第伍話 第壱の修行
「ジャージは着たけぇ?」
「おう!」
「じゃ、行くけぇ」
魔界に来たのはつい昨日だった。
あれから、修行に参加する者が決定し、サワツネとソウベエが採ってきたサーモンと山菜で鍋が始まった。
サワツネが刻んでいた野菜はおこわになった。
食べ終わった後は、鉱山の中にある温泉に入った(【ライクルガ】は山が多い為、湧水や温泉も豊富らしく、それを狙って攻めてくる軍もいるらしい)。
俺達、ツル爺、線矢、常勝、そして俺は他の連中が鉱山で働いている最中に何故か白いジャージに着替え移動が始まった。
先頭にはサワツネがいる。もちろん甚平。
周りは砂利道。両隣はすぐ山。
かれこれ十分は歩いた。
「滝とかに打たれるのおおぉ?」
常勝のテンションは変わらない。
「滝じゃあないな。山だよ山」
「山?」
「そう。………………お! 着いたぞ!」
小屋から出て数百メートル程の場所には何やら拓けた場所があり、そこには傾斜がかなりゆるい山があった。
「ここでぃ」
「ここを登るのおお?」
その山の奥には目の前の山より深そうな山が連なっている。
「登るっちゃ登るが、ただ登るんじゃあない。……これをつけるんだ」
「…………アイマスク?」
渡された物は黒いアイマスクだった。
「それをつけて山に入り頂上を目指してもらう。距離は……五キロぐらい」
「ニ時間ぐらいじゃな」
アイマスクをつけながらツル爺は言った。
「協力するってOK?」
アイマスクを見ながら線矢は言った。
「話すのはOK。…………でも、熊とかはいないから大丈夫だろぃ」
「熊とかはいないんだ……」
「兎はいるけどなぁ」
「兎はいるんだ」
目隠しで山登り…………か。
「コツとかは?」
「コツ? コツは…………」
「想像力。いや、妄想だなぁ」
「妄想⁉」
妄想とは一体⁉
「そういえば耳栓と鼻栓もするの忘れてた。今渡す」
「おい!!」
結局、目、鼻、耳を隠しながら山を登ることになった。
「じゃあ、頂上で待ってるから。今の時間は……朝の十時か。…………なら十ニ時には着くだろうから着いたら昼飯なぁ」
「おう」
「それじゃ」
サワツネは物凄いスピードで走りだし山を登っていった。
山を見る。
傾斜はゆるいが、ところどころに草が生えていて目隠しで登るのは難しそうだ。
「…………そろそろいいんじゃあないかな」
ツル爺はアイマスクをつける。
「ほおっ。見えんなぁ」
匂いも音もせんわとツル爺は言った。
「確かに」
匂いも音もしない。
「あの……登る時、少し離れて登りません?」
ぶつかったら危ないし。
「確かに。…………それじゃあ、ニメートル離れてみるのはどうじゃ?」
ニメートル…………。悪くない距離。
「いいな」
「悪くない」
そして、山の目の前まで歩く。
「それじゃ入るか」
「うん」
「はじめ〜の第一歩!」
さっきまで大人しかった常勝がしゃべり始めた。
そして、第壱の修行が始まった。
「ぬ!…………ふむ! 一歩一歩踏みしめんと以外に難しいぞ! これは」
かすかにそんな声が聞こえる。耳栓をしてもかすかに聞こえるようだ。
確かに難しい。
センチ単位で進まないと怪我をしそうだ。
「アタタ!」
線矢が木にぶつかったようだ。
ゴンっと頭に何かぶつかった。
手で探る。
どうやら少し細い木のようだ。
「そういえば常勝は?」
確かに。テンションが高い彼なら、ここでも何か話すはずだ。
「………………それどころじゃないからな」
「うん」
目も鼻も使えない分、微かに聞こえる声が救いに思えた。
「想像………………か」
「…………」
「そういえば、常勝は美術部だったな」
「あのテンションで⁉」
「あぁ。……アタッ! 木か⁉」
想像力………………か.
山を想像するのか。そして歩けと?
「山を想像する。山を…………」
声は聞こえなくなった。匂いもしない。何も見えない。だから想像。
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
体で感じる。
何かを感じる。
右斜め六十度の角度、ニメートル先に二本の木。左斜め八十度の角度、一メートルから四メートルの距離の間に六本の木。
前進。
前進しても木にぶつからない。
左斜め四十五度の角度に木の大群。右斜め七十五度の角度に空間がある。
三メートル前進。左三十五度ニメートル前進。右ニ十五度三十八メートル前進。
どれくらい経っただろうか。
あれから一本もぶつかっていない。
体感では三十分だろうか。
いきなりアイマスクを取られた。
強い光が目に届く。
目の前には色とりどりの花々が咲き乱れる光景が広がっていた。
「よう」
「……ここは?」
「頂上。あんたは三番目。一番はツル爺だ。ニ番は常勝。四番目は俺だ」
「着いたのか……」
「そうだ。俺は途中でアイマスクが取れたから四番目になったんだ」
ってことは?
「取れなければ線矢が三番目だったってことか」
「いや、順位なんてどうでもいいさ。全員クリアできたんだから」
「………………まぁな。フーーーッ。疲れた!」
「そうだ。耳栓と鼻栓も取らねぇと」
「確かに」
耳栓と鼻栓を取る。鼻に濃い出汁の匂いがきた。
「⁉ この匂い!」
「あぁ。サワツネが昼飯を作ってんだ! 今は…………昼の十ニ時十分だからもうできてるだろうぜ!」
「腹減った」
「俺もだ!」
頂上は小学校のグラウンドの半分ぐらいの大きさだったが、周りの景色には深い山が連なっていた。
よく見ると湧水があった。
「湧水! 喉が渇いてたんだ。これ飲めるのかな?」
「飲めるぞ」
湧水は透明度が高く澄んでおり触ると冷たい。
手で汲む。
「ッ………………ンんまぁい!」
「昼飯は鮭の味噌鍋だってよ。【ライクルガ】は鮭が多く捕れるんだってさ」
鮭。昨日はサーモン。
「そろそろ行くか?」
線矢は言った。
「あともう一杯」
「おう」
口に含める。…………美味い! 生き返る! 喉の細胞一つ一つに染み渡る!
「はぁっっ!」
「行くか」
「あぁ」
サワツネは頂上の真ん中で鍋を作っていた。鍋は小学校の給食用の鍋で匂い通り味噌、大きな鮭がニ匹入っており葱や豆腐もある。
「着いたようでぃ」
サワツネはお玉杓子でお椀に鍋を注ぎ味見をしていた。
「あぁ!」
「なら昼飯だ」
お待ちかねの昼飯が始まった。
サワツネは物凄いスピードでお椀に鍋を注いでいく。あっという間に五人分のお椀に鍋を注ぎこんだ。
「御飯もあるぞ」
「やったあぁぁ!」
こちらも早く五人分のお椀に御飯をいれた。
ホカホカの艶々の白い御飯。とても久しぶりな気がする。魔界に来てからはバタバタだったからだろうか。
『いただきます!』
御飯を口にいれる。
甘い! 米の中に含まれるデンプン達が俺の舌という名のステージでファンファーレを歌っているようだ。
ついつい口の中にかきこんでしまう。
「この米はどんな品種?」
米を口にかきこみながら線矢は聞いた。
「『ひとめぼれ』だ。魔界に来る時にいくつか持ってきたんでぃ」
魔界に来る時? ということは花びらが舞う前に来たってことか。
「………………この修行はなぁ。この修行は【 精 】を感じとる為の修行でぃ」
「精?」
「精ってのは確か…………生物の体の中にあるエネルギーの元じゃろ?」
鮭を食べながらツル爺は言った。
「そう! この修行は周りにある木に宿っている精を探る修行だ! 生物は体の中の何かの機能が使えなくなると他の機能に頼る。だが、全ての機能が使えなくなるとそいつは精を探る能力を得る」
「ちょっとストップ!」
常勝だった。
「だったら、他の機能が使えるようになった今はどんどん能力が消えていくんじゃないのお?」
確かに。
「それはない。精を探る能力は通称"精功"と言う。"精功"のような生物が本来共通して持つ能力はなかなか消えないのさ」
なるほど。
「じゃあ、これからは"精功"を使えるってこと?」
「ぬむ」
やったあぁと、常勝と線矢は喜んだ。
「次の修行はなんじゃ?」
ツル爺はサワツネに聞く。
「あまり驚かないのだな。ツル爺よ」
「まぁ儂には色々趣味があってな。気功もその内の一つじゃ。集中すれば、近くの人の大きさを当てるぐらいだったんじゃが、今日の修行で動くものも分かるようになったようじゃ。修行中、近くを通ったリスを感じてな。だから興味が湧いたよ。修行。他にもあるなら教えて欲しい」
畜生! ツル爺が凄えよ!
だが奴は言った。
「次の修行は三日後でぃ」
「三日後……。何か準備で?」
「まぁな。………………とりあえず昼飯の片付けだ。手伝ってくれぃ」
昼飯を食べ終わり俺達は片付けた。
湧水で洗ってタオルで拭く。
「始末はしたな。…………じゃ、小屋に戻るか」
時間は一時。山を下りる。