第六話 桂木招太郎は半妖怪
"夜になると血が騒ぐ"
桂木招太郎はその体質が嫌だった。ザワザワと胸が騒いでよく眠れないからだ。小学生になり、母親からその体質が半分混じった妖怪の血のせいだと知らされてからは余計に嫌いになった。自らをこんな風にした、顔も名も知らぬ父親をひどく恨んだ。自分は普通の人間と違う。その一生付いて回るレッテルは常に桂木を悩ませた。雪女が現れて妖怪の存在を一層近くに感じ出してから、桂木は夜出歩くことをやめ、早めに寝るように心掛けた。
全ては"もう一人の自分"が出てこないようにするために……
「夜は嫌いだ……血が騒いで仕方ねぇ」
桂木の呟きに雪女は顔を上げた。すぐ近くに桂木の顔があり、ドキッと胸が高鳴る。
「かかかか桂木くん!? そんな積極的な♡」
「よう、雪女。早く降りろ。重てぇ」
ようやく自分が桂木に抱きかかえられていることに気付いた雪女は慌てて飛び上がった。顔を耳まで真っ赤に染め上げ、雪女はうっとりと桂木を見つめる。
「……大好き♡」
「どうも」
雪女の告白に桂木は素っ気なく返した。
『田を返せー!』
泥田坊は唸り声を上げて桂木を襲う。無数に迫る手を桂木はヒラリヒラリと躱した。その動きに合わせてサラサラと流れる長い銀髪が月の光に照らされ、濃紺の闇に浮かび上がる。一旦距離を取った桂木は真紅の瞳で泥田坊を睨み付けた。
「ここにはもうお前達の住める田んぼはない。他の場所に移れ」
低い声で淡々と告げる。泥田坊はウゥ……と小さく唸って動きを止めた。
『そんなことはわかっている!! 全て人間のせいだ!!!』
一際大きな声で叫ぶと、泥田坊たちは周りの民家を襲い出した。予想外の動きに桂木はギョッとする。
「おい、やめろ!」
「やめなさい!」
雪女は息を吹きかけ泥田坊たちを氷漬けにしていく。しかし数が多すぎて、息吹を逃れた泥田坊に返り討ちに遭う。跳ね落とされた雪女を桂木が受け止めた。たちまちポッと顔を赤らめる雪女の方を向かないまま、桂木は雪女の頭を撫でた。
「後は任せろ。危ねぇからお前は下がってな」
「で、でも!」
「その代わり……」
そこでやっと桂木は雪女を見た。吸い込まれるような赤い瞳に見つめられ、雪女の心拍数は上がっていく。それに気づいてか、桂木はフッと優しく笑った。
「刀を氷で作ってくれ。できるか?」
「ももっ、もちろん!!」
雪女が桂木の手をギュッと握って息を吹きかけながら開くと、氷の彫刻でできた刀が現れる。桂木はそれを両手で握り、冷てぇな、と小さく笑うと泥田坊たちに向けて構えた。
「斬り殺されてぇ奴から掛かってきな!」
雪女は大好き♡ と心の中で叫んだ。