招かれざる客
「……それは、なんか悪かったな」
「お兄ちゃんのせいじゃないよ。ミルフの性格が悪過ぎなんだよ!」
ギルドから家に着くまでしつこくミルフに嫌味を言われていたシュティは帰ってから夕飯の時にまでぷりぷり怒っていた。そんなシュティを兄のソールは気まず気に相槌を打つだけなので、シュティの怒りはなかなかおさまらない。
「それに! お兄ちゃんのお店が潰れるって嘘まで言うのよ! あいつ嫌い!!」
「……それはごめん」
今日もお客さん来なかったんだと俯いて言うソールにシュティは慌てる。
「お兄ちゃんは悪くないよ! ここは田舎だからお客さんが来ないだけだよ!」
「父さんの時は来てたけどな」
「うぐっ……」
シュティの言う通りこの兄妹が住む村は確かに田舎にあり、人口も少ない。その為若者は大きな町に出稼ぎに行ったまま戻って来ない事もしばしば見受けられる。
そんな村で二人の両親がお金の掛かる魔素材屋なんて開こうと思ったのは謎だけれど、腕は良かったらしく二人が生きていた時は遠くからもお客さんが来て賑わっていた。多分、それなりに儲かっていたのだと思う。兄妹は元気良く育ったのだし。
だけど、それも二人の両親が生きているまでだった。シュティの魔力は人並みよりちょっと多い程度だったので、両親の跡を継ぐ事は出来なかった。魔物を解体するのには沢山の魔力が必要になるから。
が、兄は違った。兄は一流の魔法使いと遜色がないくらいに魔力があり、王都でもやっていけそうだったが、彼は両親が残してくれたお店を継ぐと決めた。
だが、客は彼の腕ではなく彼らの親の名前で通っていただけだったので無名の職人には任せられないと客足はあっという間に遠のいていった。
「それでも……」
「こんばんは。邪魔するよ」
シュティが何か言いかけた時にいつの間にか家の中に数人の見知らぬ男たちが入って来ていた。シュティはびっくりして立ち上がった。
「お食事中でしたか。これはすみません」
「いえ、こちらこそ失礼しました。シュティ奥に行ってなさい」
「ヤダ」
兄の反応からするに知り合いだろうと察するが、兄の険しい顔と突然やって来た男たちの様子がいかにも柄の悪そうな様子に冒険者としてはまだまだひよっこだけれども、女の勘とでもいうのだろうか、何か起こりそうだとシュティは兄にきっぱりはっきり宣言すると、入ってきた男たちの先頭にいた男を睨んだ。
「いえ、構いませんよ。はじめまして小さなおじょうさん。今日は小さなおじょうさんにも関係あるお話しなんで聞いてもらっていた方がこちらとしても手間が省けるのでいて欲しいんですが、ソールさんいいですよね?」
「……関係ありません! そちらに借りているお金は私が借りたんですからこの子には全く関係ありません!」
「お金?」
何のこと? お兄ちゃんがお金を借りただなんて聞いてない。何度も小さなおじょうさんと言われてムッとなったが、そんな事はお兄ちゃんから聞いてないと兄の顔を見れば俯いてしまっていた為シュティからは分からなかった。
「しかし、あなたが借りた額が額ですし、支払いも滞って久しいんですよね」
そう言いながら男が取り出した借用書らしき紙にシュティが目を通せば見た事もないとんでもない金額に目がくらりと回った。
「お、お兄ちゃんなにこれ……」
「商売が商売だったからこんなに貸したのに、待てど暮せど一向に返ってくる様子がないし、わざわざこんな田舎まで来たのに、店は流行ってる様子がない。ソールさん、あんた返してくれる予定はあるのかい? もう利子なんかも含めると12億7千万ルペいっちゃってるんですが……」
「あ、あります。でも、今は生活するのに精一杯で」
「はあ?! あんた何年経ってると思ってんだ!」
「まあ、待て」
「しかし、バルクさん……」
ソールが尚も言い募ろうとした時、後ろで待機していた男の一人が怒鳴り出し、その大声にシュティもソールもびくりと肩を揺らした。二人が怯えた様子を見せたせいなのかは分からないが先頭の男、バルクと呼ばれた男が静止し、シュティの前に来た。
「待って! 本当に妹は関係ないんだ!」
「そうか。シュティちゃんだっけか?」
「そ、うですけど?」
自分に向けられた目が怖くて怖じ気づきそうだったけど、ノルディバーグに野生の生き物に怖じ気づいたら負けだと言われた事を思い出し、ギッとバルクを睨み付けた。
「これは気の強いおじょうさんだ。ソールはいい妹を持ったんだな」
ちらりと兄を見れば当たり前でしょというような顔をしていた。でも、お兄ちゃん借金があった事黙っていたのは許さない。
しかし、今は目の前にいるこいつらだ。兄にこいつらの事を聞いても、さっきみたいに蚊帳の外に置こうとするだろう。それならば嫌だけど、一番事情を知っていそうなこのバルクとかいう男に聞くべきだろうと結論を付けるとまだ兄に何事か喋っているバルクへとシュティは声を掛けた。
「お兄ちゃんがお金を返せないと、あたしたちどうなんの?」
「あたしたちというかソールはまあ、無名だが、腕がいいから俺らの元で借金返しながら働くけど、あんたには関係ないんだろ? だったらあんたは今までどおりここで暮らすなりなんなりするといい。残念な事にこの家は抵当に入ってないんだから」
バルクの言い分を聞いてしばらくその言葉を飲み込むようにじっくりと考え込んでいたシュティは兄の顔を見た。
ソールはシュティを見つめた後もう一度、今度は自分に言い聞かせるかのようにシュティは関係ないと呟いた。
「お兄ちゃん! あたしだってこの家の人間なんだよ。なんでこんなになるまで黙ってたの?! ていうかミルフの言ってた事嘘じゃなかったの!! あり得ないよ!」
「ご、ごめん。でも、兄ちゃん無名だけど店自体はお父さんたちが遺してくれた物があったからなんとかなるって思ってたんだよ……」
「なんとかならなかったじゃん! 嘘つき!!」
シュティは子どもの癇癪だとどこか他人事のように思ったが、兄に対する口調は段々とキツくなっていく。
「お兄ちゃん言ったじゃん! これからあたしたち兄妹だけになるからなんでも二人で解決していこうねって!! なのに何で? あたしってそんなに頼りない? あたしは必要ない?」
「違う! 違うんだ……ごめん。本当にごめん。兄ちゃんが悪いんだ……最初はすぐに返せると思ってた。でも、客足が段々なくなって兄ちゃん焦って……沢山借金があるってシュティに知られるのが怖くて……ズルズルと黙ってたらこうなってた……ごめん」
兄の目から流れる涙につられるようにシュティの目からもボロボロと大粒の涙が落ちていく。
「あのさ、兄妹の感動のシーンに水差すとこ悪いんだが、ちょっといいか?」
「何!?」
今にもひしっと抱き合って大泣きしそうな兄妹に向かってバルクが「提案があるんだけど」、とどこか気まずそうだったが、話し出した。
「それで、シュティちゃんはソールの借金は自分には関係ない事ではないって言うんだな?」
「うん。当たり前でしょ」
「それじゃ、シュティちゃんこれからソールの借金返済に付き合ってもらおうか」
「ちょっと待って!」
シュティが返事をする前にソールがバルクを止めようとするが、バルクについて来た男たちがそれを止める。
バルクはその一連の動きを気にする事なく、ただシュティがどんな返事をするのかと黙って待っている。
「あたしが、お兄ちゃんの借金を返したらお兄ちゃんは連れてかれない?」
「それは無理だ。かなりの額になってる上にソールにはこちらで用意した素材を解体したりしてもらう。もちろんそれも腕が良ければ借金の返済として充てがうつもりだから……そうだな、シュティちゃんが協力してくれないのなら、ソールには最低でも二十年はただ働きになるがちゃんと返してやろう」
二十年という途方もない年月にくらりと目眩がしそうになって近くにあったテーブルに手をついた。
「もちろん部屋と食事は用意するから安心していい。そうだなシュティちゃんが積極的に協力してくれるのならまあ、そうだな十五年以内には再会出来るんじゃねえか?」
ニヤリと笑うバルクにムッとするがそれでも少しでも早く兄が帰ってくるのならば、シュティが否と言うはずがなかった。
「分かった。あたしやる」
「シュティ!」
「お兄ちゃん、あたしお兄ちゃんと離れたくないの」
「シュティ……」
「それにね、そろそろ八級への昇格試験受けていいってノルディバーグさんが言ってくれたの。これからどんどんクエスト受けてどんどん昇格したらもっといいクエストも受けられるからお兄ちゃんを楽させてあげるの」
「じゃあ、話は決まりだな。こっちに一人残すからそいつを窓口にして支払いをしてくれ。行くぞ」
「へい!」
ソールが何か言いかけていたが、口を開く前にバルクがこれからの段取りをさっさと決めてソールを連れて行ってしまった。
シュティは一人残された男をちらりと見てから先程まで兄と一緒になって食べていた夕飯を見てとてもじゃないか、食べる気になれずに片付けると、残された男がまだいた事に気付くとに近くの宿を教え、今日はもう何も考えたくないと自室に引っ込んで、頭から布団を被って眠ってしまった。




