うわぁ?!!!!!!」
新王は恐る恐る上を見て驚愕して腰を抜かす。
その室内で日陰を作ってしまう程巨大な壁ドンは
「ゴースケくん!!」
ゴースケくんによるものだった。
ウチは慌ててゴースケ君に駆け寄る。すると、ゴースケくんは新王と同じぐらいのサイズに戻った。
「そ、その、無礼をお許しください…自分より巨大なものに壁ドンをされるのは結構、怖いと思うので…」
ゴースケくんは、自分の上司に当たる新王に頼りなさげな調子で提言をしながら、頭から順に人間の姿を表していった。
新王はハッとしてから、慌てて立ち上がってウチに向かって頭を下げた
「すまなかった!!!!!つい、気が高ぶってしまって…」
「ひわわわ頭あげて…!」
やはり悪い人ではないのだ。王に頭を下げられるなど慣れていなかったためテンパってしまった。
確かに、地位があり、お金もあり、顔も良く、甲斐性もある。こんな素敵な男の人はなかなかいないのだろう。
頭では理解している。王のプロポーズを受けてしまえば楽な人生を送れると。
傷つかない平穏で穏やかな生活が送れるのだと。
「でも、ウチは、温室みたいなお家で宝物みたいに過ごすより、いっぱい痛い思いしても、辛い思いをしても、好きなことして生きていきたいんや」
ウチはゴースケくんの大きな体の後ろに身を隠しつつやんわりと王のプロポーズを断った。
「だから、その手はとれへんね。ウチ、まだ、大好きなお友達と一緒に冒険してたいねん」
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その後、宮廷をゴーレム姿のゴースケくんと並んで歩いていた。
ゴースケくんはよっぽどコミュニケーションが必要な場でない限りゴーレムの姿でいることが多い。本人曰く、パーティに威厳がつくようにという理由らしい。確かに今の立場なら威厳が無いといけない。いつまでも無法者ではいられないのだ。
特に、ウチなんかは体が小さい事もあって舐められがちだ。ゴースケくんが横にいるだけで絡まれることが減るのだ。
「ありがとな。ゴースケくん!」
お礼を言うと、ゴースケくんは、無言で頷いて、ゴツゴツとした手で頭を撫でた。
「もうっ、みんなすぐウチを子供扱いするんやから!王から告白されるぐらいのレディなのに…!」
その時、廊下を歩く屈強な男達を物ともせずドタドタと真ん中を走りぬける少女の姿が前から見えた。
アマネちゃんだ。
「チルハ~!!!!」
アマネちゃんがその勢いで抱き着いてきた。ゴースケ君が後ろを支えてくれなかったら倒れてしまうところだった。
ゴースケくんがポカリとアマネちゃんの頭を叩く。
「ごめんごめん…」
「なんかあったん?お仕事はもうええの?」
「なんかあったんじゃねぇよ!チルハが妃になるとかなんとか聞いてビビッて駆け付けたんだって…」
「ひわわ、もしかして聞こえたんかな?」
あの後、女神であったアマネちゃんの力は消え、心を読む魔法のみが残った。その代わり、どういう理屈か遠くの心の声も聞こえるようになったらしい。
その謎のパワーアップも、ぜひともいつか解明してみたいものだ。
「聞こえたよ、ゴースケが近くにいてよかった。それで、その…よかったの?次も危険な旅にでるけど」
アマネちゃんが心配そうに聞く。ウチらはいつもアマネちゃんの行動に振り回されてばかりだから、こういう時、少し惑わしてみたくなる。
「それよりアマネちゃん!もうすぐ出発時刻やんな!」
あえて答えを言わずにアマネちゃんとゴースケくんの手をひいた。
「え!?お前妃だぞ?!マジでいいの?」
「ふふっ、次の旅も楽しみやね」
こうして私達は次の旅へでた。
この国唯一の外交官として。国と国を結び、世界を広げていく大事なお仕事だ。