半獣の青年
「保存食は?」
「持った」
「それにしても、本当に行くのね」
「うん」
シュティは鞄に数日分の荷物を詰めセイルの言葉に曖昧に頷く。
最初セイルに半獣の青年の討伐に行く事と報酬の金額について言うと、一瞬目の色を変えたが、すぐに危ないんじゃないかとシュティの心配をしてくれたので、案外悪い奴ではないんじゃないかと考えたが、すぐにその考えは引っ込めた。
いつの間にかセイルの荷物がシュティたち兄妹の家に置いてあったからだ。
当然シュティはこれはなんだと問い詰めたが、セイルはのらりくらりと「ずっと宿だと高いし、あんた一人になるなら防犯にもなるから」と言って引かず、これからシュティもいつ帰れるか分からない旅に出掛ける。
しばらくの間留守番まですると力説するので、仕方なく物置きに使っていた部屋ならと許可した。
「許可はしたけど勝手な事はしないでね! あと、誰かに聞かれたらお兄ちゃんは他の地域に出稼ぎに行ったって事にしといて!」
「はいはい。分かってるわよ。それより、あんたそろそろ行かないとお隣さん待たせてるんじゃない?」
「え? あ、本当だ。じゃあ、くれぐれも問題を起こさないでね!」
「いってらっしゃい」
セイルに見送られて外に出れば死んだ魚のような目をしたノエルが待っていたので、軽く挨拶をして早く行こうと急かした。
「シュティあんまり急ぐと転ぶよ」
「平気!」
それから半月程半獣の青年の足どりを捜して旅を続けた。
二人は半獣の青年が最後に現れたという村に寄ったり、目撃情報がないかと探していたが、めぼしい手かがりは得られず、仕方がないので手近な町へ向かおうにも既に夕暮れ時になっていて、今からじゃ転移陣に行く時間すらない。
仕方ないのでこの森野宿しようとノエルが言い出し、今は野営の準備だ。
半月の間に何度か野営はしたが、未だにシュティの手際の悪さにハラハラとしつつもテキパキと野宿の支度をしていくノエルの手際にシュティは感心しきりだ。
「ノエルって野宿慣れてるの?」
「まあ、ランクが上がれば嫌でも野宿する事もあるから慣れてるっちゃ慣れてるかもね。そういや、シュティ耳に付いてるそのイヤリング何? 町出る時はしてなかったよね? 見た事ないんだけど」
「ああ、これ? なんか獣人に対して効果あるって昔お父さんたちが作ってたんだって昔お兄ちゃんが前に言ってた。……これ売ったらいい額になるらしいんだけとさ、やっぱりお父さんたちの形見でもあるから売りたくなかったの」
「そうなんだ」
「でも、こういう時ならいいかなって思って持ってきちゃった」
てへっと小さく舌を出して笑うシュティの両耳には赤い宝石の付いた大ぶりのイヤリングが揺れている。
初めて見るタイプの魔法具に興味をそそられるが、それよりも気になった事があった。
「おじさんって魔法具まで作れたの?」
「うん。魔法具も魔力沢山使うから面倒臭くて基本しなかったらしいんだけど、たまにお客さんに頼まれて作ってたらしいの」
「おじさん凄かったんだね。正規の職人だったらもっといい暮らし出来たんじゃないの?」
「あはは、お父さんは国に仕える気はないって出て来たらしいからそれはないよ」
隣のおじさんは訳ありだったのかと今更知る事実に内心慄きつつも手は止めずに作っていたスープを椀に掬ってシュティに渡す。
「熱いから気をつけてね」
「うん」
ガサッ──
椀を渡し終わる前にした物音にノエルはパッと反応したので、シュティは椀を危うく落とすところだったが、なんとか椀をキャッチ出来た事にホッとしてノエルに文句を言おうと振り返ると今まで見た事もないくらい険しい顔をしたノエルがいた。
「えっ、何?」
「シッ! シュティ静かにしてて」
魔物でも出たのだろうか? 確かに町にいた頃と比べれば格段に増えていたが、それでもノエルがこんな顔をするような魔物がいただろうか?
「なんだガキか」
首を傾げていると聞き覚えのない低い声がした。
「獣人の話してるからどんな奴らかと思ったらなんでこんなところにガキが二匹もいんだよ」
面倒くさいといいたげな顔で低い声で威嚇するように金の瞳でこちらを睨んでいた。
「お前は……」
「ん? 俺を知ってるのか?」
長い青銀の髪は後ろで一つに括っているが、多分おしりの下まである。ノエルも髪は長い方だけど手入れが大変だからとボヤいていた覚えがあるが、彼は大した手入れもしてなさそうなのにやけにサラサラとしていそうな髪に女の子としては嫉妬を覚える程だ。
背中に背負っている大剣はかなり重そうで、本当に彼がこの大剣を扱えるのだろうかと疑問に思ってしまうが、背負っているという事は扱えるのだろうとシュティはその大剣を注視して見る。
かなり斬れ味良さげであんなのに当たったらひとたまりもないと考えたらゾッとした。
そして、目を惹くのは長い髪だけではない。一番目を惹くのは彼の後ろからゆらゆらと揺れる尻尾だ。
そのゆっくりと揺れる尻尾にシュティは思わず手を伸ばしかけるが、いけないと自制して険しい顔をしたノエルの後ろから討伐対象であるとおぼしき半獣の青年と思われる青年に声を掛けた。
「ねえ、あなたなんの半獣なの?」
「は?」
「シュティ黙って!」
「だって、あんなに綺麗な色だものノエルは気にならないの?」
「いや、そりゃ……でも、危ないから」
思わぬ質問に半獣の青年は呆気にとられたような顔をしていたが、その顔は徐々に険しいものに変わっていく。
「ガキが……!」
その顔を見てノエルはマズい事になったと愛用の大振りのナイフを抜きいつでも逃げられるように構える。
シュティはどうして半獣の青年が怒り出したのか分からず、きょとんとした顔のままノエルと半獣の青年を交互に見ていて使えそうもないとノエルは判断して、殺される前に逃げなくてはいけないと頭では分かってるが、半獣の青年から放たれる気迫が恐ろしくて逃げ切れるかどうか分からない。
「いいかクソガキ、最後に教えといてやる。俺はこの身に流れる獣人の血が大っ嫌いなんだよ!」
「危ない!」
「えっ、あっ……」
まだ状況がイマイチ分かってなかったシュティだったが、流石に半獣の青年が背中の大剣を抜いてしまったのを見て危ないと思ったが、体が動かず固まってしまいそうになったが、ノエルの声が聞こえ半獣の青年の剣筋から逃れられる事が出来た。
「少しは出来るみたいだな。ちょうど暇してたんだ。ちょっとくらいならお前たちと遊んでやってもいい」
そう言って更に攻撃してこようとする半獣の青年の言葉よりも地面にめり込んでいる大剣とそれを軽々と扱える半獣の青年の筋力に段々と恐怖を覚えていく。
これは運良く倒して報酬がっぽりで借金返済♪ だなんて考えた事が恥ずかしくなるくらいの力量の差にシュティは泣きたくなったが、今泣いてもこの青年が助けてくれる訳かない事ぐらいは分かる。
だけど、このまま殺されてしまっては元も子もない。
シュティは半獣の青年をギッと睨むと剣の間合いからあっちこっちへと走り回る。
「ちょこまかと……」
「ノエル!」
名前を呼ばれたノエルは半獣の青年がシュティを狙おうとすると横から小振りのナイフを投げ足止めしてシュティを狙わせないようにと頑張るが半獣の青年はそのチマチマとした攻撃は多少鬱陶しがる事はしても大して気にする様子もなく、シュティを狙い続けている。
シュティはシュティで地面を抉るような攻撃を避け続けていたらばあっという間に体力が底をつきそうになってしまっていた。
息が切れ汗が滴り落ちるが半獣の青年が怒ってはいても本気を出していないおかげか、まだかすり傷がいくつかある程度に留まっているが、それもいつまで保つかは分からない。
速く逃げるかこの半獣の青年を倒さなければ嬲り殺しにされてしまう。それはノエルも分かっているのだろう。ちらりと見える顔はずっと険しい。
ああ、馬鹿だ馬鹿だとノエルに散々罵られたけど、絶対にこの依頼をするなんて言わなければ良かった。
「きゃっ!」
悔しいし、怖いしで泣きそうになっていたらノエルから悲鳴が聞こえた。
「ノエル!」
ノエルを見ればいつの間にか半獣の青年に捕まっていた。
自分のせいでノエルが殺されてしまう。どうすればと頭の中でぐるぐると考えていたらふと耳につけているイヤリングの事を思い出した。
「そうだ。これだ! 確か押し付けるだけだったよう、な?」
途中から自信がなくなってきたが、今にも殺されそうなノエルを助ける方が先だとイヤリングを外す。
「さっきから鬱陶しい」
「うぐっ……」
ノエルには申し訳ないが、半獣の青年がノエルに気を取られている隙に気付かれないように背後からジリジリと距離を詰める。
「こっちから殺してやるか」
「やめて!」
せっかく半獣の青年の背後を取れたと言うのに、ノエルの危険に思わず叫んでしまった。
だが、半獣の青年はシュティの叫び声に怯む様子もなく淡々とした様子でノエルに剣を突き立てようとするのを見過ごせる訳がなかった。
叫びながら走るシュティに半獣の青年は来るのが分かっていたと言わんばかりにノエルをぽいっと放り投げると、シュティに向かって剣を振り降ろすが、シュティは更に加速して半獣の青年の懐に飛び込んだ。
「何?!」
「これでどうだっ!」
シュティはずっと握りしめていたイヤリングを半獣の青年に投げつけるように押し付けた。
その突飛な行動に驚いたものの大した攻撃ではないと考えたのは間違いだった。
「なっ……」
「えっ、きゃ!」
「何これ眩しい……」
半獣の青年に押し付けたイヤリングは辺り一帯を照らす程光り輝き、目を開けているのが難しいくらいだったが、目を閉じたら隙が生まれるから野性動物と戦う時は目を閉じてはいけないとノルディバーグに言われていたのを思い出して一生懸命目を開けていたからシュティには分かった。
イヤリングから文字らしきものが大量に自分と半獣の青年をぐるりと取り囲むように渦を巻き段々とその範囲を狭めてくるが、不思議と恐怖を感じなかった。
そして、その文字が体に触れた瞬間一際眩しく光り、流石にこれは目を開けるのは無理だったから目を閉じ、そして目を開ければ半獣の青年が目の前でぽかんとした顔で自分の体を見下ろしていた。
「大丈夫だった!?」
「うん。ノエルこそ平気? 怪我してない?」
「平気よ。これぐらいならかすり傷だから」
半獣の青年が動かないのをいいことにシュティはそっと半獣の青年から離れると、ノエルの心配をするが、逆にノエルに心配されてしまう。
「あれ、何だったんだろ?」
「知らない。けど、動かないだったら逃げよう。あたしらじゃ無理。シュティだって戦って分かったでしょ」
「うん。でも……」
「お前何した」
その時半獣の青年が動き出し、逃げようとしていた二人はぎくりと固まった。
「な、何とは……」
「これだ! どうして俺がお前と契約してるんだ!」
「へ? 契約?」
恐る恐るノエルが尋ねると半獣の青年は自分の首をぐるりと取り囲む文字の入れ墨のようなものを指差した。
シュティがさっきまであんなのあったかな? と首を傾げているとノエルが「あっ!」っと小さく叫んだ。
「シュティあんたあのイヤリング何の魔道具だったか分かる!?」
「ううん。獣人に対して効果あるってしか知らないけどなんで?」
そういえばさっきの眩しい光りは何だったんだろ? と思いながら落ちているはずのイヤリングを探すが暗いからか見つからない。
「お前の探してるイヤリングはここだ」
「へ?」
半獣の青年が嫌そうに指差すのは自身の左耳。確かに彼の耳にはしっかりとシュティがさっきまで持っていたイヤリングの片割れが揺れていた。
「あれ? 何で?」
「お前と俺が契約したんだ! 分かるか!?」
契約? 何だそれと言いたいが、目の前の半獣の青年はそんな事を言ったら許してくれなさそうな雰囲気をしている。
だけど、知らないものは知らないので何と言って誤魔化そうかと悩んでいるとそれを見かねたノエルがシュティを庇うように立って半獣の青年を睨んだ。
「ちょっと待ってよ! あたしも聞きたいわ。契約ってなんなの? その契約って言うのでもう攻撃してこないのよね? あんたが攻撃をやめたのとなんか関係があるの?」
半獣の青年は深いため息を吐くと嫌々ながら口を開いた。




