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かわいいおじさん、気持ち悪い?

 日曜日の飲食店というのは不思議なもので12時にはあまり混んでいない。

「ご予約の辛島さまですね」と言われ個室に通される。

 ハロウィンが近づき、店内にはさまざまなイラストが飾り付けてあった。美紅と瑠夏はそのイラストを「かわいい」と言い合いながら、テーブルに座る。

 辛島がふたりの会話に入りたそうにそんな二人を見守る。

 メニューを見て、これならと思い、そこに書いてあるイラストを指差した。

「おばけって、おれの子供の頃からこんなんだよね」

「かわいいですね」

 美紅が言うと、瑠夏が、

「おどかすのになんで笑ってるんだろうね」

 とキャラクターで書かれているゴーストの顔を見て言う。

「だよねー」と美紅が言って笑った。

「これって魂の形なのかな?」

 辛島が言うと、

「そうなのかもしれませんね」

 と美紅が答えたが、会話が止まる。

 SNSで話題の、ソーセージや目玉焼きの乗った甘くないかぼちゃのパンケーキをオーダーする。デザートには、メイプルシロップとアイスクリームを巻いたクレープ。

 美紅と瑠夏は、料理が運ばれてくるたびに大はしゃぎだった。料理の盛り付けだけでなく、グラスや食器も「かわいい」「かわいい」と、きゃっきゃ、きゃっきゃ、はしゃぐ。

 女の子同士の会話にあまり男が口を挟むのは野暮だろう。

 何度か会話を試みたが、ふたりの同級生の空気にうまく入れなかったので、辛島はそう考えながら笑顔を浮かべていた。

 そして、料理が運ばれてくるたびにテンションの上がる美紅を見ては、その美紅が喜んでいる姿を自分の手柄のように感じていた。

 一時間ほどで食事を終えた。

 大人の世界では、食事をおごってもらったら、先に店を出るのが暗黙のルールだが、まだ高校生のふたりはそんなことを知らない。

 外食の時、母親が会計を済ましているのをレジ横に立って見るのが習慣なのだろう。

 辛島が会計を済ましている間、「ごちそうさまです」「わたしまでありがとうございました」と言いながら、二人は横に立っていた。

 そんな二人の世間ズレしてないところをかわいいなと辛島は思う。

 高校生のおこづかいじゃ、こんな店でもなかなか行けないだろう。ひとり2000円もしない料理だったが、それを友達の分まで気前よく払う自分を、この子たちは素敵な大人と見てくれてるだろうなと辛島は感じていた。

 レシートを受け取り、店を出る。

 ふたりで遊ぶ約束を入れていたと美紅が言っていたから、今日はここで終わったほうがいいだろうと辛島は考えていた。

 どのみち、瑠夏がいるから、たとえばこのあとどこかへ行っても、美紅は瑠夏とばかり話し、楽しめなさそうな気もしていた。

 それに、いじめられていた瑠夏との仲も、おれのおかげでいい関係になってるのなら、まずはその関係を煮詰めてほしいと思った。

「このあとはふたりで遊びに行くの?」

 辛島が聞くや、

「そうですね」

 と瑠夏がピシャリと答えた。

 日曜日の飲食店は12時頃より、ちょっと遅い時間、13時頃のほうが混みあうものだ。

 12時にはあまりお客もいなかったヌーベルアモールも、13時を過ぎると店内は客で溢れ、待合に置いている入口の椅子では足りず、外にも待っている客がいた。

「あれ、菊池? 御船もいっしょ?」

 ふいに声をかけられ、美紅が声の主を見る。

「星吾くん!」

 美紅が星吾を見る。星吾は、美紅よりもずっと大人の女性と手をつないでいた。その女性に「同じクラスの同級生」と説明している。

 辛島はすぐに星吾が、先週、美紅とふたりで学校の帰り道を歩いていた男子だと気がついた。ただ、その男子が彼女をつれているのを見て安心していた。

 星吾が舌を出して言う。

「今日、矢部はいないよな」

「大丈夫、大丈夫」といたずらっぽく美紅が笑う。

 そんな美紅の顔を見て、友達みたいな同級生には美紅でもこんな顔もするんだなあと思う。いいな、高校生は、と素直に思う。

 ただ、尊敬しているおれには、こんな砕けた顔も見せられない美紅の気持ちもわかると思った。

「また今度ね」

 そう言って辛島は、ヌーベルアモールの入口で美紅たちと別れた。



 興味深そうに辛島を見ていた星吾と、美紅はもっと話したかったが、彼女がいたので、長居はしなかった。

 置かれていた距離はもう二度と戻らないことを、星吾のとなりに彼女がいたことでわかってしまったが、思ったほどショックはなかった。たぶん、心の中で、もう9月のときのような距離には戻れないことを、10月の1か月で少しずつわかっていたんだと思う。

 美紅と瑠夏は市民図書館のロビーに座る。図書館の中に入れば私語厳禁なのだが、ロビーは気楽に話せるので、時間がある時に話をするのにうってつけだった。

「かわいいおじさんだったね」

 瑠夏は辛島のことをそう言った。奢ってもらったこともあり、悪くは言えないと瑠夏は思ってた。

 ただ「かわいい」と言っても、それは男として素敵とかそういう意味ではまったくなく、ゆるキャラを「かわいい」というような不思議な存在であるという意味でのかわいさだった。瑠夏にとって、父親とそう変わらないおじさんが、パンケーキ屋さんでテーブルを挟み食事をしている、その状況だけでも不思議だったのだ。

「どうしたらいいのかなあ」

 美紅のLINEには絵文字付きで「おつかれさま。またね」という辛島からのメッセージが届いていた。見てしまったので既読はついているだろうが、返信はしていない。

「あのおじさん、本気で美紅のこと好きだよ」

 瑠夏が言う。

「だよね……」

 美紅はなんとなく辛島の下心が見えてきていた。

 でも、親みたいな年の男。そんな年の人が、十代の高校生を好きになるなんて想像もできない。ありえないと思う。

 だけど、瑠夏からもそう言われると、それは確信に変わる。

 美紅は「本当にお仕事をしてたのかもしれないけど」と前置きをして、昨日バイト中に感じたことを話した。

 コンビニの中から、何度も何度も近くを歩いている辛島の姿を、美紅は目にしていたのだ。

「それ、絶対、探してるよ。美紅ちゃん、なんでお店の中でおじさんに声なんか、かけたの」

「だって、知ってる人だったから」

「えー、気持ち悪い」

「ご飯に誘われるとか思ってなかったし」

 瑠夏が笑う。

「たしかにそうだよね。もう付き合っちゃえば。デザートを食べてる時とか、おじさんかわいかったじゃん」

 言われて、美紅の頭に、メイプルシロップがたっぷりかけられたアイスクリームの入ったクレープを、ちまちま食べていた辛島の姿がよみがえった。

 珍しい光景だった。

 偏見かもしれないが、美紅は男の人はあまり甘いものを食べないイメージがあった。ましてや大人の男の人は。

 それが、おじさんである辛島がしあわせそうにナイフとフォークでクレープを切り、口に運んでいる姿は、こんな気持ちを持ってしまえば失礼だとは思うけど、滑稽だった。

「無理だよ。付き合うのは」

「ま、そうだよねえ」

 瑠夏はすぐに納得して、ふたりで笑いあった。

 それから瑠夏が話題を切り替える。

「きれいな人だったよね、星吾くんの彼女」

「お姉さんじゃないの?」

 ぽろりと美紅の願望が出てしまう。

 瑠夏は納得したように、美紅の薄い化粧を見る。

「あ、そうか。ごめんね、でも、お姉さんなら手はつながないと思うな」

「そうだよね」

 美紅が鼻を触る。どっちみちわかりきっていたことだけど、客観的な意見がほしかった。そう言われると認めるしかない。

「わたしたちより大人だったよね。高校生じゃないよね。さすが星吾くん、やるねー」

「素敵な人だった」

 美紅は、自分のような地味な女子が、星吾に告白されたことは奇跡だということもわかっていた。それは今日見かけた人に限らず、真凛にも女として負けてるのは、素直にわかっている。

 あんなきれいな人になれるならなりたいと思うほど、きれいな人だった。

「星吾くんさ、矢部はいないよなあって真凛のこと気にしてたけど、真凛、知ったらどんな顔をするだろうね?」

 他人の不幸を喜ぶような罪深い目を瑠夏が向ける。

「言わないほうがいいんじゃないかな。星吾くんも言ってほしくなさそうだったし」

「でも、美紅ちゃんはもういじめられないかもよ」

「わたしのことはいいよ。いま、星吾くんに彼女がいるって知ったら、真凛ちゃん壊れるよ」

 美紅がそう言うと、それまで笑っていた瑠夏が、ふと真顔になった。

「美紅ちゃんは優しいから、真凛にそう思うのかも知れないけど、わたしはもう美紅ちゃんをいじめたくない」

「え?」

「真凛が美紅ちゃんをいじめようとする限り、わたしがそれをやらなきゃいけないんだから。もうやだ!」

 静かな図書館のロビーで、怒るような声を瑠夏が出した。

「ごめん、ごめんね。美紅ちゃん、いままでごめんなさい」

 瑠夏は言いながら、化粧を崩して泣き出した。

「そんな、わたしは大丈夫だから……」

 美紅が瑠夏の頭を撫でる。美紅の瞳にも涙が溢れていた。

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