第七話 月夜は妖怪の時間
ひらりひらりと舞うように、次々に泥田坊を切る桂木は半分ほどいなしたところで動きを止めた。
「もう一度言う。他のところへ移れ。人間に危害を加えるな」
そして氷の刀を放り捨てた。雪女は慌ててそれを拾う。
「桂木くん!? 武器を捨てるなんてそんな……!」
敵の前で武器を捨てることは即ち負けを意味する。下手をすればそのまま殺されてしまう。雪女は急いで桂木の前に出て刀を構えた。震えるその肩を桂木がポンッと叩く。
「大丈夫だ」
振り返った雪女に桂木は優しく微笑んだ。たちまち雪女は耳まで真っ赤になる。
「なあ、お前達。俺だって殺しが好きなわけじゃない。人間に危害を加える奴らが許せないだけだ。お前達だって、人間と仲良くやりたいだろ? お前達の住む田を耕してくれるのは人間だもんな。確かにお前達から田を奪ったのは人間だが、世の中そんな人間ばかりじゃないだろ? もっと田舎に行けば田んぼはたくさんある。俺も探してやるからもう暴れるのはやめろ」
なっ? と桂木は手を差し出した。雪女がハラハラしながら見ていると、その手を泥田坊がギュッと握る。言葉はなく、ただコクリと小さく頷いて、泥田坊たちはただの泥の塊に帰した。
「ありがとう」
桂木は手に付いた泥をそっと撫でた。そしてくるりと振り返り、まだ呆然としている雪女を見て小さく笑った。
「いつまでもボーッとしてないで手伝ってくれ。コイツら全員を移してやらない、と……」
雪女は尻すぼみになった言葉を聞きながら、力なく倒れ込んだ桂木を慌てて抱き留めた。すっかり元の長さに戻った茶髪の桂木は雪女の腕の中でスヤスヤと眠っている。月は薄雲に隠れ、街灯の灯りがひっそりと二人を照らした。
「もう! 久しぶりにもう一人の桂木くんに会えたと思ったら、もう時間切れ?」
雪女はプクッと頬を膨らませた。片方の手で桂木を支えながら、器用にもう一方の手を振って泥田坊だったものを凍らせていく。
「まあ、久しぶりだし……いつもよりはちょっと長かったかも……」
そして雪女は桂木を抱いていることに、今更ながら気付き真っ赤になった。