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あの日 - どうして私なの?  作者: 腹刺音
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もう少しでお家なのに・・・

2006年9月23日午前0時。川崎市宮前区梶ケ谷の第2梶ケ谷架道橋、通称「梶が谷トンネル」の歩道で帰宅途中の若い女性が刃物で腹と胸を刺されて殺された通り魔事件を題材にしています。

黒田友加里は都内の私立大学に通う3年生。春からIT系の会社でインターンとして在籍していた。インターンは半ば就職活動と同義でもあり、そこで働きぶりを認められて内定をもらうことを考えていた。同じような考えで入ってきたインターンがこの会社には5名ほどいた。そのうち、3名はすでに一部上場企業の内定をもらっていた。


この日はメーカーの上場企業に内定したインターンの男子の内定祝いで5人のインターン生は渋谷で飲むことにしていた。友加里はインターンで出社していたので、リクルートスーツ姿で店に入った。


5人は就職活動の話や、将来の夢など語りながら、あっという間に23時になり、お会計をして店を出た。梶が谷駅が最寄りの友加里は田園都市線であり、他の4人はJRの改札に向かった。これが5人で会う最後の日になるとは誰も思わなかった。


日付が変わろうとしている頃、田園都市線は梶が谷駅に到着して、友加里は改札を出て、自宅まで歩き始めた。自宅までは約30分の距離。駅から次第に人通りが少なくなっていった。梶が谷6丁目の交差点まで辿り着いた時には、友加里の姿しかなかった。尻手黒川道路に一台の車が停車していたことには気が付かなかった。


友加里は一瞬トンネルに入るのを躊躇した。トンネルの中は薄暗く、痴漢が多発しているトンネルだった。また歩道が道路より上がっているところから、車から歩道の様子はわからない。とはいっても、トンネルを通らず回り道をすると、家に着くのが1時近くになってしまう。友加里は周りをチラッと見て、そのままトンネルに入っていった。170メートルほど続くトンネルをくぐれば、家に着くはずだった。


尻手黒川道路に停車していた鈴木洋一は会社員の37歳。仕事を終えた鈴木は車を走らせトンネルの周りを数回走り、女性に悪さをしようと物色していた。日付が変わりそうだったため、鈴木は諦めて帰宅しようとしていた。梶が谷6丁目の交差点で赤信号で停車したその時に目の前を通り過ぎたのが、黒田友加里だった。


鈴木は信号が変わるとトンネルの反対側に先回りして車を停めた。心臓がどきどきして、興奮していていた。エンジンを止めて、助手席に置いてあった出刃包丁を手に取り、車を降りた。周りは誰もいない。包丁を隠す必要はなさそうだった。


横断歩道を渡り、歩道のスロープを上ると、女性の頭が見えた。そして首、上着、スカート、足が見えてきた。暗い歩道の中で、携帯電話の明かりが友加里の顔をぼんやり照らしている。鈴木と友加里の距離はどんどん近づいてくる。友加里は鈴木の気配を感じる様子もなく、携帯の操作に集中しているようだ。


鈴木は自分の腰の位置で包丁を握りしめた。ちらっと友加里を見た。リクルートスーツ姿で白いシャツ、タイトなスカート、肩までかかる髪がふさふさ揺れている。好みの女だった。瞬間的に、この女が刺され苦悶の表情を浮かべて倒れる姿を想像した。


2メートル・・・そして1メートル・・・二人の距離は縮まり


友加里は自分の目の前に立ちはだかる男の存在に気がづいた。


きゃぁぁっ・・・


短い悲鳴がトンネルに響いた。鈴木は握った包丁を前に突き出した。


グザッァァァ・・・


ナイフは友加里の左の脇腹に突き刺さった。


周りは静寂に包まれた。


耳元で、友加里の声が喉の奥から


うぅぅぅ・・・


と呻く声が聞こえる。


友加里の顔を見ると、友加里は目をぎゅっと閉じ、顔が中心に集まったような、くしゅっとした表情をしていた。鈴木が欲しかった苦痛で苦悶する表情だった。


スーツの前ボタンを閉めていなかったので、ナイフはブラウスを突き破り、腹腔内にナイフが入った。鈴木は包丁を握っていた両手をゆっくりと離した。包丁は地面に落ちることはなかった。白いシャツが血で赤く汚れているのがわかった。


友加里は視線を腹にやると、ブラウスから何か棒のようなものが突き出ていた。それを庇うように、痛みに耐えながら、友加里は仰向けに倒れた。


鈴木は立ち去ろうとしたが、すぐに戻ってきた。包丁に指紋がついていること、以前に万引きで逮捕された際に指紋を採取されていたことを思い出し、包丁が押収されると自分が犯人だとわかってしまう。目の前ではスーツ姿の女性が腹に包丁が刺さったままで足をバタバタさせながら呻いている。鈴木は包丁を腹から抜こうとしたが、友加里の足は鈴木の股間に当たった。


(刺された割には元気だな・・・)


苛立った鈴木は、抜いた包丁を友加里の右前の胸に突き刺した。包丁はブラウスを破りぬけて、肋骨の間をすり抜けるようにズボズボっと体内に入り込んでいった。


友加里は大きく目を見開き、鈴木はその目つきに少し恐怖感を覚えて、ナイフを抜いた。その途端に胸から血が噴水のように噴き出してきた。


うぅぅんんぅぅぅんぅううぅぅ・・・


友加里は力を振り絞るように声をあげて立ち上がろうとした。大きく息をしたからか傷口の出血に勢いがついた。右手に携帯を握りしめて、左手で刺された腹や胸を押さえて出血を止めようとしているが意味がなかった。友加里は鈴木から逃げるようにトンネルの出口に向かって、蛇行するように歩いた。血が腕を伝って歩道にポタポタと滴り落ち、時々トンネルの壁に手をつくので、血がベタベタと付着している。


鈴木はその姿を見ていた。ブラウスは血で真っ赤に染まり、赤い服を着ているようだった。


もう少しで出口というところで、友加里は壁に寄りかかり、そして崩れるように倒れた。壁に背をつけて、血はまだ胸からあふれ出て、道路にも血が広がっていった。


おい、大丈夫か?


通行人の男性が話しかけたが、その光景に足が震えた。鈴木は走って車に戻り車を出した。


うつ伏せに倒れた女性は血まみれで、ブラウスを血に染め、余った血は道路に流れ、血の海と化していたのだった。友加里は病院に搬送されたが約2時間後に死亡した。

神奈川県警宮前署捜査本部は2017年9月までに、捜査員延べ約24,000を投入。延べ約15,000世帯の約23,000人に聞き込みなどをしたが、捜査は困難を極め、多くの人は迷宮入りの事件になると思っていた。2016年1月、県警の捜査員に「事件の話がしたい」と葉書を書いた鈴木は自供を始め、捜査は一気に進展した。2019年12月13日横浜地裁は鈴木被告に懲役28年(求刑は無期懲役)の判決を言い渡した。

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