第玖話 挑戦状
「奴を探せぇぃ!」
祭雅が叫ぶ。"サラマンダー"隊員が動き出した。
「待て!」
サワツネだった。
刀を持ったまま両手は凍っているが話すことは出来るようだ。
「奴は人間か魔物の血を吸う為に逃げた! この辺りで人間か魔物が集まっているところを目指しているはずだ!」
祭雅は振り返る。
「……避難所か……。この辺りから一番近い避難所は何処だ?」
"サラマンダー"の隊員の一人が言った。
「第ニ避難所です! ここから数百メートル程です!」
「では戦える者は【チルミサー】に乗り三つに分かれて奴を追うぞ!」
"サラマンダー"達は通りの端にあった黒い蜥蜴が描かれた赤い【チルミサー】に乗り三つに分かれ前方に進んでいった。
「僕達も行こうか。…………と言いたいところだが、二人乗り【チルミサー】一台しかないから二人しか行けないね」
そうだった。【チルミサー】は一台しかないのである。周りの通りには馬車がニ台、自転車が数台しかなく、【チルミサー】は無かった。
「あの馬車を使わせてもらう」
サワツネは言った。
「ソウベエ。"ゼルク"で全身を数倍に強化してあの馬車を動かすんだ。その馬車にクロルと…………あんた、名前は?」
黒スーツの男は答える。
「頼値。術は使えないが、武術は"現世"で数十年修行している。多少の戦力にはなるかもしれないよ」
頼値は馬車に乗り言った。
「僕は気がまだ残っているけど、ソウベエ君とクロルちゃんは術を連発しているから【陽養飴】で回復した方がいいよ」
サワツネは近くの店から青いバケツを足で持ってきて通りにあった水を撒く為の蛇口を足でひねりバケツに水をいれた。
「この水で手を治す。湯がいいが無いから仕方が無い。ソウベエとクロルは【陽養飴】を舐めて回復だ。そしてトト! お前さんは修介が運転する二人乗り【チルミサー】で奴を追うんだ!」
サワツネはバケツに手をいれる。刀が邪魔で全ては入らないが、半分は入ったようだ。
クロルは【陽養飴】を口にいれたまま馬車に乗り、頼値は指を組み馬車に座った。ソウベエは【陽養飴】を噛み砕き馬車の紐を握る。
"ゼルク"!!!
ソウベエの体がほんのり金色に光った。
ソウベエは馬車を引く。
苦も無く普通に動き出した。
「ソウベエ君。僕は気が探れるから"サラマンダー"達の居場所が分かるんだ。僕の指示に従ってくれ」
「分かったぞ!」
馬車は走り出し、あっという間に見えなくなった。
「俺達も行くぞ」
修介の運転する二人乗りピンク【チルミサー】の後ろの席に座る。
「掴まってくれよ」
【チルミサー】が動き出した。
「修介。とにかく前進真っ直ぐだ。避難所は【ライクルガ】の住宅街ならどの方角に進んでも着くようになっている」
「……分かった」
【チルミサー】はどんどん速くなっていく。
周りの景色が風のようだ。
目に風が入ってドライアイになる。
「………………色々起こって困るな」
修介は運転しながら言った。
「え⁉」
一体どういうことだろうか。
「…………勝也や龍ちゃんのことだよ」
龍ちゃん。魔界に来てすぐ再会したあの――――。
「勝也が化物になっちまったのは見てすぐ分かった。…………龍ちゃんも……」
太陽の光がオレンジっぽくなってきた。
なんやかんやで、もう四時である。
「…………勝也は流暢に話せてたよな」
「あぁ」
龍ちゃんは決して流暢ではなかった。
「…………俺は……もっと強くなっていたと思ってた……」
これは俺の心の中で本当に思っていたことだった。
「"精功"を学び"精"を操れるようになった。強くなれたと思ったけど甘かった。あの時、勝也と再会した時、ソウベエとクロルがいなかったら俺はあの時死んでいた…………」
「………………」
少し寒くなってきた。夜が近いだろうか。
「…………なら、その"精功"で勝也の場所を探してくれよ」
「⁉」
「俺が出来ないことをやってくれ」
「…………分かった……」
集中する。"精"を感じとる。
大きな"精"の場所を。
…………………………………………左斜め七十五度に何かを感じる。
「…………左斜め七十五度」
「よし分かった!」
左に曲がる。そして前進。三つ目の右曲がり角に入る。
"精"を感じる。
「…………近い!」
何だか寒く感じてきた。
「…………何だか……寒くないか?」
修介はスピードを緩めた。
周りはさっきと変わらず店の通り。
俺は周りを見渡す。
やはり変わらない。
「何か見つけたら教えてくれ」
修介は言った。
角を覗くが誰もいない。
「何か聞こえないか? シューシューって」
………………確かに聞こえる。
「キャアアアアアァァァァァァッッ!!!!!」
いきなり前の右角からエルフ耳の魔物の集団が飛び出してきた!
「ウオッ!」
修介が【チルミサー】を止める。
魔物の集団は何かから逃げるように右側に逃げていった。
その中に"サラマンダー"の数人が何か細く黒い物を背負って魔物の集団を誘導している。
「あれって――――」
黒い物は干からびた魔物だった。
「勝也か⁉」
俺と修介は【チルミサー】を止め魔物達が向かっていった反対側の左角に入った。
左角を曲がると冷たい空気が体に当たった。間違いないようだ。
「…………トト」
「ん⁉」
修介は立ち止まった。
「…………ここから先は俺はただの足でまといだ。トトは"精功"とやらが使えるからいいだろうが、俺にはそんなものは無いし、あっても俺の性格上たぶん戦えないと思う。だから…………俺は【チルミサー】を置いたところで待っておくよ。危なくなったら来るといい」
「…………分かった」
修介は戻っていった。
俺は突き進む。
冷たい空気の元が近づいてきた。
たまに熱い風が体に当たる。
俺は通りを抜けた。
通りの先は公園だった。
かなり広く小学校の校庭ぐらいの広さに円を描くようにある小川。その小川は凍っていった。小川の内側にブランコや滑り台等の遊具があった。
それらも凍っている。
そして公園の真ん中は数百人は立てそうなぐらいの広さの野原の丘があった。
野原の草花は凍てついていた。
その野原の丘の真ん中に勝也はいた。
勝也を囲む"サラマンダー"達。
"ロサ・グキス・ドルガ"!!!
"シュガド・フラマ・スクロ"!!!
凍える吹雪の薔薇の竜巻が両手を上げた勝也の周りに現れ"サラマンダー"達に襲いかかる!
"サラマンダー"達は一斉に両手を勝也に向け燃え盛る炎の盾を創り出し竜巻を防ぐ!
ビュブオォッと公園に吹雪の風が舞った。
草花はさらに凍てつき、炎の盾による熱でバラバラになった。
俺の体に凍てつく風が当たる。
俺は小川の橋を越えて、凍った木の裏に隠れる。
「ハァッハァッハァッ」
勝也は目が虚ろだ。
「………………魔力を集中させろ! 援軍が来るまで持ちこたえるんだ!」
炎の盾はまだ消えずに出ている。
「うおおおおぉぉぉぉっ!!!」
「!」
祭雅だった。
丸太を担ぎ走り出した。
「フンッ!」
丸太を勢いをつけ勝也に投げつけた。
「効かんっ!」
勝也は右手で掴む。
「今だぁっ!」
"シュガド・フラマ・スクロ"!!!
数十人を吹雪の竜巻から守った炎の盾は一メートル程の星型に圧縮して勝也に直撃した!
「ガアアアアアァァァァァァッ!!!」
勝也は燃えながら吹き飛んだ。
"ガポルファ"!!!
勝也は唱えるや否や白い光に包まれた。
「進化だぁっ! この時を待っていたぁっ!」
勝也は叫んだ。
勝也は足元の丸太を掴む。
祭雅が投げた丸太だった。
どうやら燃えなかったようだ。
"トルス・ルガド・ゾック"!!!
巨大な雷を纏った丸太を渾身の力で投げつけた!
"サラマンダー"達は両手を丸太に向ける。
"フラマ・ルガド"!!!
巨大な炎が"サラマンダー"達から放たれた!
そして前に走り出した!
勝也は右手を向ける。
「そうだよなぁ。そうするよなぁ」
勝也はそう言うや右手を握りしめる。
丸太の雷が強くなった。
雷の丸太と炎がぶつかった!
と思ったが、なんと貫通した!
"サラマンダー"達は両手を勝也に向ける。
"フラマ・ドラコー"!!!
燃え盛る炎の龍が放たれた!
勝也は左手の人差し指を下に向ける。
"ルラ・グキス"
凍てついた野原が巻かれたカーペットのようになり"サラマンダー"達をさっきの場所に移動させた!
雷の丸太と炎の盾と龍が一緒のタイミングで直撃した!
「ガぁあアアアぁアあぁアアぁアぁアッ!!!」
野原のカーペットは雷で溶け焼け焦げている。"サラマンダー"達はその中で倒れていた。
勝也はモロに炎の盾と龍を浴びたが、普通に突っ立っている!
「進化だよおおおっっ! 進化あぁっ!」
勝也は右腕を俺に向けた。
「!」
「分かってんだよおぉっ! トトオォッ!」
"グキス"!
氷の塊が発射された!
木から飛び出し間一髪躱す!
隠れていた木は完全に凍りついた。
「トト!」
左手近くに鉄パイプが投げられた!
「⁉」
「俺だ!」
振り向くと、さっきの角には修介がいた。
「その鉄パイプは普通の鉄パイプじゃねぇ! 紐がある! 鉄パイプで刺して紐を引くんだ。それで勝也を倒すんだ!」
「修介…………」
鉄パイプを持つ。少し重い。先端が尖っている。確かに紐が先端の逆にあった。
「修介か…………奴はトトを殺してから殺してやるうぅっ!」
勝也に向かって走り出す。
"精"は避ける為に温存だ。
勝也は左手を向ける。
"グキス"
"精"を足に集中させ右に避ける。
"グキスガ"
氷の一点集中の塊が発射された。
匍匐前進して躱す。
やたらさっきより弱い術を使ってくるな。
あともう少し。
"ルラ・グキス"
足に氷がまとわりつく。
「畜生っ!」
前に投げ出された!
あともう少し…………三メートル。
立ち上がる。足に感覚が………………。
「…………ホオォゥっ!」
歩き出す。足が無くなりそうだ。
"グキス"
しゃがんで避ける。氷の塊がやたらと遅い。
あと一メートル。
……………………だが。
足がもう…………。
最後の力だ。
"精"を足に集中させる。
動けっ! 俺の足っ!
グサッ!
鉄パイプが勝也の腹の中心近くに刺さる。
「ホオォゥっ!」
俺の体が倒れる勢いを利用して紐を引く。
ドガアァンッ!
勝也の腹が爆発した。
「グハアァァッ!」
体が動かない。死ぬ。
勝也はこっちを見た。
「やあぁるな。元々虫の息だったこともあるがこの俺にダメージを……。………………俺は逃げる。これ以上は危ないし、それにもうすぐお前の仲間が来るだろうぅ」
勝也の背中に大きな蝙蝠の翼が生えた。
「一ヶ月後、【ライクルガ】で武術大会がある。それに俺は出る。お前も出ろ。幼馴染としてお前を殺すうぅっ!」
勝也は翼で飛んでいった。
空を見上げる力も無い。
目の前が真っ暗になった。